反戦の視点・その74
第4回 愚かしい海賊派兵を阻止しよう
─「危害射撃」を認める海賊対策法案を葬り去ろう─
井上澄夫 市民の意見30の会・東京
沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック
このままでは、憲法9条2項の「国の交戦権の否認」が突き崩される、という強い危機感をもって、本稿を記す。自衛隊が海外で外国人を殺傷し、自衛隊員も死ぬ可能性が現実のものになる。これは「狼が来た」という話ではない。
2月25日付の各紙が海賊対策法案の概要を報じている。そこに触れる前に、凝視すべき現実を紹介したい。
◆警告射撃……そして
〈中国貨物船沈没:密輸の疑いでロシア艦艇が銃撃 7人不明
ロシア極東沖で今月、中国資本の貨物船「新星」号がロシア国境警備局の艦艇から銃撃を受けて沈没し、中国人船員7人が行方不明になっていたことが明らかになった。ロシア当局は「貨物船がロシア国境を違法に横断した」などと銃撃の正当性を主張しているが、中国側はロシアの対応を強く批判している。/中国外務省などによると、貨物船は2月15日にロシア・ウラジオストク近海で沈没した。船は香港の会社が所有し、中国人とインドネシア人の船員16人が乗り組んでいた。中国人7人のほかインドネシア人1人が行方不明になったとの情報もある。/中露メディアの報道によると、貨物船は密輸を行っていた疑いがあり、寄港先のロシア・ナホトカから今月12日に許可なく出港。またロシア国境を違法に横断したとしてロシア国境警備局の艦艇が追尾した。船は15日に数百発の銃撃を受けて停止、ナホトカへ移送される途中に悪天候のため沈没したという。ロシア当局は「貨物船が停船命令に従わなかったため発砲した」と説明している。/ロシア国境警備局は06年8月、北方領土海域で日本漁船を拿捕(だほ)する際に銃撃し、日本人船員1人が死亡する事件を起こして?いる。〉(2月20日付『毎日新聞』)
〈貨物船銃撃で中国人ら8人不明 ロシア国境警備隊発砲
ロシア極東のナホトカ沖で今月中旬、中国人船員が乗ったシエラレオネ船籍の貨物船「ニュースター」が、ロシア国境警備隊の船艇から発砲を受けた。貨物船は銃撃後に航行不能に陥り、中国人船員ら16人がボート2隻に分乗し避難したが、悪天候でうち1隻が沈み、8人が行方不明になっている。/露コメルサント紙は、救助された船員の話として「国境警備隊は500発以上の銃弾を発射した」と伝えており、船員は銃撃で船体に穴が開き、航行不能に陥ったと主張している。/同紙によると、ニュースターは1月29日、ナホトカ港に到着して積み荷の米を降ろした。しかし、保管状態が劣悪だったため荷受業者が1億5000万ルーブル(約3億9000万円)の補償を求めて提訴した。このため、船は港に止まるようロシア当局に命じられたが、2月12日に無断で出航。国境警備隊は船がロシア領海を越える動きを見せたとして、その後、威嚇発砲などの手順を踏んだ上で船体に向け発砲したとしている。〉(2月19日付『産経新聞』)
さらに同紙は同日付の別の記事で、こう報じている。
〈貨物船を所有する船会社、吉瑞祥有限公司(香港)は2月19日、救出された船員らの話を元に「船はロシア軍に撃沈された」とする声明を発表した。/声明によると、船はタイのバンコクからコメ5000トンを積み1月29日、ナホトカ港に到着。ロシア側からの離岸許可が出ない中、船は12日夜に出港したが、露海軍は「離岸手続きをしなかった」ことを理由に追跡し、重機関銃と機関砲などで発砲し、船を沈めた。発砲は数時間続いたという。〉
2月22日付『共同通信』はこう伝えている。「ロシア外務省は2月21日の声明で、ナホトカから無許可で出港し停船命令を無視した貨物船側に責任があると主張、銃撃を正当化した。銃撃後、貨物船はロシア側に対し、ナホトカ港に戻ると通告。乗組員は無事で、救助は必要ないと説明したが、その後、悪天候の中で遭難したという」。
