
反戦の視点・その72
第3回 愚かしい海賊派兵を阻止しよう
井上澄夫 市民の意見30の会・東京
沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック
◆石原都知事のかかげる「平和」と麻生首相の報復主義
〈『平和に貢献する 世界を結ぶオリンピック・パラリンピック』。16年夏季五輪の招致を目指す東京都が「大会理念」に掲げたのは「平和」だった。/都庁で立候補ファイルの発表会見に臨んだ石原知事は「平和」を強調。国際オリンピック委員会(IOC)のロゲ会長への書簡でも「私の祖国日本は、第二次大戦の後、自ら招いた戦争への反省のもと、戦争放棄をうたった憲法を採択し、世界の中で唯一、今日までいかなる惨禍にまきこまれることなく過ごしてきました」と記した。/石原知事はかねて憲法改正に意欲的な発言を重ね、靖国神社に00年から昨年まで9年連続で8月15日に参拝している。会見では「日本の平和をもっと確かなものにするために、今の憲法を変えた方がいいと思っている。ただ、その憲法の効果もあって平和でこれたのは歴史の事実として大したもの」と言及した。〉 (2月14日付『毎日新聞』)
かつて「東洋平和のためならば、何で命が惜しかろう」という歌があった。そこで言う「東洋平和」は大東亜共栄圏の確立で、それが平和と正反対の事態を意味したことは今や誰でも知っている。「私の祖国日本は、第二次大戦の後、自ら招いた戦争への反省のもと、戦争放棄をうたった憲法を採択し、世界の中で唯一、今日までいかなる惨禍にまきこまれることなく過ごしてきました」という石原都知事の「公的」表明を本心と思う人はまずいないだろう。これはどう見ても「平和の祭典」である五輪を誘致のための巧言令色である。彼の語る「平和」を聞いて、ベルリン・オリンピックが脳裏をよぎるのは筆者だけではあるまい。
石原都知事が突如「平和」をヨイショする一方で、麻生首相は「海賊にやられたらやりかえす」とぶちあげる。
〈麻生太郎首相は2月8日、福井県あわら市の講演で、ソマリア沖海賊被害対策での海上自衛隊艦船派遣をめぐり「海賊は強盗であって、戦争じゃない。国(や国に準ずる組織)ではない。強盗にやられたらやり返さないといけない」と述べ、海賊への反撃は、憲法が禁じる海外での武力行使に当たらないとの認識を強調した。同時に「(現場海域には)お巡りさんがいないんだから、さっさと捕まえないとしょうがない」と指摘した。〉(2月8日付『産経新聞』)
米ブッシュ前大統領は対テロ戦争遂行にあたり「かかってこい」と「米国の敵」を挑発した。米英軍を「十字軍」と呼んで直後に撤回したこともある。麻生首相のメンタリティもブッシュとさして変わらない。ただ彼は「海のお巡りさん」が海上保安庁であり、海保がマラッカ海峡の海賊対策で沿岸諸国にノウハウを提供して成果をあげ、ソマリア周辺諸国の沿岸警備についても同じことができることを、おそらく故意に、忘れている。
「やられたらやり返す」ことは報復ないし復讐である。海上保安庁法を読めば海保の任務が報復でも復讐でもないことが誰にもわかる。海上警備行動も同様である。かつての西部劇の保安官のような気分で海賊に報復することで何が生まれるのだろうか。
日本テレビの最新の世論調査によると、麻生内閣支持率はついに9.7%に低下したが、同時にソマリア沖海自派遣については49.7%(半数!)が支持している。内政の破綻から目を外に転じさせる麻生首相の古典的な政治手法は一定の効果をあげている。「やられたらやり返せ」という報復感情は死刑存置支持が81%という世論調査にも表われている。百年に一度の大不況への鬱屈した感情が「海賊退治」支持へと向かうことを麻生首相は読んでいる。
◆海賊が元漁民であることについて
筆者はかつて、本シリーズ「反戦の視点・その59」(軍のおごりと民の怒り―イージス艦「あたご」の犯罪を糾弾する―)でこう記した。
