ミンクのつぶやき

何気ない日常生活や時には短編小説を載せる事もあり。

忘れられない~第三章

2011-11-13 10:15:03 | 短編ストーリー
第三章

 いつの間にか季節は夏。
うだるような暑さの中香織は一人で歩いていた。今日八月三十一日は達哉の三回忌。
 本当は孝子達と一緒に行くはずだったが当日になって達哉と歩いた道を歩きたくて一人で行く事にした。
 
 新宿駅から中央線に乗り換えた。夏休み最後の日曜日と重なって車内は親子連れが目立つ。
ぼんやりと車内から過ぎ行く景色を見ていた。達哉の実家は日野駅から歩いて10分程だった。
付き合っていた当時はこうやって電車に乗って達哉の実家に遊びに行った事を思い出す。
そういえばプローポーズも電車の中だったっけ。
照れ屋の達哉は電車の景色を見ている香織の側でたった一言。
 「俺の所へおいで。」
たったこれだけだった。
たったこれだけだったけど香織はとても嬉しかった。みるみる溢れる涙。それを見て達哉はとても慌てていたっけ。
言葉が出ない香織は黙って頷いた。

 あの頃はとても幸せだった。
だけど今はその達哉は居ない。
香織の心だけ持っていってそのまま。
残ったのは抜け殻になった香織。

愛しい人が目の前でトラックに跳ね飛ばされたのを見た香織はショックの余り半狂乱になってしまった。
幼い子を助けようとして跳ねられてしまったのだ。

救急車が来るまでの時間がとてつもなく長かった。そこから先は記憶が途切れてしまい気がついたときには全ては終わっていた。
 達哉の死を知らされた香織はそのまま寝付いてしまった。

 達哉の死を受け入れられない香織は魂の抜け殻となった。
 いくらでも流れてくる涙。
寝ては覚め、覚めては寝て・・・・夢の中では達哉はいつでも側にいた。悲しげな眼で黙って香織を見ていた。
(このまま、夢の中にいれば達哉といつまでも一緒に居られる。いっそこのまま目覚めたくない。)

 かろうじて自らの生を保てたのは両親と友人のお陰だった。そして何よりも香織に生きてくれと願ったのは達哉の両親。
幼子の両親も毎日のように見舞ってくれた。

 ある日、夢の中で達哉が香織に語りかけてきた。
「香織、君の事を置いていくことになってごめんな。俺はもう君を守ってあげることできない。さぁ、俺はもう行かなくちゃ。香織に会えて幸せだった。」
「行かないで!一緒に連れて行って!」
達哉は黙って少し微笑んでいた。


 あれから三年、まだまだ達哉を忘れる事はできない。でも忘れる必要がない事に気がついた。
「達哉、あなたを忘れないように忘れます。」

 香織は電車から降りた。
「もう夏もそろそろ終わりかな。」

 駅に到着した。
香織はしっかりとホームに降り立った。
一瞬突風がふいて香織の足元に小さな竜巻を作った。

小さな竜巻は香織を見守るように渦巻いていた。
そして香織の姿が見えなくなるとスーっと消えていった。

香織はふと振り返ったが小さく頷くと勢いよく改札を後にした。
蝉の声が響き渡る中へ。


THE END