4. 生化学的検査
内分泌学的評価を行う目的は、 1. 副腎皮質ホルモンの過剰産生の有無を確認するため、2. ACC の由来を推定し、生検など侵襲的な検査を避けるため、3. 良悪性の鑑別のため(アンドロゲンやエストロゲン高値があれば、悪性腫瘍の可能性が高くなる)、4. 副腎皮質ホルモンの過剰産生がある場合は、腫瘍マーカーとしてフォローアップや再発発見に利用するため、5. 手術後にハイドロコルチゾン(コートリル)補充が必要かどうかを検討するためである。
臨床所見(クッシング徴候、多毛、低カリウム血症をともなう高血圧) から過剰産生している副腎皮質ホルモンの見当がつくこともある。初期評価後に、ステロイドホルモンの合成経路 (リンク参照) を念頭において必要に応じて検査項目を追加する。
コルチゾールを産生している ACC ではたいてい ACTH は 10 pg/mL 未満に抑制されており、朝 8時のコルチゾールは高値である。コルチゾール過剰産生 (hypercortisolism) は、1 mg デキサメタゾン抑制試験 (dexamethasone supression test: DST) 、深夜の唾液コルチゾール、24時間尿中遊離コルチゾールに基づいて診断される。尿中遊離コルチゾールはコルチゾール過剰産生の程度の評価にも使える。
アルドステロン過剰産生のスクリーニングは、血漿レニン活性と血清アルドステロン濃度で行う。しばしばレニン活性の抑制のみを認める。これは単純に血管内容量が過剰であるか、コルチゾールあるいはミネラルコルチコイド作用を持つステロイドホルモンの前駆体によるミネラルコルチコイド作用によるものである。
デヒドロエピアンドロステロン硫酸 (dehydroepiandrosterone sulfate: DHEAS) と総テストステロンまたは遊離テストステロンは全ての副腎腫瘍の患者で測定するべきである。
ACC は一般に大きな腫瘍だが、副腎皮質ホルモンの過剰分泌は認めないか、あっても軽度のことが多い。正常な副腎皮質と比較すると、ACC は副腎皮質ホルモン合成の効率が悪く、さまざまなホルモンの中間体の濃度が高くなる。これらの中間体のほとんどは臨床においてはルーチンに測定されることはないが、ガスクロマトグラフィー/質量分析器で検出することができる。尿のホルモン分析は ACC を高感度で診断できる方法になるだろうと期待されている。また、副腎皮質ホルモンの代謝産物のプロフィールを分析することで、再発発見や進行度の評価、さらには治療への反応の評価に利用できるかもしれない。尿中のアンドロゲンおよびアンドロゲンの前駆体は腫瘍マーカーに利用できることは数十年前から知られている。
5. 画像検査
ACC は診断時にはしばしば 6 cm を超える大きな腫瘍である。内部に出血や壊死、石灰化をともない、画像所見は多様である。また不均一に造影される (リンク参照)。2-10%は両側性である。肝臓、肺、リンパ節、骨への転移、あるいは周辺の臓器や腎静脈、下大静脈への浸潤を認め得る。下大静脈への浸潤は診断時において 9-19%の頻度で認める。
造影 CT または MRI は初期評価やフォローアップに利用できる。どちらも局所再発や転移の発見に優れる。FDG-PET や 11C 標識メトミダート (metomidate: MTO) または 123I 標識メトミダートを用いた PET は良悪性の判断や副腎由来の腫瘍であるかの検討に利用できるかもしれない。
ACC は他の目的で行われた画像検査で偶発的に発見されることがある。内部が不均一、腫瘍径が 4 cm を超える、他に悪性を示唆する所見がある場合は転移病変がないことを確認し、外科的に切除することが一般的である。
腫瘍径が大きくなるにつれて、悪性腫瘍の可能性が高くなる。4 cm 超で感度 97%、特異度 57%、6 cm 超で感度 91%、特異度 80%である。
腫瘍径 1-4 cm で良性を示唆する画像所見 (内部均一、内部 CT 値低値 10 H.U. 未満、辺縁平滑) を欠く場合は、より詳細な画像評価が必要になる。
腫瘍内の壊死は単純 CT では低吸収であり、造影されない。ACC の 30%では腫瘍内に石灰化を認める。粗大な石灰化も微細な石灰化もあり、腫瘍の中心部分に認めることが多い (リンク参照)。石灰化は良性の腫瘍である骨髄脂肪腫 (myelolipoma) (リンク参照) や褐色細胞腫の 10%でも認める。
ACA は ACC と比較すると造影 CT では早期相と遅延相との間で造影効果の差が大きい。絶対的流出率 (absolute percentage washout: APW, (早期相 CT 値 - 遅延相 CT 値) ÷ (早期相 CT 値 - 単純 CT 値) × 100 で計算) が 60%未満、あるいは相対的流出率 (relative percentage washout: RPW, (1 -遅延相 CT 値 ÷ 早期相 CT 値) ×100 で計算) が 40%である場合は悪性腫瘍である可能性があり、さらなる評価が必要になる。
