「ねえジョウ、携帯貸してくれない?」
「えっ」
出し抜けに言われて、ジョウが驚く。
格納庫で銃器の手入れをしているところにアルフィンがひょっこり顔を出した。今の時間帯は、夕飯の支度をしてるはずなのだが。
「携帯、なんで?」
ジョウはエアガンのチューブ残量を確かめていた手を止めた。
首を傾げて尋ねる。アルフィンも自分のものを持っているのに、俺のを?
アルフィンは、後ろ手に腕を組んで
「うん、ちょっと電話したくて」
と言う。
「誰に?」
「え、っと。ルーとか」
とか?
変だ。ジョウはそう判断し、「なんで俺の携帯で掛けるんだ」と突っ込む。
アルフィンはもどかしそうに、ん、もうと口を尖らせて「いまあたしのが見当たらないの。ちょっと貸してくれるぐらいいいでしょ。急用なのよ」と言いつのる。
「そうか。それなら」
気迫に押され、ジョウは尻ポケットに差し込んでいた自分のものを取り出した。
手渡そうとする前に、ふとあることに気がついて「あ」と動きを止める。手の中でロック画面を解除しようとしかけ、すっとアルフィンにそれを奪われる。
「ありがと」
アルフィンは回れ右をして、画面を覗き込もうとする。慌ててジョウは背後から腕を伸ばして、携帯を取り戻そうとした。
「おい待て。ちょっと、タイム」
「なんで。すぐ返すからさ」
「だめだ、一旦戻せ。こら、早く」
アルフィンは後ろから取り戻しにくるジョウを避けようと、身を縮めて右に左にとすばやく躱す。すばしっこい。
あとちょっとのところで躱されて、ジョウは焦れた。
「アルフィン、待てって。戻せよ」
「何でよ。ちょっと掛けるだけだからいいじゃない」
「よくない」
もみ合っているうちに、アルフィンの手からそれは滑り落ちる。
「あっ」
二人の声が重なる。ジョウの黒い携帯は、重力に逆らわずに素直に床に落ちた。
「アルフィン、ちょっと」
時間を少しだけ巻き戻して。
キッチンでアルフィンが夕食の支度しているとき、リッキーが顔を出した。
「なあに、いま手が離せないんだけど」
「アルフィンてさ、兄貴の携帯見たことある? ロック画面」
ドングリ眼で距離を詰めてくる。何か面白い発見をしたらしい。でもそのときアルフィンは料理で手一杯だった。野菜の皮むき。ピーラーを持ったまま、生返事をする。
「ないわよ。ジョウの携帯がどうかしたの」
「ふうん、ないんだ」
にまにまと、意味深な笑いを顔に貼り付けたまま、リッキーが言った。
「すぐに見た方がいいと思うなあ、ジョウが何をロック画面の待ち受けにしているか」
ん? ようやくそこでアルフィンが手を止める。
リッキーを見た。
「何なの。あんた、何が言いたいの」
アルフィンの目が剣呑に細められる。でもリッキーは動じず、言葉を継いだ。
「いやあ、俺ら何にも言ってないよ。兄貴がそれはそれは可愛い女の子の写真を後生大事に待ち受けにしてるなんて、さ。とてもじゃないけど、俺らの口からアルフィンになんか言えないよ~」
両手でお手上げのポーズを取り、大げさにかぶりを振った。
ぴき。アルフィンの柳眉が逆立つ。
「……!」
形相が変わった。
なんですってえ? ジョウが、可愛い女の子の待ち受けを?! 大事にロック画面に据えてるですって?
