「ああ、美味しかったあ」
ごちそうさまと、満足げな笑みでアルフィンは言った。
「美味かったな、タンシチュー」
「煮込みハンバーグもほっぺたが落ちそうだったよ」
極楽、極楽と言って、タロスもリッキーもお腹をさすりながら背もたれに身体を預ける。
ホテル付きのレストラン。キャンドルが至る所に飾られてあり、いやでもムードを盛り上げる。
冬の山ではその温かな光がより心に沁みた。
昼はゲレンデを貸し切ってスキー三昧。思う存分雪と戯れた。明日はスノーボードに挑戦しようと話したりして。
遊び疲れた身体だったけれど、四人は緩やかに満たされていた。アルコールが進むにつれ自然会話は少なくなったけれど、バカンスはまだ終わらないのだ。
「そろそろスパにでも行くか。汗を流そう」
グラスの底に残っていたワインを喉に流して、ジョウが言った。
「いいわね。薔薇を浮かべたお風呂もあるって聞いたわ。行きたい」
アルフィンが笑顔で言った。
「会計、してきます」
タロスが店員を呼ぶ。リッキーが「スパかぁ、俺らも行きたい」と言うと、「野暮言ってんじゃねえよ。気を使え」と一喝された。
「ちえ」
口を尖らせるリッキーを横目に、「後でタロスと入れば」とアルフィンがウインク。口元をナフキンで拭って丁寧にそれをテーブルに畳んだ。
「ひでえな、おっさんと入って何がたのしーんだよ」
「背中流してやるよ、リッキーの旦那」
ふふんとタロスが目を細めた。うえええと苦虫を噛みつぶした顔をリッキーがこしらえる。
そこでイスを引いて立ち上がりかけたアルフィンが、かくん、と膝を折った。
「あっ」
つんのめりそうになるところを、ジョウがすかさず支えた。手を前に差し伸べて、上体を抱き留める。
「大丈夫か」
「あ、ありがとう……」
あれ、と目を見開いてアルフィンが怪訝そうな表情になる。ジョウの腕に寄りかかったまま、
「え、あれ? あたし、」
と呟く。
「どうした」
アルフィンを支えたままジョウが彼女の顔を覗き込む。
「ジョウ、なんだか、脚が震えて力が入らない。がくがくして立てないの。どうして」
困惑している。と、ジョウの相好が崩れた。
「筋肉痛だよ。っていうか、疲れが脚に来たんだな。アルフィン、スキー靴、履くのも今日が初めてだったもんな。無理もない」
「筋肉痛?」
「うん」
信じられないと言いたげな顔をしてアルフィンが自身の足元を見る。
タロスが笑った。
「若えから、すぐ出るんだな。あたしの年になると、二日かかりますぜ。身体に出るまで」
「ほー」
リッキーがそうなのか、という面持ちで頷く。そんなやりとりの中でも、アルフィンは「やだ。ほんと、どうして」としきりと足を踏ん張って立ち上がろうとする。けれど、どうしても身体がいうことをきかないみたいだった。
そこで、ジョウがアルフィンの背中と膝裏に腕を回して、ひょいと抱え上げた。
お姫さま抱き。
「きゃ」
出し抜けだったので、反射でアルフィンがしがみつく。
ジョウは軽々と彼女を抱いたまま、「じゃあ行ってくる。後は頼む」とタロスたちに声をかけた。
「りょうかーい」
二人は声を揃えた。リッキーはひらひらと右手を振っている。
レストランの店員やテーブルで食事をしている客たちが、出口へと向かう自分たちを視線で追ってくる。びっくりしているものもあったが、おおかた、好意的な目で見守られた。
その中をジョウはゆうゆうと歩いていく。アルフィンは、気持ち彼の肩に顔をくっつけて視線から逃れた。
「ジョウ、恥ずかしいわ……」
「別に悪いことしてるわけじゃない。気にするな」
だって立てないんだろと微笑む。
なぜか悔しい気持ちで、アルフィンはジョウの首に回した腕に力を込めた。
「ジョウは平気なの? 同じだけ滑ったのに」
「俺は初めてじゃないから。まあ、経験の差だ」
「ずっるいの」
んもう、とふて腐れる。ジョウがとりなした。
「まあ、二三日滑ればアルフィンも慣れるさ。君は筋がいい」
「ほんとう?」
「ああ。あとはこれから、スパでゆっくり身体を癒やすことだな」
と、そこでジョウはアルフィンの目を見た。間近で。
もの言いたげな目。そして「間」――。何かしら。アルフィンが首を傾げる。
「?」
ジョウはなんと言おうか迷って、そして口に言葉を載せる。
「知ってるか、ここのスパには貸し切りの混浴があるんだそうだ」
「こ、」
んよく?