MRI では、ACC は T1 強調像で肝と比較して等~低信号、T2 強調像で肝と比較して高信号である。壊死部は T2 高信号となる。
脂肪を多く含む ACA は化学シフト MRI (chemical shift MRI) で低信号となり、ACC との鑑別に役立つ。
FDG-PET では ACC は肝と比較して高い FDG の集積を不均一に認める。手術検体で ACA または ACC の確定診断をした 77症例を対象にした観察研究では、FDG-PET は ACC と ACA の鑑別に対して、副腎の肝に対する standerdized uptake value (SUV) 1.45 をカットオフとすると、感度100%、特異度88%だった。同じ研究で、SUV のカットオフを 3.4 とすると感度 100%、特異度 70%だった。ただし、FDG-PET は転移腫瘍、悪性リンパ腫、褐色細胞腫と ACC とを鑑別することはできない。また、手術後の変化でも集積することがある。メタ分析では FDG-PET の副腎腫瘍の良悪性の鑑別に対する感度は 97%、特異度は 91%だと報告されている。
FDG-PET は ACC の病期診断や局所再発に有用である。ACC 22例を対象にした研究では、転移の診断についての感度は FDG-PET で 90%で、CT で 88%だった。12%の転移巣は FDG-PET のみ、10%の転移巣は CT でのみ認めたので、FDG-PET と CT の両方を行うのが良さそうである。FDG-PET は 10 mm に満たない小さな病変に対する感度は低い。FDG の集積の強度は ACC 患者の生存率に関連することが示されており、最大 SUV が 10 を超える場合は予後不良である。
6. 鑑別診断
4 cm を超える副腎腫瘍の鑑別疾患としては、ACC の他、骨髄脂肪腫、悪性腫瘍の副腎転移、褐色細胞腫、副腎嚢胞、神経節細胞腫 (ganglioneuroma)、リンパ腫、肉腫 (sarcoma) が挙げられる。
骨髄脂肪腫の画像所見は特徴的であり、ふつうは画像検査で容易に診断できる。
嚢胞については注意が必要で、良性の嚢胞 (後腹膜嚢胞: retroperitoneal cyst、気管支原性嚢胞: bronchogenic cyst) の他、嚢胞性副腎皮質癌や嚢胞性褐色細胞腫もある。
悪性腫瘍を疑う大きな副腎腫瘍では全身の画像検査を行うべきである。しばしば (副腎癌ではない) 原発巣が見つかる。
褐色細胞腫はカテコラミンを産生し、生化学的に診断される。生検が検討されることは稀である。画像所見から褐色細胞腫が否定できない場合は、生化学的にカテコラミンの過剰産生が示せなくても手術前に α-ブロッカーを開始することを検討するべきである。
大きな副腎腫瘍は外科的切除が原則だが、悪性リンパ腫は例外で化学療法で治療される。原発性副腎リンパ腫は極めて稀で、両側性の場合もある。
7. 病態生理
副腎腫瘍の病態生理は過去 40年で進歩した。ACC の病理診断基準は 3つのグループが提案しているが、このうち Weiss の診断基準が臨床的には最も有用である。Weiss の基準で 3点以上であれば ACC、2点以下なら ACA だと診断される。
膵管がんなど一部の固形癌は間質線維化反応 (desmoplastic reaction: DR, がん細胞が浸潤する際に間質の線維芽細胞を増生させる反応) をともなうが、ACC は DR をともなわずに増大する。そのため、ACC はふつう境界が明瞭な腫瘍であり、脂肪の含有量によって褐色から橙、黄色を呈する。転移巣でも同様の特徴があり、たとえば ACC の肝転移では肝細胞と腫瘍細胞は間質を介さずに直接接触しあっている。
Weiss の基準にうまく当てはまらない ACC の例がある。たとえば、Weiss の基準では ACC だと診断されないが、臨床的には悪性腫瘍だと考えられる症例が報告されている。一方で、ACC だとは予想されていなかった副腎腫瘍が病理では ACC だと診断される場合もある。後者のような場合は、病理医は atypical adenoma や adenocortical neoplasm of uncertain malignant potential のような術語で表現する。
確定診断が難しい場合は、さまざまな補助診断が援用される。そのうちのひとつとして、細網線維 (reticulin) を染色するというものがある。ACC では細網線維のネットワーク構造が乱れており、この所見は Weiss の診断基準にある diffuse growth pattern greater than 25% の判定に利用できる。この方法はかんたんで興味をそそるが、妥当性についてはさらなる検討が必要である。
