内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床に関する論文のまとめ

2022/02/26

2022-02-26 06:06:20 | 日記
クッシング症候群にともなうステロイド精神病についての総説
J Intern Med 2020; 288: 168-182

精神症状および認知機能障害はクッシング症候群の主要な症状である。精神症状で多いのはうつと不安である。認知機能については、エピソード記憶、ワーキングメモリー、注意、実行機能など複数のドメインが障害される。クッシング症候群の治療後も 1/4 の患者は抑うつを経験しており、認知機能障害は部分的にしか改善しない。クッシング症候群では灰白質および皮質の容積が低下し、安静時および認知課題時の機能性の反応も低下している。また認知機能および情動形成に関わる白質線維の整合性 (white matter integrity) も広範囲に障害される。これらの脳の器質的変化は高コルチゾール血症を治療しても残存する。

1. 精神症状

クッシング症候群の精神症状で多いのは抑うつと不安で、躁や妄想は少ない。

クッシング症候群の治療により精神症状は改善するが、完全には消退しない。クッシング症候群の治療前には 67%で非定型うつを認め、同様の症状は治療後3か月後で 54%、6か月後で 36%、12か月後で 24%認めた。つまり、クッシング症候群を治療して 1年後の時点でも 4人に1人は精神症状を認める。

治療から時間が経っても精神症状は残るようである。最近報告された横断研究では、治療から中央値 11年経過したクッシング病の患者では、健常者および非機能性下垂体腺腫治療後の患者と比較して、無関心、易怒性、不安、不適応の頻度が多かった。

最近の大規模疫学研究によると、クッシング病患者の死因の 5%は自殺である。

小児では成人と比較すると精神症状が少ないようである。小児クッシング症候群患者では感情の不安定さ、易怒性、抑うつを含む精神症状は 19%しか認めなかった。

2. 認知機能障害

1980年代に Monica Starkman らはクッシング症候群患者の 83%で認知機能障害、66%で集中困難を認めたと報告している。その後、同じ著者らは、クッシング症候群患者の記憶障害と海馬の容積低下が関連しており、クッシング症候群を治療すると1年後の認知機能が改善していたことを報告した。

クッシング症候群では、記憶以外の認知機能、すなわち視空間処理、推論、概念形成、注意および実行機能も障害される。

25例の認知機能障害をともなうクッシング病患者のうち 8例において治療後6か月後の評価で認知機能の改善を認めた。一方、治療後も認知機能は改善しなかったと報告している前向き観察研究もあり、認知機能障害に対するクッシング症候群の治療の効果は限定的である。

クッシング症候群の治療から時間が経っても認知機能障害は残るようである。治療から平均 13年経過したクッシング病患者では、年齢・性別・教育の程度で調整した健常者および非機能性下垂体腺腫治療後の患者と比較して、記憶と実行機能が低下していた。

3. 脳の画像所見

クッシング症候群患者の剖検では大脳皮質の萎縮と脳室の拡大を認めた。その後、いくつかのコホート研究で脳の器質的変化は高コルチゾール血症によるものであることが確認された。

MRI での検討では、活動性のクッシング症候群の患者では健常者と比較して海馬の容積が低下しており、治療後は海馬の容積は増加するものの正常化はしなかった。これについては最近のメタ分析で確認されている。

活動性のクッシング症候群では脳全体の萎縮も認め、こちらも治療後も完全には回復しない。クッシング症候群患者では健常者と比較して中前頭回の灰白質、小脳皮質および灰白室の容積、右扁桃体 (小児の場合は両側)が小さいことが示されている。他の報告では前前頭皮質、前帯状皮質が萎縮し、両側の尾状核の体積は増加していることが示されている。

最近 10年でクッシング症候群患者の脳の活動を functional MRI: fMRI で評価した研究がいくつか報告された。fMRI では安静時および認知課題実行時の脳の血流を可視化することができる。

10-18歳のクッシング症候群の患者では、記憶している時の扁桃および海馬の血流が増加していることが報告されている。また健常者と比較して表情の識別をよく間違えるクッシング症候群の患者では、左上側頭回の前方の血流が低下していた。同部位は情動形成に重要なはたらきをしていると考えられている。

他にもクッシング症候群治療後の患者では健常者と比較して表情を作っているときの内側前頭前野の活動が低下していた。また、エピソード記憶やワーキングメモリーを要する課題を行っているときの前頭前野の活動が低下していた。

