今年3回目の沖縄、やっと、書く気になりました。
17日から21日、4泊5日ですが、まだ体調不良です〜。涙・・
今回は、辺野古を飛ばして高江に行ってきました。高江はきつい・・
19日土曜日の午後4時、那覇に帰る前に、寄りました。
ひとりでは怖い場所でしたが、雨が降って来たので、
ピンクの花を供えて手を合わせ、すぐに去りました。
6月には、怖くて行かれなかった場所です。
でも、意外だったのは森の中というよりも、
すぐそばに建物が見え、民家もあり、
国道58号に、すぐに出る場所です。
犯人は完全に狂っていると思います。
こんなに道路に近い場所だとは・・・
想像すると怖いです。
犯人はキャンプシュワブの元海兵隊でしたね。
RINAさんは名護出身。
神奈川からやっと行かれて、ほっとしました。
以下、琉球新報から転載______
「忘れない」花手向け続け 再発防止 政治に問う 米軍属女性暴行殺人
http://ryukyushimpo.jp/news/entry-397085.html?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter
【恩納】米軍属女性暴行殺人事件で、被害者の女性が発見された恩納村安富祖の現場では事件から半年が経過した現在も、花や飲み物などが手向けられている。週に一度現場を訪れ手を合わせたり、献花台に手向けられた花や飲み物などを整理したりしている人がいる。元金武町長で前県議の吉田勝広さん(71)だ。「事件が重ねられると、なぜ起きたかを含め忘却のかなたに消える。一つ一つの事件を忘れてはならない」。沖縄から米軍の事件事故がなくなるように。祈るような思いで足を運び続けている。
現場は県道104号付近。よく利用する道で遺体が見つかった5月19日も通り掛かり、捜査関係車両が止まっているのを見た。「彼女が見つかったのだと思った。やり切れなかった」。当初は毎日、現場を訪れ手を合わせた。
吉田さんは15日午前6時半ごろ、近所から分けてもらったハイビスカスの花を手に献花台の前に立った。供えられたミネラルウオーターのペットボトルからコップに水を注いだ。「皆さんの思いがより長く現場にいられるように。簡単には捨てられない」。台風接近前には手向けられたペットボトルをクーラーボックスに入れ、守った。「一人一人の思いが支えているから」
遺族と面識はない。「遺族がどう思っているかは分からない。現場に来なければという自分の思いだ」
金武町長や県議会議員として在職中も米兵による事件事故が繰り返された。事件事故をなくすには「海兵隊を整理縮小し最終的になくすことだ」と話す。その思いから名護市辺野古や東村高江に足を運び基地建設の抗議行動に参加する。献花台で被害者の女性に、現場で起こっていることを報告することもある。
「二度とあってはならない、とは言いたくない。もうずっと繰り返されているから」。悲しむ遺族の姿も何度も見てきた。「遺族は一生悲しむ。政治をつかさどる者が、本当に寄り添うことができているか。事件が起きないようにするにはどうするべきなのか。常に問われている」
(宮城久緒)
____________
以上転載
この事件の責任は、犯人だけでなく、
米軍基地を沖縄に負担させて無関心でいられる
圧倒的多数の東京の人々、および、神奈川県民だと想っています。
沖縄から、米軍基地はすべて撤退すべきです。
このシリーズは順不同で続きます。
17日から21日、4泊5日ですが、まだ体調不良です〜。涙・・
今回は、辺野古を飛ばして高江に行ってきました。高江はきつい・・
19日土曜日の午後4時、那覇に帰る前に、寄りました。
ひとりでは怖い場所でしたが、雨が降って来たので、
ピンクの花を供えて手を合わせ、すぐに去りました。
6月には、怖くて行かれなかった場所です。
でも、意外だったのは森の中というよりも、
すぐそばに建物が見え、民家もあり、
国道58号に、すぐに出る場所です。
犯人は完全に狂っていると思います。
こんなに道路に近い場所だとは・・・
想像すると怖いです。
犯人はキャンプシュワブの元海兵隊でしたね。
RINAさんは名護出身。
神奈川からやっと行かれて、ほっとしました。
以下、琉球新報から転載______
「忘れない」花手向け続け 再発防止 政治に問う 米軍属女性暴行殺人
http://ryukyushimpo.jp/news/entry-397085.html?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter
【恩納】米軍属女性暴行殺人事件で、被害者の女性が発見された恩納村安富祖の現場では事件から半年が経過した現在も、花や飲み物などが手向けられている。週に一度現場を訪れ手を合わせたり、献花台に手向けられた花や飲み物などを整理したりしている人がいる。元金武町長で前県議の吉田勝広さん(71)だ。「事件が重ねられると、なぜ起きたかを含め忘却のかなたに消える。一つ一つの事件を忘れてはならない」。沖縄から米軍の事件事故がなくなるように。祈るような思いで足を運び続けている。
現場は県道104号付近。よく利用する道で遺体が見つかった5月19日も通り掛かり、捜査関係車両が止まっているのを見た。「彼女が見つかったのだと思った。やり切れなかった」。当初は毎日、現場を訪れ手を合わせた。
吉田さんは15日午前6時半ごろ、近所から分けてもらったハイビスカスの花を手に献花台の前に立った。供えられたミネラルウオーターのペットボトルからコップに水を注いだ。「皆さんの思いがより長く現場にいられるように。簡単には捨てられない」。台風接近前には手向けられたペットボトルをクーラーボックスに入れ、守った。「一人一人の思いが支えているから」
遺族と面識はない。「遺族がどう思っているかは分からない。現場に来なければという自分の思いだ」
金武町長や県議会議員として在職中も米兵による事件事故が繰り返された。事件事故をなくすには「海兵隊を整理縮小し最終的になくすことだ」と話す。その思いから名護市辺野古や東村高江に足を運び基地建設の抗議行動に参加する。献花台で被害者の女性に、現場で起こっていることを報告することもある。
「二度とあってはならない、とは言いたくない。もうずっと繰り返されているから」。悲しむ遺族の姿も何度も見てきた。「遺族は一生悲しむ。政治をつかさどる者が、本当に寄り添うことができているか。事件が起きないようにするにはどうするべきなのか。常に問われている」
(宮城久緒)
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以上転載
この事件の責任は、犯人だけでなく、
米軍基地を沖縄に負担させて無関心でいられる
圧倒的多数の東京の人々、および、神奈川県民だと想っています。
沖縄から、米軍基地はすべて撤退すべきです。
このシリーズは順不同で続きます。