褐色細胞腫とパラガングリオーマについての総説
NEJM 2019; 381: 552-565
褐色細胞腫は臨床医を魅了し、時に狼狽させる。カテコラミンの過剰分泌による症状は 30以上の鑑別疾患と見紛わせる。この稀な腫瘍は診断されずに放置されれば命に関わる。それゆえ、早期診断が重要である。しかし、診断のための生化学検査および局在診断のための画像検査については複雑で解釈が難しい。
腫瘍切除が治療となるが、術前処置と手術の時期についてはよく分かっていないところがある。さらに、最適な術式についても意見が一致していない。その上、褐色細胞腫の原因遺伝子についての理解が進み、遺伝子変異に基づく個別的な治療が提唱されるに及んでいよいよ複雑さが増している。
1. 歴史、術語そして病理所見
ドイツのフライブルクの病理医だった Max Schottelius (1849-1919) が世界で初めて褐色細胞腫の組織学的な特徴を記載したが、その業績は 2017年まで忘れられていた。彼が記載した患者は 18歳女性で長期にわたってパニック、頻脈、発汗の発作に悩まされ、1886年に死亡した。この症例報告は英語に翻訳され、1984年に 'Classics in Oncology' に収載された。
2007年に著者らは、この患者の兄の子孫が rearrangement during transfection (RET) 変異を保有していることを見出し、Schottlius が記述した女性が多発内分泌腫瘍症2型 (multiple endocrine neoplasia type 2: MEN-2) の最初の症例であることを報告した。
Schottelius は摘出した副腎腫瘍を Muller (u にはウムラオトを付す) 染色し、クロム親和性の腫瘍であると記述している。褐色細胞腫 (pheochromocytoma) という病名はドイツの病理医である Ludwig Pick が 1912年に初めて使った。
2017年に世界保健機関は褐色細胞腫は副腎腫瘍で、パラガングリオーマは副腎外の腫瘍だと定義した。両者は組織学的には区別できないので、腫瘍の発現部位で区別しているのである。
腫瘍はいわゆる zellballen (ドイツ語で細胞球の意) パターンをとるのが特徴的で、高分化な腫瘍細胞が巣状に成長し、それらの間に線維芽組織や支持組織からなる間質がある。免疫染色では主細胞はクロモグラニンで、支持細胞は S100 で染色される。
2. 臨床所見と診断
褐色細胞腫の罹患率は 0.6/10万·年である。症状は多様であり、古典的な三徴として頭痛、頻脈、発汗がある。他にも不安、パニック発作はよく見られる。CT が広く利用されるようになり、副腎偶発腫として褐色細胞腫が発見されるケースも増えている。さらに、家族性の場合では無症候性の褐色細胞腫やパラガングリオーマが発見されることもある。
褐色細胞腫およびパラガングリオーマを診断するためには、カテコラミンの過剰産生と腫瘍の存在を証明する必要がある。15件の観察研究によれば、血漿メタネフリン分画(メタネフリン、ノルメタネフリン) は感度 97%、特異度93%である。一方、カテコラミン分画(アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミン)は感度は劣るが、高値 (基準値上限の 2倍を越える)は診断的価値がある。
三環系抗うつ薬、向精神薬、セロトニン再取り込み阻害薬、ノルエピネフリン再取り込み阻害薬、レボドパなどの薬剤はカテコラミン分泌を促進する。また急性期疾患ではカテコラミンが上昇し、偽陽性となることがある。カテコラミン産生腫瘍の評価を正しく行うためには三環系抗うつ薬やその他の精神薬は検査の2週間前には中止するべきである。
褐色細胞腫やパラガングリオーマの画像検査を行うにあたっては、臨床的な 3つのシナリオに分けて考えるべきである。ひとつは典型的な症状を認め、明らかにメタネフリン、カテコラミンが上昇している場合。もうひとつは偶発的に副腎腫瘍または後腹膜腫瘍を認めた場合。3つ目は褐色細胞およびパラガングリオーマ発症リスクとなる生殖細胞系列の遺伝子変異を認めている場合である。