安静時の脳の活動を fMRI で可視化すると、クッシング症候群の患者では大脳辺縁系と前帯状皮質との連絡および外側後頭皮質(高次の視角野がある) におけるネットワークが増強していた。別の研究では、クッシング症候群の患者では海馬を含む内側側頭葉および前頭前皮質のネットワークの増強を認めた。さらに別の研究では、クッシング症候群の患者では後帯状皮質および左前頭前皮質を含む領域の一過的な活動パターンが健常者と異なり、これらの所見は治療後も残存することが示されている。

最近、拡散テンソル画像 (diffusion tensor imaging: DTI) を用いてクッシング症候群患者の白質の微細構造の異常が調べられている。van der Werff らはクッシング症候群にともなう抑うつは鉤状束 (辺縁系と前頭葉を連絡する線維) における白質線維の整合性と関連すると報告した。

Pires らはクッシング症候群における白質線維の整合性の低下は抑うつと認知機能障害の両方に関連すると報告した。

脳内の神経伝達物質の濃度はプロトン核磁気共鳴 (proton magnetic resonance spectroscopy) で計測することができる。この方法を用いてクッシング症候群治療後の患者の脳内の神経伝達物質の濃度を調べると、対照群と比較して海馬における N-アセチルアスパラギン酸の濃度は低下している一方、グルタミン酸/グルタミンの濃度は上昇していた。これは神経細胞が失われ、グリア細胞が増殖していることを示唆する。

他の研究では、クッシング症候群の患者では腹内側前頭前皮質におけるグルタミン (重要な刺激性神経伝達物質) と N-アセチルアスパラギン酸 (神経線維の整合性のマーカー) が低下していた。これらの濃度は高コルチゾール血症の期間と不安と関連していた。

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/joim.13056

2022/02/25

2022-02-25 06:05:32 | 日記
ノロウイルスワクチン開発の困難と挑戦
Front Immunol 2020; 11: 1383

1972年にノロウイルスが発見されてからほどなくして、ノロウイルスはあらゆる年代の急性腸炎の最も多い原因であることが明らかになった。ロタウイルスに対する効果的なワクチンが開発され、小児の接種スケジュールに組み込まれるようになってから(日本は任意接種) は、ノロウイルスの疫学上の存在感はさらに増している。

ノロウイルスは健康、社会、経済に多大な損失を与えており、ノロウイルスに対する効果的な予防策が求められている。しかし、1. ヒトのノロウイルスを培養するための細胞株と、2. 薬効を試すのに適した動物モデルが確立できていなかったことが、ノロウイルスに対するワクチンの開発を難しくしていた。

最近になってノロウイルスの培養が可能になり、ノロウイルスに対するワクチンの開発に光明が見えてきた。そして、2016年に世界保健機関はノロウイルスに対するワクチンの開発は最優先事項であると宣言した。

だが、研究が進むにつれてノロウイルスに対するワクチンの開発は極めて難しいことが分かってきた。最近になってようやくいくつかのワクチン候補について臨床試験が行われてきた。

1. なぜノロウイルスワクチンが必要なのか

ノロウイルスは世界で最も多い急性胃腸炎の原因である。世界では年間 27-40億例の下痢が発生し、このうちの最大 18%がノロウイルスによるものである。この割合は先進国 (20%) と下痢による死亡率が高くない発展途上国 (19%)とでは変わらない。一方、下痢による死亡率が高い発展途上国では細菌性の急性腸炎の割合が高いため、ノロウイルスによる下痢の割合は 14%とやや低い。

先進国での調査によると、毎年 3.8-10.4%の人がノロウイルスに感染する。つまり、私たちは生涯に 3-8回はノロウイルス感染による下痢になる。特に幼い時期と 65歳以上で罹りやすい。英国での調査では、全世代の罹患率が 37.6 /1000人・年 (95%信頼区間 31.5-44.7) であるのに対し、5歳未満の子どもの罹患率は 142.6 /1000人・年 (95%信頼区間 99.8-203.9) と有意に多かった。また、65歳以上でのノロウイルス腸炎罹患は 15-64歳と比較して 2倍多いと報告されている。

ノロウイルスに感染した人の 20-30%で無症候であり、他に医療機関を受診しないで済む程度の軽症者もいるので、真の罹患率は報告されているものよりも高いだろうと言われている。