〈70年代のある日、福井で漁民たちによる海での葬送に参加させてもらったことがある。葬送の一週間前の夜、老いた漁師が一人で操っていたイカ釣り船がタンカーに当て逃げされた。漁民の仲間たちと海上保安庁が捜索を続けたが、現場と思われる海域で船の破片が見つかっただけで、遺体はついに発見されなかった。陸(おか)でも葬儀が行なわれただろうが、漁師たちは自分たちのスタイルで海での告別式を執り行なうことにしたのだ。福井の沖での巨船による夜間の当て逃げは一度や二度ではなかった。潮焼けした漁師たちの顔にはやり場のない憤激が滲(にじ)んでいた。
風は弱かったが、低い雲が垂れ込める薄ら寒い日だった。十数隻の漁船が次々に港を出て、老漁師が亡くなったと思われる海域に向かった。船団はそこで大きな円を描いて停船した。つぶやきのような弔いの言葉とともに、酒や花束がそれぞれの船から次々に海に投げ込まれた。それから船団を先導した船が汽笛を鳴らし、続いて僚船が少し間を置いて次々に汽笛を鳴らしていった。ボオーッ……ボオーッ……ボオーッ……。
私が乗せてもらった漁船の船長は必死で嗚咽をこらえていたが、汽笛は漁師たちの慟哭だったのではないだろうか。海の仲間に別れを告げる汽笛は、はるかに海を渡っていった。あの音は今も耳の底に焼きついている。〉
もうひとつ、体験を記そう。筆者は療養のため、奄美諸島の沖永良部(おきのえらぶ)島に住んでいたことがある。そのとき、1.7トンの舟を持つ漁師、Sさんにたびたび漁に同行させてもらった。ある日、与論島方向に船を進めていたSさんが「ないっ!」と叫んだ。彼は前日、水深500メートルの位置にはえ縄を仕掛け、両端にブイを浮かせていたのだが、そのブイが見当たらないのだ。海上を探し回って判明したのは、かなたに船影が遠ざかるタンカーがはえ縄の仕掛けをスクリューに巻き込んでかっさらったということだった。ブイ一個が引きずられているのがかろうじて見えた。無線もない小舟である。Sさんは唇を噛みしめるだけだった。
想像してみよう。貧しい国ぐにの漁民たちは、まさにその日暮らしであるが、彼らはとにかく必死で生計を立てるために漁をしている。漁はいやおうなく天候に左右され、漁民たちの暮らしが豊かになることはまずない。ソマリアでは、91年に始まった内戦と旱魃(かんばつ)が生存基盤の破壊に追い打ちをかけた(30万人以上が餓死し100万人以上が難民として近隣諸国に流出したという)。
タンカーに当て逃げされて殺された漁師の仲間たちや貴重な財産である大事な漁具を奪い去られる漁師たちの気持ちを推し測ることができるなら、自分たちの海に侵入して大型トロール船で漁業資源を根こそぎさらっていく国ぐに(日本・韓国・中国を含んでいる)への恨みが理解できるだろう。欧米の大企業がソマリア沿岸に産業廃棄物を投棄したため、放射性物質で地域住民数万人が発病したという証言もある(1月19日付『東京新聞』、堤未果「本音のコラム・海賊の正体」)。
ソマリアの海賊問題の根底には、欧米諸国が長期にわたりソマリアを好き放題に翻弄してきたという重い事実がある。米軍を中心とする国連の及び腰の「人道的介入」(統一タスクフォース〔UNITAF〕の展開/第2次国連ソマリア活動〔UNSOM?〕など)はそれまでにも増してソマリア社会に分裂と混乱をもたらし経済は崩壊した。しかも一度は敗退した米軍はその後、対テロ戦争の一環としてアル・カイーダの一部と目する政治勢力をミサイル攻撃してきた。それはなお続く気配なのだ。
2月10日付『公明新聞』の「海賊対策の論点 Q&A」は、海上警備行動の発令による自衛艦の派遣を正当化するための記事で、タイトルは〈「人類共通の敵」にどう対処するか?〉。内容は政府広報と変わらないが、次の記述は関心を引く。
【Q 海賊の根城は? A ソマリアが海賊の温床だ。暫定政府しかなく統治能力もない。】
ソマリアの人びとをいかにも侮蔑した記述だが、このQ&Aは、海賊が生まれた背景を語らない。「人類共通の敵」への対処を語るなら、その「敵」がどういういきさつで登場したのかをきちんと説明すべきである。米ブッシュ前大統領はひたすら「対テロ戦争」を呼号して世界各地に無数の「テロリスト」を輩出させた。世界には善と悪の勢力が存在し、自分を先頭とする善が必ず悪を打ち砕くと宣言したが、「悪の勢力」は増殖するばかりだった。ここで、イラクで米兵たちが何をしてきたかについて、元米陸軍上等兵、ジョシュア・キー氏の証言を聞こう。