アルフィンの思考が一時停止する。
それって……。動揺が身体を駆け巡る。心臓が不規則に跳ねる。
「混浴って、その、水着をつけないで入るお風呂ってこと?」
「……」
ジョウは目線を合わせない。ただ、アルフィンを抱えながら足を進める。
「……」
アルフィンも口を噤んだ。
店の自動ドアを通ったときに、店員に「どうも、ありがとうございました」と声をかけられる。
そこでようやくジョウが訊いた。
「入るか」
「……うん」
「じゃあ、借りておく」
「ん、」
恥ずかしくて顔を上げられない。けれども、いい。
まともに歩けないことを言い訳にして、ジョウに運ばれるままでいよう。
幸福な気分でアルフィンは思った。
「あ、でもジョウ。あたし、先に女性用スパに行ってみたい。エステもマッサージもあるっていうから楽しみにしていたの」
言われてジョウは少し肩すかしを食ったような顔になる。でも気を取り直して
「――まあ、愉しんでから来ればいい。でも、俺がうだって湯あたりしてしまう前に頼むよ」
と言った。
アルフィンが「了解」と笑った。
END
ジョウの混浴へのお誘いは確信犯ですな。それがあるからこの宿にしたと思われます。。。笑
ごちそうさまと、満足げな笑みでアルフィンは言った。
「美味かったな、タンシチュー」
「煮込みハンバーグもほっぺたが落ちそうだったよ」
極楽、極楽と言って、タロスもリッキーもお腹をさすりながら背もたれに身体を預ける。
ホテル付きのレストラン。キャンドルが至る所に飾られてあり、いやでもムードを盛り上げる。
冬の山ではその温かな光がより心に沁みた。
昼はゲレンデを貸し切ってスキー三昧。思う存分雪と戯れた。明日はスノーボードに挑戦しようと話したりして。
遊び疲れた身体だったけれど、四人は緩やかに満たされていた。アルコールが進むにつれ自然会話は少なくなったけれど、バカンスはまだ終わらないのだ。
「そろそろスパにでも行くか。汗を流そう」
グラスの底に残っていたワインを喉に流して、ジョウが言った。
「いいわね。薔薇を浮かべたお風呂もあるって聞いたわ。行きたい」
アルフィンが笑顔で言った。
「会計、してきます」
タロスが店員を呼ぶ。リッキーが「スパかぁ、俺らも行きたい」と言うと、「野暮言ってんじゃねえよ。気を使え」と一喝された。
「ちえ」
口を尖らせるリッキーを横目に、「後でタロスと入れば」とアルフィンがウインク。口元をナフキンで拭って丁寧にそれをテーブルに畳んだ。
「ひでえな、おっさんと入って何がたのしーんだよ」
「背中流してやるよ、リッキーの旦那」
ふふんとタロスが目を細めた。うえええと苦虫を噛みつぶした顔をリッキーがこしらえる。
そこでイスを引いて立ち上がりかけたアルフィンが、かくん、と膝を折った。
「あっ」
つんのめりそうになるところを、ジョウがすかさず支えた。手を前に差し伸べて、上体を抱き留める。
「大丈夫か」
「あ、ありがとう……」
あれ、と目を見開いてアルフィンが怪訝そうな表情になる。ジョウの腕に寄りかかったまま、
「え、あれ? あたし、」
と呟く。
「どうした」
アルフィンを支えたままジョウが彼女の顔を覗き込む。
「ジョウ、なんだか、脚が震えて力が入らない。がくがくして立てないの。どうして」
困惑している。と、ジョウの相好が崩れた。
「筋肉痛だよ。っていうか、疲れが脚に来たんだな。アルフィン、スキー靴、履くのも今日が初めてだったもんな。無理もない」
「筋肉痛?」
「うん」
信じられないと言いたげな顔をしてアルフィンが自身の足元を見る。
タロスが笑った。
「若えから、すぐ出るんだな。あたしの年になると、二日かかりますぜ。身体に出るまで」
「ほー」
リッキーがそうなのか、という面持ちで頷く。そんなやりとりの中でも、アルフィンは「やだ。ほんと、どうして」としきりと足を踏ん張って立ち上がろうとする。けれど、どうしても身体がいうことをきかないみたいだった。