シナリオ1 の場合は、造影 CT または MRI の T2 強調像で腫瘍を検索するべきである。副腎外のカテコラミン産生腫瘍のほとんどは後腹膜に存在し、骨盤内や胸腔内に認めるのは稀である。
シナリオ2 の場合は単純CT を行うことが重要である。腫瘍内部の CT 値が 10 Hounsfield units (H. U. ) 以下であれば内部に脂肪を含んでおり、褐色細胞腫やパラガングリオーマは除外されるので、生化学的検査は不要である。CT 値が >10 H. U. の場合は、生化学的検査を行い、異常値を認める場合は造影 CT または MRI を検討する。
シナリオ 3 の場合の取り扱いについては、変異遺伝子の保因者のケアにおいて後述する。
褐色細胞腫またはパラガングリオーマの診断が確定した後は、追加で全身の画像検査を行うべきかどうかについては疑問がある。機能画像検査 (123I 標識メタヨードベンジルグアニジン (metaiodobenzylguanidine: MIBG) シンチグラフィ、68Ga 標識 1, 4, 7, 10-テトラアザシクロドデカン (DOTATATE) または 18F 標識 L-ジヒドロキシフェニルアラニン (L-DOPA) を用いた PET-CT) は褐色細胞腫およびパラガングリオーマの局在診断には非常に有用である。機能画像検査を行う主な目的は転移巣および複数のクロマフィン腫瘍の検索である。
頭頚部のパラガングリオーマはふつうは痛みをともなわなず、緩徐に増大する腫瘍であり、頸動脈小体や迷走神経パラガングリオーマ (vagal paraganglioma) として見つかる。あるいは、伝音性難聴、拍動性の耳鳴の原因として juglotympanitic paraganglioma が見つかることもある。進行した頭頸部パラガングリオーマでは、しばしば下位の脳神経障害を認める。これらの患者では、カテコラミンの過剰分泌を認めることは稀である。
3. 治療
褐色細胞腫およびパラガングリオーマの治療として最も重要なのは外科的切除である。問題となるのは、手術する時期と術式である。
α-ブロッカーとβ-ブロッカーによる降圧は褐色細胞腫の患者の標準的な治療であり、手術中の高血圧緊急症を防ぐために必要な処置である。
アドレナリン受容体をブロックするためにはふつう選択的または非選択的α-ブロッカーが用いられる。α-ブロッカー内服は手術の 7日以上前から開始されることが多い。
非選択的α-ブロッカーとしてはフェノキシベンザミンがある。フェノキシベンザミンは 10 mg 1日2回内服で開始し、最大で 30 mg 1日3回まで増量する。血圧は正常かやや低い状態にすることを目標とする。
α1受容体に選択的なα-ブロッカーとしてはドキサゾシンがある。ドキサゾシンは 1 mg 1日1回内服から開始し、目標の血圧になるまで最大 10 mg 1日2回内服まで増量する。
アドレナリン受容体拮抗薬を使用する場合は、1日5 g 以下に塩分摂取を制限し、十分な量の水 (2.5 L/日) を摂取させるべきである。
頻脈をコントロールする目的で β-ブロッカー投与するのは、 α-ブロッカーで十分な降圧を達成した後で開始するべきである。なぜなら、βブロッカーを単独で投与すると、α-アドレナリン受容体への刺激が亢進し、重度の高血圧や心肺代償不全を引き起こし得るからである。
β-ブロッカーを使用する場合は、たとえばメトプロロール徐放製剤 (商品名: セロケンL, ロプレソールSR) を 25 mg 1日1回で開始し、心拍数 80 回/分を目標に最大 100 mg 1日2回まで増量する。
