内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床に関する論文のまとめ

2022/03/18

2022-03-18 08:37:33 | 日記
下垂体卒中についての総説
Endocr Rev 2015; 36: 622-645

下垂体卒中は下垂体腺腫の 2-12% に合併する。主な症状は突然起こる激しい頭痛であり、時に視野障害や眼球運動障害をともなう。髄膜刺激症状や意識障害をともなう場合は診断が難しくなる。

頭蓋内圧亢進、高血圧、大手術、抗凝固療法、負荷試験が下垂体卒中の誘因となることがある。

下垂体性副腎皮質機能低下症を合併した場合、治療が遅れると生命に関わる。

CT または MRI で出血かつまたは壊死組織をともなう下垂体腫瘍を確認することで診断は確定される。

かつては下垂体卒中は脳神経外科の緊急疾患と考えられ、全例で手術が行われていた。最近では、症例によっては保存的に加療されることが増えてきている。後ろ向きの観察研究によると、保存的に加療した場合も眼球運動障害、下垂体機能、腫瘍の増大については手術と大差ない。

1. 疫学

下垂体卒中の有病率は 6.2/10万人、罹患率は 0.17 /10万人・年だと報告されている。

下垂体腺腫の 2-12%で下垂体卒中を経験し、下垂体卒中発症後に下垂体腺腫が発見されるケースは 3/4 以上である。2件のメタ分析によると、非機能性下垂体腫瘍を保存的に診ていく場合、年率 0.2-0.6%で下垂体卒中を起こす。

下垂体卒中は全ての年齢層で発症し得るが、特に 50-60歳台で多い。

無症候性の下垂体卒中は症候性の下垂体卒中よりもはるかに多い。実際、下垂体腫瘍の最大 25%で出血や壊死組織を認める。

2. 誘因

下垂体卒中の 10-40%で誘因を認める。血管内操作、特に脳血管造影は下垂体卒中と関連すると報告されている。血管内操作の数分後に発症する場合もあるし、7時間後に発症した場合もある。血圧の変動や血管攣縮が原因になると言われている。

手術の中では、整形外科と心臓血管外科の手術は消化器や呼吸器、甲状腺の手術と比較して下垂体卒中を合併しやすいようである。整形外科の手術では膝よりも肩や股関節の手術で発症しやすく、手術中あるいは術後 24-48時間に発症することが多い。術中・術後の低血圧、抗凝固、微小血栓が下垂体梗塞の原因になるのではないかと言われている。

心臓血管外科の手術は血圧変動が大きく、抗凝固療法を行うので、下垂体卒中のリスクになることが昔から知られている。特に人工心肺装置 (cardiopulmonary bypass) を使用すると血圧変動が大きくなるので、下垂体腺腫があることが分かっている場合は off-pump で手術を行った方が良いのではないかと言う専門家もいる。

頭部外傷も下垂体卒中の原因になり得る。

また、負荷試験も下垂体卒中のリスクである。多くの場合は負荷後数分以内に発症する。インスリン、TRH、GnRH や GHRH と比べると CRH 負荷は下垂体卒中のリスクは小さい。また複数のホルモンで同時に刺激すると下垂体卒中のリスクが高くなる。近年は負荷試験後に下垂体卒中を発症するケースは少なくなっている。おそらく多くの内分泌代謝内科医が下垂体卒中のリスクが高い症例で、TRH や GnRH の負荷を避けるようになったからだと考えられる。著者らはトルコ鞍の上方に伸展する大きな腺腫 (macroadenoma) では術前は ACTH 分泌能評価目的の CRH (またはインスリン) 負荷以外の負荷試験は行わない方が良いと考えている。前立腺癌の治療に用いられる GnRH アゴニスト(リュープリン、ゾラデックスなど) も下垂体卒中発症と関連すると報告されている。投与後数分で発症する場合もあるし、徐放製剤の場合は投与から 10日経った後に発症した場合もある。

下垂体卒中は抗凝固療法と関連するようである。抗凝固療法開始直後に発症する場合もあるし、もっと時間が経ってから発症することもある。抗凝固療法以外の原因で出血傾向がある患者についても下垂体卒中との関連が報告されている。しかし、これらは症例報告であり、前向きの観察研究はない。したがって、既知の下垂体腺腫の患者で抗凝固療法を行うことの是非については現在のところ不明である。

ドーパミンアゴニストと下垂体卒中との関連が言われているが、はっきりしない。

ほとんどの場合、下垂体卒中は大きな下垂体腺腫で起こる。そのためか下垂体卒中を起こした下垂体腫瘍の多くは非機能性である。非機能性の腺腫は発見が遅くなるため、機能性の腺腫よりも大きいことが多い。非機能性腺腫に次いで多いのはプロラクチノーマと成長ホルモン分泌腫瘍である。

3. 病態生理

下垂体卒中の病態生理は不明だが、下垂体卒中のほとんどは大きな腺腫で起こることは重要である。

下垂体は 1. 下垂体門脈系および 2. 上・下下垂体動脈から直接血流を受けている。上下垂体動脈は下垂体茎に沿って走行し、下垂体前葉に血流を送る。下下垂体動脈は下垂体後葉に血流を送る。さらに、上下垂体動脈と下下垂体動脈は吻合している。静脈血は下垂体静脈から隣接する静脈洞を経て、頚静脈に流れる。

下垂体腺腫では、正常下垂体と比較して、門脈系よりも動脈系にほとんどの血流を依存している。また腺腫は正常下垂体に比べて血流が乏しい。

正常下垂体の毛細血管は有窓の内皮からなるが、プロラクチノーマにおいては平滑筋層をともなう通常の動脈や有窓の内皮に平滑筋層をともなう異常な血管を認める。

下垂体腺腫は脆弱な血液供給に見合わない増殖のために虚血や出血を来しやすい可能性がある。あるいは腺腫によって、漏斗や上下垂体動脈が鞍隔膜に押しつけられることによって虚血になる可能性もある。


4. 臨床症状

頭痛は下垂体卒中の最も頻度の高い症状であり、80%の症例で認める。下垂体卒中の頭痛は最初の症状であることが一般的であり、晴天の霹靂のような (like a thunderclap in a clear sky) と形容される突然の激しい頭痛である。しかし、亜急性の経過で出現することもある。疼痛の部位は眼の奥であることが多いが、両側頭部や頭部全体であることもある。嘔気や嘔吐をともなうことも多く、偏頭痛や髄膜炎と間違われることもある。