ACC と ACA を鑑別するための免疫組織染色についても多くの研究がなされている。ほとんどの研究は腫瘍細胞の増殖を可視化することを主眼に置いている。Ki67 は細胞増殖のマーカーとして広く用いられており、ACC では Ki67 labeling index 5%超となることはコンセンサスになりつつある。ACA では Ki67 labeling index はずっと小さな値になるが、オーバーラップすることもあると報告されている。
ACC は細胞分裂の頻度によって、低悪性度 (分裂細胞 20/hpf 以下) と高悪性度 (分裂細胞 20 /hpf 超) に分ける。これは Weiss の病理基準の各項目と予後との関連を調べた初期の観察の結果に基づく。各項目の中で細胞分裂の速さが最も強く予後と関連していた。高悪性度の ACC は TP53 かつ/または CTNBB1 の変異を高頻度に認める。
ACC の腫瘍は高度に不均一である。腫瘍は多くの結節からなり、それぞれの結節の組織像は異なっている。実際、高悪性度 ACC の腫瘍の中にはしばしば低悪性度 ACC の部分があるし、低悪性度 ACC の中には一見すると ACA と区別がつかない部分がある。同様に同一の腫瘍内でも Ki67 や TP53、β-カテニンの染色性が異なる部分がある。
以上より、ACC は低悪性度のものから高悪性度のものへと段階的に発生してくると推測される。
ACC の病理診断を行う場合は、腫瘍全体を徹底的に精査し、血管浸潤と細胞分裂の頻度が高い高悪性度の結節を探すと良い。
副腎皮質由来の副腎腫瘍が疑われる場合に行える免疫染色は Ki67 に限られる。他に TP53 や β-カテニンを追加しても良いかもしれない。転移性副腎腫瘍の原発巣としては、肺がん、メラノーマ、腎細胞癌、乳がんがある。これらのうち、腎細胞癌以外は形態が特徴的で組織像を確認すればすぐに転移がんであることが分かる。
8. 分子病態生理
ACC の腫瘍細胞の多くでは、異数性 (aneuploidy, 染色体の一部が増減している状態) を認める。比較ゲノムハイブリダイゼーション (comparative genomic hybridization: CGH) により、ACC では染色体の多くの部位で欠失や挿入を認めることが明らかになり、腫瘍発生に関与する遺伝子の候補として、fibroblast growth factor 4 (FGF4) 、cyclin dependent kinase 4 (CDK4)、cyclin E1 (CCNE1) が同定された。しかし、ACC の染色体変異は多様で不均一であることも明らかになっている。
ACC において H19、PLAGL1、G0S2 および NDRG2 のプロモーター領域のメチル化により遺伝子発現が抑制されており、これらは予後と関連することが示されている。
ACA ではステロイドホルモン合成経路に関与する遺伝子の発現が亢進しているのに対し、ACC では IGF2 などの細胞増殖に関わる遺伝子の発現が亢進している。
Micro RNAs (miRNAs) は 進化的に保存された 18-25塩基の短い RNA であり、転写後の遺伝子発現調節において重要なはたらきをしている。ACC では ACA と比較して miRNAs の発現パターンが異なっており、いくつかの miRNA は ACC と ACA の鑑別に利用できそうである。
ACC ので認める変異遺伝子としては、TP53、MEN1、IGF2、IGF2R、p16/INK4A (CDKN2A) がある。このうち最も多いのは TP53 変異であり、1/3 以上の症例で認める。
9. 腫瘍発生に関わるシグナル伝達経路
i) IGF シグナル経路
IGF 経路は、基質 (IGF-1, IGF-2)、受容体 (IGF-R1, IGF-R2, インスリン受容体) 、IGF 結合蛋白 1-6、IGF 結合蛋白分解酵素からなる。基質が受容体に結合すると、AKT/PI3K と MAPK が活性化され、代謝や分化、増殖、アポトーシスなどの細胞の機能が変化する。
副腎においては、IGF 経路は ACTH を介した胎生期の副腎形成、ステロイドホルモン合成および副腎の維持にはたらいている。
胎生期においては、IGF-1 は皮膜に限定して発現しているのに対し、IGF-2 は皮質に発現している。成人においては、IGF-1、IGF-2 はともに ACTH 刺激時および非刺激時のステロイドホルモン合成を誘導している。大まかに言えば、IGF-2 は主に胎生期の副腎形成ではたらいていて、IGF-1 は主に生後の副腎の維持にはたらく。
孤発性 ACC において、著しい IGF-2 の過剰発現と IGF2/H19 の変異が同定されている。ACC の 80-90% では、IGF-2 の著しい過剰発現 (正常副腎および ACA と比較して最大 100倍) を認める。IGF-2 高値は ACC の再発リスクを 5倍上昇させ、無病期間を短縮させる。
