*****このブログは本文10000字までなので、ブログ作成者が4回に分けて掲載させて頂きました。*****
反戦の視点・その69
海賊派兵をめぐる各紙の主張を読む
井上澄夫(市民の意見30の会・東京、
沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック)
【はじめに】
ソマリア沖で起きている海賊行為に対処するとして、麻生首相が海上警備行動の発動を急いでいる。浜田防衛相は1月28日、赤星海上幕僚長に海自艦隊の派遣を準備するよう指示した。
政府の当面の方針は、まず海上警備行動を発令して海上自衛隊の艦隊をソマリア沖に派遣し、その後3月上旬、海賊対処法案(仮称)を国会に提出するというものだ。海上自衛隊はもともと「海賊行為への対処」など想定していなかったから、当然のことながら、そのための訓練などしていない。1月22日付『朝雲新聞』(自衛隊の準機関紙)はこう伝えている。
〈赤星海幕長は1月20日の定例記者会見で、海賊対策として海上警備行動が発令された場合の武器使用基準について、「海自発足以来、海賊に対しての議論、検討、教育というものはほとんどない。どのような状況になるのか想像がつかない」とした上で、「武器使用基準は防衛省だけで議論できるものでもない。知見のある関係省庁の意見を聞きながら検討していかなければならない非常に重要な問題だ。きちんとしないと現場の指揮官が判断に迷ったり、部隊が困惑することにつながる」と述べた。
海自の準備状況については「まだ、大臣から指示を受けているわけではない。具体的な派遣の内容により、検討項目も限定されてくる」と述べた。〉
しかし1月22日に開かれた与党プロジェクトチームは、武器使用基準については警職法7条(正当防衛・緊急避難)によると決めたものの、使用する武器の種類や交戦規定(ROE、自衛隊用語では部隊行動基準)については海上自衛隊に丸投げした。要するに政府・与党はやっかいなことを海上自衛隊に押しつけ「よきにはからえ」というのだ。
陸上自衛隊は2006年7月にイラクから撤退、航空自衛隊も2008年末、帰還した。しかし、海上自衛隊は2001年12月から今日に至るまで、ほんの一時期の作戦休止をはさんで、インド洋・アラビア海でアフガニスタン侵略を続ける米艦船などへの洋上給油を続けている。そしてそれは今年1月から1年間続く。そこへさらに海賊対処の海上警備行動発令である。長期化する洋上給油に海賊対処が加わるのだ。
海自の艦隊(補給艦と護衛艦のセット)が疲労の極に達していることはマスメディアでも伝えられているが、実際、現場の海自隊員たちはたまったものではないだろう。つい先日も、現在、呉基地にいる補給艦・とわだの隊員が自殺したが、私たちは個々の隊員の苦境にもっと思いを致すべきではないだろうか。
海上警備行動発令と海賊対処法案にかかわる諸問題については、本シリーズの次回(その70)で詳述する予定だが、ここでは海賊派兵についての各紙の主張をとりあげる。
◆征け征けドンドンの主張
▼2008年11月30日『日本経済』
社説 ソマリア沖の海賊対策に日本も加われ
アフリカのソマリア沖とアデン湾で急増する海賊被害から民間の船舶を守るために日本も海上自衛隊を派遣する必要がある。
このための特別措置法の制定を求める超党派の議員連盟も出ている。集団的自衛権をめぐる現行の憲法解釈を見直し、効果的な活動を可能とする法整備が要る。
国連安保理は10月、この海域での海賊に対する武力行使も含めた対応を各国に認める決議を採択した。北大西洋条約機構(NATO)が監視活動にあたる。米英仏独ロに加えてカナダ、スペイン、インドも艦船を派遣、欧州連合(EU)も軍事面の調整にあたる。
国際的協力の輪に日本も無関係ではいられない。議員連盟の動きに歩調を合わせて政府も特措法の検討を始めたとされる。