視覚障害は下垂体卒中の半数以上で認める。血腫による腫瘍の増大で視交叉や視神経が圧迫されることが原因である。視野障害の程度は症例により様々だが、両耳側半盲が最も頻度が多い。視力障害や失明も起こり得るが、稀である。眼球運動障害も頻度の高い症状で 52%の患者で認める。海綿静脈洞内の圧力が上昇すると、海綿静脈洞内を走行する第 III, IV, VI 脳神経が障害される。特に障害されやすいのは第 III 脳神経 (動眼神経) であり、半数を占める。第 III 脳神経の障害は、眼瞼下垂、内転障害、散瞳が特徴である。

下垂体卒中の患者では、嘔気・嘔吐 (57%)、羞明 (40%)、髄膜刺激症状 (25%)、発熱 (16%) を認め、髄膜炎と間違えることがある。髄液検査では、リンパ球高値を認めることがある。無気力、混迷、昏睡などの意識障害を認めることもある。

内頚動脈が前床突起に押しつけられたり、能動脈の攣縮したりすると脳虚血のために片麻痺や嚥下障害などの巣床状を認めることがある。

頻度は低いが嗅覚障害 (嗅神経の圧迫による) 、鼻血・髄液漏 (トルコ鞍の侵食による)、顔面痛 (三叉神経の圧迫による) もあり得る。

下垂体卒中に続発する下垂体性副腎皮質機能低下によりショックになると心筋梗塞と間違われる可能性がある。

5. 内分泌学的異常

下垂体卒中の発症時点では 1つ以上の前葉ホルモンの分泌が低下している。後ろ向きの検討では、下垂体卒中を発症する前から性的な問題、月経不順、乳汁分泌、倦怠感などの内分泌学的異常と関連する症状を認めた。これらの症状は下垂体腫瘍による正常下垂体の圧排によって起こると考えられる。

ACTH (corticotropin) の分泌低下は下垂体卒中の患者で最も頻度の高いホルモン分泌低下であり、50-80%の患者で認める。ACTH が欠損するとショックや低ナトリウム血症を起こし、命に関わる。下垂体卒中では、二次性副腎皮質機能低下症を高率に合併するので、下垂体卒中と診断したら、ACTH と血清コルチゾールを提出し、副腎皮質機能低下の診断確定を待たずに直ちに糖質コルチコイドを経静脈的に投与する。

副腎皮質機能低下によるショックはカテコラミンに反応しない。下垂体卒中急性期では、重度の低ナトリウム血症を認めることがある。これは糖質コルチコイドの分泌低下が原因である。糖質コルチコイドの分泌が低下すると、1. 抗利尿ホルモンの分泌抑制がかからなくなり、2. 糖質コルチコイド欠損自体が腎からの水排泄を抑制する。

下垂体卒中では、視床下部の機能障害のために ADH 不適合分泌症候群 (syndrome of inappropriate antidiuretics: SIADH) を合併することもある。下垂体卒中後に低ナトリウム血症を認めた場合は、血清の重炭酸イオンを確認すると良い。副腎皮質機能低下症では、重炭酸イオン濃度が低下しており、SIADH との鑑別に役立つ。

TSH (thyrotropin) 欠損による甲状腺機能低下症も低ナトリウム血症の原因になり得る。嘔気・嘔吐、低血糖 (いずれも ACTH/コルチゾール、成長ホルモン/IGF-1 欠損と関連する) も非浸透圧性の抗利尿ホルモンの分泌刺激となる。

重篤な患者では、下垂体-副腎皮質軸の反応が正常であれば血漿コルチゾールの濃度は上昇している。ICU に入室した患者では、入院 2日目の血清コルチゾールの平均値は 20 μg/dL でその後 1週間以上高値 (平均 16.8±7.8 μg/dL) が続くと報告されている。ちなみに、コルチゾールの濃度が高値になるのはコルチゾール分解の低下に依るところが大きく、コルチゾール産生増加の寄与は小さい。

重篤な患者でコルチゾール濃度が 15 μg/dL 未満である場合、副腎皮質機能低下症を疑う。多くの文献と著者らの経験によれば、下垂体卒中に続発する二次性副腎皮質機能低下症では、コルチゾール濃度は非常に低く、診断に迷うことはまずない。それでも、下垂体卒中では全例で糖質コルチコイドを経静脈的に投与するべきである。

下垂体卒中では、TSH は 30-70%、ゴナドトロピンは 40-75% で分泌低下すると報告されている。成長ホルモンはほとんど全例で分泌低下しているが、診断時には検査されていないことが多い。プロラクチン分泌低下は 10-40%で認める。

尿崩症が下垂体卒中に合併することは稀で、頻度は 5%未満である。尿崩症は副腎不全 (あるいは甲状腺機能低下症) によってマスクされることがあり、糖質コルチコイド(あるいは甲状腺ホルモン) 補充後に尿崩症が顕在化することがある。

下垂体卒中に下垂体ホルモン分泌亢進がともなうこともある。特に、プロラクチノーマは出血しやすい性質があるので、下垂体卒中を合併しやすい。

6. 鑑別

下垂体卒中の主な鑑別疾患はくも膜下出血と細菌性髄膜炎である。他には海綿静脈洞血栓症、中脳梗塞も鑑別に挙がる。髄液検査は下垂体卒中とくも膜下出血、細菌性髄膜炎の鑑別にはあまり役に立たない。下垂体卒中では、特に髄膜刺激徴候を認める場合は、髄液中の赤血球高値、キサントクロミー、髄液細胞増加、蛋白質高値を認めるからである。しかし、髄液培養で細菌性髄膜炎は除外できる。

下垂体卒中の診断に最も有用なのは、CT と MRI である。下垂体腫瘍を認めれば、出血や壊死所見を認めなくても下垂体卒中だと考える。たとえば、突然の頭痛と視覚障害を訴える患者に下垂体腫瘍を認めれば、下垂体卒中だと診断して良い。

CT はくも膜下出血の除外に有用である。下垂体卒中の 80%の症例では下垂体腫瘍を認める。このうち 20-30%では腫瘍内部に出血を認める。数日すると出血は検出できなくなる。造影すると、不均一な造影効果を認める。

