「--という訳で、任せてもらえる仕事も増えてきたし、なんとかかんとかあたしは元気にやってるわ」
そう言って、アルフィンはにっこり笑った。
モニター画面の向こうには、懐かしい顔があった。故郷に残してきた両親。ハルマン三世とエリアナ王妃だ。
ピザンは今、夜。ミネルバが現在航行している星域とは時差がある。ふたりが夜着を召しているのは、執務を終えてこれから寝もうという時間帯だということだ。心なしか、リラックスした風情が伝わる。
「よかった。安心したわ」
王妃がゆるりと微笑む。
「ジョウはどうしているね。ひとこと、挨拶がしたいんだが」
国王が、アルフィンの背後を窺うような仕草をした。そこに、ジョウの姿はないのかと言いたげに。
アルフィンは首を横に振る。
「ジョウは出張に出ていて、ずっと留守なの。予定では明日帰ってくるはず」
「……なるほど」
王妃は顎を引いた。隣の国王に目配せをした。
意味ありげなしぐさに、アルフィンが身を乗り出す。
「え? なあに」
「あら、気づいていないの、アルフィン。あなたがこの回線を使ってこちらに連絡を入れてくるのは、きまってジョウが仕事でいないときじゃないの」
王妃の隣で国王もふむ、と顎をさする。髭の感触を確かめるかのように。
「確かに、ここ数回はそうだな」
ずいぶん白いものが目立つようになった。回線を開いてやりとりした時に、すぐに気づいたのだけれども。見間違えようもない。
アルフィンは視線を画面枠の外にやった。きまりが悪い。
「そう? そんなのたまたまだと思うけれど」
「無意識なのかもね。でも、きっとジョウがいない時、人恋しくてこちらに連絡を寄越すのだと思うわ」
寂しがり屋だから、あなたは。そう言われてアルフィンは黙った。
実の母親に隠し事はできない。見透かされている。
でも、子供の頃のような扱いはなんだか悔しくて、
「そんなことありません。立派に、一人前にやってます」
と胸を張る。
「一人前になったものは、自分でそうは宣言しないものだがね」
鷹揚に国王が指摘し、アルフィンはたまらず顔を覆った。
「お父様のいじわる! お母様も」
癇癪のおこしかたがまるで変わっておらず、国王と王妃ふたりはうっかり笑みを漏らしてしまった。
やれやれ。押しかけ女房気取りでミネルバに密航しに行った娘だが、これではまだジョウも苦労のしどおしだろうな、と。
そこへ、画面外から割り込む声がした。
私室のドアらしきものが開く音と共に、「アルフィン、いいかい」と若い男の子の声。リッキーだ。
「あによ、レディの部屋に」
「あによ、じゃないよ。ジョウだよ、ジョウが帰ってきたんだ。今格納庫にファイタ―で入った」
「えっ」
ぱあっと表情が変わる。画面にライトが灯ったかのように明るいものとなる。
と思ったときには、アルフィンはモニター前から立ち上がっていた。反射だろう。
バストから上が見切れる。
「ジョウが?どうして? 帰宅は明日だったはずじゃないの」
「さあー? わかんないけど。アルフィンにお土産あるってさっきランディングするときに言ってたよ。なんか、早く渡したそうだった」
何か頼んだのかい?出張先で、と声が続く。
「え、あ、うん。きれいな鉱石が採れるので有名な所だったから、アクセサリーがいいなあって、ちらっと出がけに言ったわ」
「それだよきっと。あの兄貴がねえ、女物のアクセサリーね。へえええ」
「ばか。迎えに行くわーーっと」
そこで、こちらの会話が筒抜けだったことに今更のように気づいて、ひょいとアルフィンの顔が画面に戻ってくる。クラッシュジャケットの赤に金髪がさらりと流れた。
「ごめんなさい、もう切るわね。ふたりとも、お体に気を付けてね。また連絡する」
愛してるわ、おやすみなさいと画面にキスを投げて、慌ただしく部屋を出ていった。ぱたぱたとスリッパ履きの音を通路に響かせて。
「……おやおや」
「まあまあ、ですわね」
再度、ふたりは目を見交わす。通話を切ると言っておいて、つけっぱなしのまま飛び出していってしまった。あまり後先考えないというか、興味を惹くものがあれば他には目がいかず、猪突猛進の気はある子だった。
まったく、変わらないな。
それが嬉しいようであり、手元から離れてからも気づかされることが寂しいようであり、複雑な親心だった。
国王が、あるじが消えがらんとしたアルフィンの私室の壁を映す画面を眺めながら言った。
「元気そうだ」
王妃も同じ画面を見つめ、頷く。
「ええ。それに幸せそうです」
よかった、噛みしめるように囁く声が夜の回線に灯った。
END
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推し活は心の栄養、明日への活力です。
滋養を蓄え、日々の糧にしてまいりましょう。