なんてことなの! アルフィンは脱兎のごとくキッチンを飛び出して、ジョウを探した。
直情径行の彼女らしい反応に、リッキーは満足そうににんまり笑った。
「兄貴、頼むから恨まないでくれよな」
そう言って、作りかけのサラダのキュウリを指で摘まんで、ぱりっと歯を立てた。
ごつんと角が当たる音が格納庫に響いた。
幸い、防護カバーをしているので、破損は免れた。ジョウの携帯は画面が上になった状態で床に接地した。
「あっ」
焦って彼が拾おうと屈む。その前にアルフィンがすかさずしゃがんで、すっと携帯を掬い上げる。
両手で囲うようにして。
「お、おい。待てって」
「あやしいわ。何でそんなに隠そうとするの」
取り返しに来るジョウの手を更に避けながら、携帯を防御しつつアルフィンが言う。
「か、隠してなんかない。ただちょっと、一旦返せって言ってるだけだろ」
「返すわよ。電話掛けてからね」
「そうじゃなく、アルフィン、ほんとに」
二人でもみ合う。
と、そこで、ジョウの手を振り切ってアルフィンがようやく携帯の画面を目の前にかざした。
あ。
そこに映し出された写真を見て、アルフィンが動きを止める。ぴたりと。
硬直した。
ジョウは頭をくしゃっと掻いた、思わず。
「~~~だから、見られたくなかったんだよ。ロックを解除してから渡そうと思ったんだ」
言い訳みたいに口にして天を仰ぐ。頬が赤い。
アルフィンはそろそろと画面から視線を上げた。ジョウを上目遣いで見る。
こっちの頬も赤い。ジョウに負けず劣らず。
リッキーにしてやられた、とようやくそこで気がつく。まんまと乗せられた。
あいつ~~! 後でお仕置きだからね、っとに。
歯噛みしたい思いを呑み込んで尋ねる。
「これって、いつの写真?」
ジョウは、あーいつだっけな、とあらぬ方へ視線を逃しながら少し考える振りをした。照れ隠しだと誰にでも分かる下手な演技。
「こないだ、休暇で冬山に行ったとき、のかな。キャンドルできれいに撮れてるだろう」
「ん……」
アルフィンは黙ってしまう。いきなりしおらしくなった彼女を見て、ジョウは思わず微笑んだ。
わかりやすい。本当に。単純明快。
それがアルフィンの長所だよな。と思いつつ、
「誰になんて唆されて来たんだ? たぶんリッキーあたりか」
「……ご名答。ジョウが、可愛い子の写真待ち受けにしてるからチェックしたほうがいいって……」
アルフィンは恥ずかしくて消え入りそうな声になっている。
「はは、違いない」
思わずジョウは声を上げた。「で? 掛けないのか、用事あるんだろ。ルーに」
どうぞとせっついてやると、アルフィンはますます身の置き所がないように小さくなった。
「もう、ごめん。許して。揚げ足取らないでよ」
携帯借りたいって言うのは口実よ、と言う。ジョウに両手で携帯を差し出した。
ごめんなさいと詫びながら。
「どういたしまして」
ジョウが受け取る。ポケットに無事しまい込んで「キッチンに戻らなくていいのか。まだ夕飯の支度の途中だったんだろ」と尋ねる。
アルフィンはあ、と口を手で押さえた。
「そうだった。も~、リッキーに一言言ってやらなくちゃ」
「ほどほどにな。できたら声を掛けてくれ。俺はまだここで作業しているから」
「ん」
にっこり笑って、アルフィンが格納庫から出て行こうとする。
その足を、ふと止めて、彼を振り返った。
金髪がさらりと背中に流れる。
「あのね、こういう流れになったから言うわけじゃないけど。――あたしの待ち受けも、あなたの写真なのよ。今まで打ち明けてなかったけど。ジョウが見たいなら、後で見せるわね」
とても格好いい写真よ。じゃあね、と言い残して去って行く。
「……」
返事をする前に、アルフィンの姿は消えた。
ドアの向こうに。
ジョウは「そっちこそ、いつのだよ」と赤くなった。そして、緩んだ口元を引き締めて、エネルギーチューブの確認作業を再開する。
知らず鼻歌が漏れていたことに彼自身気づいていなかった。
END
ロック画面、というタイトルが正しいのでしょうが。それでは風情がないので。。。
この二人が互いに電話を掛け合う機会はそうないでしょうから。同じ家に暮らしてるんだものね。
「えっ」
出し抜けに言われて、ジョウが驚く。
格納庫で銃器の手入れをしているところにアルフィンがひょっこり顔を出した。今の時間帯は、夕飯の支度をしてるはずなのだが。
「携帯、なんで?」
ジョウはエアガンのチューブ残量を確かめていた手を止めた。
首を傾げて尋ねる。アルフィンも自分のものを持っているのに、俺のを?