MRI は出血と壊死の検出に優れ、下垂体と周辺の構造 (視交叉、海綿静脈洞、視床下部) を詳細に観察することができる。下垂体卒中急性期に蝶形骨洞の粘膜、特にトルコ鞍直下の粘膜の肥厚は神経学的および内分泌学的予後不良と関連する。蝶形骨洞の粘膜肥厚はトルコ鞍内圧の上昇と海綿静脈洞のうっ血を反映していると考えられている。

7. 臨床経過

下垂体卒中の臨床経過は症例によりさまざまである。梗塞よりも出血性梗塞あるいは出血の方が予後不良である。

軽症の場合は頭痛、視覚障害、下垂体機能障害は緩徐に出現し、数日から数週間持続する。最重症の場合は、数時間の経過で目が見えなくなったり、昏睡したり、神経学的な異常が現れたり、循環動態が不安定になったりする。この場合、直ちに診断し、除圧と糖質コルチコイド投与を開始しないと、副腎不全または神経学的な合併症のために死亡することもあり得る。ほとんどのケースは前二者の中間で、数日の経過で頭痛と視覚障害が出現することが多い。

神経学的異常、視覚異常、内分泌異常の回復についても、症例によりさまざまである。手術によって除圧すると意識障害は改善する。視野障害や視力障害も下垂体卒中後に出現したものであれば手術後に改善する可能性がある。しかし、視神経が萎縮してしまっている場合には手術しても改善しない可能性が高い。眼筋麻痺も多くの場合改善するが、改善には数週間がかかる。内分泌障害は多少変化はあるが、しばしば永続する。

8. 治療

下垂体卒中では多くの場合、ACTH 分泌低下をともなうので、手術を行う場合でも保存的に治療する場合でも、下垂体卒中診断後直ちに糖質コルチコイドを経静脈的に投与するべきである。具体的には、ヒドロコルチゾン 50 mg を 6時間毎か、初回に 100-200 mg、以後 50-100 mg を 6時間毎に静脈注射 (または筋肉注射) する。あるいは 2-4 mg/時で持続静脈注射しても良い。ショックになっている患者では低血糖を予防するために生理食塩水に 5%ブドウ糖を混合注射して投与する。

手術を選択する場合は、ほとんど全ての症例で経蝶骨アプローチが推奨される。理由としては除圧に優れ、術後の合併症と死亡率が少ないからである。経蝶骨下垂体手術はかつては上口唇下粘膜を切開する sublabial transseptal approach が行われたが、現在は鼻中隔粘膜を切開する nasal septal displacement が主流である。手術顕微鏡 (operating microscope) を使用するか、内視鏡を使用するかは脳外科医の好みによる。特に熟練した脳外科医では手術にともなう合併症は稀だが、髄液漏と尿崩症は起こり得る。

下垂体卒中後に下垂体腫瘍が自然に収縮し、症状が改善することがあると報告されている。そのため、症例によっては保存的に治療するのが妥当ではないかと言われている。

下垂体ホルモン分泌低下と下垂体腫瘍の再増大の頻度については手術しても保存的に治療しても変わらない。また保存的に治療した場合でも眼筋麻痺は 75-100%で完全に回復する。ただし、回復には数週間~数ヵ月がかかる。

手術と保存的治療を比較した前向き研究はないが、後ろ向きの検討では早期に手術を行った方が保存的治療よりも下垂体卒中の重症度スコア (Pituitary Apoplexy Score: PAS) が低かったと報告されている。

手術を行った場合、視力障害の 50%で正常化、 6-36%で部分的な改善を認める。視野障害は 30-60%で正常化、50%で部分的な改善を認める。失明している場合は、50%で改善を認める。

視力障害および視野障害については、保存的に治療しても手術と同様に改善する。保存的に治療した場合、視力障害は 60-100%で正常化し、25%で部分的に改善する。視野障害は 50-100%で正常化し、25%で部分的に改善する。失明している場合は、50%で改善を認める。

保存的に治療した方が視覚障害の予後が良さそうに見えるのは、重症な患者では手術を選択されることが多いからだろうと考えられている。

内分泌障害については、手術を行うと 50%以上で完全または部分的な改善を認める。しかし、保存的に治療した場合でも手術と同程度の割合で改善を認めたとも報告されている。

手術を行った場合、下垂体腫瘍を除去することができる。しかし、保存的に治療した場合でも、腫瘍はしばしば縮小し、腫瘍を認めなくなることも多い。

手術後平均 6.6年の時点での評価では、11.1%で腫瘍の再増大を認めた。腫瘍の再増大については、手術をしても保存的に治療しても同程度の頻度で認める。いずれの治療方法を選択したとしても、腫瘍の再増大は起こり得るので、長期間のフォローアップはした方が良い。

最近上梓された英国の下垂体卒中の治療についてのガイドラインでは、神経障害および視覚障害が顕著または意識レベルが低下している場合には手術を推奨している。手術を選択する場合はいつ手術するかは重要な問題である。視覚障害については、3日以内に手術しても、1週間以内に手術しても予後は変わらなかった。しかし、1週間以上経過してから手術した場合は改善に乏しかった (8日以内 86%で改善、9-34日 46%で改善)。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26414232/

2022/03/13

2022-03-13 15:31:50 | 日記
COVID-19 は大脳の器質的な変化と関連する
nature 2022; doi.org/10.1038/s41586-022-04569-5

COVID-19 において脳の障害を来すことについては確かなエビデンスがあるが、軽症例でも脳に障害を来しうるのかについては分かっていなかった。

そこで著者らは、英国の Biobank に登録された 51-81歳の SARS-CoV-2 に感染した 401名の感染前後の 脳の画像所見を 384名の対照群と比較した。2度目の画像検査は診断から平均して 141日後に撮影した。

その結果、SARS-CoV-2 感染者では、i) 眼窩前頭皮質および海馬傍回の灰白質の厚さおよび組織コントラストの減少、ii) 一次嗅覚野と機能的に関連する領域の組織障害マーカーの変化、iii) 脳全体の大きさの低下を認めた。また、SARS-CoV-2 感染者では二つの観察時点の間で認知機能低下を認めた。

重要なことは、これらの画像所見および認知機能の変化は入院した 15名を除いても認められたことである。すなわち、軽症であっても SARS-CoV-2 に感染すると脳の器質的変化と認知機能の低下を来す可能性がある。

SARS-CoV-2 感染後に認められる大脳辺縁系を中心とする画像変化は、神経炎症が嗅覚の伝達経路に沿って波及したか、嗅覚障害により嗅覚の入力が失われたことにより、神経細胞が変性したことを反映しているのかもしれない。