さまざまな ACC の細胞株 (cell line) を用いた検討では、腫瘍細胞が分泌した IGF-2 は自己分泌 (autocrine) 、傍分泌 (paracrine) 的に IGF-1R に結合し細胞増殖を促進する。
PEPCK-IGF-2 トランスジェニックマウスでは IGF-2 の発現が亢進し、副腎皮質の過形成とステロイドホルモンの過剰産生を認める。しかし、IGF-2 の過剰発現だけでは ACC の腫瘍発生には十分ではない。
ii) WNT シグナル経路
WNT/β-カテニンシグナル経路は副腎を含むさまざまな臓器の発生ではたらいている。シグナル経路は β-カテニンを介する経路 (canonical pathway)、ras homologous gene family small GTPase を介する経路 (planar cell polarity pathway) 、ホスホリパーゼC を介する経路 (WNT/calcium pathway) の 3つに分岐する。
β-カテニンは通常は adenomatous polyposis coli (APC) 、glycogen synthase kinase 3 (GSK-3) 、アキシン (axin) からなる複合体によって隔離されている。WNT シグナル経路の基質が fizzled 受容体に結合すると、β-カテニンが複合体から放出され、核内に移行する。核内では、β-カテニンは転写因子である T-cell factor/lymphoid enhance factor (TCF/LEF) の共役因子としてはたらく。
正常な副腎では WNT/β-カテニンシグナル経路は胎生期の副腎形成と生後の副腎の維持に対して重要なはたらきをしている。β-カテニンの発現は胎生期の副腎皮質と成人の皮膜下細胞 (subcapsular cell) に限られる。
マウスで β-カテニンをコンディショナルノックアウトすると、胎生 18.5日で副腎が形成されなくなる。また、副腎皮質に限定して β-カテニンをノックアウトすると、副腎は正常に発生するものの、生後 45週の時点でアポトーシスが増加し、副腎皮質の組織構造が失われ、副腎皮質は菲薄化する。
最近の研究では、ACC の発生において WNT/β-カテニンシグナル系が重要なはたらきをしていることが示唆されている。副腎腫瘍 39例 (ACA 26例、ACC 13例) で免疫染色を行ったところ、ACA の 26例中 10 例で β-カテニンが濃染していたのに対し、ACC では 13例中 11例で β-カテニンが濃染した。また、ACC および ACA では β-カテニンをコードしている遺伝子である CTNNB1 を活性化する点変異が同定されている。さらに、ACC では ENC1 などの β-カテニンの標的遺伝子の発現が亢進している。一方で、β-カテニンを分解する複合体の構成要素である AXIN2 の不活化変異も ACC において同定されている。
ACC 51例での検討では、TP53 の不活化変異と同様に、β-カテニンの活性化変異は予後不良と関連していた。
核内の β-カテニンの集積と CTNNB1 の活性化変異は ACC だけでなく、ACA でも認めることから、WNT 経路の活性化は腫瘍化の初期の段階に関与しており、さらに別の変異が加わって悪性化するのかもしれない。
マウスで副腎特異的に APC をノックアウトし、恒常的に WNT シグナル経路が活性化させると、生後 30週で副腎過形成と副腎腺腫を認める。一方、副腎特異的に IGF-2 を過剰発現させたマウスでは副腎には異常を認めない。しかし、APC ノックアウトマウスに IGF-2 過剰発現マウスを掛け合わせると、早期から結節性副腎過形成を認め、後に大きな副腎腫瘍 (ACC のような浸潤性の副腎皮質腫瘍も含む) を認める。このことから、これら二つの変異は副腎皮質腫瘍の発生において相乗的な効果をもつことが考えられる。
iii) 血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor: VEGF)
持続的な血管新生は癌の発生には必要不可欠 (sine qua non) である。VEGF は癌における血管新生の主要なメディエーターで、VEGF 受容体 (VEGF receptors: VEGFRs) を介して作用する。VEGFRs の阻害は癌の化学療法に利用できるのではないかと期待されている。
ACC 患者の血中の VEGF 濃度は上昇している。また ACC 腫瘍検体の免疫染色では VEGFR type 2 の過剰発現を認める。VEGF の発現量は IGF-2 の発現量と相関している。
