戦後の日本政治は「官僚主導」だったといわれる。政・官・財の鉄の三角形の中で官僚が大きな役割を担ってきた。しかし、1991年のバブル崩壊以降、日本が長期停滞に陥ったことから、官僚主導ではだめだ、政治主導の体制を作ろうという動きが始まった。「天下り」「「縦割り行政による不効率」「大きくなりすぎた行政指導」など、官僚主導の弊害がやり玉に挙がった。
政治主導への突破口となったのは2001年の省庁再編である。それまでの1府22省庁から1府12省庁体制になり、総理府に代わって内閣府が創設され、大きな権限を持つようになった。さらに、2009年の民主党政権の下で「大臣・副大臣・政務官」制度が導入され、官僚を排除する動きが加速した。国会における政府委員制度も廃止された。
官と政の力関係が決定的に変わったのは、2014年に内閣人事局が設置されてからである。これにより幹部公務員の一元管理ができるようになり、官邸の意向に反対する官僚は更迭され、官僚は内閣の「下請け」となった。確かに、国民から選ばれた政治家が国民から選ばれたわけではない官僚をコントロールすることは、民主主義の原理にかなっているようにみえる。
しかし、政治家は次の選挙に勝つために短期的な党利党略を優先するし、国民の多くも短期的な視点からしかものを見ない。だから国民主権による決定が正しいという保証はない。これに対して、官僚は目先の利益にとらわれず、その専門性を生かして長期的視点から考察し提言することもできる。衆議院に対して参議院は「理性の場」であるとされるが、これと同じことが官僚には期待される。
内閣人事局が創設されるまでは、官僚がガチンコで議論してA案、B案、C案の選択肢を考え、そのうえで政治家が最終的な判断を下す、という役割分担があった。ところが官邸主導のもとでは、官邸の政策に異を唱えた官僚は更迭され、官邸に忖度する官僚が出世するという露骨な人事が行われるようになった。
2015年にふるさと納税の導入に反対した総務省の局長が更迭されたり、森友学園問題で安倍総理の関与を明確に否定した局長が国税庁長官に出世したりしたのはその例である。その結果、官僚は官邸の顔色ばかりをうかがい、積極的な発言をしなくなってしまった。
昔、田中角栄が大蔵大臣になった時、若いキャリア官僚に向かって、「頭は君たちのほうがいい。ワシを使って日本をよくしてくれ。責任はワシがとる」と述べたといわれる。せっかくの官僚の持つ能力を生かさないのはもったいない。現在、日本には約58万人の国家公務員(うち24万人は自衛隊員)と274万人の地方公務員がいる。政と官のバランスの在り方が問われている。