軽症の場合は 2-3日で自然に軽快するが、10-20%の場合で救急外来を受診し、1-5%で入院する。この傾向は先進国でも、発展途上国でも同様である。予想される通り、重症例は 5歳未満の子どもと高齢者、また免疫不全患者で多い。

さらに、世界ではノロウイルス感染による急性腸炎の患者の 3%以上が亡くなっている可能性がある。2010年の統計では、世界で 6億7700万人がノロウイルス感染症と診断されており、このうち 21万3515人が死亡した。さらに、5歳未満に限れば 43%が死亡した。

固形癌がある場合や骨髄移植後など免疫不全患者では、ノロウイルス感染は慢性化し、数週間~数年間感染が持続することがある。ノロウイルス慢性感染では長期間にわたってウイルス排泄と下痢が続き、衰弱して死に至る場合がある。ノロウイルス感染によって死亡した 123例を検討した研究では、10 例が化学療法や移植後で免疫不全状態にある患者だった。

ノロウイルスはたいへん感染性が高い。嘔吐物や糞便には大量のウイルスが排出されるが、感染成立にはウイルスが 10粒子あれば十分である。さらにノロウイルスは環境中でも安定で、感染すると数週間ウイルスを排出し続ける。感染経路は糞口(あるいは嘔吐物-口) 感染が主であり、人から人に直接感染する場合がほとんどである。しかし、汚染された食品や水、食器などを介した感染もあり得る。ウイルス伝播で最も重要なのは子どもである。子どもが発端となり介護施設や病院にノロウイルス感染が広がると劇的な結果となる。

2. ノロウイルスワクチン開発の挑戦

ノロウイルスには 7種類の遺伝型がある。さらにそれぞれの遺伝型において、カプシド蛋白 VP1 および RNA 依存性 RNA ポリメラーゼの遺伝型が複数ある。現在までに 30種類以上の遺伝型が報告されている。

ヒトで急性腸炎を起こすノロウイルスの遺伝型は、Genogroup I (GI) 、II (GII)、IV (GIV) である。このうち世界で優勢な遺伝型は GII である。2005年から2016年にかけて、欧州、アジア、オセアニア、アフリカで収集した 16,635 のウイルス株の遺伝型を調べたところ、91.7% が GII、8.2% が GI、0.1% 未満が GIV だった。同じ遺伝型の属していても、抗原性に関わる遺伝子の配列は少しずつ異なり、抗原性は大きく異なる。さらにノロウイルスの遺伝子は頻繁に点変異と組み替えを起こし、抗原性は変化し続ける。

上記のような性質のために、ノロウイルスのワクチン開発は難しく、同じ遺伝型のウイルスに何度も感染する。実際、ノロウイルスによる急性腸炎の原因として最も多い GII.4 株については、1990年代から 2-3年毎に新しい変異株が出現し、世界中で少なくとも 7回エンデミックを起こしている。

3. ノロウイルスに対する感染防御のマーカー

ノロウイルスに感染すると数年間は同じ遺伝型のウイルスには感染しなくなることが知られている。ノロウイルスに感染すると、ノロウイルスに対する抗体の濃度は増える傾向がある。しかし、ノロウイルスに対する抗体の濃度が高いことはノロウイルスに対する感染防御とは関連しない。ノロウイルスに対する感染防御を示唆する示唆する信頼できるマーカーがないこともワクチン開発を難しくしている。

一般集団の最大 20-30%は遺伝的にノロウイルス感染に対して抵抗性があることが知られている。このノロウイルスに対する抵抗性は特定の遺伝型あるいは株に対するものであり、ヒトの血液型抗原 (FUT2 (Secretor) 、FUT3 (Lewis)、ABO型) による。これらの抗原はノロウイルスが上皮細胞に接着し、細胞内に侵入するときの共役因子としてはたらく。FUT2 酵素が欠損または発現低下している場合、GI.1 および GII.4 の感染に対して完全または部分的に抵抗性となる。

最近、血液抗原に対する抗体とノロウイルスに対する IgA がノロウイルスに対する感染防御に関連することが示唆されている。他に唾液や便中のノロウイルスに対する IgA やノロウイルスに特異的なメモリー B 細胞についてもノロウイルスに対する感染防御と関連すると報告されている。