最近、複数のグループが異種移植マウスモデル (xenograft mouse model) を用いた検討で、VEGF シグナル経路の阻害が腫瘍抑制にある程度有効であることを報告している。Mariniello らはソラフェニブ (マルチキナーゼインヒビター、VEGF のチロシンキナーゼ活性も阻害する) とエベロリムス (ラパマイシン誘導体、mTORC1 を阻害する) を用いて VEGF1-2 および mammalian target of rapamycine (mTOR) を阻害すると、ACC の腫瘍増殖が著明に抑制されたと報告している。一方、VEGF に対するモノクローナル抗体であるベバシズマブの腫瘍抑制効果を検討した初期の臨床試験では効果を示せなかった。
10. 予後因子
一般に ACC は予後不良だが、その中でも進行、再発、死亡率には大きなばらつきがある。ステージ IV でも生存期間は数ヵ月から数年と幅がある。ACC だと診断されているにも関わらず、長期間生存している例外的な症例も報告されている。ミシガン内分泌腫瘍リポジトリによれば、ACC と診断されている患者のおよそ 5%が 10年超生存している。
ACC の生存期間には幅があるが、予後予測因子については詳しく調べられていない。診断時の年齢は生存期間と関連しており、診断時の年齢が高いほど全生存率 (overall survival) は低い。しかし、診断時の年齢と無腫瘍生存率 (tumor-free-survival) との関連は不明である。腫瘍の悪性度と増大速度は低い生存率と関連する。腫瘍進展の程度、特に遠隔転移が存在することと、転移臓器の数は悪い予後と関連する。古い研究ではホルモン分泌と予後との関連は認めなかったが、最近のいくつかの研究ではコルチゾール分泌が悪い予後と関連すると指摘されている。
11. 治療
現在のところ、ACC の治癒が望めるのは外科的切除のみである。手術の他に、再発の頻度を減らす目的で補助療法が行われる。切除不能の ACC では姑息的治療 (ホルモン過剰分泌に対する薬物治療、疼痛管理、骨転移に対する骨折予防など) を行う。この場合、理にかなった期待を持てるように患者とよく話し合うことが必要である。
12. 手術
悪性の副腎腫瘍の手術に習熟した外科医による適切な術前評価と手術計画が何にもまして重要である。ACC のような稀で悪性度の高い悪性腫瘍については専門の医療機関で手術するべきだが、米国では ACC の 45%が市中病院、30%が大学、15%ががんセンターで手術されている。
画像所見から悪性が疑われる場合は、ACC として手術計画を立てる。なぜなら、ACC と良性の副腎腫瘍では手術は全く異なるからである。
手術計画を立てるためには、画像検査と生化学的検査が必要である。画像検査に基づいて腫瘍の範囲と浸潤の可能性がある周辺臓器を推定し、完全に腫瘍を切除することは可能かを判断する。浸潤の可能性がある臓器として、副腎静脈、腎静脈、下大静脈、腹部大動脈に注意して画像評価する。腹腔動脈や上腸間膜動脈を温存できるかどうかも判断する。
stage 2 の ACC だと術前診断された場合のおよそ 25%で顕微鏡的な浸潤を認め、stage 3 だったことが判明する。このような場合は術中に浸潤に気づかれるため、執刀医は細心の注意を払って浸潤の可能性がある周辺臓器と軟部組織を切除することが必要になる。
多くの ACC は急速に増大するため、画像検査は手術予定日の直近で行うべきである。血管内超音波 (intravascular ultrasound) や静脈造影 (venography) は腫瘍の血管浸潤を評価するために他の画像検査と併用される。
術前の内分泌学的評価については、特にクッシング症候群が問題 (創傷治癒、感染、代謝異常) になる。手術までにコルチゾール過剰は可能な限り是正されるべきだが、高コルチゾール血症のコントロールのために手術が遅れることは避けなければならない。
複数の臓器に転移がある、あるいはひとつの臓器に複数の転移巣がある場合は、副腎摘出の適応はない。しかし、下大静脈が腫瘍で塞栓していて、それ以外に転移巣がないなら副腎摘出を試みても良い。下大静脈が閉塞した場合、下半身と腸管の著明な浮腫を引き起こし、死に直結するからである。手術ができない場合は下大静脈にステントを留置して一時的に腫瘍による下大静脈閉塞を回避することを試みても良い。
13. 補助療法
ACC を完全に切除できたとしても、19-34%で再発する。また、手術後の 5年生存率は切除検体の断端に腫瘍を認める場合で 10%、顕微鏡的に腫瘍細胞を認める場合で 21%、腫瘍細胞を認めない場合で49%である。
そのため、手術後に補助療法として放射線療法やミトタン投与が行われてきた。しかし、これらの補助療法の効果については検討されていない。
14. ミトタン
もともと殺虫剤として開発されたジクロロジフェニルトリクロロエタンに副腎を破壊する作用があることは 1948年にイヌを用いた動物実験ではじめて報告された。
