おもてなし課ファンのみなさま。お待たせしました?
夜の部屋にて佐和の開花話、連載始めます。パスをご用意してお入りください。
土佐の海があたしを女にしてくれたき。
ずっとここにいて。あたしと一緒に。一生。
約束ながよ。喬。
「わざわざすみませんでした。言ってたとおりお土産、買うて持ってきてくれるなんちゃあ。吉門さんて案外、」
見かけより律儀なんですね。
掛水はやぶへびにならないようその台詞を飲み込む。学習能力。
ここは掛水のアパート。いつものように前振りもなくふらりと吉門が訪ねてきたところだ。
担当編集者と打ち合わせのための上京というのは名目で、その実は佐和との「新婚旅行」なのだと前もって掛水には打ち明けてあった。
民宿「きよとお」を父親に任せ、助っ人を呼んで二泊三日で行って戻ってきた。戻ってきたはいいがなんとなく気が向かなくて、今まで掛水にそのことを黙っていたのだが。今日ふと思い立った。
せや、土産置きにいかな、と。
「案外、なんなが」
じろりと眼鏡の奥から吉門が見る。掛水はさりげなく視線をそらした。
「いえ別に……」
「土産ゆうてもただの菓子折りじゃき。あまり期待せんでな」
多紀ちゃんとでも、県庁の人とでも食うてくれ。
素っ気無く言う。そう見えても、吉門が割と情に厚い男だということはとっくにばれている。
なんだか可笑しくて「ありがとうございます」と掛水は上質な包み紙をまとった平箱を受け取り頭を下げた。
中に通し、酒でもどうですかと訊く。吉門は今夜はアルコールはいいと断った。
「炭酸、だめながよ。俺」
「炭酸あかんのですか。吉門さん」
「うん。ウーロン茶でもえいよ」
「はあ。缶しかないがですが」
「ああ。えいよ」
飲み物を用意して、二人はローテーブルを挟んで胡坐をかく。この部屋では座る位置までだいたい決まってしまっているからなんだか互いに気恥ずかしい。
「で、どうでした? 新婚旅行は」
話を振ったのは掛水。吉門には申し訳ないがビールを飲ませてもらう。プルリングを折って適当に乾物のつまみを開いた。
皿を出すと洗わなければならない。ので、袋からじかに摘む。
吉門は鼻の付け根にしわを刻んだ。
「なんちゃあ新婚旅行ゆう大したもんでもあらんが」
ハワイとかでもない、ただの東京やきとウーロン茶の缶を持ち上げる。
「でもハネムーンちゃあハネムーンですき」
そう言うと、なんとも表情の読めない顔をしてみせる。
いつも以上に。そして、
「掛水さ、……」
「? なんです」
「いや。なんでもない」
吉門はその話題を意識的に変えるように、ああそうだとバッグを手繰り寄せた。さきほど土産の箱を取り出した丈夫な布製のもの。
「忘れるところやったき。おたくにやる東京土産、まだあるがよ」
これやるが。紙袋を取り出す。
ごくふつうの茶色の再生紙でできたものだ。
ぽんと手渡されて掛水は恐縮する。
「土産って、こんなにもらっちゃあ、いくらなんでも悪いがです」
吉門はその中身を知っているだけになんだが笑みが零れた。
「やき、言うたが。気にせんでえいて。本当にたいしたものと違うき」
でもな、と真顔で言い添える。
「俺がいる間は袋を開けんでくれ。帰ってから、中身は見てな」
「? あ、はあ」
けげんそうな掛水。
その顔を見ていたら、どうしても言い足さなければ気がすまなくなった。そうやな、と言葉を継ぐ。
「できれば多紀ちゃんと一緒のとき開けてほしいにゃあ。おたくら二人のために用意した土産やき」
意味深な笑みとともに吉門は言った。
掛水は意味がよく分からなかったがすぐに話題を変えられて、しばらくして中身のことを訊くのを忘れてしまった。その袋はテレビの前にぽつんと置かれたまま、吉門が部屋を辞去して次の日になるまで結局紐解かれることはなかった。
(夜の部屋に続く)
