内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床に関する論文のまとめ

2022/06/26

2022-06-26 20:17:57 | 日記
低体温症-忘れられた低血糖症状
BMJ Case Rep 2018
doi: 10.1136/bcr-2018-225606

低体温症はしばしば重篤な疾患の徴候である。よく言われる低体温症の原因としては敗血症、寒冷環境への曝露、内分泌疾患がある。一方、低血糖は低体温症でしばしば認めるが、原因として関連つけられることはあまりない。

著者らは低血糖により重度の低体温症が長時間続いた症例を報告する。糖尿病の既往がある 58歳男性が胸部痛を訴え、ST 非上昇型心筋梗塞であると診断された。患者は心臓カテーテル検査のために絶食とされたが、就寝前に普段通りの用量のインスリングラルギンを皮下注射された。そして数時間後に発汗と低血糖を認め、体温が低下し始めた。体温は保温によっても回復しなかった。ブドウ糖を投与し、血糖が正常化すると体温は回復した。低体温症の原因として敗血症や内分泌疾患は認めなかった。

1. 背景

低血糖は低体温症の稀な原因である。しかし、低血糖が低体温症の原因になることは忘れられているように見える。低血糖と低体温症の関連を検討した後ろ向き観察研究が 1件あるだけであり、最後に低血糖による低体温症についての症例が報告されたのは 40年以上前である。

この症例報告の目的は、低血糖はそれ自体が低体温症の原因になることを臨床医に思い出させることである。

2. 症例提示

58歳男性が息切れと下肢腫脹の増悪を主訴に救急外来を受診した。患者は圧迫されるような胸痛も自覚していた。動悸、嘔気、発汗は認めなかった。既往症としては 2型糖尿病と高血圧症があった。常用薬としては、メトホルミン 1000 mg、インスリングラルギン 20単位就寝前、インスリンアスパルト 毎食前 4単位があった。

患者は翌朝に心臓カテーテル検査を行うために絶食とされ、21時に普段通りにインスリングラルギン 20単位を皮下注射された。午前4時に患者は発汗と冷感を自覚した。この時の血糖は 48 mg/dL だった。50%ブドウ糖が投与され、血糖は 97 mg/dL に上昇した。バイタルサインは腋窩および口腔内の温度が測定できないことを除いては正常だった。直腸温を計測したところ、34.38℃だった。

加温ブランケットを用いて保温したが、低体温症は持続し、体温は 33.66℃まで低下した。血糖は翌朝 8時半の時点で 44 mg/dL、11時の時点で 46 mg/dL だった。翌日も加温ブランケットで保温したが、低体温が持続した。

3. 検査結果

入院時に行った心電図では心室性期外収縮を認め、ST 変化を認めなかった。トロポニン I は 2.218 ng/mL (基準値 0.049 未満) であり軽度高値だった。再検時も 2.013 ng/mL だった。BNP は 7741 pg/mL だった。その他の血液検査の項目には異常を認めなかった。血糖値は 108 mg/dL だった。胸部 X 線写真では肺血管のうっ血と、両側胸水を認めた。

低体温症の原因検索を行ったが、結果は全て陰性だった。まず、コルチゾールは 14 μg/dL (基準値 3-22 μg/dL) だった。甲状腺刺激ホルモンは 1.26 μU/mL (基準値 0.35-4.94 μU/mL) で、乳酸は1.66 mmol/L (基準範囲 2.2 mmol/L 未満) だった。尿検査から尿路感染症は否定され、血液培養は陰性だった。胸腹骨盤部CT では特記すべき異常を認めなかった。