手術前にアドレナリン受容体拮抗薬を服用することによる合併症として手術後の低血圧がある。2017年にアドレナリン受容体拮抗薬を使用しない周術期管理の検討が行われた。前向きの観察研究で、110例はα-ブロッカーを服用し、166例はα-ブロッカーを服用しなかった。手術中の最大収縮期血圧、高血圧発作の頻度、重度の合併症の頻度に差はなかった。α-ブロッカーを服用していなくても手術前に循環不全に陥ることはなさそうなので、麻酔中にニトロプルシドで血圧管理するのでも良いのかもしれない。α-ブロッカーによる手術前の血圧管理が必要なければ、手術が遅れないというメリットがある。しかし、このアプローチについてはコンセンサスは得られていないし、著者らの間でも意見が一致していない。内分泌学会による 2014年の褐色細胞腫のガイドラインでは引き続き、全ての患者に手術前にアドレナリン受容体拮抗薬を服用させることを推奨している。
1996年までは褐色細胞腫の手術は開腹手術で行われていて、副腎と腫瘍を一塊として切除していた。
この術式については根拠は乏しいが、米国、欧州、アジアでは広く行われている。
1996年に Gagner らは内視鏡で褐色細胞腫を切除した。その後の数十年間で経腹壁あるいは後腹膜アプローチによる内視鏡手術は開腹手術に取って代わった。腹腔鏡手術は開腹手術と比べて、手術時間が短く、手術中·手術後の合併症が少なく、入院期間が短いため、現在では褐色細胞腫の標準術式となっている。5 cm 以上の褐色細胞腫でも腹腔鏡手術で安全に切除できることは示されているが、現在でも安全性については議論されている。そのため、大きな褐色細胞腫を切除する場合にどのような術式を選択するかについては、腫瘍の性状と術者の経験·技量に基づいて、個別に判断するべきである。
両側性の褐色細胞腫については、1999年から副腎を温存する手術が行われている。だいたい片側の副腎 1/3 が残せれば、糖質コルチコイドも鉱質コルチコイドも補充しなくて済む。
後腹膜や膀胱周囲、胸椎周囲の腫瘍についても最小限の侵襲での手術が行われている。
頭頚部のパラガングリオーマについてはどの治療法を選択するべきかを判断するのは難しい。治療法の選択は個別に判断するべきで、集学的な治療が必要となる。治療選択肢としては、手術、定位放射線照射、外照射、経過観察 (wait and scan strategy) がある。いずれを選択するにせよ、腫瘍の正確な位置と、増大傾向があるか、局所浸潤や転移病変の有無は調べておく必要がある。根治を望めるのは手術のみである。
頚動脈小体の腫瘍は Shamblin 分類で分類されることが多い。一方、jugulotympanic paraganglioma は Fisch 分類で分類されることが多い。いずれも手術のアプローチを決める手がかりになる。Shamblin 分類でクラス III の頚部パラガングリオーマおよび Fisch 分類で class C または D の jugular paraganglioma では、手術後にしばしば下位の脳神経の障害を認める。このような進行した腫瘍の場合は手術以外の治療をした方が治療に関連する合併症は少ない。
4. 疾患感受性遺伝子
1993年に 原癌遺伝子である RET が褐色細胞腫の疾患感受性遺伝子として同定された。以後、18の疾患感受性遺伝子が報告されている。疾患感受性遺伝子の同定と平行して、それぞれの遺伝子変異と臨床データとの関連が調べられている。変異遺伝子に基づいて治療方針を決めることができるようになることが期待されている。
疾患感受性遺伝子と疾患との関連がよく研究されているのは、MEN-2 (RET 原癌遺伝子の変異による)、Hippel-Lindau 病 (VHL 癌抑制遺伝子の変異による)、神経線維腫症 I 型 (NF1 癌抑制遺伝子の変異による)、パラガングリオーマ症候群 1-5 (症候群 1: SDHD の変異による、症候群 2 : SDHAF2 の変異による、症候群 3 : SDHC の変異による、症候群 4 : SDHB の変異による、症候群 5: SDHA の変異による)、遺伝性褐色細胞腫症候群 (TMEM127 および MAX の変異による)。
