『あきない世伝 金と銀」からはいろいろ学ぶところが多い。
たとえば、
① 江戸時代の商家の夕餉は「冷ご飯に、香々(こうこ)と呼ばれる大根の漬物のみ。冷や飯に熱いお茶をかけて、お茶漬けにして食する」。わが家の日常生活のぜいたくさを反省する。
② 大坂の商家の女衆(おなごし)は雇われた順に「松」「竹」「梅」を名乗る習わしがあったそうな。もちろんお松はお竹よりは格上で、お竹はお梅より格上である。ふーん、そうだったのか。
③ 笑う門には福来る
「どないにえげつないこと言われたりされたりしたかて、笑うて過ごしなはれ」
「愉しくないのに笑うのは難しいです」
そらそうやなあ、と治兵衛は破顔一笑した。
「ひとというのは難儀なもんで、物事を悪い方へ悪い方へと、つい考えてしまう。それが癖になると、自分から悪い結果を引き寄せてしまうもんだすのや。断ち切るためにも、笑うた方が宜しいで」
ついでにもう一つ(Wikipediaより)
④ 大坂・船場商家の役職は、旦那、番頭、手代、丁稚の順で位が低くなる。丁稚奉公ののち、17歳から18歳で元服、手代に昇進する。現代の会社組織でいうと、係長や主任に相当。
丁稚が力仕事や雑用が主な業務であるのに対し、手代は接客などが主要な業務であった。つまり、直接商いに関わる仕事は手代になって初めて携われるのであった。経理、商品吟味、得意先回りなどもする。手代になると丁稚と違い給与が支払われる場合が一般的だった。