これらの変化が部分的にも回復するものなのか、あるいは永続するものなのか、経過を追っていく必要がある。

https://www.nature.com/articles/s41586-022-04569-5

2022/03/12

2022-03-12 15:36:13 | 日記
インフルエンザワクチンの心血管イベントの二次予防効果を検討した多施設プラセボ対照ランダム化比較試験 (IMAI 試験)
Circulation 2021; 144: 1476-1484

疫学研究からはインフルエンザ罹患は心血管疾患の発症リスクと関連することが示されている。また、小規模な臨床試験では、心血管疾患の高リスク患者に対するインフルエンザワクチン接種は心血管イベントのリスクを減らすことが示されている。

そこで、著者らはより大規模なプラセボ対照ランダム化比較試験でインフルエンザワクチンによる心血管イベントの二次予防効果を確認することを目的とした。

対象は 18歳以上の心筋梗塞後 (99.7%)、経皮的冠動脈インターベンション後または75歳以上の安定狭心症患者 (0.3%) とした。12ヶ月以内にインフルエンザワクチンを接種した者は除外したが、試験中に被験者が自主的にインフルエンザワクチン接種を受けることは可とした。

被験者は 1:1 の割合でプラセボ接種群またはインフルエンザワクチン接種群に割り付けられ、心筋梗塞発症早期にインフルエンザワクチンまたは生理食塩水を接種された。

主要評価項目は 12か月後の複合心血管イベント (全死亡、心筋梗塞、ステント内血栓) とした。副次評価項目は、全死亡、心血管死、心筋梗塞、ステント内血栓とした。

COVID-19 のパンデミックのため、試験は予定せれていたサンプルサイズに達する前に終了した。2571名の被験者のうち、1290名がワクチン群に、1281名プラセボ群に割り付けられた。解析は修正 ITT で行い、ワクチン群 1272名、プラセボ群 1260名を解析対象とした。

複合心血管イベントはワクチン群で 67例 (5.3%)、プラセボ群で91例 (7.2%) 認めた (ハザード比 0.72, 95%信頼区間 0.52-0.99, P = 0.04) 。

また全死亡の有意な低下 (2.9% V.S. 4.9%, ハザード比 0.59, 95%信頼区間 0.39-0.89, P = 0.010) 、心血管死の有意な低下 (2.7% V.S. 4.5%, ハザード比 0.59, 95%信頼区間 0.39-0.90, P = 0.014) を認めた。心筋梗塞の発症頻度については有意差を認めなかった (2.0% V.S. 2.4%, ハザード比 0.86, 95%信頼区間 0.50-1.46, P = 0.57) 。

今回の試験では被験者が自発的にインフルエンザワクチンを接種することは可能としていた。結果的にはプラセボ群の 13.2%がワクチンを接種した。このことはワクチン群とプラセボ群の差を小さくする方向にはたらく。

全死亡と心血管死が絶対リスクでおよそ 2%低下するのはインパクトが大きい。50人に接種すれば 1人の命を救うことができる。

虚血性心疾患の既往がある患者には積極的にインフルエンザワクチンを接種したい。

https://www.ahajournals.org/doi/10.1161/CIRCULATIONAHA.121.057042

2022/03/09

2022-03-09 08:20:43 | 日記
野菜・果物の摂取量と終末期腎不全のリスクとの関係を検討した前向き観察研究
Am J Nephrol 2021; 52: 356-367

研究の背景

慢性腎臓病の有病率は 2000年から 2016年の間で急増しており、一般集団の 10-15%となっている。慢性腎臓病の危険因子としては、加齢、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、食事摂取量が少ないことが同定されている。慢性腎臓病の予防のための食事療法については知見が少なく、高血圧と心血管疾患の予防が慢性腎臓病の予防につながるだろうという考えで、減塩が勧められている。

地中海食や DASH食 (dietary approaches for stop hypertension: DASH) 、菜食主義、植物性食品を中心とした食事パターン (provegetarian) は、一般集団において慢性腎臓病の頻度が少なく、罹患率も低いことが示されている。

また、慢性腎臓病の患者においては上記の食事パターンが終末期腎不全 (end-stage kidney disease: ESKD) への移行を遅らせ、合併症を減らす可能性が報告されている。

いずれの食事療法も果物、野菜、豆類/レンズ豆、ナッツ、全粒粉の摂取を推奨し、動物性蛋白の摂取量を制限することが共通しているが、個々の食品の摂取量、たとえば果物および野菜の摂取量と ESKD 進展のリスクとの関連についてはよく分かっていなかった。

高血圧と顕性蛋白尿をともなう慢性腎臓病 G3-4 を対象にした小規模なランダム化比較試験では、果物および野菜の積極的な摂取は重曹と同程度、腎機能低下の抑制効果があると報告されている。

以上のように、果物および野菜の摂取については慢性腎臓病に対する好ましい効果が示されているが、高カリウム血症の懸念から摂取を勧めるべきではないと考えられてきた。しかし、野菜および果物の摂取により慢性腎臓病の進行が抑制できれば、患者および医療の負担が軽減できるかもしれない。

そこで著者らは野菜および果物の摂取量と ESKD 進展のリスクとの関連をコホート研究で検討することにした。

2. 方法

著者らは国立健康統計センター(National Center for Health Statics: NCHS) が 1988年から 1994年にかけて行った第3次健康栄養国勢調査 (Third National Health and Neutrition Examination Survey: NHANES III) のデータ (n = 18825) を対象にコホート研究を行った。

NHANES III のデータは合衆国腎臓データシステム (United States Renal Data System: USRDS) のデータと、アメリカ疾病予防管理センター (Centers for Disease Contfol: CDC) および NCHS による死亡統計にひも付けられている。

18825例のデータのうち、4100例のデータを解析対象から除外した。内訳は、20歳未満 1225例、食事についてのデータが失われている 61例、妊娠中 105例、データが適切に紐付けられていない 2709例である。最終的に、14725例のデータを解析対象にした。

野菜および果物の摂取量は過去 30日間の野菜および果物の摂取頻度についての質問に対する回答から評価した。

被験者は、野菜および果物の摂取が 1. 週2日未満、2. 週2日以上3日未満、3. 週3日以上4日未満、4. 週4日以上6日未満、5. 週6日以上のカテゴリーに分けた。