4. ノロウイルスワクチンの候補

現在、ノロウイルスに対する 3種類のワクチン(virus-like particle (VLPs) 、P particle、組み替えアデノウイルス) が開発されている。

VLPs は本物のウイルスに構造が似るがウイルスゲノムを欠くもので、比較的安全で安く作れるのが利点である。ノロウイルスの場合、主要なカプシド蛋白である VP1 を真核生物の細胞で発現させると、自発的に集合して VLPs を形成する。VLPs はウイルス粒子と抗原性が似ており、経口的あるいは非経口的に投与すると、特異的な抗体を産生させることができる。

P particle はノロウイルスのカプシド蛋白の Protruding domain である。このドメインはウイルス受容体と結合する部位であり、抗原として投与すると、液性免疫と細胞性免疫の両方を誘導する。P particle は安定で大腸菌でかんたんに作れることも利点である。しかし、VLPs の方が P particle よりも強い免疫反応を引き起こせることから、最近は VLPs の方が好まれている。

GI.1 や GII.4 の VP1 を発現する組み替えアデノウイルスも開発されている。

しかし、いずれの方法を使う場合も、どの遺伝型に対してワクチンを作るかが最大の問題である。

当初は最初に遺伝子配列が分かった GI.1 に対するワクチンを開発していたが、後に GII.4 が急性腸炎の原因として最も多く、GI.1 とは抗原性が大きく異なることが分かったので、GI.1 とGII.4 の二つに対するワクチンが開発された。最近は別の遺伝型の組み合わせに対するワクチンも開発されている。

5. ノロウイルスワクチンの臨床試験

GI.1 の VLPs にアジュバントとしてモノホスホリルリピッド A (monophosphlyl lipid A: MPL) を添加したワクチンを経鼻投与すると、ノロウイルスに対する特異的抗体が誘導された。さらに、このワクチンを接種した被験者とワクチンを接種していない被験者にノロウイルスが混入したワクチンを接種すると、ワクチンを接種していた被験者では接種していない被験者と比較してノロウイルス感染および急性腸炎の発症リスクが有意に低下 (感染: 61% V.S. 82%, P = 0.05、発症: 37% V.S. 69%, P = 0.006) した。この結果を受けて、複数の遺伝型の組み合わせに対するワクチン開発が進められている。

GI.1 と GII.4 の VPLs からなる二価ワクチンを武田製薬が開発している。乾燥粉末をアロエの抽出した多糖でゲル化してモルモットに経鼻投与すると用量依存的に VLPs に対する特異的抗体を誘導できた。一方、経鼻的に投与するよりも筋肉注射で投与する方がより早く、より多くの抗体産生を促した。

現在は、GI.1 と 3つの GII 株に対する4価ワクチンを開発している。このワクチンが現在のところ最も開発が進んでいるワクチンである。

2価ワクチンにアジュバンドとして MPL、ゲル化剤として水酸化アルミニウムを添加したものを18-83歳の成人に投与する第 I 相臨床試験が 2件行われ、いずれも抗原特異的な免疫応答が得られることを確認した。1ヶ月空けて 2回接種すると、GI.1 と GII.4 に対する特異抗体の血中濃度が速やかに上昇し、7日以内にピークに達した。初回投与後の血清学的反応は GI.1 については 88-100%、GII.4 については 69-84% で得られた。一方、ブースター接種に対する反応は軽度だった。ほとんどの被験者で年齢によらず、血液抗原に対するブロッキング抗体の有意な上昇が確認された。

2価ワクチンの臨床的効果については二重盲検ランダム化比較試験で検討された。この試験では 18-50歳の成人にワクチンまたは偽薬を 4週間空けて 2回接種した後に GII.4 株を接種した。この結果、急性腸炎の発症率および重症度はワクチン接種群で低かったが、統計的には有意ではなかった。嘔吐と下痢についてはワクチン接種群と非接種群でそれぞれ重症: 0% V.S. 8.3%, P = 0.054、中等症: 6% V.S. 18.8%, P =0.068、軽症: 20.0% V.S. 37.5%, P = 0.074 だった。重度の副反応は認めなかった。

現在、二価ワクチンの第 II 相臨床試験が行われており、最適な抗原の量や比率が検討されている。MPL の有無は抗原特異的な免疫反応と関連がなさそうで、MPL を添加すると総 IgG と血液抗原に対する抗体が増加すると報告されたので、現在は MPL を含まないものがワクチン候補となっている。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7358258/