そこで、ジョウがアルフィンの背中と膝裏に腕を回して、ひょいと抱え上げた。
お姫さま抱き。
「きゃ」
出し抜けだったので、反射でアルフィンがしがみつく。
ジョウは軽々と彼女を抱いたまま、「じゃあ行ってくる。後は頼む」とタロスたちに声をかけた。
「りょうかーい」
二人は声を揃えた。リッキーはひらひらと右手を振っている。
レストランの店員やテーブルで食事をしている客たちが、出口へと向かう自分たちを視線で追ってくる。びっくりしているものもあったが、おおかた、好意的な目で見守られた。
その中をジョウはゆうゆうと歩いていく。アルフィンは、気持ち彼の肩に顔をくっつけて視線から逃れた。
「ジョウ、恥ずかしいわ……」
「別に悪いことしてるわけじゃない。気にするな」
だって立てないんだろと微笑む。
なぜか悔しい気持ちで、アルフィンはジョウの首に回した腕に力を込めた。
「ジョウは平気なの? 同じだけ滑ったのに」
「俺は初めてじゃないから。まあ、経験の差だ」
「ずっるいの」
んもう、とふて腐れる。ジョウがとりなした。
「まあ、二三日滑ればアルフィンも慣れるさ。君は筋がいい」
「ほんとう?」
「ああ。あとはこれから、スパでゆっくり身体を癒やすことだな」
と、そこでジョウはアルフィンの目を見た。間近で。
もの言いたげな目。そして「間」――。何かしら。アルフィンが首を傾げる。
「?」
ジョウはなんと言おうか迷って、そして口に言葉を載せる。
「知ってるか、ここのスパには貸し切りの混浴があるんだそうだ」
「こ、」
んよく?
アルフィンの思考が一時停止する。
それって……。動揺が身体を駆け巡る。心臓が不規則に跳ねる。
「混浴って、その、水着をつけないで入るお風呂ってこと?」
「……」
ジョウは目線を合わせない。ただ、アルフィンを抱えながら足を進める。
「……」
アルフィンも口を噤んだ。
店の自動ドアを通ったときに、店員に「どうも、ありがとうございました」と声をかけられる。
そこでようやくジョウが訊いた。
「入るか」
「……うん」
「じゃあ、借りておく」
「ん、」
恥ずかしくて顔を上げられない。けれども、いい。
まともに歩けないことを言い訳にして、ジョウに運ばれるままでいよう。
幸福な気分でアルフィンは思った。
「あ、でもジョウ。あたし、先に女性用スパに行ってみたい。エステもマッサージもあるっていうから楽しみにしていたの」
言われてジョウは少し肩すかしを食ったような顔になる。でも気を取り直して
「――まあ、愉しんでから来ればいい。でも、俺がうだって湯あたりしてしまう前に頼むよ」
と言った。
アルフィンが「了解」と笑った。
END
ジョウの混浴へのお誘いは確信犯ですな。それがあるからこの宿にしたと思われます。。。笑
今鹿児島の温泉場に来てるのですが、家族風呂発祥の地なんだとか。へえー、要は貸切湯でしょ?と思ってたらなんと本当に個室が長屋みたく沢山並んでました。しかも入ってからお湯を張って出る時は抜くんだとか。湯量豊富だからこそですね。ただしジョウの期待するようなイイ雰囲気は完璧ゼロです。。。ああ、だから家族風呂。。。世の中まだまだ知らない文化があるなあと感心した次第です。
ところで先日ネットニュースで知ったのですが今月池袋でCJ40周年上映会があったそうですね。知ってたら絶対行ったのに!
主役のお二人と高千穂先生、安彦先生の4人のトークショウもあったみたいです。高千穂先生、もうちょっと書きますみたいなことおっしゃってたようですよ。楽しみですね。しかし4人並んだ写真で高千穂先生が一番若々しかった。。。やっぱり鍛えてる人は違いますね。
ごゆっくり満喫なさっていらっしゃるとよろしいです。
一番嬉しいニュースを有り難うございます。
原作者が書くと仰っていることより、ファンとして嬉しいことはないですものね。気長に新刊情報を待ちたいです。