また、データは開始時の年齢、性別、人種、社会経済的状況、肉および魚の摂取量、HbA1c、収縮期血圧、eGFR、アルブミンクレアチニン比で調整した。

3. 結果

被験者の平均年齢は 50.1±0.8歳で 49.3%は女性だった。eGFR の平均は 100.1 ± 14.2 mL/min/1.73 m2 だった。野菜および果物の摂取頻度の平均は週3.6日だった。

週6日以上野菜および果物を摂取する人々は、週2日未満の人々と比べて、より高齢で女性の割合が高く、収入の少ない人、教育の程度が低い人の割合が少なかった。また週6日以上野菜および果物を摂取する人々の方が週2日未満の人々よりも HbA1c の値が高く、収縮期血圧が高く、BMI が低かった。

中央値 9.2年間の観察期間で、1.5% (n=230) の人が ESKD になり、9.3% (n=1370) が心血管疾患で死亡した。

調整前のデータでは、野菜および果物の摂取が週6日以上の人々と比べると、それより少ない人は慢性腎臓病の発症リスクが高かった。

年齢、性別、人種、社会経済的状況、肉および魚の摂取量、HbA1c、収縮期血圧、eGFR、アルブミンクレアチニン比で調整しても同様の傾向が認められた (P for linear trend = 0.01) 。

週6日以上野菜および果物を摂取する人々と比べると、ESKD のリスクは週2日未満でリスク比 1.45 (95%信頼区間 1.24-1.68)、週2日以上3日未満で 1.40 (95%信頼区間 1.18-1.61) 、週3日以上4日未満で 1.25 (95%信頼区間 1.04-1.46) だった。

同様の傾向はもともと慢性腎臓病G 1-4 がある場合でも認められた。慢性腎臓病 G3-4 がある場合に限ると、野菜および果物の摂取量と腎機能悪化との間の線形の相関は認めなくなり、各カテゴリーの調整後リスク比上昇は有意ではあるものの慢性腎臓病がない場合と比べて小さくなった。

4. 議論

野菜および果物の摂取頻度が少ない方が、ESKD のリスクが高い傾向が認められた。このことから、野菜や果物を積極的に摂取することで ESKD 進展のリスクを抑制できる可能性が示唆される。

慢性腎臓病の患者でも同様の傾向を認めたことは新しい知見である。顕性蛋白尿を認める慢性腎臓病 G3 患者 108名を対象に、重曹またはアルカリを豊富に含む野菜および果物の積極的摂取の腎保護効果を比較したランダム化比較試験の結果が報告されている。いずれも標準治療と比較して eGFR 保持について同等の良い効果をもたらした。ただし、この試験では高カリウム血症の懸念から、血清カリウム 4.6 mEq/L 超で糖尿病の患者は除外されている。

野菜および果物の積極的摂取が ESKD のリスクを減らすメカニズムはいくつか考えられる。

ひとつは、体のアルカリ化を促進するためだろう。肉と精製された穀物を多く摂取すると、尿の pH が低下し、血清の重炭酸イオン濃度が上昇すると報告されている。この傾向は慢性腎臓病がある場合により顕著になる。健常者では食事由来の過剰な酸は中和されて腎から排出される。しかし、慢性腎臓病患者では酸の中和と酸およびアンモニアの排出する能力が低下している。そのため、慢性腎臓病患者ではしばしばアシドーシスを認める。そして、アシドーシスは慢性腎臓病を進行させる増悪因子であることはよく知られている。果物に多く含まれるクエン酸やマレイン酸は体内で代謝されると重炭酸イオンになるので、食事由来の酸を中和することで腎保護効果をもたらすのかもしれない。

他のメカニズムとしては野菜および果物に含まれる食物繊維やビタミン C、カロテノイド、抗酸化物質、カリウム、そしてフラボノイドなどによる抗炎症作用や抗酸化作用が腎保護効果をもたらす可能性が考えられる。

果物の摂取により、コレステロールおよび血圧が低下し、炎症や血小板の凝集作用が低下し、血管および免疫の機能が改善することが示されている。

また野菜や果物に含まれる食物繊維は腸内細菌の増殖を促し、短鎖脂肪酸 (アルカリ) やその他の抗炎症物質を産生させ、尿毒素を減少させる。尿毒素のうち、p-クレゾールやインドキシル硫酸は腎の線維化を促進し、慢性腎臓病の発症と進行に関与する。果物や野菜に含まれる抗酸化物質は活性酸素種を中和し、DNA 損傷を防ぐ効果があるかもしれない。またアブラナ科の野菜(キャベツやブロッコリー) に含まれるグリコシノレートは解毒酵素 (detoxyfying enzymes) の発現を誘導する。さらに、野菜や果物の摂取はステロイドホルモンの濃度や代謝を調整する作用もあるかもしれない。

野菜や果物を積極的に摂取するように心がけるとは飽和脂肪酸やトランス脂肪酸、塩、糖質が多い不健康な食品を避けるようになり、間接的に ESKD 進行のリスクを低下させる可能性も考えられる。

今回の研究では、CKD G3-4 では野菜および果物の摂取による ESKD のリスク低減効果は減弱した。これには様々な要因が考えられるが、進行した慢性腎臓病患者では高カリウム血症を防ぐために野菜および果物の摂取を控えるように指導されることが多いことも原因のひとつかもしれない。

1994-2006年の質問票に基づく評価では、年が下るにつれて野菜や果物の摂取量が減り、肉や加工食品を摂取する頻度が増えている (β =-1.53, Ptrend 0.001未満)。同様の傾向は 米国農務省からも報告されている。

野菜および果物の摂取量が減少している現代においては、野菜および果物の積極的摂取が腎機能保持に与える好ましい効果はさらに大きくなっているかもしれない。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8263504/

2022/03/05

2022-03-05 07:49:49 | 日記
不明熱の総説
NEJM 2022; 386: 463-477

1907年にマサチューセッツ総合病院臨床病理学会の創始者の一人である Cabot は 2週間以上続く発熱を long fever と定義した。1961年、Peterdorf と Beeson は 1週間の入院精査でも原因が分からない 3週間以上続く 38.3℃以上の発熱を不明熱 (fever of unknown origine: FUO) と定義した。その後、Durack と Street は精査の期間を入院 3日以上あるいは外来診察 3回以上に短縮する診断基準の改訂を行った。