高コルチゾール血症の患者を対象にした殺虫剤であるジクロロジフェニルジクロロエタン (dichlorodiphenyldichloroethane: DDD) の初期の臨床試験は失敗した。この原因としては、DDD は複数の異性体の混合物だったからだとされている。
1960年に Bergenstal らは単離した異性体である 1-(o-クロロフェニル)-1-(p-クロロフェニル)-2,2-ジクロロエタン (o-p'-DDD, ミトタン: mitotane) は副腎を破壊する活性があることを報告した。
現在、アメリカ食品医薬品局(food and drug administration: FDA) と欧州医薬品審査庁 (European medicine executive agency: EMEA) が ACC に対する治療薬として承認しているのはミトタンのみである。ミトタンが副腎を破壊する薬理は現在もよく分かっていない。ミトタンは副腎皮質の内側 (索状層: zona fasciculata, 網状層: zona reticularis) を特に破壊する活性が高い。
イヌを用いた動物実験では、ミトタンは副腎皮質の細胞にネクローシスを引き起こすことが示されている。ex vivo の実験では副腎皮質の細胞に取り込まれたミトタンはミトコンドリアで代謝され、ミトコンドリア蛋白質に共有結合することが示されている。このことにより、ミトコンドリア呼吸鎖が阻害されるのではないかと言われている。さらに、ミトタンの代謝産物は副腎皮質のステロイドホルモン合成経路の酵素 (CYP11A1 と CYP11B1) の活性を阻害する。
経口投与されたミトタンのうちおよそ 40%が消化管から吸収され、かなりの部分は脂肪組織に分布する。5-15 g/日の維持量では血漿中の濃度は 0-90 mg/L になる。20 g/日以上では可逆的な神経障害が出現し得る。
後ろ向きの観察研究では、補助療法としてのミトタンは無腫瘍生存期間を延長させた。しかし、治療効果があるのは一部の患者のみのようである。現在、補助療法としてのミトタンの治療効果を検討したランダム化比較試験が進行中である。
切除不能の ACC 患者にミトタンを投与した場合、30%の患者では病勢安定または部分的寛解が得られる。いくつかの臨床試験では一時的に完全寛解が得られたと報告しているが、稀なケースである。
ミトタンによる治療効果は最大でも 1/3 の患者でしか認めないが、どのような患者で治療効果が期待できるのかについてはほとんど分かっていない。ミトタンの血漿濃度は治療効果と関連するようで、大規模な後ろ向き研究からはミトタンの血漿濃度の治療域は 14-20 mg/L だとされた。
他に RRM1 (リボヌクレオシド二リン酸レダクターゼのラージサブユニットをコードしている) の発現はミトタンの治療効果と逆相関し、RRM1 の発現が低いことは無腫瘍生存期間の予測因子であると報告されている。
ミトタンの用量調整には経験を要する。ミトタンは 1 g 1日2回で開始し、4-7日ごとに 0.5-1 g/日ずつ、5-7 g/日まで増量する。より低用量のプロトコルも報告されている。どのプロトコルで開始するにせよ、血漿中のミトタン濃度をモニターすることが重要である。ローディングドーズ後は血漿濃度 14-20 mg/L を目標にミトタンの投与量を調整する。
ミトタンの副作用としては、消化器症状、神経症状、代謝/内分泌症状がある。このうち消化器症状(嘔気、下痢) は最も多い。消化器症状のためにミトタンが増量できないことは稀であり、1日3回か4回に分服することによって症状を軽減させることができる。また脂質を多く含んだ食品(ミルクシェイクやピーナッツバターなど) とともにミトタンを服用することも有効である。嘔気に対してはオンダンセトロン、プロクロルペラジン (商品名: ノバミン) 、メトクロロプラミドを使用しても良い。いずれも CYP3A4 によって代謝されるので、常用量よりも多く使用する必要があるかもしれない。下痢についてはロペラミド、重度の場合はアヘンチンキ(opium tincture) を使用しても良い。ミトタン使用中の消化器症状については、副腎不全を見落とさないことが重要である。副腎不全による消化器症状であれば、ヒドロコルチゾンを増量すれば改善する。
神経症状としては精神機能低下 (mental slowing) 、運動失調、嚥下障害、強い眠気、無気力がある。ミトタンの使用経験が浅い医師はミトタンの副作用としての神経症状を脳卒中と勘違いすることもある。神経症状はミトタンの血中濃度が高い場合に出現し、ふつう 20 mg/L 未満では出現しない。神経症状が悪化する場合や認容できない場合は減薬や 1-4ヶ月の休薬が必要になる場合もある。神経症状は減薬や休薬の最も多い原因である。