2022/02/24

2022-02-24 07:41:37 | 日記
徐脈の評価と管理についての総説
Trends Cardiovasc Med 2019; 30: 265-272

徐脈はしばしば遭遇する不整脈である。徐脈は一般に心拍数 50-60 /分未満と定義され、若いアスリートや健常な高齢者でも認めることがある。徐脈の原因は洞房結節、房室結節または刺激伝導系の異常である。徐脈が病的なものか否かは心拍数のみでは区別できず、症状の有無が重要である。心拍数が低いとか、心拍が何秒間か停止していたということだけでは治療の適応にはならない。

2018年の ACC/AHA/HRS による徐脈と伝導遅延についてのガイドラインは、それまでのガイドラインがペースメーカー留置の推奨について多くの紙幅が割かれていたのに対し、徐脈の評価と管理に力点が置かれるようになった。

徐脈の一般的な症状としては、失神、めまい、ふらつき、倦怠感、労作時呼吸困難、脳の低灌流による混乱がある。

1. 診察と検査

徐脈の患者を診たときには、修正可能な原因がないか、注意深く経過を確認し、身体診察を行う。また、薬剤歴を確認するべきである。

問診と身体診察を行ったら、12誘導心電図を行う。洞不全症候群や房室ブロック、脚ブロックが見つかるかもしれない。

心電図モニターはより長い期間心電図波形を確認できるので、徐脈の原因特定あるいは症状が心電図変化で説明できるものかを確認するのに有用である。

運動負荷心電図は虚血性心疾患の患者では勧められないが、運動に関連して一過的に症状が出現する患者や、無症候性の2度房室ブロック、変時性不全 (chronotropic incompetence; 運動時に反応性の心拍数の増加を認めないこと) の患者では検討しても良い。

徐脈患者における器質的な心疾患の検索は、臨床的に何が疑われて、その検査前確率はどれくらいかをよく考えて行う。

2018年の徐脈のガイドラインでは、新規に出現した左脚ブロック、Mobitz II 型房室ブロック、高度房室ブロックあるいは完全房室ブロックの患者では class I の推奨として経胸壁心臓超音波を行うべきとしている。

より高度で疾患特異的な画像検査、すなわち冠動脈 CT、心臓 MRI、シンチグラフィ、経食道心臓超音波は何が疑われて、何を除外したいのかを明確にして行うべきである。

器質的な心疾患の検査前確率が低い場合、例えば無症候性の洞性頻脈や特に心疾患を疑わせる所見がない I 度房室ブロックなどでは、画像検査は行う必要はない。

血液検査は病歴と身体所見から鑑別疾患を絞り込んだ上で特異的な項目を選択する。具体的な検査項目としては電解質、甲状腺ホルモン、ライム病ボレリア抗体 (ライム病患者の一部で房室ブロックを認めることがある) などである。

洞房結節異常や遺伝性の房室ブロックで SCN5A や HCN4 の遺伝子変異を認めることがあるが、遺伝子検査はあまり行われていない。遺伝子検査を行う場合は、遺伝子カウンセリングが受けられるようにように配慮する。

2. 睡眠時無呼吸症候群と徐脈

夜間の徐脈のよくある原因としては、睡眠時無呼吸症候群がある。睡眠時無呼吸症候群の患者では最大 40%で徐脈を認め、最大13%で II度または III 度の房室ブロックを認める。睡眠時無呼吸症候群を治療すると徐脈は 90%近く減少させることができる。

2018年の徐脈のガイドラインでは、夜間に徐脈を認める患者や睡眠障害が疑われる患者で睡眠時無呼吸症候群のスクリーニングを行うことをクラス I の推奨としている。スクリーニング陽性の患者ではポリソムノグラフィーを行うか、専門科へのコンサルテーションを検討する。

徐脈を認めるのは夜間のみで、無症状の場合はペースメーカーが必要になることはない。

3. 心臓電気生理学的検査

徐脈に対して侵襲的な検査である心臓電気生理学的検査 (electrophysiology study: EPS) を行っても得られるものは少ないが、一部の洞不全症候群、房室ブロック、それらに関連する頻脈に対して EPS を行うことで有益な情報が得られるかもしれない。特に 2:1 の房室ブロックでは、EPS は病変が房室結節内にあるか、房室結節より下流の伝導路にあるかを鑑別するのに役立つ。一方、洞不全症候群では洞房結節回復時間が延長すると言われるが、これは感度も特異度も低い所見である。したがって、徐脈に対する EPS の臨床的な価値は限定的である。