内容は(1)ソマリア沖を航行するタンカーなどを護衛する(2)海賊船を発見した場合、停船を求め、被害を未然に防ぐ(3)海賊船から攻撃を受ければ、正当防衛に必要な武力を行使する??などが柱とされる。P3C哨戒機による洋上監視も選択肢に挙がっている。
いずれも危険を伴う活動である。自衛官たちの安全のためには武器使用基準の緩和が必要になる。現場海域では海賊が機関銃やロケット弾を使って先制攻撃を仕掛けてくる例もあるとされるからだ。現場の状況を考えれば、外国船舶も守らないわけにはいかない。その場合、集団的自衛権の行使を禁じた現行の憲法解釈が問題になる。
政府は「海賊は私的集団なので、外国籍船を守っても集団的自衛権行使には当たらない」とするが、外国籍船や他国の軍艦船が正体不明の集団に襲われた場合はどうか。解釈変更なしに守れるのだろうか。
『日本経済』はいち早く「集団的自衛権をめぐる現行の憲法解釈を見直し、効果的な活動を可能とする法整備が要る。政府は『海賊は私的集団なので、外国籍船を守っても集団的自衛権行使には当たらない』とするが、外国籍船や他国の軍艦船が正体不明の集団に襲われた場合はどうか。解釈変更なしに守れるのだろうか。」と、海賊派兵にからめて集団的自衛権行使についての憲法解釈の見直しを打ち出した。また「自衛官たちの安全のためには武器使用基準の緩和が必要になる。」と主張した。この2つの主張は他紙に比べて突出しているが、海賊派兵の強行によって麻生政権がたくらんでいることを「正直に」代弁している(むろんほめているのではない)。続けてもう一つの同紙社説を紹介する。
▼2008年12月24日付『日本経済』
社説 なぜ遅れる自衛艦の派遣
海賊対策のためのソマリア沖への海上自衛隊の艦艇派遣がまだ決まらない。麻生太郎首相が民主党の長島昭久氏らに対する国会答弁で前向きの姿勢を示したのは10月17日である。日本が「検討」を続けているうちに中国が艦艇派遣を発表した。
自衛艦をソマリア沖に派遣するには(1)海上警備行動の発令(2)特別措置法の制定(3)自衛隊の国際協力活動を定めた一般法(恒久法)の制定??の3つの方法が考えられる。
最も望ましいのは集団的自衛権の憲法解釈を変えたうえでの一般法制定だが、合意形成が現段階では難しい。特別措置法は一般法よりは合意しやすく政府が検討しているとされるが、実現の見通しは立たない。
首相答弁から2カ月たっている。まだ検討が終わっていないとすれば遅すぎる。とりあえず海上警備行動を発令し、最低限の行動をするのも一案である。少なくとも海賊に対する抑止力の強化になる。
中国艦艇のソマリア沖派遣は、歴史的とされる。インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙は「近代になって初めて」の小見出しをつけて伝えた。中国海軍の活動範囲の拡大が米海軍の行動の障害となると考え、日米両国が神経をとがらせてきたのも事実である。
仮に日本政府がきょう海上自衛隊の派遣を決めても、出発までの準備に2週間以上かかる。出発からソマリア沖に着くまでにはさらに3週間かかるだろう。その間に、日本の船舶が海賊の被害に遭い、中国艦艇に守ってもらう事態もありうる。海賊封じ込めのための国際協調行動だから当然ではある。同時に、警戒してきた対象に守ってもらうのだから複雑な反応を引き起こす。
この社説では「最も望ましいのは集団的自衛権の憲法解釈を変えたうえでの一般法制定」と主張しつつも「とりあえず海上警備行動を発令し、最低限の行動をするのも一案である。」とのべている。首相答弁以来、海賊対策が遅々として進まないことに苛立っている。興味深いことは、「中国海軍の活動範囲の拡大が米海軍の行動の障害となると考え、日米両国が神経をとがらせてきたのも事実である。」とのべていることだ。それは、ソマリア沖への中国の軍艦派遣への焦りが、単なるライバル意識によるものではないことを示している。麻生首相による艦隊派遣は海賊対策だけを目的とするものではなく、紅海の出入り口を扼するアデン湾での軍事的プレゼンスを狙っているのだ。
