「お、母ちゃん、きれえ~!」
制服を着替え、ドレスアップして現れた母親を見るなり、タクマは感嘆の声を上げた。
「ありがとう」
にこやかに笑う。自分の親ながら、30を過ぎているのに、何て美しさだいと舌を巻く。今宵母はミッドナイトブルーのワンピースを身に付けている。カシュクールスタイルの。そんじょそこらの女優さんよりうちの母親は美人だと思うし、周囲の大人も口をそろえて騒ぎ立てるから、あながち身内のひいき目とは言えまい。
息子として鼻が高い。ふふんと変な自慢が首をもたげる。
「素敵だよ、アルフィン」
リッキーも頷く。今夜は母親は父とデートだという。寄港地にミネルバを着けたとき、二人は必ず夫婦だけの時間をもつ。どんなに短くても。
結婚してから、ずっと続いている2人の慣習。
「にしても、母ちゃん今日は特別きれい……おめかし、してない?」
「あ、うん、それは」
母親は耳のあたりに手を置き、髪を梳いた。ガーネットのピアスをしているのが見える。ブルーのワンピースにそれはよく映えていた。
「今日は誕生日なんだよ、母さんの」
そこで父親が現れる。こちらも、ユニフォームではなく私服だ。革を好んで着る父だが、今夜は渋茶色のジャンバーに黒のデニム。ダメージはさほどない。ガタイがよいのでワイルドなスタイルが板についている。
「ああ、だからか」
タクマは納得。だから今日の母ちゃんは一際きれいなんだな、と。
「そうだった……アルフィンおめでとう」
リッキーが腰を上げ、母親に近寄る。手を取って、頬に頬をくっつけるようにキスを贈る。
「ありがとう、リッキー」
母は彼にハグ。邪気のない戯れを脇で見ていたタクマが、おおい、と声をかけた。
「お二人さん、あんま熱々だと父ちゃんが焼くぜ」
「ま」
母親がリッキーから身体を離し、父親に目をやる。と、彼は憮然とした顔をしていた。
「何言ってるんだ。そんなことあるわけないだろう」
「ーーだってよ?」
タクマは母を目で掬う。母親はコケティッシュな笑みを浮かべて「あら、残念。たまには焼いてくれてもいいのにね」と言った。
父親は呆れたようにため息をついて、「もう出かけるぞ」と促した。
「はいはい」
母親はハンドバッグを小脇に抱える。空いている方の手をするりと父親の腕に絡めた。ごく自然なしぐさで。
「行きましょう、ジョウ」
満面の笑みを向ける。しかつめらしい顔をしていたが、父親はふと眉間を開いた。
「ああ。行くか」
恭しくエスコートしてリビングを出ていく。肩を寄せ合う二人は、まるで夫婦と言うより熱々の恋人同士のようだった。とても子供がいるカップルには見えない。
「いってらっしゃい」
「楽しんでね」
背中に声をかけるも、ああと手を上げて父親が返すだけ。母の方はすっかりデートに気が向いているらしい。
ドアが二人を視界から遮ってから、タクマは言った。
「ったく、年甲斐もないねえ。うちの父ちゃんは」
「まあまあ。昔からベタぼれだったからな。兄貴はアルフィンに。
知ってたかタクマ。アルフィンの今夜のドレスもバッグも、兄貴が贈ったんだよ。誕生日のプレゼントにって」
したり顔でリッキーが言う。
「へええ。初耳」
「アルフィン、めっちゃ嬉しそうにしてたぜ。ジョウが選んでくれたの、って。あたしの瞳の色と同じワンピースなのって。バッグはお気に入りのブランドなんだってさ」
「……父ちゃんは、母ちゃんを悦ばせるならなんでもするからなあ」
「そうだな。今夜もアルフィンに付き合って観劇だってよ。あまりガラじゃないって本人は言ったけど。眠らないように気を付けようって」
これはここだけの話。ないしょな、と声を潜める。
「へえええ」
「ほんと、何年経ってもラブラブで羨ましいことですよ。お前の父ちゃんと母ちゃんは。この業界きってのおしどり夫婦だもんな」
あやかりたいねえと鼻歌交じりで言う。
「……ねえ、リッキー、今夜あの二人、遅いんじゃないかな」
ぼそっとタクマがつぶやく。彼を驚いたようにリッキーが見た。
少し目を見開いてしみじみと言う。
「お前も大人になったなー」
男女の機微というか、カップルに漂う甘いムードを察知できる年になったかと感慨もひとしお。まあアルフィンの誕生日だし、タクマは俺に預けて夫婦水入らず、ゆっくり愛の時間を紡ぐつもりだろう。
ジョウの佇まいから、雄の香りがぷんぷん漂っているのを感じたのは、リッキーばかりではなかったらしい。
「ま、ね」
タクマは鼻をつんと高くして見せた。えっへん。
こういうところはまだまだ子供なんだよなと思いながら「じゃあ今夜は俺たちで晩飯、作るか」と声をかけた。
「そうしよう」
ゆっくり時間を気にせず今夜はデートをしてほしい。父ちゃんと母ちゃんには。
一人息子としては、そう願わずにいられなかった。
HAPPY BIRTHDAY、母ちゃん。
END
1日遅れですが、息子視点での姫誕です。