生化学検査の異常も認めるが、多くは軽度で、減薬·休薬が必要になることはほとんどない。ミトタンはほとんど常に肝胆道系酵素とコレステロールの濃度を上昇させる。アルカリフォスファターゼやγ-グルタミルトランスフェラーゼは高値になり、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼやアラニン網のトランスフェラーゼも軽度高値となる。しかし、臨床的に問題となることは少なく、通常ミトタンの減薬·休薬が必要になることはない。AST, ALT が基準値上限の 3倍以上になる場合は、ミトタンを休薬しミトタンによる薬剤性肝障害や他の肝障害の原因がないか確認するべきである。
高コレステロール血症についてはスタチンでよくコントロールされる。プラバスタチンなど、CYP3A4 で代謝されないスタチンが好まれる。
ミトタンによる副腎不全およびコルチゾールの生物学的利用能 (bioavailability) 低下については以下の 3つの機序がある。i) CYP11B1 および CYP11A1 におけるステロイドホルモン合成経路の阻害、ii) CYP3A4 の誘導によるコルチゾールの不活性化 (6β-水酸化) 、iii) コルチゾール結合蛋白 (cortisol binding globlin: CBG) の誘導。
ミトタンを投与すると副腎皮質機能低下は必発なのであらかじめコルチゾール補充を開始しておく。ミトタンを投与する全ての患者では最低でもヒドロコルチゾン 30-40 mg/day で補充を開始する。ミトタン投与下では、コルチゾールの代謝が亢進するので生理量を越えるコルチゾール補充 (最大 100 mg/day) が必要である。コルチゾールの用量は臨床所見と早朝のコルチゾールおよび ACTH、尿中遊離コルチゾールに基づいて調整する。しかし、CBG の発現誘導とコルチゾールの代謝亢進のために血漿コルチゾールも尿中遊離コルチゾールもあまり当てにはならない。ミトタン投与を終了した後も CYP3A4 の発現亢進とミトタンの濃度は数ヵ月間に渡って維持される。そのため、ミトタン終了後も副腎機能低下ではないと確信が得られるまではヒドロコルチゾン補充を続けるべきである。
時に、ミトタンはミネラルコルチコイドの合成にも影響を与えうる。低血圧や症候性の起立性低血圧、高カリウム血症を認める場合はフルドロコルチゾン補充を検討するべきである。ふつうはフルドロコンチゾン 0.05-0.2 mg/day で十分で、レニン活性が基準値範囲内になるように調整する。
男性患者では、ミトタン投与後に性腺機能低下症に対してホルモン治療が必要になることが多い。ミトタンは性ホルモン結合グロブリン (sex-hormone binding globulin: SHBG) の発現を誘導し、総テストステロン濃度を上昇させる一方で、遊離テストストロンの濃度を低下させる。また、ミトタンは 5α-レダクターゼの活性を阻害することにより、性ホルモンの合成も阻害する。おそらく、ミトタンによるSHBG の発現誘導と 5α-レダクターゼの活性阻害により、男性では女性化乳房 (gynecomastia) を認めることがある。ゴナドトロピンには変化はない。性腺機能低下症を認める場合はテストステロン補充が推奨される。
ミトタン投与中に、甲状腺刺激ホルモンと free T3 は正常だが、free T4 は低値になることがある。ミトタンは甲状腺ホルモンの測定には影響しないので、アーティファクトではない。この現象の解釈のひとつは部分的に中枢性甲状腺機能低下症が起こっているというものである。甲状腺機能低下による症状がある場合にはレボチロキシン補充を検討する。
ミトタンは肝臓と腸管のミクロソームに局在する薬剤代謝酵素である CYP3A4 の発現を強力に誘導する。CYP3A4 で代謝される薬剤としては、スタチン、オピオイド、ベンゾジアゼピン、ワーファリンやいくつかの抗菌薬がある。白金製剤やドキソルビシン、エトポシドも CYP3A4 で代謝される。ミトタンの血中濃度は治療終了から 1年後まで維持され、CYP3A4 の発現亢進も同じ期間続く。
ACC の女性患者の半数以上は妊娠可能な年齢である。ミトタンの胎児への影響についてはよく分かっていないが、著者らはミトタン投与中は避妊を勧めている。
15. 化学療法
ACC の標準化学療法を決めるために行った第 III 相臨床試験 FIRM-ACT (First International Randomized Trial in Locally Advanced and Metastatic Adrenocortical Carcinoma Treatment) では最も有望な二つのレジメン (EDPM: etoposide, doxorubicin, cislatin, mitotane V.S. streptozotocin, mitotane) の効果を比較した。その結果、化学療法の有効性が確認され、EDPM の方が streptozotocin, mitotane よりも優れることが確認された。