〈ぼくは気づいた。われわれアメリカ兵自身がテロリストなんだということに。ぼくらはイラク人にテロ行為を働いている。脅かしている。殴っている。彼らの家を破壊している。おそらく彼らをレイプしている。だとすれば、われわれが殺さなかった人びとが、この世でテロリストになったとしてもなんの不思議もない。われわれが彼らにしたことを思えば、彼らがわれわれやアメリカ人すべてを殺したいと望んだとしても、誰が非難できるだろう? われわれアメリカ人はイラクでテロリストになってしまったの
だ。〉(『イラク 米軍脱走兵、真実の告発』合同出版)
朝日新聞元中東アフリカ総局特派員・吉岡一氏はこう記している。
〈大金を投入して開発された高度な装置で防備を固めながら、なお世界最強の軍隊の兵士が次々と殺されていく現実は、何を物語っていのか?/答えは、かなり簡単だろう。/イラクの国中、それこそ、ありとあらゆる地域の、ありとあらゆる社会階層の老若男女が、米軍攻撃のために一致団結しているのだ。/米軍は今なお、米軍に対する攻撃者をテロリストと呼び続けている。しかし、07年のこの現状を見ればわかるだろう。/それはもはや、一部の孤立した武装集団による攻撃ではない。/イラクの国民運動なのだ。〉吉岡著『イラク崩壊』(同)
20カ国もの軍艦が作戦するのだから、あるいは一時期、海賊を抑え込むことができるかもしれない。しかし海賊を生むソマリアが法秩序が行き渡る国として立ち直らない限り、海賊対策は無期限に続けざるを得ない。
◆迷走する海賊対策・海上警備行動
〈アフリカ・ソマリア沖の海賊対策で、防衛省が検討している海上自衛隊の活動概要が2月15日、明らかになった。商船の護送方法は、日本から派遣する護衛艦2隻が商船を前方と後方から護送し、護衛艦搭載のSH60哨戒ヘリ1機が上空から周辺海域の監視にあたる。/海上警備行動では武器使用が正当防衛、緊急避難に限定される。このため、当面の派遣では海賊船が商船団に近づく前に発見し、進路を変えるなどの回避行動をいかに早く取るかが焦点となる。「300キロ先まで監視が可能」(海自筋)とされるSH60哨戒ヘリが重要な役割を担う。/哨戒ヘリには、7・62ミリ機関銃を積み込む。海賊船が停船命令などに応じない場合、船団からできるだけ離れた海域で警告射撃などにより接近をくい止める任務も担う予定だ。〉(2月16日付『産経新聞』)
この記事に「海警行動では武器使用が正当防衛、緊急避難に限定される」とあるのは、海上警備行動が自衛隊法第82条に基づくからである。以下の自衛隊の準機関紙『朝雲新聞』の記事も参考にして具体的に考えてみよう。
〈ソマリア沖で日本船舶の護衛任務を担う予定の海自8護衛隊の汎用護衛艦「さみだれ」と「さざなみ」は2月10日、海賊対処行動の訓練のため呉を出港し、13日までの予定で豊後水道南方の訓練海域で射撃訓練を開始した。現地で海賊を取り締まるため、警告射撃などの練度向上をめざすもので、特別警備隊も加わり、護衛艦からの対水上射撃や飛行中のSH60K哨戒ヘリからの射撃訓練を実施。同訓練について赤星海幕長は10日の会見で、「海賊対策ではあらゆる事態を想定して対処しなければならない。高い能力を持つ特警隊をできるだけ活用したい」と述べた。/護衛艦2隻の派遣時期について増田事務次官は2月9日の会見で、「(海警行動の)要件の下では急迫不正性の判断などいろいろと難しい問題がある」とし、「(海賊)新法の動きの中で、その辺についても十分な配慮がいただければと思う」と述べた。〉
「あらゆる事態を想定して対処しなければならない」(赤星海幕長)のだが、今の海上警備行動の規定では「急迫不正性の判断などいろいろと難しい問題がある」(増田事務次官)ので、海賊対策新法でそこを何とかしてほしいということである。同記事で紹介されている赤星海幕長の発言を見てみよう。
