周防正行監督の映画を見るのはこれで3本目である。「シコふんじゃった」「Shall we ダンス?」。いずれも面白かった。「それでもボクはやっていない」が公開されたのは2007年である。
朝の満員電車の中で「やめてください!」という声がして、若い男性が痴漢容疑で捕まった。刑事の執拗な取り調べが行われ、調書が「作文」されていく。
当番弁護士が接見に来てくれた。「裁判は大変だ。判決が出るまでに1年はかかる。罪を認めて示談にすれば、誰にも知られず明日か明後日にはここを出られる」。しかし被疑者は「僕はやっていない」と突っぱね、4か月勾留された挙句に起訴された。長期間勾留し検察に有利な状況を作る。これを「人質司法」というらしい。
刑事裁判の大半は被告人が罪状を認めた案件であり、有罪率は99.9%であるといわれる。ただし、否認事件に関して言えば97%である。無罪となるのは100件のうち、たったの3件である。被告人が無罪を主張していても、裁判官としては「被告人のウソに乗ってはいけないという強い意識が働くものらしい。
周防監督の言葉は容赦ない。
「都合の悪い証拠は隠す。起訴したからには絶対に有罪をとる。それが検察官の仕事です。」
「裁判所が無罪に臆病なのは、今に始まったことじゃない。僕たちが相手にしてるのは、国家権力なんですよ。」
「無罪を出すということは検察と警察を否定することです。つまり、国家に盾をつくことです。そしたら出世はできません。裁判所も官僚組織ですから組織の中で評価されたいというのが人情でしょう。被告人を喜ばしたって何の得にもなりゃしない。無罪判決を書くには大変な勇気と能力がいるんです。」
「裁判官は常時200件以上の事件を受け持っている。裁判官の能力は処理件数で測られる。だから早く終わらせることばかり考える。」
「怖いのは99.9%の有罪率が裁判の結果ではなく、前提になってしまうことなんです。」
「99.9%の有罪率ってのは弁護士さんにとっても便利なんですよ。有罪で当たり前だから誰からも非難されないし、無罪取ったら英雄だ。」
「無実であるなら裁判で明らかになる。裁判官はわかってくれる。そんなふうに考えていたらとんでもないことになる。」
結局、被告人は執行猶予付きの懲役3月を言い渡される。判決理由を聞きながら、被告人の独白が続く。
「僕は初めて理解した。裁判所は真実を明らかにする場所ではない。裁判は被告人が有罪であるか無罪であるかを、集められて証拠で、とりあえず判断する場所に過ぎないのだ。それで、ぼくはとりあえず有罪になった。」
被告人はもちろん控訴する。しかし、否認事件で無罪が言い渡される確率は3%。その後の裁判でも無罪を勝ち取る可能性は小さい。