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土佐の海があたしを女にしてくれたき。
ずっとここにいて。あたしと一緒に。一生。
約束ながよ。喬。
「わざわざすみませんでした。言ってたとおりお土産、買うて持ってきてくれるなんちゃあ。吉門さんて案外、」
見かけより律儀なんですね。
掛水はやぶへびにならないようその台詞を飲み込む。学習能力。
ここは掛水のアパート。いつものように前振りもなくふらりと吉門が訪ねてきたところだ。
担当編集者と打ち合わせのための上京というのは名目で、その実は佐和との「新婚旅行」なのだと前もって掛水には打ち明けてあった。
民宿「きよとお」を父親に任せ、助っ人を呼んで二泊三日で行って戻ってきた。戻ってきたはいいがなんとなく気が向かなくて、今まで掛水にそのことを黙っていたのだが。今日ふと思い立った。
せや、土産置きにいかな、と。
「案外、なんなが」
じろりと眼鏡の奥から吉門が見る。掛水はさりげなく視線をそらした。
「いえ別に……」
「土産ゆうてもただの菓子折りじゃき。あまり期待せんでな」
多紀ちゃんとでも、県庁の人とでも食うてくれ。
素っ気無く言う。そう見えても、吉門が割と情に厚い男だということはとっくにばれている。
なんだか可笑しくて「ありがとうございます」と掛水は上質な包み紙をまとった平箱を受け取り頭を下げた。
中に通し、酒でもどうですかと訊く。吉門は今夜はアルコールはいいと断った。
「炭酸、だめながよ。俺」
「炭酸あかんのですか。吉門さん」
「うん。ウーロン茶でもえいよ」
「はあ。缶しかないがですが」
「ああ。えいよ」
飲み物を用意して、二人はローテーブルを挟んで胡坐をかく。この部屋では座る位置までだいたい決まってしまっているからなんだか互いに気恥ずかしい。
「で、どうでした? 新婚旅行は」
話を振ったのは掛水。吉門には申し訳ないがビールを飲ませてもらう。プルリングを折って適当に乾物のつまみを開いた。
皿を出すと洗わなければならない。ので、袋からじかに摘む。
吉門は鼻の付け根にしわを刻んだ。
「なんちゃあ新婚旅行ゆう大したもんでもあらんが」
ハワイとかでもない、ただの東京やきとウーロン茶の缶を持ち上げる。
「でもハネムーンちゃあハネムーンですき」
そう言うと、なんとも表情の読めない顔をしてみせる。
いつも以上に。そして、
「掛水さ、……」
「? なんです」
「いや。なんでもない」
吉門はその話題を意識的に変えるように、ああそうだとバッグを手繰り寄せた。さきほど土産の箱を取り出した丈夫な布製のもの。
「忘れるところやったき。おたくにやる東京土産、まだあるがよ」
これやるが。紙袋を取り出す。
ごくふつうの茶色の再生紙でできたものだ。
ぽんと手渡されて掛水は恐縮する。
「土産って、こんなにもらっちゃあ、いくらなんでも悪いがです」
吉門はその中身を知っているだけになんだが笑みが零れた。
「やき、言うたが。気にせんでえいて。本当にたいしたものと違うき」
でもな、と真顔で言い添える。
「俺がいる間は袋を開けんでくれ。帰ってから、中身は見てな」
「? あ、はあ」
けげんそうな掛水。
その顔を見ていたら、どうしても言い足さなければ気がすまなくなった。そうやな、と言葉を継ぐ。
「できれば多紀ちゃんと一緒のとき開けてほしいにゃあ。おたくら二人のために用意した土産やき」
意味深な笑みとともに吉門は言った。
掛水は意味がよく分からなかったがすぐに話題を変えられて、しばらくして中身のことを訊くのを忘れてしまった。その袋はテレビの前にぽつんと置かれたまま、吉門が部屋を辞去して次の日になるまで結局紐解かれることはなかった。
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