〈特別警備隊は能登半島沖不審船事案の教訓・反省等から特別に編成された部隊。今回の海賊対応ということを考えた場合、あらゆる事態に備えるという観点から高い能力を持つ特警隊員の活用は十分に考えられる。/海上警備行動が下令された場合の武器使用基準については、まだこれから十分議論されると認識している。その中で想定できるのは、例えば停船、あるいは海賊行為をやめさせるための警告射撃がある。警告射撃をした場合に(相手に)危害をあまり及ぼさないようにするには、(高い)射撃能力が求められる。また、危害射撃が許される状況になった場合も、過大な危害を与えないためには、きちんとした射撃の腕、技量が必要になってくる。〉
つまり、警告射撃は許される選択肢に入っているが、危害射撃については新法制定が前提で、その場合も「過大な危害を与えないためには、きちんとした射撃の腕、技量が必要になってくる」。しかし警告射撃の場合でも「(相手に)危害をあまり及ぼさないようにするには、(高い)射撃能力が求められる」のである。2月14日付『朝日新聞』「政策ウオッチ」はこうのべている。
〈「軍艦に向かって襲ってくる海賊船はあまり聞いたことがない」。海賊対策への海上自衛隊派遣を楽観的に語る麻生首相に、疑問を感じている防衛省職員は多い。/英国やインドの海軍が昨年、海賊と実際に銃撃戦になった事実と異なるだけではない。首相が派遣を急ぐあまり、最悪の事態を想定しないかのような言動に危うさを感じているのだ。/防衛省幹部は「かなりの確率で自衛隊が海外で外国人を殺傷する初のケースになる」と語る。/だが首相からは、自衛隊初の犠牲者を出すかもしれないという覚悟や、武器使用基準の拡大に道を開くかもしれない緊張感は感じられない。〉
海賊対策新法で焦点が武器使用基準の緩和であることは言うまでもない。しかし法の規定があったとしても、現場でそれが遵守されるとは限らない。次の記事を思い出そう。
〈イラク特措法に基づき、イラクで空輸活動を行った航空自衛隊がC130輸送機の不時着を想定して、武器使用の手順を非公開の「部隊行動基準(ROE)」で定めていたことが12月16日分かった。/ROEはイラク派遣前の03年11月に定められた。C130の不時着後、「機体を包囲された場合」と「略奪にあった場合」に分けて規定した。/不時着した場合、包囲されているだけでは武器使用できず、隊員自身や機体に危険が及び、包囲を突破するしかない場合は武器使用できると規定。不時着して略奪にあった場合、相手が武器を持っていなくても危険が及ぶと判断すれば武器使用できるとしている。応戦しても機体を守りきれない場合は、機体を放棄して退避すると規定した。〉(08年12月17日付『東京新聞』)
イラク特措法は自衛隊の活動は「戦闘が行われることがない地域」(非戦闘地域)で実施することになっている(第2条)。それゆえ政府は「飛行経路と空港は非戦闘地域」と説明していた。つまり「非戦闘地域」で輸送活動をするとしたのだから、輸送機が攻撃を受けて不時着することなど想定していなかった。ところが実際には輸送機の派遣前に密かにROE(交戦規定)を決めていたのである。
この事実は、海外での海自の海上警備行動に際し、海上幕僚監部が「正当防衛・緊急避難」以外の事態を想定して〈密かに〉交戦規定を策定するのではないかと疑う根拠になり得る。「海賊対策だから警察行動であり、武器使用は警職法第7条に従う」というタテマエを信じるべきではない。イージス艦「あたご」が漁船に激突して沈没させ漁民2人を殺したとき、あたごの艦長ら、海上幕僚監部、防衛相らがどのように真相を隠そうとしたか、その組織犯罪を私たちは目の当たりにした。軍隊は欺騙(ぎへん、あざむきだますこと)を不可欠の戦術としている。事実の隠蔽のプロである。
「やられたらやり返さないといけない」という麻生首相の報復主義は、法のタテマエと「海賊対策」の現場での実際とを大きく乖離(かいり)させる危険性をはらんでいる。現場で事態が切迫したとき、「やり返す」ためには法の逸脱もやむを得ないという心理が生まれるからである。クウェート─イラク間での空自の活動は墨塗りの闇に秘されたままである。海上でも現場の実際を見届けられる第三者はいない。
(漁船「清徳丸」がイージス艦「あたご」に沈められ、吉清治夫さんと吉清哲
大さんが亡くなってから1年目の2009年2月19日、本稿を記す)
第3回 愚かしい海賊派兵を阻止しよう
井上澄夫 市民の意見30の会・東京
沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック
◆石原都知事のかかげる「平和」と麻生首相の報復主義
〈『平和に貢献する 世界を結ぶオリンピック・パラリンピック』。16年夏季五輪の招致を目指す東京都が「大会理念」に掲げたのは「平和」だった。/都庁で立候補ファイルの発表会見に臨んだ石原知事は「平和」を強調。国際オリンピック委員会(IOC)のロゲ会長への書簡でも「私の祖国日本は、第二次大戦の後、自ら招いた戦争への反省のもと、戦争放棄をうたった憲法を採択し、世界の中で唯一、今日までいかなる惨禍にまきこまれることなく過ごしてきました」と記した。/石原知事はかねて憲法改正に意欲的な発言を重ね、靖国神社に00年から昨年まで9年連続で8月15日に参拝している。会見では「日本の平和をもっと確かなものにするために、今の憲法を変えた方がいいと思っている。ただ、その憲法の効果もあって平和でこれたのは歴史の事実として大したもの」と言及した。〉 (2月14日付『毎日新聞』)
かつて「東洋平和のためならば、何で命が惜しかろう」という歌があった。そこで言う「東洋平和」は大東亜共栄圏の確立で、それが平和と正反対の事態を意味したことは今や誰でも知っている。「私の祖国日本は、第二次大戦の後、自ら招いた戦争への反省のもと、戦争放棄をうたった憲法を採択し、世界の中で唯一、今日までいかなる惨禍にまきこまれることなく過ごしてきました」という石原都知事の「公的」表明を本心と思う人はまずいないだろう。これはどう見ても「平和の祭典」である五輪を誘致のための巧言令色である。彼の語る「平和」を聞いて、ベルリン・オリンピックが脳裏をよぎるのは筆者だけではあるまい。
石原都知事が突如「平和」をヨイショする一方で、麻生首相は「海賊にやられたらやりかえす」とぶちあげる。
〈麻生太郎首相は2月8日、福井県あわら市の講演で、ソマリア沖海賊被害対策での海上自衛隊艦船派遣をめぐり「海賊は強盗であって、戦争じゃない。国(や国に準ずる組織)ではない。強盗にやられたらやり返さないといけない」と述べ、海賊への反撃は、憲法が禁じる海外での武力行使に当たらないとの認識を強調した。同時に「(現場海域には)お巡りさんがいないんだから、さっさと捕まえないとしょうがない」と指摘した。〉(2月8日付『産経新聞』)
米ブッシュ前大統領は対テロ戦争遂行にあたり「かかってこい」と「米国の敵」を挑発した。米英軍を「十字軍」と呼んで直後に撤回したこともある。麻生首相のメンタリティもブッシュとさして変わらない。ただ彼は「海のお巡りさん」が海上保安庁であり、海保がマラッカ海峡の海賊対策で沿岸諸国にノウハウを提供して成果をあげ、ソマリア周辺諸国の沿岸警備についても同じことができることを、おそらく故意に、忘れている。
「やられたらやり返す」ことは報復ないし復讐である。海上保安庁法を読めば海保の任務が報復でも復讐でもないことが誰にもわかる。海上警備行動も同様である。かつての西部劇の保安官のような気分で海賊に報復することで何が生まれるのだろうか。
日本テレビの最新の世論調査によると、麻生内閣支持率はついに9.7%に低下したが、同時にソマリア沖海自派遣については49.7%(半数!)が支持している。内政の破綻から目を外に転じさせる麻生首相の古典的な政治手法は一定の効果をあげている。「やられたらやり返せ」という報復感情は死刑存置支持が81%という世論調査にも表われている。百年に一度の大不況への鬱屈した感情が「海賊退治」支持へと向かうことを麻生首相は読んでいる。
◆海賊が元漁民であることについて
筆者はかつて、本シリーズ「反戦の視点・その59」(軍のおごりと民の怒り―イージス艦「あたご」の犯罪を糾弾する―)でこう記した。
〈70年代のある日、福井で漁民たちによる海での葬送に参加させてもらったことがある。葬送の一週間前の夜、老いた漁師が一人で操っていたイカ釣り船がタンカーに当て逃げされた。漁民の仲間たちと海上保安庁が捜索を続けたが、現場と思われる海域で船の破片が見つかっただけで、遺体はついに発見されなかった。陸(おか)でも葬儀が行なわれただろうが、漁師たちは自分たちのスタイルで海での告別式を執り行なうことにしたのだ。福井の沖での巨船による夜間の当て逃げは一度や二度ではなかった。潮焼けした漁師たちの顔にはやり場のない憤激が滲(にじ)んでいた。