不明熱と診断する前に何を調べるべきかは議論があるが、ふつうは最小限のワークアップは行っているだろう。

まず、詳細な病歴、抗菌薬を含む薬剤歴、旅行歴、食事歴 (加熱処理していない乳など)、動物との接触歴を確認し、皮膚、関節、リンパ節に注意して身体診察を行う。そして、たしかに発熱しているのかを確認し、入院が必要かどうかを判断する。全身状態が安定していて好中球減少症でもなければ、抗菌薬使用は控える。

最小限のワークアップとしては、全血算 (complete blood count: CBC) 、complete metabolic panel、CRP および ESR、血液培養 2セット、HIV 抗体、心臓超音波、胸腹骨盤部CT (他に症状や身体所見がある部位があればその部位の CT) が挙げられる。最近始めた薬剤や薬剤熱の原因の可能性がある薬剤は中止できないか検討する。

さらなる検査については、疫学、患者、環境などの要因を考慮して行うため患者毎に異なる。また検査は一時に行うべきではなく、鑑別疾患をルールアウトまたはルールインするのに必要な検査をその都度行うべきである。

不明熱は精査を行っても最大 50%で診断に至らない。その場合は患者に説明し、新たな診断の手がかりが得られるまで待つことも必要になる。

1. 発熱

1868年に Wunderlich が体温測定についての先駆的な仕事を行うまで、体温測定は一般的ではなかった。当時の検温器は足ほどの大きさがあり、1回の測定に 20分もかかった。彼は腋窩の温度を 100万回以上測定し、正常な体温は 37.0℃ だと結論した。

19世紀からヒトの正常体温は低下し続けているようである。だいたい 10年あたり 0.03-0.5℃ ずつ低下しており、現在の正常体温は 36.3-36.5℃ となっている。正常体温が低下している原因は過去 200年間の環境の変化によるものではないかと言われている。

体温調節については視索前野と視床下部の前部が中心的なはたらきをしている。炎症性サイトカイン (IL-1, IL-6 など) が脳の内皮細胞に作用すると、プロスタグランジン E2 が産生される。プロスタグランジン E2 は視索前野の体温調節のセットポイントをリセットすることで発熱反応を引き起こす。視索前野は発熱以外にも、皮膚の血管を収縮させ、褐色脂肪細胞における非ふるえ熱産生、骨格筋におけるふるえ熱産生を制御している。発熱に関連する食思不振もプロスタグランジン E2 が制御している。

2. 発熱の意義

古代の哲学者は発熱は良いものだと考えていた。しかし、19世紀初頭から発熱は悪いものだと考えられるようになった。しかし、動物界の系統で発熱反応が広く保存されていることを考えると、発熱には適応的な意義があるのだろう。

多くの病原性の細菌は中温菌 (mesophil) であり、およそ 35℃ が増殖に適した温度である。そのため、発熱によりこれらの細菌の増殖を抑えることができる。

また、発熱は、1. 肝臓で鉄結合蛋白 (ラクトフェリン) 合成を促進し、細菌の増殖に必要な遊離鉄を隔離する、2. 抗菌物質の抗菌活性を増加させる、3. 宿主の感染防御を活性化させるヒートショック蛋白の発現を誘導する、4. T 細胞を活性化することが知られている。

ある研究では重篤な患者では 39.5℃ までの発熱では有害な効果はなく、発熱はむしろ良いアウトカムと関連する可能性があることが示されている。しかし、発熱が良い効果を持つとしても、外から暖めても良い効果はない。

3. 不明熱の原因の変遷

過去 100年間で不明熱の原因は大きく変わった。1900年代中頃までと比較すると、現在は感染症の割合が低下し、自己免疫疾患と自己炎症性疾患の割合が増加している。

しかし、国や医療機関 (三次医療機関か市中病院か)、患者背景によっても不明熱の原因の内訳は異なる。現在でも低所得の国では感染症の割合が多いようである。たとえば、インドやトルコは 2021年の時点で不明熱の原因に占める感染症の割合は 40%であり、自己免疫疾患や自己炎症性疾患が占める割合は 25%程度だった。一方、日本やギリシア、韓国では 50%以上が自己免疫疾患または自己炎症性疾患だった。

現在でも、不明熱の最大 51%で診断がつかない。

4. 古典的不明熱

歴史的に不明熱は、1. 古典的、2. 院内、3. 免疫不全関連、4. 旅行関連に分類されている。このような分類にはもちろん限界はあるが、不明熱の原因を探るときの便利なフレームワークになる。

i) 古典的不明熱
古典的不明熱とは、Peeterdorf と Beeson が最初に定義した不明熱で、過去 100年間で不明熱に関連する報告で扱われてきた最も典型的な不明熱のことである。古典的不明熱の原因としては、1. 感染、2. 悪性腫瘍、3. 自己炎症性疾患および自己免疫疾患、4. その他がある。

感染症による不明熱の原因として最多なのは結核である。現在でも、粟粒結核および播種性結核は診断が難しい。理由としては、症状が一定しないこと、しばしば肺結核が先行しないこと、肺の画像所見に乏しいこと、診断ツールが十分でないことが挙げられる。

Whipple 病 (Tropheryma whipplei によって引き起こされる稀な全身性疾患) では 38%の患者で発熱をともない、しばしば関節痛または関節炎、下痢、体重減少を認める。

チフスおよびチフス以外のサルモネラ菌による菌血症は不明熱の原因となり、細菌性動脈瘤 (リンク参照) を合併することがある。

感染性心内膜炎 (特に血液培養陰性の心内膜炎) と深部組織感染症 (膿瘍および前立腺炎)については古くから不明熱の原因として知られている。

ia) ウイルス感染
ウイルス感染のほとんどは自然に治癒するが、不明熱の原因としてウイルス感染を診断できれば、無駄な検査を省き、不必要な抗菌薬使用を避けることができるかもしれない。

中国での研究によれば、不明熱の患者の 1/3 でヒトヘルペスウイルス (human herpes virus: HHV) に対する血漿 PCR 検査が陽性だった。他にサイトメガロウイルス (cytomegalovirus: CMV) 、エプシュタインバールウイルス (Epstein-Barr virus: EBV) HHV-6、HHV-7 の PCR がそれぞれ 15.1%、9.7%、14.0%、4.8%で陽性だった。さらに 10.2% では複数の PCR が陽性だった。しかし、HHV の PCR 陽性については、他の原因で不明熱となっている患者で 2次的に潜伏感染していた HHV が再活性化した可能性がある。

