いつものように先にお参りをしてきました。
いつ見ても筋肉隆々でカッコ良い狛犬さんです。
外から遠目に見る本殿。
では、行ってきまーす。
15分前に入室したので、出遅れティアヌス。
席が前の方は空いていなかった。
前の方に座るのを好むなんて、私もようやく学ぶ姿勢ができたもんだわ💦
今日のお題は「梶原景時」。
講師はイラストレーターで梶原景時押しだという黒㟢資子さんでした。
景時が御家人達から疎まれ、鎌倉を去り、下向したところが寒川一之宮だったことで、ここが寒川神社つながりなのですね。
先生は学者ではなく、景時についてのオタクということなので、、といいますが、もちろんたくさんの史料を読み込み、深く調べた上でのことなので、裏話を含め、面白く拝聴しました。
この冊子も付いていて、講義の中でも話に入っていましたが、中学生くらいの女の子たちが読んだら、歴史に興味が湧く子もいるだろうと思いましたよ。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」での景時の最後も泣けましたね。
私も梶原景時はあの鎌倉権五郎の末裔ということでも注目して見ていました。
『玉葉』では、「御家人達の中に頼家を廃し、実朝を擁立する動きがある」と頼家に讒言したものの、それが虚偽であったことが露見したために鎌倉を追放されたとありますが、今回の「鎌倉殿の13人」を見ているとあながち讒言でもなかったような……
史実についてはこれは間違いないというのはないのでしょう。例えば『吾妻鏡』などに書かれていることは北条に都合の悪いことは書かないですから、隠されていることは多いだろうし、ほかの『愚管抄』なんかを読んでも、物理的にも遠くて信憑性も欠けるし、本当のことはやっぱり誰にも分からないことなのだろうなと思いました。きっといろいろぐちゃぐちゃに絡まっているのでしょうね。
寒川一之宮に下向した梶原一族は、その後一族で京都に向かう途中、駿河国狐ヶ崎で現地の武士たちに討たれることとなりました。
景時の奥さんたちはそれぞれ生き延びていますから、きっと今でもどこかに子孫がおられるのでしょう。
さて、今回は鎌倉殿のお弁当というのを注文していましたので、早速家でいただきました。
寒川神社参集殿料理長が、鎌倉時代の食の再現をテーマに厳選した食材と徹底した調理研究を経て完成させたものだそうです。
竹の皮に包まれておりますよ。
初代鎌倉殿の源頼朝が1193年の5月から6月にかけて富士の裾野で鷹狩りをした際、嫡男頼家が初めて鹿を射止め、大喜びをし、頼朝は景時の次男である景高を遣わし、政子にこのことを伝えたとあります。政子はこんなことでいちいち使者を立てるなと怒ったとか。
「鎌倉殿の13人」では頼家の討ち取ったあの鹿は作り物でしたね笑
狩の合間、鎌倉殿や景時ら御家人の空腹を満たしたお弁当を再現したものです。
栄養も満点、味もお世辞抜きに美味しかったですよ。
さすが料理長。
さて、次回は10月です。
早いもので4回目に突入します。
私も何か質問を考えていこうかな。