風は弱かったが、低い雲が垂れ込める薄ら寒い日だった。十数隻の漁船が次々に港を出て、老漁師が亡くなったと思われる海域に向かった。船団はそこで大きな円を描いて停船した。つぶやきのような弔いの言葉とともに、酒や花束がそれぞれの船から次々に海に投げ込まれた。それから船団を先導した船が汽笛を鳴らし、続いて僚船が少し間を置いて次々に汽笛を鳴らしていった。ボオーッ……ボオーッ……ボオーッ……。
私が乗せてもらった漁船の船長は必死で嗚咽をこらえていたが、汽笛は漁師たちの慟哭だったのではないだろうか。海の仲間に別れを告げる汽笛は、はるかに海を渡っていった。あの音は今も耳の底に焼きついている。〉
もうひとつ、体験を記そう。筆者は療養のため、奄美諸島の沖永良部(おきのえらぶ)島に住んでいたことがある。そのとき、1.7トンの舟を持つ漁師、Sさんにたびたび漁に同行させてもらった。ある日、与論島方向に船を進めていたSさんが「ないっ!」と叫んだ。彼は前日、水深500メートルの位置にはえ縄を仕掛け、両端にブイを浮かせていたのだが、そのブイが見当たらないのだ。海上を探し回って判明したのは、かなたに船影が遠ざかるタンカーがはえ縄の仕掛けをスクリューに巻き込んでかっさらったということだった。ブイ一個が引きずられているのがかろうじて見えた。無線もない小舟である。Sさんは唇を噛みしめるだけだった。
想像してみよう。貧しい国ぐにの漁民たちは、まさにその日暮らしであるが、彼らはとにかく必死で生計を立てるために漁をしている。漁はいやおうなく天候に左右され、漁民たちの暮らしが豊かになることはまずない。ソマリアでは、91年に始まった内戦と旱魃(かんばつ)が生存基盤の破壊に追い打ちをかけた(30万人以上が餓死し100万人以上が難民として近隣諸国に流出したという)。
タンカーに当て逃げされて殺された漁師の仲間たちや貴重な財産である大事な漁具を奪い去られる漁師たちの気持ちを推し測ることができるなら、自分たちの海に侵入して大型トロール船で漁業資源を根こそぎさらっていく国ぐに(日本・韓国・中国を含んでいる)への恨みが理解できるだろう。欧米の大企業がソマリア沿岸に産業廃棄物を投棄したため、放射性物質で地域住民数万人が発病したという証言もある(1月19日付『東京新聞』、堤未果「本音のコラム・海賊の正体」)。
ソマリアの海賊問題の根底には、欧米諸国が長期にわたりソマリアを好き放題に翻弄してきたという重い事実がある。米軍を中心とする国連の及び腰の「人道的介入」(統一タスクフォース〔UNITAF〕の展開/第2次国連ソマリア活動〔UNSOM?〕など)はそれまでにも増してソマリア社会に分裂と混乱をもたらし経済は崩壊した。しかも一度は敗退した米軍はその後、対テロ戦争の一環としてアル・カイーダの一部と目する政治勢力をミサイル攻撃してきた。それはなお続く気配なのだ。
2月10日付『公明新聞』の「海賊対策の論点 Q&A」は、海上警備行動の発令による自衛艦の派遣を正当化するための記事で、タイトルは〈「人類共通の敵」にどう対処するか?〉。内容は政府広報と変わらないが、次の記述は関心を引く。
【Q 海賊の根城は? A ソマリアが海賊の温床だ。暫定政府しかなく統治能力もない。】
ソマリアの人びとをいかにも侮蔑した記述だが、このQ&Aは、海賊が生まれた背景を語らない。「人類共通の敵」への対処を語るなら、その「敵」がどういういきさつで登場したのかをきちんと説明すべきである。米ブッシュ前大統領はひたすら「対テロ戦争」を呼号して世界各地に無数の「テロリスト」を輩出させた。世界には善と悪の勢力が存在し、自分を先頭とする善が必ず悪を打ち砕くと宣言したが、「悪の勢力」は増殖するばかりだった。ここで、イラクで米兵たちが何をしてきたかについて、元米陸軍上等兵、ジョシュア・キー氏の証言を聞こう。
