男は流れ者だった。
宿にしようと入った崩れたあばら屋を貰い受け、独りで暮らしている。
玄関から入って、禿げた畳の間が一部屋。
その真ん中に囲炉裏がある、簡素な部屋だった。
前の主人は囲炉裏の前で事切れていた。
随分時間が経っていたようで、あまりきれいな遺体ではなかった。
その亡骸を丁重に葬り、流れ者・新八はこの家を貰い受けた。
それからまだ数日。
林の麓にあり、人里から離れたこの家には、新八の他に人の姿は見えない。
流れ者には好都合だった。
ここ何日かは木の芽を食べ、石で小鳥を狩り、食いつないだ。
もっと腹を満たしたい。
狩りをする前に、まず薪を蓄えた。
家を補修しながら、沢で蟹を採り、今日も飢えをしのいだ。
暗くなる前に家に帰り、火を熾す。
夕焼けが沈みゆく頃、やっと火が熾せた。
新八は、少し肌寒い晩春の夜を、初めて火の前で迎えることができた。
どこかで拾った鋤の先で、灰を掻き薪をくべる。
だんだん暗くなると、夜闇に火だけが浮かび上がってきれいだった。
今が春の終わりで良かった、新八は思う。
新芽や鳥、魚、獣、食べるものが沢山ある。
明日は筍を探しに行こう。
手をついて足を崩していた新八の手の甲に、火の粉が届いた。
熱い。しかし、痛みには慣れている。
薪が爆ぜた。まるでもみじのような火花が散る。
ふふ、と新八は笑う。もう、俺もここまできたか。夢か現かわからない。そんなあわいの中に。
パチッ、またもみじが散り、何枚も何枚もが、新八に降りかかろうとした。
「うつくしうない」
新八はぼやいた。
「もっと、木のように鈴ならぬと、うつくしうない」
もみじは新八に降りかかるのをやめ、炎が渦巻いたかと思うと、見事な紅いもみじの木を作り出した。
感心しながらも、新八は目を細める。
「何本もあらへんと、醍醐味がない」
炎は分かれ、木は二本になった。
おお、と声には出さず、新八は言う。
「あかん、あかん、三本、四本はないと」
炎は小ぶりではあるが、四本のもみじの木に別れた。
「散り際が美しいわな」
炎の木はその葉を散らした。
「あかんわ」
新八はもみじに背を向け、荒れた畳に寝転がった。
「そんなんじゃ、あかん」
あの日真如堂で観たもみじには、勝てへんよ。
なあ、お義父さま。
そう思いながら、新八はすぅすぅと寝てしまった。
火は葉を散らし、小さくなって、そのうち消えていた。
火の消えた庵は静かだった。
新八は夢を見た。きっともみじの夢ではない。
朝になれば、もみじのことは忘れているかもしれない。
早く昇った太陽が、新緑の芝を照らし、新八をもう起こそうとしていた。
以上、自分の作品から着想を得た
三連作のショートショートでした。
もい
Moi's craft
(いろりもみじはMoi's craftの編むもみじの名前です)