ウイルス感染による発熱はアミノトランスフェラーゼ高値や血液学的異常をともなうことがある。血液学的異常は特に EBV 感染で多い。

伝染性単核球症は年齢によって臨床症状が異なる。中年以上では発熱の期間が長く、白血球減少が顕著で、脾腫と咽頭炎、リンパ節腫脹の頻度は若年者と比較して少ない。したがって、年齢に関わらず不明熱の原因として伝染性単核球症は鑑別疾患に挙げるべきである。

HHV-6 と HHV-8 については一般には免疫不全患者でのみ検査される。HHV-7 が病原性を持つかについては議論がある。

髄膜炎をともなう場合には動物由来のウイルスが原因である可能性を考慮する。

ib) 真菌感染
地域流行型真菌症 (ヒストプラズマ症、ブラストミセス症、コクシジオイデス症、パラコクシジオイデス症) は免疫不全患者および健常者の不明熱の原因となる。例外は talaromycosis (以前はペニシリウム症と呼ばれていた) で、主に免疫不全患者で発症する。

一方、侵襲性真菌感染症 (アスペルギルス症、ムコール症、Cryptococcus neoformans によるクリプトコッカス症) はほとんどの場合で免疫不全患者で発症する。例外は Cryptococcus gattii によるクリプトコッカス症で、健常者でも発症する。

地域流行性真菌症は流行域が重なっており、臨床症状も特異的なものはない。渡航歴を確認することが診断の一助となる。ただし、真菌症の流行域は時と共に変化することには注意が必要である。

ic) その他の感染症
ヒトの病原体のおよそ半数が節足動物媒介性または動物由来の感染症であり、これらはしばしば不明熱となる。動物または節足動物との接触歴は明らかでないことが多い。これらの感染症で認める紅斑、血球減少、トランスアミナーゼ高値などの所見は非特異的であり、信頼できる特異的な検査がないことで診断が遅れることはしばしばある。

id) 悪性腫瘍
悪性腫瘍は不明熱の原因の 2-25%を占める。不明熱の原因となる悪性腫瘍としては、腎細胞癌、リンパ腫、肝細胞癌および卵巣癌、心房粘液腫、キャッスルマン病が挙げられる。腫瘍熱の原因としては、腫瘍が産生する炎症性サイトカインや腫瘍崩壊が考えられている。腫瘍熱と感染症による発熱を鑑別する方法としてナプロキセンテスト (naproxen challenge) が提案されてきた。ナプロキセンで解熱するのであれば感染症らしくないというものである。

ie) 自己炎症性疾患および自己免疫疾患
自己炎症性疾患および自己免疫疾患は不明熱の 5-32%を占める。自己炎症性疾患と自己免疫疾患は病態生理が異なる。純粋な自己炎症性疾患 (周期性発熱症候群など) は IL-1β や IL-18 の異常による自然免疫の異常であるのに対し、自己免疫疾患 (自己免疫性リンパ増殖性症候群など) は I 型インターフェロンによる獲得免疫の異常による。他の疾患 (成人スティル病や関節リウマチ) は自己炎症性疾患と自己免疫疾患の要素がある。

巨細胞動脈炎とリウマチ性多発筋痛症、成人スティル病は発熱することが多い。炎症性マーカーは上昇するが特異的ではない。しかし、10,000 ng/mL を超えるフェリチンは成人スティル病らしい。

免疫抑制状態が解除されたときに日和見感染の病原体に対して異常な免疫応答が起こる免疫再構築症候群 (immune reconstitution syndrome) は不明熱の新しい原因である。免疫再構築症候群は HIV 感染だけでなく、結核やハンセン病 (leprosy) でも起こるようである。他に臓器移植患者、分娩後の女性、好中球減少症の患者、抗 TNF-α 治療を行っている患者は免疫再構築症候群のリスクである。クリプトコッカス症、ヒストプラズマ症、抗酸菌感染症は免疫再構築症候群の直接の原因となる。

if) 薬剤熱およびその他の原因
入院患者の発熱の 3-7%は薬剤によるものである。しかし、薬剤熱の多くは見過ごされている。薬剤熱では、好酸球血症、相対的徐脈、紅斑がそれぞれ 25%、10%、5%で認められる。薬剤熱の 1/3 が抗菌薬によるもので、そのうち β ラクタム系抗菌薬が最も多い。

Drug reaction with eosinophilia and systematic syndrome: DRESS は重度の薬剤性過敏性症候群で、重度の紅斑と発熱、臓器障害、リンパ節腫脹、好酸球血症と異型リンパ球をともなう。

セロトニン症候群や悪性症候群 (neuroleptic malignant syndrome) は原因不明の場合もあるが、薬剤との関連がある。セロトニン症候群は 5-ヒドロキシトリプタミン (5-hydroxytryptamine: 5-HT) ファミリーのセロトニン受容体を刺激する薬剤によって起こる。一部の医薬部外品や違法薬物、ハーブ類をセロトニン受容体作動薬に併用するとセロトニン症候群を起こしやすくなる。悪性症候群はドーパミン受容体遮断薬 (向精神薬など) に関連しており、セロトニン症候群と誤診され得る。白血球増多などの検査異常を呈することも診断を難しくする。

5. 院内不明熱

ii) 院内不明熱
院内不明熱のワークアップは古典的不明熱のそれと重なる部分もあるが異なる部分もある。前者の場合、ふつう特殊な感染症や悪性腫瘍、自己免疫疾患は考える必要がない。

重篤な患者の場合はまず人工呼吸器関連肺炎、尿路感染、肺炎、腹腔内感染、副鼻腔感染、Clostridium difficile 感染などの院内感染症を考える。

しかし、重篤な患者の発熱の 31%は感染症ではない。脳損傷による神経性発熱 (neurogenic fever) 、塞栓症、薬剤熱などが鑑別になる。

感染性の発熱でも非感染性の発熱でも白血球上昇の頻度と程度は変わらないので両者の鑑別には役立たない。

手術後の患者でもしばしば原因が特定できない発熱を認める。ほとんどの場合は手術の侵襲による生理的なストレス反応としての炎症性サイトカイン産生による発熱なので、自然に解熱する。腸管吻合の縫合不全、瘻孔、血腫、痛風発作 (脱水と末梢組織における低酸素血症が誘因となる)、塞栓症、メッシュまたはグラフト感染、心臓血管外科、整形外科、脳神経外科の手術後の Mycoplasma hominis 感染は手術後の不明熱の原因となる。