他の疾患感受性遺伝子でまだ厳密な genotyping や臨床データとの関連付けがなされていないものとしては、EGLN1 (PHD2)、EGLN2 (PHD1)、KIF1B、IDH1、HIF2A、MDH2、FH、SLC25A11、DNMT3A がある。
褐色細胞腫やパラガングリオーマの疾患感受性遺伝子を扱うさまざまな公共の gene variation database (LOVD-based SDHx variant database: www.LOVD.nl など) は臨床医や研究者に有用かもしれない。
5. 褐色細胞腫に関連する症候群
褐色細胞腫に関連する症候群の存在は 100年以上前から知られていた。古典的には、神経線維腫症 I 型、Hippel-Lindau 症候群、多発内分泌腫瘍症 2 型が知られる。疾患感受性遺伝子が同定されるに従い、他にも褐色細胞腫に関連する症候群が同定されている。 これらの症候群では最大 50%で片側または両側の褐色細胞腫を認める。
RET 変異を認めた場合、ほぼ全例で甲状腺髄様癌があることに注意するべきである。一方、副甲状腺機能亢進症は MEN-2A の 20%で認め、MEN-2Bでは認めない。
褐色細胞腫が発端となって MEN-2B (RET p.M918T 変異による) が発見されることは稀である。MEN-2B は典型的には、小児期、場合によっては乳児期に甲状腺髄様癌、舌、口唇または眼瞼に出現する神経節細胞腫 (ganglioneuroma) 、骨格異常 (kephoscoliosis: 脊椎後彎+側彎、マルファン症候群様体型)、関節弛緩症 (joint layity)、腸管神経節腫 (intestinal ganglioneuromatosis) を契機に発見される。
von Hippel-Lindau 病、特に 2型では褐色細胞腫およびパラガングリオーマは診断時に認めることが多く、乳児期に発症することもある。VHL 遺伝子のミスセンス変異は von Hippel-Lindau 病 2型の予測因子である。VHL の短縮型変異 (truncating mutation) はしばしば腎細胞癌と関連し、稀に褐色細胞腫と関連する (von Hippel-Lindau 病 1型)。von Hippel-Lindau 病では、網膜および中枢神経系の血管芽腫 (hemangioblastoma) や膵神経内分泌腫瘍も認める。
神経線維腫症 1型は神経線維腫、カフェオレ斑、腋窩の卵斑様色素斑、虹彩過誤腫 (Lisch 結節)、骨の異常、中枢神経系神経膠腫、巨頭症 (macrocephary) 、認知機能低下を認める。一方、褐色細胞腫およびパラガングリオーマは 1-3%しか認めない。
SDHx、TMEM127、MAX の変異をもつ患者では、ふつう褐色細胞腫およびパラガングリオーマのみを認める。SDHx 変異のキャリアの一部では消化管間質腫瘍 (gastrohntestinal stromal tumors: GISTs)、腎細胞癌、下垂体腺腫を認める。
常染色体優性遺伝の Carney-Stratakis 症候群では褐色細胞腫/パラガングリオーマ ± GISTs を認める。
いわゆる 3PAs 症候群 (褐色細胞腫、パラガングリオーマ、下垂体腺腫) は SDHx 変異と関連する。
疾患感受性遺伝子については患者および家族に混乱を与えるかもしれない。褐色細胞腫の疾患感受性遺伝子は常染色体優性遺伝である。つまり、患者の子どもは 50%の確率で変異遺伝子のキャリアとなる。しかし、SDHD と SDHAF2 については母親由来の遺伝子はインプリントされている (母親由来の遺伝子アレルは発現していない)。そのため、母親からこれらの変異遺伝子を受け継いだ場合は子どもに腫瘍が発生することは稀である。このことから遺伝性の褐色細胞腫が一世代以上隔てて出現することがあることが説明できる。
