手元をくねくねと動かすと、糸がかかって編地が伸びていく。
そんなところを見つめるのが好きだった。
電車に乗っていたから、こう思ったのは中学校の下校時だったはずだ。
高校からは、自分も電車で編むようになった。
関西という土地柄もあって、時々「うまいね」などと話しかけてくれる人がいるのも嬉しかった。
今、コロナ禍でそんな光景を見ることも減った。
人々はスマホに没頭して、ろくに前を見ない。
外で編んでいる人がいたことなんか、すっかり忘れてしまった。
今日、ドアを開けっ放しで換気した小さなクリニックの待合で、ちっちゃなモチーフを編んでみた。
時々人の目がこちらを向くのがわかる。
一本の糸が、編み絡まり、桜の形になるまで20分。
看護師さんに呼ばれたとき、なにを編んでいるのか聞かれた。
やはり気になるのだ。昔の私と同じように。
外で編み物をすることは、一種のパフォーマンスだと思う。
ヤーンボミングまでとは言わない。
この小さな芸術活動を、迷惑のかからない編み物行為を、今一度どうか許してほしい。
Moi's craft
もい