反戦の視点・その69
海賊派兵をめぐる各紙の主張を読む
井上澄夫(市民の意見30の会・東京、
沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック)
【はじめに】
ソマリア沖で起きている海賊行為に対処するとして、麻生首相が海上警備行動の発動を急いでいる。浜田防衛相は1月28日、赤星海上幕僚長に海自艦隊の派遣を準備するよう指示した。
政府の当面の方針は、まず海上警備行動を発令して海上自衛隊の艦隊をソマリア沖に派遣し、その後3月上旬、海賊対処法案(仮称)を国会に提出するというものだ。海上自衛隊はもともと「海賊行為への対処」など想定していなかったから、当然のことながら、そのための訓練などしていない。1月22日付『朝雲新聞』(自衛隊の準機関紙)はこう伝えている。
〈赤星海幕長は1月20日の定例記者会見で、海賊対策として海上警備行動が発令された場合の武器使用基準について、「海自発足以来、海賊に対しての議論、検討、教育というものはほとんどない。どのような状況になるのか想像がつかない」とした上で、「武器使用基準は防衛省だけで議論できるものでもない。知見のある関係省庁の意見を聞きながら検討していかなければならない非常に重要な問題だ。きちんとしないと現場の指揮官が判断に迷ったり、部隊が困惑することにつながる」と述べた。
海自の準備状況については「まだ、大臣から指示を受けているわけではない。具体的な派遣の内容により、検討項目も限定されてくる」と述べた。〉
しかし1月22日に開かれた与党プロジェクトチームは、武器使用基準については警職法7条(正当防衛・緊急避難)によると決めたものの、使用する武器の種類や交戦規定(ROE、自衛隊用語では部隊行動基準)については海上自衛隊に丸投げした。要するに政府・与党はやっかいなことを海上自衛隊に押しつけ「よきにはからえ」というのだ。
陸上自衛隊は2006年7月にイラクから撤退、航空自衛隊も2008年末、帰還した。しかし、海上自衛隊は2001年12月から今日に至るまで、ほんの一時期の作戦休止をはさんで、インド洋・アラビア海でアフガニスタン侵略を続ける米艦船などへの洋上給油を続けている。そしてそれは今年1月から1年間続く。そこへさらに海賊対処の海上警備行動発令である。長期化する洋上給油に海賊対処が加わるのだ。
海自の艦隊(補給艦と護衛艦のセット)が疲労の極に達していることはマスメディアでも伝えられているが、実際、現場の海自隊員たちはたまったものではないだろう。つい先日も、現在、呉基地にいる補給艦・とわだの隊員が自殺したが、私たちは個々の隊員の苦境にもっと思いを致すべきではないだろうか。
海上警備行動発令と海賊対処法案にかかわる諸問題については、本シリーズの次回(その70)で詳述する予定だが、ここでは海賊派兵についての各紙の主張をとりあげる。
◆征け征けドンドンの主張
▼2008年11月30日『日本経済』
社説 ソマリア沖の海賊対策に日本も加われ
アフリカのソマリア沖とアデン湾で急増する海賊被害から民間の船舶を守るために日本も海上自衛隊を派遣する必要がある。
このための特別措置法の制定を求める超党派の議員連盟も出ている。集団的自衛権をめぐる現行の憲法解釈を見直し、効果的な活動を可能とする法整備が要る。
国連安保理は10月、この海域での海賊に対する武力行使も含めた対応を各国に認める決議を採択した。北大西洋条約機構(NATO)が監視活動にあたる。米英仏独ロに加えてカナダ、スペイン、インドも艦船を派遣、欧州連合(EU)も軍事面の調整にあたる。
国際的協力の輪に日本も無関係ではいられない。議員連盟の動きに歩調を合わせて政府も特措法の検討を始めたとされる。