6. 遺伝性の褐色細胞腫およびパラガングリオーマの特徴
遺伝性の褐色細胞腫およびパラガングリオーマの特徴としては、家族歴の他、若年発症、副腎外の腫瘍、診断時に多発している腫瘍、神経節由来でない腫瘍が挙げられる。
7. 転移性褐色細胞腫
褐色細胞腫の良悪性を判定するのは容易ではない。病理学者は腫瘍の成長のパターンや細胞分裂の頻度、細胞や核の異形性と腫瘍の悪性度とを関連つけており、これらの病理所見を元にスコアリングシステム (Pheochromocytoma of the Adrenal Gland Scaled Score: PASS, Grading System for Adrenal Pheochromocytoma and Paraganglioma: GAPP) を作成している。
しかし、腫瘍の悪性度を予測することは容易ではなく、臨床データによって裏付けられたリスク層別化のツールは存在しない。
現在のところ、転移していることだけが悪性であることを示す根拠であり、世界保健機関の内分泌腫瘍の分類基準における 「悪性褐色細胞腫 (malignant pheochromocytoma)」という術語は「転移性褐色細胞腫 (metastatic pheochromocytoma)」に改められた。
転移巣は通常はクロム親和組織が存在しない組織·臓器(リンパ節、肺、肝臓、骨) に存在し、核医学検査で発見されることが多い。
褐色細胞腫が原発巣の場合、転移巣は骨やリンパ節にあることが多い。一方、原発巣がパラガングリオーマの場合は転移巣は肝臓にあることが多い。
注意すべきこととして、手術中に腫瘍が破裂してしまうと腫瘍細胞を播種する可能性がある。
転移性褐色細胞腫の治療選択肢としては外科的切除、131I-MIBG、90Y-DOTATATE、177Lu-DOTATATE を用いたラジオアイソトープ内用療法、熱焼灼、化学療法、放射線外部照射がある。
可能であればまず外科的切除を検討するべきである。
転移性褐色細胞腫/パラガングリオーマのほとんどは孤発性である。遺伝性の褐色細胞腫で、転移するものは最大 43%で SDHB 遺伝子の変異を認める。SDHB 遺伝子に次いで VHL、SDHD、NF1 遺伝子の変異も認める。
転移性褐色細胞腫/パラガングリオーマの生存期間と疾患特異的な生存期間は驚くほど長く、それぞれ25年、34年である。
8. 患者のニーズ
褐色細胞腫/パラガングリオーマの患者にとっての関心事としては、早期診断、生殖系列細胞変異が治療方針に与える影響、最良の手術、遺伝子変異に基づく手術後のケア、血縁者に対するサーヴェイランスが挙げられる。
孤発性の褐色細胞腫/パラガングリオーマの早期診断はカテコラミン産生腫瘍による症状や所見に気づける鋭い洞察力を備えた臨床医 (keen clinicians) にかかれるかどうかにかかっている。
褐色細胞腫/パラガングリオーマの診断が確定したら、どのタイミングで遺伝子カウンセリングを始めるべきかを考えることが重要である。すなわち、全ての褐色細胞腫およびパラガングリオーマの患者は遺伝子検査が行われるべきである。遺伝子変異が同定できたら、変異遺伝子に基づいて画像検査および治療の計画を立てる。たとえば、RET 遺伝子変異を認める場合は甲状腺髄様癌の検索を行うべきであるし、VHL 遺伝子変異を認める場合は眼および中枢神経系の血管芽細胞腫や耳、腎臓、膵臓の腫瘍を検索するべきである。その他、SDHx、MAX、TMEM127 遺伝子に変異を認める場合は、クロム親和性細胞に由来する腫瘍や腎癌、下垂体腺腫を検索するべきである。
遺伝子検査は褐色細胞腫を切除する前に行うべきだろうか?特に RET 変異を持つ場合は 10年以上経った後に切除した副腎と対側に褐色細胞腫が出現することがある。したがって、将来的には遺伝子変異に基づいて十分量の正常な副腎皮質を温存するように手術計画を立てるようになるかもしれない。
