以前このブログで、初期のビデオゲームとして「OXO」「Tennis for Two」「スペースウォー!」を紹介した。 これらは1950年代から1960年代にかけてのビデオゲームの黎明期において特筆すべきゲームであった。しかし「ビデオゲーム」ではなく「コンピューターゲーム」と捉えると、その起源はさらに時代を遡ることができる。 定義や捉え方によって変わってくるが、歴史上最初のコンピュータゲームと呼ばれるのは1912年にスペイン人の技術者レオナルド・トーレス・ケベード (Leonardo Torres Quevedo、1852~1936年) によって開発されたエル・アヘドレシスタ (El Ajedrecista、チェスプレーヤーの意味) だろう。
エル・アヘドレシスタ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%98%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%82%BF
エル・アヘドレシスタは、レオナルド・トーレス・ケベードが1912年に発明したチェスのオートマタ (機械人形、自動人形) である。 1914年にパリ大学で公開されて評判を呼び、1915年11月6日にはサイエンティフィック・アメリカン誌から「トーレスと驚異の自動装置」として初めて大々的に取りあげられた。
エル・アヘドレシスタは、チェスボードの下にそなえた電磁石を利用して、3種類の駒で自動でエンドゲームを行う装置であり、キングとルークを動かして人間のプレイヤーが操るキングにチェックメイトをかけることができた。この装置は史上初のコンピュータゲームと考えられている。 エル・アヘドレシスタは必ず相手をチェックメイトすることができた。とはいえそのアルゴリズムはシンプルであったため、最小限の手数でチェックメイトをかけることはできず、また50手ルールによるドローも回避することはできなかった。また相手が禁じ手を指した場合は、それを判定してシグナルを発した。 このオートマタは、完全にアナログ回路でありながら機械を動かすためのプログラムが予め組まれており、自分と相手の駒の動きをプログラムによって、チェックメイトするためのアルゴリズムで計算してゲームを進める仕組みであり、電磁石によって駒が動いている。
後年(1951年)のものであるが、実際の映像を見ると駒が動く様子がわかる。
このアルゴリズムは以下のような内容とのことだ。(理解できないが。。)
El Ajedrecista - Technical description (翻訳)
https://en.wikipedia.org/wiki/El_Ajedrecista
トーレスはそのアルゴリズムで使用するために2つのゾーンを定義した。1つ目はa-、b-、c-ファイルからなり、2つ目はf-、g-、h-ファイルから構成される。アルゴリズムは以下の通りである。(プレーヤーは黒)
1. 黒のキングがルークと同じゾーンにいる場合、ルークはそのゾーンからa-または h-ファイルに移動する。
2. 黒のキングがルークと同じゾーンにおらず、
(1) 黒のキングとルークの間の垂直距離が1マス以上の場合、ルークは黒の王に向かって垂直方向に1マス移動する。
(2) 黒のキングとルークの間の垂直距離が1マスで、
(2-1) 2人のキングの垂直方向の距離が2マスより遠い場合、白のキングは黒のキングに向かって垂直方向に1マス移動する。
(2-2) 2人のキングの垂直方向の距離が2マスで、
(2-2-a) 2人の王の水平方向の距離が奇数の場合、ルークがaまたはhのファイルにあれば、それぞれbまたはgのファイルに移動し、その逆もまた然り。
(2-2-b) 偶数の場合、白のキングは黒のキングに向かって水平に1マス移動する。
(2-2-c) ゼロの場合、ルークは黒のキングに向かって縦に1マス移動する。
まさにアナログなコンピューターゲームで、機械を相手にチェスが楽しめるというのは画期的であっただろう。 それまでのチェスのオートマタは「トルコ人」のように、実際は人間が操っていて機械が考えているふりをしているというようなもの (あくまでも見世物) だったので、全く次元が異なる。 さて、この発明者のレオナルド・トーレス・ケベードの功績はエル・アヘドレシスタや各種のアナログ計算機械のみではない。人間の輸送に適した安全性が向上したロープウェイ (現在でもナイアガラの滝で修正が施されたうえで観光用に用いられている)、大型のゴンドラの吊り下げに耐えられる半硬式の飛行船、実用的なラジオコントロールなど幅広い分野にわたる。
どの時代でも卓越した技術者によって、世界や人類の大きな発展がもたらされることは間違いがない。