〈ぼくは気づいた。われわれアメリカ兵自身がテロリストなんだということに。ぼくらはイラク人にテロ行為を働いている。脅かしている。殴っている。彼らの家を破壊している。おそらく彼らをレイプしている。だとすれば、われわれが殺さなかった人びとが、この世でテロリストになったとしてもなんの不思議もない。われわれが彼らにしたことを思えば、彼らがわれわれやアメリカ人すべてを殺したいと望んだとしても、誰が非難できるだろう? われわれアメリカ人はイラクでテロリストになってしまったの
だ。〉(『イラク 米軍脱走兵、真実の告発』合同出版)
朝日新聞元中東アフリカ総局特派員・吉岡一氏はこう記している。
〈大金を投入して開発された高度な装置で防備を固めながら、なお世界最強の軍隊の兵士が次々と殺されていく現実は、何を物語っていのか?/答えは、かなり簡単だろう。/イラクの国中、それこそ、ありとあらゆる地域の、ありとあらゆる社会階層の老若男女が、米軍攻撃のために一致団結しているのだ。/米軍は今なお、米軍に対する攻撃者をテロリストと呼び続けている。しかし、07年のこの現状を見ればわかるだろう。/それはもはや、一部の孤立した武装集団による攻撃ではない。/イラクの国民運動なのだ。〉吉岡著『イラク崩壊』(同)
20カ国もの軍艦が作戦するのだから、あるいは一時期、海賊を抑え込むことができるかもしれない。しかし海賊を生むソマリアが法秩序が行き渡る国として立ち直らない限り、海賊対策は無期限に続けざるを得ない。
◆迷走する海賊対策・海上警備行動
〈アフリカ・ソマリア沖の海賊対策で、防衛省が検討している海上自衛隊の活動概要が2月15日、明らかになった。商船の護送方法は、日本から派遣する護衛艦2隻が商船を前方と後方から護送し、護衛艦搭載のSH60哨戒ヘリ1機が上空から周辺海域の監視にあたる。/海上警備行動では武器使用が正当防衛、緊急避難に限定される。このため、当面の派遣では海賊船が商船団に近づく前に発見し、進路を変えるなどの回避行動をいかに早く取るかが焦点となる。「300キロ先まで監視が可能」(海自筋)とされるSH60哨戒ヘリが重要な役割を担う。/哨戒ヘリには、7・62ミリ機関銃を積み込む。海賊船が停船命令などに応じない場合、船団からできるだけ離れた海域で警告射撃などにより接近をくい止める任務も担う予定だ。〉(2月16日付『産経新聞』)
この記事に「海警行動では武器使用が正当防衛、緊急避難に限定される」とあるのは、海上警備行動が自衛隊法第82条に基づくからである。以下の自衛隊の準機関紙『朝雲新聞』の記事も参考にして具体的に考えてみよう。
〈ソマリア沖で日本船舶の護衛任務を担う予定の海自8護衛隊の汎用護衛艦「さみだれ」と「さざなみ」は2月10日、海賊対処行動の訓練のため呉を出港し、13日までの予定で豊後水道南方の訓練海域で射撃訓練を開始した。現地で海賊を取り締まるため、警告射撃などの練度向上をめざすもので、特別警備隊も加わり、護衛艦からの対水上射撃や飛行中のSH60K哨戒ヘリからの射撃訓練を実施。同訓練について赤星海幕長は10日の会見で、「海賊対策ではあらゆる事態を想定して対処しなければならない。高い能力を持つ特警隊をできるだけ活用したい」と述べた。/護衛艦2隻の派遣時期について増田事務次官は2月9日の会見で、「(海警行動の)要件の下では急迫不正性の判断などいろいろと難しい問題がある」とし、「(海賊)新法の動きの中で、その辺についても十分な配慮がいただければと思う」と述べた。〉
「あらゆる事態を想定して対処しなければならない」(赤星海幕長)のだが、今の海上警備行動の規定では「急迫不正性の判断などいろいろと難しい問題がある」(増田事務次官)ので、海賊対策新法でそこを何とかしてほしいということである。同記事で紹介されている赤星海幕長の発言を見てみよう。
〈特別警備隊は能登半島沖不審船事案の教訓・反省等から特別に編成された部隊。今回の海賊対応ということを考えた場合、あらゆる事態に備えるという観点から高い能力を持つ特警隊員の活用は十分に考えられる。/海上警備行動が下令された場合の武器使用基準については、まだこれから十分議論されると認識している。その中で想定できるのは、例えば停船、あるいは海賊行為をやめさせるための警告射撃がある。警告射撃をした場合に(相手に)危害をあまり及ぼさないようにするには、(高い)射撃能力が求められる。また、危害射撃が許される状況になった場合も、過大な危害を与えないためには、きちんとした射撃の腕、技量が必要になってくる。〉
