続・シーガイア100倍!!

島根オフ会②(国宝松江城)

2024.7.13 10:30 松江城 天気:🌞 気温:28℃

みなさーーん!遂に来ました!

ここですよ。

島根県松江市街の中心部に築かれた国宝・松江城は、17世紀初頭に当時の領主であった大名・堀尾吉晴によって築かれました。


松江城!!


天守閣、見えてる!!


汗が噴出💦


松江神社
松江城山二の丸の興雲閣の横にあり、松江城が国宝になる決め手となった祈祷札が発見された神社。
松江開府の祖 堀尾吉晴、松江藩主 松平直政・松平治郷 (不昧公)、徳川家康を祀っています(観光協会資料より)


江戸時代とは全く違う(大正時代の)建物が出現!


和風と洋風が入り混じった不思議な感覚。


松江城内には、明治36年(1903年)に完成した洋館の「興雲閣(こううんかく)」があり、大正天皇(当時皇太子嘉仁親王)が宿泊した歴史があります。松江の西洋化の第一歩となった建物で、県内に残る数少ない明治建築のひとつです。正面には車寄せがあり、周囲を装飾で飾られた柱が特徴です。


ここで入場券を購入してください。


かっこいい!!(松江城が・・・)


もう一枚!


鯱 (しゃちほこ)。木造のものでは日本最大(高さ約 2m)だそうです😲


これが国宝指定証。初めて見た!(城内にあります)


入ってみますか(土足禁止になっていました)



お城の中は非常に暗いです。3連休初日、多くの人出もあり
画像は動画から切り出しました。なのでかなり酷い画質になっております。
(一眼でそれなりの設定をすればうまく撮れると思います。ただし平日。)

ここで入場券のチェックがあります。


一番最初に目についたのが、塩蔵と井戸でした。



どのお城もそうですが梯子のような階段で上にあがります。


2階部分には天守最大柱があります。
松江城天守の最大柱は、地階から1階にかけて東西に2本通っている包板を持たない柱です。天守の軸組構造の中で最も重要な柱とされており、天守国宝化の決め手となった祈祷札もこの柱の地階部分に打ち付けられていました


文化庁によると、指定に至った大きな理由は、2012年5月に「慶長十六年」と記された祈祷札2枚が再発見され、その後の研究により天守が慶長16(1611)年完成であることが明確になったこと、2階分の通し柱や包板の技法を用いた特徴的な柱構造が解明され、天守建築に優れた技法を用いた事例であることが判明したことによる。


鉄砲狭間。


ここで寝そべって構えたのでしょうか。。


3階部分へ


3階には鉄砲ではなく「石落とし」がありました。これはなんとも原始的ですね。
落とされた方はたまったもんじゃないけど・・


光が入ってきてる部分ですね。


外が見えるよ!


4階へ


4階の四隅に不思議な構造物(物置のような部屋?)があったのですが・・


図面を見てもよく分からず。。。ご存じの方教えてください!


花頭窓というのは装飾窓で機能的なものは無いとのことです。



驚いたのはこれ!箱便所。
こういう場所にあるのは珍しいそうです。藩主用だそうですが、、、自然落下?


上へ行くほど明るくなってきますね。


この上が天守ですよ。



来ました!!


うわ~



=======画質が悪く失礼しました。ここからコンデジにします=====

みなさーーん!松江城天守閣!


宍道湖が、、、見えてるね~


山陰合同銀行の建物も。


良い風が吹いてて気持ちいい!


おや?


なんだこれ?


サギですね!アオサギかな?


かなり大きくなってますが、雛ですね。親がお食事を運んでます。


また取りに行きました!


お父さんとお母さんかな。首を絡めたりしてラブラブのご様子でした。


楽しみましたね。。


行きますか!



松江城!さようなら!!




つづく
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