Moi' craft もいのブログ

写真・編み物作家のもいのブログ

いろりもみじの物語-3

2022-10-13 15:07:10 | 日記

男は流れ者だった。

宿にしようと入った崩れたあばら屋を貰い受け、独りで暮らしている。

玄関から入って、禿げた畳の間が一部屋。

その真ん中に囲炉裏がある、簡素な部屋だった。

前の主人は囲炉裏の前で事切れていた。

随分時間が経っていたようで、あまりきれいな遺体ではなかった。

その亡骸を丁重に葬り、流れ者・新八はこの家を貰い受けた。

それからまだ数日。

林の麓にあり、人里から離れたこの家には、新八の他に人の姿は見えない。

流れ者には好都合だった。

ここ何日かは木の芽を食べ、石で小鳥を狩り、食いつないだ。

もっと腹を満たしたい。

狩りをする前に、まず薪を蓄えた。

家を補修しながら、沢で蟹を採り、今日も飢えをしのいだ。

暗くなる前に家に帰り、火を熾す。

夕焼けが沈みゆく頃、やっと火が熾せた。

新八は、少し肌寒い晩春の夜を、初めて火の前で迎えることができた。

どこかで拾った鋤の先で、灰を掻き薪をくべる。

だんだん暗くなると、夜闇に火だけが浮かび上がってきれいだった。

今が春の終わりで良かった、新八は思う。

新芽や鳥、魚、獣、食べるものが沢山ある。

明日は筍を探しに行こう。

手をついて足を崩していた新八の手の甲に、火の粉が届いた。

熱い。しかし、痛みには慣れている。

薪が爆ぜた。まるでもみじのような火花が散る。

ふふ、と新八は笑う。もう、俺もここまできたか。夢か現かわからない。そんなあわいの中に。

パチッ、またもみじが散り、何枚も何枚もが、新八に降りかかろうとした。

「うつくしうない」

新八はぼやいた。

「もっと、木のように鈴ならぬと、うつくしうない」

もみじは新八に降りかかるのをやめ、炎が渦巻いたかと思うと、見事な紅いもみじの木を作り出した。

感心しながらも、新八は目を細める。

「何本もあらへんと、醍醐味がない」

炎は分かれ、木は二本になった。

おお、と声には出さず、新八は言う。

「あかん、あかん、三本、四本はないと」

炎は小ぶりではあるが、四本のもみじの木に別れた。

「散り際が美しいわな

炎の木はその葉を散らした。

「あかんわ」

新八はもみじに背を向け、荒れた畳に寝転がった。

「そんなんじゃ、あかん」

あの日真如堂で観たもみじには、勝てへんよ。

なあ、お義父さま。

そう思いながら、新八はすぅすぅと寝てしまった。

火は葉を散らし、小さくなって、そのうち消えていた。

火の消えた庵は静かだった。

新八は夢を見た。きっともみじの夢ではない。

朝になれば、もみじのことは忘れているかもしれない。

早く昇った太陽が、新緑の芝を照らし、新八をもう起こそうとしていた。



以上、自分の作品から着想を得た

三連作のショートショートでした。

もい
Moi's craft
(いろりもみじはMoi's craftの編むもみじの名前です)


いろりもみじの物語-2

2022-10-13 01:25:37 | 日記
師走の朝は寒く、起きるのはつらい

それでも、自分の店に出向かなくてはならない。

薬屋・煌々堂の店主与一は、朝餉の前に一服しようと、さっさと着替えて女中を待った。

二人の女中はいつも通り5時50分にやってきて、おはようございますとだけ口にし、火鉢と煙管(キセル)を置いていった。

与一はのそりと足を崩し、煙管(キセル)には手を付けず、火鉢に手をかざす。

乾いた喉を早く潤したい。

再び女中が来るのを待つ間、与一は炭を見つめていた。

外はしんと寒く、風が吹くため障子を開ける気にもなれない。

ふと、手元の炭が爆ぜた。

パチッ

炭の焼きが甘いのか。

見つめていると、パチッパチッと線香花火のように爆ぜだした。

思わず引こうとした与一の手を包むように、火花が爆ぜる。

それはさながら風に舞うもみじのようであった。

手を引っ込めることもせず、与一はもみじの形をした炎に見惚れた。

店のことも喉の渇きも忘れ、炎に魅入っていると

「失礼します」

と襖が開き女中が白湯を持ってきた。

目が火鉢から離れ、与一は手に痛みを感じた。

「あついっ」

思わず抱いた手は、両方とも色が変わるほど火傷していた。

女中は白湯を取りこぼした。

呻く主人の目の前の火鉢では、炭が白く灰がちになっていた。

その中に、一枚のもみじが落ちていたが、そんなことは気にならない。

急いで廊下を駆けて助けを呼びに行った。





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(いろりもみじとは、もいの編み物作品のもみじの名前です)