クッシング症候群の検査前確率を推定する臨床スコア
Front Endocrinol (Lausanne) 2021; 12: 747549
研究の背景
クッシング症候群はさまざまな合併症を来たし、死亡率が高いことから、早期診断が重要である。しかし、特徴的とされる臨床所見はいずれも特異度が低く、検査値もばらつきがあるので、クッシング病の診断は難しい。
最近の報告によると、クッシング症候群の症状出現から診断までの期間は最大で 4年で、診断までに平均で 4.6人の内科医を経る。
内分泌学会のガイドラインでは、クッシング症候群のスクリーニングのために、1. 尿中遊離コルチゾール、2. 深夜唾液中コルチゾール、3. 1 mg デキサメタゾン抑制試験のいずれか 1つ以上を行うことを勧めている。
いずれの検査も正確であることは確かめられているが、結果が一貫しないことはしばしばある。そのため、複数のグループがクッシング症候群のスクリーニングを行う前にクッシング症候群らしさを評価しておくことが重要だと述べている。
Cipoli らは、クッシング病の診断についてはクッシング病かそうでないかを決する二分法よりも、ベイズ推定をくり返してクッシング病らしさを高めていくアプローチの方が現実的であると述べている。クッシング症候群の診断のためにベイズ推定を利用するのは方法論的には妥当で、検査値を正しく解釈することを可能にするだろう。しかし、ベイズ推定を行うためには検査前確率が分かっている必要があるが、クッシング症候群の検査前確率を推定する信頼できる方法はなかった。
そこで著者らは、クッシング病の検査前確率を推定する臨床スコアモデルを開発することを目的に観察研究を行った。
2. 研究の方法
対象はイタリアの 3次医療機関の内分泌内科 5科でクッシング症候群が疑われ (代謝異常を少なくとも 2つ以上認めることは必須) 生化学検査が行われた患者とした。
患者の登録は前向きに行い、解析は後ろ向きに行った。事前に決めておいた クッシング症候群 150 例とクッシング症候群が否定された 300 例を組み込んだ時点で登録を終了した。想起バイアスを除くために、臨床所見については生化学的検査を行う前に報告されたもののみを解析の対象とした。
得られた臨床所見のデータに対して多重ロジスティック回帰分析 (変数増減法 stepwise backward selection algorithm) を行い、クッシング症候群の検査前確率を推定する臨床スコアモデルを作成した。
得られたモデルの内的バリデーションは 10-分割交差検証で検証した。
3. 結果
150 名のクッシング症候群の患者のうち、76.0% (114名) がクッシング病、19.3% (37名) がACTH 非依存性クッシング症候群 (35名が副腎腺腫、2名が副腎癌) 、7% (4.6%) が異所性 ACTH 産生腫瘍だった。
クッシング症候群に特徴的とされる所見の頻度 (クッシング症候群 V.S. 非クッシング症候群) は以下の通り。中心性肥満との相関は明らかでなく、BMI 30 kg/m2 以上の肥満とは逆相関を認めた。
満月様顔貌: 67.3% V.S. 27.7%, P 0.001 未満
顔面紅潮: 45.3% V.S. 15.3%, P 0.001 未満
赤色線条: 32.7% V.S. 16.0%, P 0.001 未満
易出血: 31.3% V.S. 10.0%, P 0.001 未満
近位筋萎縮: 49.3% V.S. 11.3%, P 0.001 未満
近位筋筋力低下: 35.3% V.S. 16.7%, P 0.001未満
多毛または脂漏症: 46.0% V.S. 32.7%, P=0.006
精神症状: 41.3% V.S. 23.0%, P 0.001未満
野牛肩: 54.0% V.S. 20.0%, P 0.001未満
中心性肥満: 68.9% V.S. 72.0%, P=0.468
肥満 (BMI 30 kg/m2 以上): 36.0% V.S. 64.0%, P 0.001未満
高血圧: 70.7% V.S. 51.0%, P 0.001未満
糖尿病: 36.0% V.S. 24.3%, P=0.010
脂質異常症: 60.7% V.S. 49.0%, P=0.019
骨密度正常: 46.7% V.S. 80.7%, P 0.001未満
骨減少症: 21.3% V.S. 11.0%, P 0.001未満
骨粗鬆症: 32.0% V.S. 8.3%, P 0.001未満
多重ロジスティック解析から得られた臨床モデルでは下記項目に付された点数の合計からクッシング症候群の検査前確率を推定する。モデルに対して ROC 分析を行うと、AUC 0.871 と計算された。
40歳未満: 3点
40-59歳: 2点
満月様顔貌: 1点
顔面紅潮: 1点
近位筋萎縮: 1.5点
多毛または脂漏症: 1点
野牛肩: 1.5点
肥満 (BMI 30 kg/m2) ではない: 3点
高血圧: 2点
糖尿病: 1点
骨減少症: 1.5点
骨粗鬆症: 2.5点
合計点
0-5.5点: 低リスク 検査前確率 0.8%
6.0-8.5点: 低~中等度リスク 検査前確率 2.7%
9.0-11.5点: 中等度~高リスク 検査前確率 18.5%
12.0-17.5点: 高リスク 検査前確率 72.5%
4. 議論
著者らは臨床モデルの合計点が 6点以上であれば高コルチゾール血症のスクリーニングをしても良いのではないかと述べている。臨床的にクッシング症候群をあまり疑わない状況にあれば 9点以上でスクリーニングを行うのも良いかもしれない。
最近のメタ分析によれば 3つのスクリーニング検査の結果の解釈は検査前確率に影響されることが示されている。特に検査前確率が低い場合にはスクリーニング検査で陽性であってもクッシング症候群ではないことがあり得る。
臨床スコアを用いて検査前確率を評価すると、検査前確率が低い場合に不要な検査を行うことが避けられるし、仮にスクリーニング検査が陽性でも信頼性が低いことが分かる。逆に検査前確率が高い場合は、スクリーニング検査の結果が一致しない場合でも確信を持って確定的な検査に進むことができる。
本研究で得られた臨床スコアでは肥満がないことがクッシング症候群の強力な予測因子だった。これは一見すると矛盾のようだが、本研究はクッシング症候群が疑われる患者を対象にしており、これらの患者の多くはメタボリック症候群であることを考えれば不思議ではないかもしれない。
本研究の臨床スコアでは若年であることも強力な予測因子である。これは 40歳未満で二つ以上のクッシング症候群に関連する代謝異常 (高血圧、糖尿病、骨減少症/骨粗鬆症など) を認める場合はクッシング症候群のスクリーニングを検討するべきとしている国際ガイドラインとも一致する。
今回得られた臨床モデルの外的バリデーションは前向きコホート研究で検証されるべきだろう。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8524092/#!po=11.7021