4. 伝導障害の評価

フラミンガム研究では、左脚ブロックは心臓の器質的疾患および死亡率と関連することが示されている。徐脈の患者に左脚ブロックをともなう場合はまず経胸壁心臓超音波で器質的心疾患の検索を行うと良い。虚血性心疾患の危険因子や狭心症の症状をともなう場合は虚血性心疾患の検索を行うべきである。右脚ブロックについては、他に器質的な心疾患の存在を疑わせる所見がある場合や胸部症状がある場合を除いて精査は不要である。脚ブロックをともなう徐脈の患者で、徐脈による症状を認める場合は房室ブロックの存在を疑って心電図モニターを行うべきである。

5. 洞不全症候群の治療

2018年の徐脈のガイドラインでは、洞不全症候群を 1. 心拍数 50 /分未満または 2. 3秒超の洞停止と定義している。無症候性の洞不全症候群に対しては一般にペースメーカーの適応はない。

Multi-ethnic Study of Atherosclerosis (MESA) は、心拍数 50 /分未満の 45-84歳の男女 300名超を対象にしたコホート研究である。10年間の観察期間では、心疾患や死亡率は対照群と差がなかった。

一方、症候性の洞不全症候群については未治療の場合は、失神や心房細動、心不全のリスクであると報告されている。したがって、症候性の洞不全症候群では適切な治療がなされるべきである。

症候性洞不全症候群の慢性期の治療の主力は恒久的ペースメーカー留置である。

一時的ペースメーカーが必要になることはほとんどない。いくつかの薬剤(アトロピン、イソプロテネロール、ドーパミン、ドブタミン、エピネフリン、カルシウム静注製剤、グルカゴン、高用量インスリン、アミノフィリン) は症候性の徐脈に対して使用できるが、救急診療に限っての使用にとどめるべきである。

恒久的ペースメーカーの適応となるのは、症候性洞不全症候群の他、症候性の変時性不全(労作時に洞房結節が反応しない)、頻脈徐脈症候群で徐脈による症状をともなう場合がある。

恒久性ペースメーカーを留置する場合は、atrial based pacing に設定するべきである。single chamber ventricular pacing と比較して、atrial pacing または dual chamber pacing は心房細動およびペースメーカー症候群のリスクが低いことが示されているからである。

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1050173819300933

2022/02/23

2022-02-23 05:49:01 | 日記
保存期腎不全患者におけるサイアザイド系利尿薬の降圧効果を検討した偽薬対照ランダム化比較試験
NEJM 2021; 385: 2507-2519

ALLHAT 試験 (JAMA2002; 288: 2981-2997)ではサイアザイド系利尿薬(クロルタリドン、日本では使用できない)はカルシウム拮抗薬(アムロジピン) およびACE 阻害薬 (リシノプリル)と比較して、心血管イベントの抑制効果は劣らないことが示されている。しかし、腎機能が低下している患者でのサイアザイド系利尿薬の降圧効果を支持するエビデンスはほとんどなかった。

対象は 24時間自由行動下血圧測定で高血圧が確認された保存期腎不全の患者。偽薬または 12.5 mg クロルタリドンをすでに処方されている降圧薬に追加し、12週までの血圧低下の程度を比較した。クロルタリドンは 4週毎に最大 50 mg まで増量できる。

ベースの eGFR は 23 mL/min/1.73 m2 で、血圧は 140-143/73-75 mmHg。12週後の24時間自由行動下血圧測定で収縮期血圧がクロルタリドン群では -11 mmHg (95%信頼区間: -13.9~-8.1 mmHg)、偽薬群では -0.5 mmHg (95%信頼区間: -3.5~+2.5 mmHg)低下した。群間差は-10.5 mmHg (95%信頼区間: -14.6~-6.4 mmHg, P 0.001未満)だった。