退院前に行った心臓カテーテル検査では冠動脈狭窄は認めず、心臓超音波では左室駆出率が 10-15%に低下しており、収縮能の低下によるうっ血性心不全と診断した。

4. 鑑別診断

患者は入院時に ST非上昇型心筋梗塞および新規発症の心不全と診断された。低体温症については、原因として敗血症、甲状腺機能低下症、副腎皮質機能低下症を考えた。相対的副腎皮質機能低下症の可能性はあるが、以前に副腎皮質機能低下症を疑わせる症状や所見はなく、副腎皮質機能低下症の可能性は低い。上記の鑑別診断を全て除外し、低血糖が低体温症の直接の原因であると診断した。

5. 治療

インスリン注射は中止し、加温ブランケットで加温した。経験的にタゾバクタムピペリシリン投与を開始し、10%ブドウ糖液の持続静脈注射を開始した。治療開始後、患者のバイタルサインはゆっくりと改善した。

新規に診断されたうっ血性心不全に対しては利尿薬が投与され、退院前にカルベジロール、リシノプリル、スピロノラクトンが開始された。

6. 経過

患者は低血糖が発見されてから12時間以上低体温症が遷延した。血糖が正常化した後、低体温症は改善した。その後は低血糖、低体温症ともに認めなかった。退院時は全身状態は安定していた。退院後はインスリンの用量を減らした。心不全については左室収縮能 10-15%と低心機能なので除細動器を装着した。

7. 議論

低体温症は深部体温 35℃未満で定義される。低体温症の原因は多岐にわたる。

最も多い原因は寒冷環境への暴露である。その場合はカテコラミンによるグリコゲン分解のために高血糖を認める。

その他の重要な低体温症の原因としては、敗血症がある。敗血症患者の9%では低体温症を認め、体温正常の敗血症患者と比較して死亡率および合併症の頻度が高い。

内分泌障害も低体温症の原因となり、カテコラミン分泌低下、甲状腺機能低下症、下垂体機能低下症が原因となり得る。

エタノールや鎮静薬も低体温症の原因となり得る。

脳腫瘍や脳梗塞などの中枢神経障害も低体温症の原因になり得る。

超高齢者では神経·筋の機能低下により筋収縮による発熱ができないことが低体温症の原因となり得る。

以上の原因と比べるとずっと知られていないが、低血糖も低体温症の原因になり得る。入院患者の低体温症の原因として低血糖の頻度は多くなっているのにも関わらず、最近では低血糖が低体温症の原因であることがすぐには気づかれない。低血糖による低体温症は一過性であるが、時に長時間持続する。そして、今回の症例は後者である。患者は低血糖を認めてから 12時間以上低体温だった。

低血糖が低体温症を引き起こすしくみはよく分かっていないが、視床下部の体温調節中枢が関与していると考えられている。1972年に Freinkle らはグルコースの代謝を阻害する 2-デオキシ-D-グルコースを健常者およびマウスに投与すると 6時間にわたって直腸温が低下することを報告している。特に頭蓋内のグルコース濃度が低下すると、同程度の血清グルコース濃度の低下と比べてより大きく体温が低下することから、低血糖による低体温症の引き金となるのは中枢神経系かもしれない。他に、Gale らは 1981年にインスリンの注入により低血糖を起こすと、発汗の増加とふるえの減少を認めることを報告している。発汗の増加とふるえの減少はいずれも低体温症の原因となりえる。

重症低血糖ではブドウ糖を経静脈的に投与するのが標準的な治療である。低血糖が遷延する場合は 10%ブドウ糖液を持続静脈注射する。ある研究では低体温症ではブドウ糖投与しても血糖が上昇しにくいと報告されている。そのため、低血糖による低体温症では、加温することも重要である。加温ブランケットや加温した輸液、気道の加温が選択肢になる。著者らは10%ブドウ糖液を持続静脈注射し、加温ブランケットで加温した。

低血糖においては低体温症は生理的に利益があるかもしれない。心停止した患者においては低体温療法は神経系の保護により予後を改善させる効果が認められている。低血糖による低体温症も代謝を抑制し、脳のブドウ糖消費量を抑えることで脳を保護する効果があるのかもしれない。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30158268/