アルフィンは、後ろ手に腕を組んで
「うん、ちょっと電話したくて」
と言う。
「誰に?」
「え、っと。ルーとか」
とか?
変だ。ジョウはそう判断し、「なんで俺の携帯で掛けるんだ」と突っ込む。
アルフィンはもどかしそうに、ん、もうと口を尖らせて「いまあたしのが見当たらないの。ちょっと貸してくれるぐらいいいでしょ。急用なのよ」と言いつのる。
「そうか。それなら」
気迫に押され、ジョウは尻ポケットに差し込んでいた自分のものを取り出した。
手渡そうとする前に、ふとあることに気がついて「あ」と動きを止める。手の中でロック画面を解除しようとしかけ、すっとアルフィンにそれを奪われる。
「ありがと」
アルフィンは回れ右をして、画面を覗き込もうとする。慌ててジョウは背後から腕を伸ばして、携帯を取り戻そうとした。
「おい待て。ちょっと、タイム」
「なんで。すぐ返すからさ」
「だめだ、一旦戻せ。こら、早く」
アルフィンは後ろから取り戻しにくるジョウを避けようと、身を縮めて右に左にとすばやく躱す。すばしっこい。
あとちょっとのところで躱されて、ジョウは焦れた。
「アルフィン、待てって。戻せよ」
「何でよ。ちょっと掛けるだけだからいいじゃない」
「よくない」
もみ合っているうちに、アルフィンの手からそれは滑り落ちる。
「あっ」
二人の声が重なる。ジョウの黒い携帯は、重力に逆らわずに素直に床に落ちた。
「アルフィン、ちょっと」
時間を少しだけ巻き戻して。
キッチンでアルフィンが夕食の支度しているとき、リッキーが顔を出した。
「なあに、いま手が離せないんだけど」
「アルフィンてさ、兄貴の携帯見たことある? ロック画面」
ドングリ眼で距離を詰めてくる。何か面白い発見をしたらしい。でもそのときアルフィンは料理で手一杯だった。野菜の皮むき。ピーラーを持ったまま、生返事をする。
「ないわよ。ジョウの携帯がどうかしたの」
「ふうん、ないんだ」
にまにまと、意味深な笑いを顔に貼り付けたまま、リッキーが言った。
「すぐに見た方がいいと思うなあ、ジョウが何をロック画面の待ち受けにしているか」
ん? ようやくそこでアルフィンが手を止める。
リッキーを見た。
「何なの。あんた、何が言いたいの」
アルフィンの目が剣呑に細められる。でもリッキーは動じず、言葉を継いだ。
「いやあ、俺ら何にも言ってないよ。兄貴がそれはそれは可愛い女の子の写真を後生大事に待ち受けにしてるなんて、さ。とてもじゃないけど、俺らの口からアルフィンになんか言えないよ~」
両手でお手上げのポーズを取り、大げさにかぶりを振った。
ぴき。アルフィンの柳眉が逆立つ。
「……!」
形相が変わった。
なんですってえ? ジョウが、可愛い女の子の待ち受けを?! 大事にロック画面に据えてるですって?