尿アルブミン/クレアチニン比はクロルタリドン群で有意に低く、降圧による腎保護効果がありそうだった。一方、クロルタリドン群では可逆的な eGFR 上昇、低カリウム血症、高尿酸血症、高血糖が多かった。

eGFR 45 mL/min/1.73 m2 未満でサイアザイドを中止していたけど、その必要はなさそう。またクロルタリドン群では 4週後でも 12週後でも血圧低下の程度は変わらないので、初期投与量で十分降圧効果が得られるよう。サイアザイド系利尿薬は低カリウム血症の副作用があるので、ACE阻害薬、ARB、スピロノラクトンと組み合わせて使用するのが良いかもしれない。

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2110730

2022/02/22

2022-02-22 07:45:04 | 日記
持続的腎代替療法についての総説
Chest 2019; 155: 626-638

急性腎障害 (acute kidney injury: AKI) は重篤な患者ではしばしば認められ、相当な程度、障害および死亡と関連する。AKI 患者の 5-10% は集中治療室入室中に腎代替療法 (renal replacement therapy:RRT) が必要となり、その場合の死亡率は 30-70% にもなる。

過去 20年間で RRT が必要になる AKI 患者はだいたい年に 10%の割合で増加し続けている。RRT が必要になる AKI の危険因子としては、高齢、男性、敗血症、代償されない心不全、肝不全、心臓手術後、人工呼吸器の使用がある。

かつては RRT は例外的な治療だと見なされていたが、血行動態が非常に不安定な患者でも使用できることから現在ではルーチンで行われている。しかし、RRT については多くの基本的な事柄が分かっていないままである。例を挙げれば、RRT を開始する最適な開始時期や終了時期、最適なモダリティは何であるかが分かっていない。

CRRT と IHD

腎障害をともなう重篤な患者の腎代替療法としては、持続的腎代替療法 (continuous renal replacement therapy: CRRT) の他、標準的な透析法である間歇的血液透析 (intermittent hemodialysis: IHD) 、CRRT と IHD の中間である prolonged intermittent renal replacement therapies : PIRRTs がある。いずれも同じ体外血液回路を用いていて、主な違いは透析を行っている時間と溶質を除去する早さである。

IHD は比較的短い透析時間(3-5時間)で速やかに溶質を除去するのに対し、CRRT はより緩徐に除水と溶質の除去を行う。PIRRTs は両者の中間で、1回の透析時間は 8-16時間と幅がある。

CRRT と PIRRTs は循環動態が不安定な急性腎障害の患者で行われるのが一般的だが、両者の適応は施設間で相当な違いがある。

Kidney Disease: Improving Global Outcome (KDIGO) 急性腎障害診療ガイドラインには循環動態が不安定な患者には CRRT を推奨するという記載があるが、根拠は乏しい。循環動態が不安定な患者では、緩徐かつ持続的に透析を行った方が良さそうなものだが、ランダム化比較試験では、CRRT と IHD、PIRRTs の間で死亡率および腎機能障害からの回復については差を認めなかった。とはいえ、循環動態が不安定な患者に IHD を行うときは、限外濾過は緩徐に、透析液のナトリウム濃度は高く、透析液の温度は低くするなどの工夫は必要だろう。観察研究では、CRRT は IHD よりも効率良く除水でき、頭部外傷や劇症肝炎で頭蓋内圧が更新している場合には CRRT は IHD よりも脳灌流の維持に有効であることが示唆されている。

2. CRRT のモダリティ

CRRT は溶質を除去する原理によって持続的静脈血液濾過 (continuous venovenous hemofiltration: CVVH) 、持続的静脈血液透析 (continuous venovenous hemodialysis: CVVHD) 、持続的静脈血液濾過透析 (continuous venovenous hemodiafiltration: CVVFDF) の 3つに分類される。

CVVH は主に限外濾過によって溶質を除去し、CVVHD は主に拡散によって溶質を除去する。CVVHDF は両者を併用したものである。

CVVH では、半透膜である血液濾過フィルターに静水圧をかけて限外濾過を行う。溶質は水とともに半透膜を透過して除去される。この過程はしばしば溶媒牽引 (solvent drag) と呼ばれる。

十分な溶質クリアランスを実現するためには高い濾過速度が必要であり、溶質とともに除去される水を補充するために晶質液を供給し続ける必要がある。この補充液は血液回路によって濾過フィルターを通過する前に供給される場合と通過した後に供給される場合がある。

血液濾過速度を高くすると血液が濃縮されて血液濾過フィルターが目詰まりする危険が上がる。濾過フィルターを通過する前に補充液を供給する回路では濾過する前に血液が希釈されるので、血液濃縮が起こりにくくなる。しかし、溶質の濃度が薄くなってしまう分、同じ濾過速度では溶質クリアランスが低下する。