内容は(1)ソマリア沖を航行するタンカーなどを護衛する(2)海賊船を発見した場合、停船を求め、被害を未然に防ぐ(3)海賊船から攻撃を受ければ、正当防衛に必要な武力を行使する??などが柱とされる。P3C哨戒機による洋上監視も選択肢に挙がっている。
いずれも危険を伴う活動である。自衛官たちの安全のためには武器使用基準の緩和が必要になる。現場海域では海賊が機関銃やロケット弾を使って先制攻撃を仕掛けてくる例もあるとされるからだ。現場の状況を考えれば、外国船舶も守らないわけにはいかない。その場合、集団的自衛権の行使を禁じた現行の憲法解釈が問題になる。
政府は「海賊は私的集団なので、外国籍船を守っても集団的自衛権行使には当たらない」とするが、外国籍船や他国の軍艦船が正体不明の集団に襲われた場合はどうか。解釈変更なしに守れるのだろうか。
『日本経済』はいち早く「集団的自衛権をめぐる現行の憲法解釈を見直し、効果的な活動を可能とする法整備が要る。政府は『海賊は私的集団なので、外国籍船を守っても集団的自衛権行使には当たらない』とするが、外国籍船や他国の軍艦船が正体不明の集団に襲われた場合はどうか。解釈変更なしに守れるのだろうか。」と、海賊派兵にからめて集団的自衛権行使についての憲法解釈の見直しを打ち出した。また「自衛官たちの安全のためには武器使用基準の緩和が必要になる。」と主張した。この2つの主張は他紙に比べて突出しているが、海賊派兵の強行によって麻生政権がたくらんでいることを「正直に」代弁している(むろんほめているのではない)。続けてもう一つの同紙社説を紹介する。
▼2008年12月24日付『日本経済』
社説 なぜ遅れる自衛艦の派遣
海賊対策のためのソマリア沖への海上自衛隊の艦艇派遣がまだ決まらない。麻生太郎首相が民主党の長島昭久氏らに対する国会答弁で前向きの姿勢を示したのは10月17日である。日本が「検討」を続けているうちに中国が艦艇派遣を発表した。
自衛艦をソマリア沖に派遣するには(1)海上警備行動の発令(2)特別措置法の制定(3)自衛隊の国際協力活動を定めた一般法(恒久法)の制定??の3つの方法が考えられる。
最も望ましいのは集団的自衛権の憲法解釈を変えたうえでの一般法制定だが、合意形成が現段階では難しい。特別措置法は一般法よりは合意しやすく政府が検討しているとされるが、実現の見通しは立たない。
首相答弁から2カ月たっている。まだ検討が終わっていないとすれば遅すぎる。とりあえず海上警備行動を発令し、最低限の行動をするのも一案である。少なくとも海賊に対する抑止力の強化になる。
中国艦艇のソマリア沖派遣は、歴史的とされる。インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙は「近代になって初めて」の小見出しをつけて伝えた。中国海軍の活動範囲の拡大が米海軍の行動の障害となると考え、日米両国が神経をとがらせてきたのも事実である。
仮に日本政府がきょう海上自衛隊の派遣を決めても、出発までの準備に2週間以上かかる。出発からソマリア沖に着くまでにはさらに3週間かかるだろう。その間に、日本の船舶が海賊の被害に遭い、中国艦艇に守ってもらう事態もありうる。海賊封じ込めのための国際協調行動だから当然ではある。同時に、警戒してきた対象に守ってもらうのだから複雑な反応を引き起こす。
この社説では「最も望ましいのは集団的自衛権の憲法解釈を変えたうえでの一般法制定」と主張しつつも「とりあえず海上警備行動を発令し、最低限の行動をするのも一案である。」とのべている。首相答弁以来、海賊対策が遅々として進まないことに苛立っている。興味深いことは、「中国海軍の活動範囲の拡大が米海軍の行動の障害となると考え、日米両国が神経をとがらせてきたのも事実である。」とのべていることだ。それは、ソマリア沖への中国の軍艦派遣への焦りが、単なるライバル意識によるものではないことを示している。麻生首相による艦隊派遣は海賊対策だけを目的とするものではなく、紅海の出入り口を扼するアデン湾での軍事的プレゼンスを狙っているのだ。