奏効率は安定 (stable disease) も含めると、EDPM で 50%、streptozotocin, mitotane で20% だった。しかし、無増悪生存期間 (progression free survival) の中央値は EDPM で5ヶ月 、streptozotocin, mitotane で 2ヶ月と短い。
分子標的薬については今のところ有望と言えるものはない。
16. ホルモン産生過剰に対する治療
ホルモン産生過剰による害を抑える目的で、ステロイドホルモン合成経路の阻害薬が使用される。ミトタンとミフェプリストン以外の薬は多くの国では適応外処方として使用される。骨粗鬆症や高血糖、高血圧に対する治療も行うべきである。
ステロイドホルモン合成経路の阻害剤を使用している際には副腎皮質機能低下症に注意する。発熱、外傷、手術など身体にストレスがかかる場合は副腎皮質機能低下症として対応する。
ミトタンは副腎皮質を破壊すると同時に CYP11A1 や CYP11B1 の活性を阻害するので、ステロイドホルモン産生をいくらか抑制することがある。メチラポンとケトコナゾールは糖質コルチコイドの過剰産生を抑制する目的でよく使われる。
ケトコナゾールは CYP17A1 と CYP11A1 を阻害し、CYP11B1 を部分的に阻害する。200 mg 1日2回で開始し、最大 1200 mg/日まで増量できる。ケトコナゾール投与中は肝酵素上昇に注意する。ケトコナゾールはいくつかの肝臓における薬物代謝酵素 (CYP3A4、CYP2C9、CYP1A2) の活性を阻害するので、薬剤相互作用に注意が必要である。
メチラポンは CYP11B1 の活性を阻害する。250 mg 1日2回で開始し、250 mg ずつ最大 2-3 g/日まで増量できる。
CYP11B1 の活性を阻害するので、副腎アンドロゲンの相対的上昇が起こり得る。
ミフェプリストンは糖質コルチコイド受容体拮抗薬である。300 mg/日で開始し、最大 1200 mg/日まで増量できる。ミフェプロストン投与中に副腎皮質機能低下症になることは稀である。頻度の多い副作用としては高血圧と低カリウム血症がある。これは非常に高い濃度のコルチゾールがミネラルコルチコイド受容体に結合するためである。これについてはスピロノラクトンやエプレレノンで治療できる。
スピロノラクトンは女性におけるアンドロゲン産生腫瘍やミネラルコルチコイド産生腫瘍の治療に用いることができる。その場合は 200-400 mg/日が必要になることがある。
稀だが男性で女性化乳房を認める場合は、アロマターゼ阻害薬 (アナストロゾールやレトロゾール)やエストロゲン受容体拮抗薬 (タモキシフェン、ラロキシフェン) を使用しても良い。
17. 放射線治療
ACC の局所再発は多いので術後放射線療法は重要な臨床的価値がある可能性がある。しかし、ACC に対して放射線療法は有効でないという質の低い小規模な観察研究のために欧米においては術後放射線は 1割弱しか行われていない。今後、ACC に対する術後放射線療法の効果は臨床試験で検討されなければならない。
18. 術後フォロー
経験的には手術後最初の 2-3年は 3か月毎のフォローアップを行うべきである。再発がなければフォロー間隔を 6ヶ月毎に延長し、5年間はフォローする。
手術から5年以降でも再発することはあるが稀である。著者らの経験では、治癒切除できた症例で手術後5年以降で再発したのは 3%未満である。
診察時は再発とホルモン過剰産生の徴候がないかを確認するために身体診察と問診を行う。また胸腹骨盤部の画像検査を行う。画像検査で病変を認める場合は FDG-PET を検討する。血液検査では、腫瘍マーカーとしてステロイドホルモンを測定する。将来的にはステロイドのプロフィール測定でステロイドホルモンの中間体や代謝産物のわずかな変化で再発を予測することが可能になるかもしれない。ミトタン投与中はミトタンの副作用にも注意する。
ステロイドホルモン過剰産生に対する治療薬
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3963263/table/T12/?report=objectonly
副腎皮質癌の造影 CT 所見、腫瘍内部に石灰化を認める。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3963263/figure/F5/?report=objectonly
骨髄脂肪腫の CT 所見、低吸収の腫瘤で内部に石灰化をともなう。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3963263/figure/F5/?report=objectonly
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3963263/figure/F2/?report=objectonly