CVVHD では、溶質は透析膜を介した濃度勾配にしたがって透析液中に拡散する。拡散では低分子 (500-1500 Da 未満) は効率良く除去できるが、分子量が大きくなると急速にクリアランスは低下する。

一方、限外濾過では膜を介した溶質の移動は主にフィルターの孔の大きさによって決まり、クリアランスは大きな分子でも小さな分子でもだいたい同じである。

したがって、1000-20000 Da の溶質については、同じ流量でのクリアランスは CVVH の方が CVVHD よりも大きい。炎症性サイトカインも CVVH では効率良く除去できるので、サイトカインストームの患者では CVVH は有用そうだが臨床的な効果は証明されていない。

3. CRRT の適応

CRRT の適応は RRT 一般の適応と変わるところはない。すなわち、溢水、重度の代謝性アシドーシス、電解質異常、そして尿毒症を認める場合である。いずれも解釈に幅があり、客観的な規準ではない。悪化傾向にあるあるいは遷延している AKI に対しても RRT が行われる。

一般的に、溢水に対する RRT は溢水による臓器障害が存在し、利尿薬に反応しない場合に検討される。小児および成人を対象とした観察研究では、RRT を行う前の溢水の程度と死亡率との間には強い相関が認められる。しかし、溢水を改善させれば死亡率を低下させられるのかについては分かっていない。これについては今後前向き研究で検討される必要がある。

溢水のために重炭酸ナトリウムを投与できない代謝性アシドーシスの患者では RTT は有効である。一般的に、代謝性アシドーシスに対する RRT は pH 7.1-7.2 未満または重炭酸イオン 12-15 mmol/L 未満で検討するが、急性肺障害の患者では呼吸性アシドーシスも合併するので、より早い段階で RRT を検討する必要があるかもしれない。

RRT は乳酸を除去できるが、メトホルミンなどの薬剤による乳酸アシドーシス以外では RRT が乳酸アシドーシスの予後を改善させられるかどうかは分かっていない。

一般には高カリウム血症に対する RRT は薬物療法に反応しない血清カリウム 6.5 mEq/L 超の高カリウム血症で検討される。この場合は IHD の方が CRTTよりも早く血清カリウム濃度を正常化することができる。一方、重度の低ナトリウム血症をともなう場合は CRRT の方が IHD よりも緩徐に血清ナトリウムを補正できるので、浸透圧変化による脱髄を起こしにくいことが示されている。

脳症や心膜炎など顕性の尿毒症に対する RTT の治療効果については確立している。しかし、これらの症状は AKI が進行しないと出現しない。より早期に出現する、血小板機能異常、低栄養、易感染性、心不全、肺水腫については多臓器不全に陥っている重篤な患者では AKI による尿毒症が原因かどうかは判断できない。そのため、AKI に対する RRT では尿毒症の治療でなく予防のために行われることが多い。この場合の RRT の開始時期については議論がある。

4. 毒素・薬物の除去

アルコール、リチウム、サリチル酸、バルプロ酸、メトホルミンなどの薬物や毒物は RRT で除去でき、毒や薬物による中毒の場合には早期に RRT を行うことで合併症を防ぐことができるかもしれない。目的の薬物または毒物が、1. 分子量が小さく、2. 蛋白質に結合せず、3. 分布容積 1 L/kg 体重未満であれば、RRT で効率良く除去することができる。中毒の場合はいち早く毒物または薬物を除去する必要があるので、たとえ循環動態が不安定であったとしても、CRRT よりも IHD が好まれる。

劇症肝炎にともなう高アンモニア血症に対する RRT の効果は不明である。後ろ向き観察研究では、劇症肝炎に対して IHD を行った群は RRT を行っていない群と比較して 21日後の死亡率が低かった。しかし、 この研究だけで劇症肝炎における RRT の使用が死亡率を減らせると結論することはできない。

5. 敗血症

CVVH は炎症性サイトカインを除去できるが、敗血症に対する血液濾過の効果を検討した臨床試験ではいかなる利益も示せなかった。80名の敗血症患者を対象にしたランダム化試験では、標準治療に血液濾過を追加した群は標準治療と比較して死亡率やその他の臨床パラメーターを改善しなかった。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6435902/