広く信じられてはいるが、無気肺が発熱の原因になるという根拠はほとんどない。

5. 院内不明熱

ii) 院内不明熱
院内不明熱のワークアップは古典的不明熱のそれと重なる部分もあるが異なる部分もある。前者の場合、ふつう特殊な感染症や悪性腫瘍、自己免疫疾患は考える必要がない。

重篤な患者の場合はまず人工呼吸器関連肺炎、尿路感染、肺炎、腹腔内感染、副鼻腔感染、Clostridium difficile 感染などの院内感染症を考える。

しかし、重篤な患者の発熱の 31%は感染症ではない。脳損傷による神経性発熱 (neurogenic fever) 、塞栓症、薬剤熱などが鑑別になる。

感染性の発熱でも非感染性の発熱でも白血球上昇の頻度と程度は変わらないので両者の鑑別には役立たない。

手術後の患者でもしばしば原因が特定できない発熱を認める。ほとんどの場合は手術の侵襲による生理的なストレス反応としての炎症性サイトカイン産生による発熱なので、自然に解熱する。腸管吻合の縫合不全、瘻孔、血腫、痛風発作 (脱水と末梢組織における低酸素血症が誘因となる)、塞栓症、メッシュまたはグラフト感染、心臓血管外科、整形外科、脳神経外科の手術後の Mycoplasma hominis 感染は手術後の不明熱の原因となる。

広く信じられてはいるが、無気肺が発熱の原因になるという根拠はほとんどない。

6. 免疫不全状態における不明熱

iii) 免疫不全状態における不明熱

過去数十年で多くの免疫抑制、免疫療法 (生物製剤、モノクローナル抗体、免疫チェックポイント阻害薬、chimeric antigen receptor T cell: CAR T-cell therapy) が臨床応用されている。それぞれに免疫の状態は異なるので免疫不全状態における不明熱を一様に定義することは不可能である。また、免疫不全患者については古典的不明熱の定義とは異なる、経時的また質的な評価に基づく診断基準を作ることが必要になる。

iii-a) HIV 感染
HIV 感染者の発熱は急性レトロウイルス症候群かもしれない。急性レトロウイルス症候群はウイルス血症がピークとなる HIV 感染からおよそ 2週間後に発症する。伝染性単核球症に似た症状で、紅斑 (リンク参照) を認める。

後天性免疫不全症候群 (acquired immunodeficiency syndrome: AIDS) を発症している場合は、日和見感染や悪性腫瘍が不明熱の原因になることが多い。1990年代初頭にフランスで 57例の AIDS 患者における不明熱を検討した報告では 87%が原因特定に至った。原因としては、真菌感染症、CMV 感染症、リーシュマニア感染症、リンパ腫が多かった。他に、ヒストプラズマ症、クリプトコッカス症、トキソプラズマ症、HHV-8 感染症も AIDS 患者の不明熱の原因になり得る。

近年は抗レトロウイルス療法 (antiretroviral therapy: ART) が広く行われるようになり、 HIV 感染はコントロールできる慢性感染症のひとつとなり、AIDS に関連する日和見感染は稀になった。

したがって、21世紀の現代においては、HIV 感染者における不明熱は ART を受けている HIV 感染者における不明熱と ART を受けていない HIV 感染者の不明熱に分類されるべきだろう。前者の場合の鑑別は、HIV 非感染者における不明熱の鑑別とほぼ同じである。

AIDS 患者で ART 導入後に発熱した場合は、免疫再構築症候群を鑑別に挙げるべきである。

iii-b) 臓器移植患者
3626名の臓器移植患者を対象にした観察研究では、1.4%で不明熱を認めた。このうち半数以上の原因は感染症だった。抗ウイルス薬による予防の進歩により、CMV 感染の頻度は減った。他のウイルス感染症 (EBV、アデノウイルス、HHV-6、パルボウイルス B19、HHV-8) については現在でも臓器移植後の不明熱の原因として想定するべきである。

糞線虫過剰感染症候群と播種性ヒストプラズマ症は臓器移植後の発熱の原因になり得るが、しばしば診断が遅れる。

自己免疫や手術の合併症も臓器移植後の不明熱の原因となり得る。抗胸腺細胞グロブリンやアレムツズマブ(alemtuzumab, 抗 CD52 モノクローナル抗体) による血清病は稀だが臓器移植後の不明熱の原因として想定する必要がある。これには好酸球血症、移植片対宿主病 (graft-versus-host disease: GVHD) 、血球貪食性リンパ組織球症 (hemophagocytic lymphohistocytosis: HLH) が先行する。

iii-b) 造血器腫瘍
寛解導入目的に化学療法を行っている造血器腫瘍の患者や造血幹細胞移植前の患者はしばしば発熱する。これらの患者は、7日間以上好中球数 500 /μL 未満が続くことによって定義される慢性好中球減少症の高リスク群である。

好中球減少症における発熱は、自然免疫の破綻により常在している細菌や真菌が血流に侵入することによって起こる。好中球減少症の原因薬剤が特定でこるのはおよそ 1/3 に過ぎない。好中球減少症の患者が発熱している場合、直ちに広域抗菌薬の投与を開始しなければならない。適切な抗菌薬を投与していても中央値 5日間で発熱が続く。発熱が 7日以上続く場合は経験的に抗真菌薬投与を開始するべきである。

造血幹細胞移植後早期の患者の発熱は感染症または非感染性の肺障害 (特発性肺炎症候群など)、真菌感染症、CMV、EBV、HHV-6 などのヘルペスイウルスの活性化 (特に脳髄膜炎で疑う)、アデノウイルス感染症、超急性 GVHD (hyperacute GVHD) などを疑う。

移植から時間が経った後の発熱の原因は多岐にわたるが、GVHD、日和見真菌感染症、移植後リンパ増殖性疾患、癌の再発は鑑別挙がる。

CAR-T 細胞療法を受けた患者の 92%は発熱する。発熱は治療後 3週間以内に起こり、サイトカイン放出症候群 (cytokine release syndrome: CRS) によると考えられている。CRS のバイオマーカーはなく、診断は除外診断による。CRS の予後は不良であり、トシリズマブや糖質コルチコイドによる抗サイトカイン療法が勧められている。

HIV 感染による急性レトロウイルス症候群で認める紅斑
https://www.shutterstock.com/image-photo/acute-retroviral-syndrome-rash-hiv-infection-559987912

サルモネラによる細菌性動脈瘤
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6040868/#!po=22.5490

元論文
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMra2111003