手術は、腫瘍を確実に切除でき、合併症が少なく、術後の疼痛が少なく、創が目立たず、入院期間が短くあるべきだろう。そのためには専門の外科医による低侵襲手術が行われることが鍵になる。
生殖細胞系列の遺伝子変異を持つ褐色細胞腫の患者については、手術後も内分泌代謝内科医による長期にわたるフォローアップが必要である。フォローアップでは褐色細胞腫およびパラガングリオーマの再発の早期発見だけでなく、1. MEN-2 における甲状腺髄様癌、原発性副甲状腺機能亢進症、2. von Hippel-Lindau 病における網膜、小脳、脊髄の血管芽腫、膵臓の神経内分泌腫瘍、3. 神経線維腫症1型における末梢神経鞘腫、乳癌、4. SDHx および MAX 変異を持つ患者における GISTs、腎細胞癌、下垂体腫瘍の検索も行う。
9. 血縁者に対する検査と無症候性キャリア
変異遺伝子のキャリアの第一親等の親族は全て遺伝子カウンセリングを受けて、遺伝子検査を受ける機会が提供されるべきである。その場合、50%の確率で変異遺伝子を認めるが、多くの場合は無症候性である。
無症候性キャリアについては臨床的に疾患の検索を受け、変異遺伝子に基づいたフォローアップを受ける機会が与えられるべきである。
変異遺伝子ごとの浸透率や発症年齢を把握することは、褐色細胞腫/パラガングリオーマやクロム親和性細胞由来以外の腫瘍を早期診断し、切除するために必要である。
患者と医療者にとって、変異遺伝子の浸透率を理解することは重要である。全ての変異遺伝子について浸透率が明らかになっているものもあるが、MEN-2A や MEN-2B などの症候群については一部の変異遺伝子についてのみ浸透率が報告されている。
RET 遺伝子変異のキャリアの場合、44歳までに 50%が褐色細胞腫/パラガングリオーマを発症する。von Hippel-Lindau 病 2型の疾患感受性を増加させる変異遺伝子のキャリアの場合は、52歳までに 50%が発症する。
SDHA 遺伝子変異の浸透率は発端者 (proband) の場合は 40歳以下で 39%であるのに対し、発端者の血縁者のキャリアでは生涯の浸透率は 1.7%に過ぎない。一方、SDHB 遺伝子変異については発端者と血縁者のキャリアで差はなく、60歳以下で 22%である。SDHC 遺伝子変異の生涯の浸透率は 8%で、SDHD 遺伝子変異の 60歳以下の浸透率は 43%である。
MAX、TMEM127、SDHAF2 やその他の新しい変異遺伝子については浸透率は算出されていない。
無症候性の患者で手術した場合は、少なくとも 3年間は 1年に1回の頻度で生化学検査と手術部位の画像検査を行うべきである。その後の検査の間隔については議論があるが、専門施設では 2-3年に 1回の頻度で画像検査を行っている。無症候性のパラガングリオーマ患者の手術後のフォローアップについてはガイドラインが発行されている。
10. 褐色細胞腫/パラガングリオーマ患者における妊娠
妊娠中に発見された褐色細胞腫は医療における最高レベルの難関である。産科医、内分泌内科医、外科医の連携は必須である。
妊娠中の褐色細胞腫/パラガングリオーマの症状は非妊娠時と変わらない。妊娠中のどの時期でも腫瘍による症状は出現し得る。妊娠中は症状から褐色細胞腫/パラガングリオーマを疑い、生化学的に診断をつける。画像検査は超音波か単純 MRI が推奨されている。核医学検査は禁忌である。子宮胎盤の循環が保たれる必要があるので、α-ブロッカーなどの薬物療法は慎重に行うべきである。
内視鏡による腫瘍切除は治療選択肢であり、母子ともに良好なアウトカムが得られたとする報告が何件かある。手術時期は妊娠中期が好まれる。他には妊娠中は薬物療法で管理し、出産から数週間後に手術を行うのも選択肢である。
何より妊娠を計画する前に腫瘍が同定されていることが重要である。その意味でも遺伝子検査は重要である。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31390501/