なんてことなの! アルフィンは脱兎のごとくキッチンを飛び出して、ジョウを探した。
直情径行の彼女らしい反応に、リッキーは満足そうににんまり笑った。
「兄貴、頼むから恨まないでくれよな」
そう言って、作りかけのサラダのキュウリを指で摘まんで、ぱりっと歯を立てた。
ごつんと角が当たる音が格納庫に響いた。
幸い、防護カバーをしているので、破損は免れた。ジョウの携帯は画面が上になった状態で床に接地した。
「あっ」
焦って彼が拾おうと屈む。その前にアルフィンがすかさずしゃがんで、すっと携帯を掬い上げる。
両手で囲うようにして。
「お、おい。待てって」
「あやしいわ。何でそんなに隠そうとするの」
取り返しに来るジョウの手を更に避けながら、携帯を防御しつつアルフィンが言う。
「か、隠してなんかない。ただちょっと、一旦返せって言ってるだけだろ」
「返すわよ。電話掛けてからね」
「そうじゃなく、アルフィン、ほんとに」
二人でもみ合う。
と、そこで、ジョウの手を振り切ってアルフィンがようやく携帯の画面を目の前にかざした。
あ。
そこに映し出された写真を見て、アルフィンが動きを止める。ぴたりと。
硬直した。
ジョウは頭をくしゃっと掻いた、思わず。
「~~~だから、見られたくなかったんだよ。ロックを解除してから渡そうと思ったんだ」
言い訳みたいに口にして天を仰ぐ。頬が赤い。
アルフィンはそろそろと画面から視線を上げた。ジョウを上目遣いで見る。
こっちの頬も赤い。ジョウに負けず劣らず。
リッキーにしてやられた、とようやくそこで気がつく。まんまと乗せられた。
あいつ~~! 後でお仕置きだからね、っとに。
歯噛みしたい思いを呑み込んで尋ねる。
「これって、いつの写真?」
ジョウは、あーいつだっけな、とあらぬ方へ視線を逃しながら少し考える振りをした。照れ隠しだと誰にでも分かる下手な演技。
「こないだ、休暇で冬山に行ったとき、のかな。キャンドルできれいに撮れてるだろう」
「ん……」
アルフィンは黙ってしまう。いきなりしおらしくなった彼女を見て、ジョウは思わず微笑んだ。
わかりやすい。本当に。単純明快。
それがアルフィンの長所だよな。と思いつつ、
「誰になんて唆されて来たんだ? たぶんリッキーあたりか」
「……ご名答。ジョウが、可愛い子の写真待ち受けにしてるからチェックしたほうがいいって……」
アルフィンは恥ずかしくて消え入りそうな声になっている。
「はは、違いない」
思わずジョウは声を上げた。「で? 掛けないのか、用事あるんだろ。ルーに」
どうぞとせっついてやると、アルフィンはますます身の置き所がないように小さくなった。
「もう、ごめん。許して。揚げ足取らないでよ」
携帯借りたいって言うのは口実よ、と言う。ジョウに両手で携帯を差し出した。
ごめんなさいと詫びながら。
「どういたしまして」
ジョウが受け取る。ポケットに無事しまい込んで「キッチンに戻らなくていいのか。まだ夕飯の支度の途中だったんだろ」と尋ねる。
アルフィンはあ、と口を手で押さえた。
「そうだった。も~、リッキーに一言言ってやらなくちゃ」
「ほどほどにな。できたら声を掛けてくれ。俺はまだここで作業しているから」
「ん」
にっこり笑って、アルフィンが格納庫から出て行こうとする。
その足を、ふと止めて、彼を振り返った。
金髪がさらりと背中に流れる。
「あのね、こういう流れになったから言うわけじゃないけど。――あたしの待ち受けも、あなたの写真なのよ。今まで打ち明けてなかったけど。ジョウが見たいなら、後で見せるわね」
とても格好いい写真よ。じゃあね、と言い残して去って行く。
「……」
返事をする前に、アルフィンの姿は消えた。
ドアの向こうに。
ジョウは「そっちこそ、いつのだよ」と赤くなった。そして、緩んだ口元を引き締めて、エネルギーチューブの確認作業を再開する。
知らず鼻歌が漏れていたことに彼自身気づいていなかった。
END
ロック画面、というタイトルが正しいのでしょうが。それでは風情がないので。。。
この二人が互いに電話を掛け合う機会はそうないでしょうから。同じ家に暮らしてるんだものね。