つまり、警告射撃は許される選択肢に入っているが、危害射撃については新法制定が前提で、その場合も「過大な危害を与えないためには、きちんとした射撃の腕、技量が必要になってくる」。しかし警告射撃の場合でも「(相手に)危害をあまり及ぼさないようにするには、(高い)射撃能力が求められる」のである。2月14日付『朝日新聞』「政策ウオッチ」はこうのべている。
〈「軍艦に向かって襲ってくる海賊船はあまり聞いたことがない」。海賊対策への海上自衛隊派遣を楽観的に語る麻生首相に、疑問を感じている防衛省職員は多い。/英国やインドの海軍が昨年、海賊と実際に銃撃戦になった事実と異なるだけではない。首相が派遣を急ぐあまり、最悪の事態を想定しないかのような言動に危うさを感じているのだ。/防衛省幹部は「かなりの確率で自衛隊が海外で外国人を殺傷する初のケースになる」と語る。/だが首相からは、自衛隊初の犠牲者を出すかもしれないという覚悟や、武器使用基準の拡大に道を開くかもしれない緊張感は感じられない。〉
海賊対策新法で焦点が武器使用基準の緩和であることは言うまでもない。しかし法の規定があったとしても、現場でそれが遵守されるとは限らない。次の記事を思い出そう。
〈イラク特措法に基づき、イラクで空輸活動を行った航空自衛隊がC130輸送機の不時着を想定して、武器使用の手順を非公開の「部隊行動基準(ROE)」で定めていたことが12月16日分かった。/ROEはイラク派遣前の03年11月に定められた。C130の不時着後、「機体を包囲された場合」と「略奪にあった場合」に分けて規定した。/不時着した場合、包囲されているだけでは武器使用できず、隊員自身や機体に危険が及び、包囲を突破するしかない場合は武器使用できると規定。不時着して略奪にあった場合、相手が武器を持っていなくても危険が及ぶと判断すれば武器使用できるとしている。応戦しても機体を守りきれない場合は、機体を放棄して退避すると規定した。〉(08年12月17日付『東京新聞』)
イラク特措法は自衛隊の活動は「戦闘が行われることがない地域」(非戦闘地域)で実施することになっている(第2条)。それゆえ政府は「飛行経路と空港は非戦闘地域」と説明していた。つまり「非戦闘地域」で輸送活動をするとしたのだから、輸送機が攻撃を受けて不時着することなど想定していなかった。ところが実際には輸送機の派遣前に密かにROE(交戦規定)を決めていたのである。
この事実は、海外での海自の海上警備行動に際し、海上幕僚監部が「正当防衛・緊急避難」以外の事態を想定して〈密かに〉交戦規定を策定するのではないかと疑う根拠になり得る。「海賊対策だから警察行動であり、武器使用は警職法第7条に従う」というタテマエを信じるべきではない。イージス艦「あたご」が漁船に激突して沈没させ漁民2人を殺したとき、あたごの艦長ら、海上幕僚監部、防衛相らがどのように真相を隠そうとしたか、その組織犯罪を私たちは目の当たりにした。軍隊は欺騙(ぎへん、あざむきだますこと)を不可欠の戦術としている。事実の隠蔽のプロである。
「やられたらやり返さないといけない」という麻生首相の報復主義は、法のタテマエと「海賊対策」の現場での実際とを大きく乖離(かいり)させる危険性をはらんでいる。現場で事態が切迫したとき、「やり返す」ためには法の逸脱もやむを得ないという心理が生まれるからである。クウェート─イラク間での空自の活動は墨塗りの闇に秘されたままである。海上でも現場の実際を見届けられる第三者はいない。
(漁船「清徳丸」がイージス艦「あたご」に沈められ、吉清治夫さんと吉清哲
大さんが亡くなってから1年目の2009年2月19日、本稿を記す)
たどって私も飛んできました
ぴょん吉ちゃん、可愛いですね
これからもよろしくお願いします
右側の黒猫ちゃん、おもしろいですね。
遊ばせて頂きました。
ぴょん吉も興味津々で喜んでいました。