ロシア・中国双方の非難合戦はなお続くだろうが、この事件は、停船命令が無視された場合の船体射撃がもたらす事態を考える上で役立つだろう。
◆ついに、虎が出た、「危害射撃」という虎が……
〈海賊抑止で船体射撃 政府、対策新法案に規定
政府は2月24日、ソマリア沖などでの海賊対策で自衛隊派遣を随時可能にする海賊対策新法案の骨格を固めた。自衛隊に対して、海賊船を停船させる場合など海賊行為抑止のための船体射撃を可能にする規定を設け、自衛隊の海外活動では正当防衛や緊急避難以外の武器使用が初めて認められることになる。/新法案の規定は警察官職務執行法7条を準用。海賊行為を凶悪犯罪とみなし、正当防衛などの急迫性がない段階でも、商船に近づいてくる海賊船が停船命令に応じないなど職務執行に抵抗し、他に抑止手段がない場合には海賊に危害を加える可能性のある船体射撃を認める。/現行自衛隊法に基づく海上警備行動は、警職法のほか、北朝鮮の工作船を念頭に、日本領海内に限って外国船への船体射撃を認めた海上保安庁法20条も準用。しかし政府が新法制定までの「つなぎ措置」として準備中の海上警備行動によるソマリア沖への派遣は、領海外のため、武器使用は正当防衛か緊急避難に限定されている。 /政府・与党内では新法案での武器使用の緩和に異論もあったが、重武装の海賊に対処するには警察や海上保安官の警察活動を超えない範囲で緩和の必要があると判断した。〉(2月25日付『北海道新聞』)
同日付『毎日新聞』の記事のタイトルには「武器先制使用を容認」とある。この表現は問題の本質を突いている。
〈政府が3月上旬の国会提出を目指している海賊対策法案の概要が判明した。警察官職務執行法を準用し、自衛隊法に基づく海上警備行動では認めていない、海賊活動制止のための武器使用を可能とする。これまで自衛隊の海外派遣では、憲法で禁じる「武力の行使」にならないよう正当防衛、緊急避難に該当する場合でしか武器使用を認めてこなかった。武器使用基準を事実上、緩和することになり、論議を呼びそうだ。/武器使用基準は、警職法7条を準用。同条は、正当防衛、緊急避難に該当する場合に加え、凶悪犯罪の容疑者が抵抗したり逃亡する場合も、警察官が武器を使って危害を加えることができると規定している。これを準用することで、停船命令に従わなかった海賊船に対し、船体射撃などの武器の使用を認める。/政府は、海賊対策は警察活動だとして、「従来の自衛隊の海外派遣の武器使用とは全く次元が異なる。憲法解釈を変更するものではない」(内閣官房幹部)と説明している。だが、海賊対策法案による活動を「治安維持活動の海上版」と受け止めている自民党国防族がいるのも事実だ。海賊対策での武器使用権限の拡大を、自衛隊による治安維持活動の解禁に?つなげたいとの思惑があるのは明白だ。〉
どういう場合に「危害射撃」をするのか。『北海道新聞』は「正当防衛などの急迫性がない段階でも、商船に近づいてくる海賊船が停船命令に応じないなど職務執行に抵抗し、他に抑止手段がない場合には海賊に危害を加える可能性のある船体射撃を認める。」とし、『毎日新聞』は「警職法7条は、正当防衛、緊急避難に該当する場合に加え、凶悪犯罪の容疑者が抵抗したり逃亡する場合も、警察官が武器を使って危害を加えることができると規定している。これを準用することで、停船命令に従わなかった海賊船に対し、船体射撃などの武器の使用を認める。」という。つまり海賊船が商船に近づいたり、停船命令に従わず逃亡しようとする場合、武器を《先制使用》して「危害射撃」を行なうことができるということだ。しかしこういう報道もある。
〈政府は自衛隊と海上保安庁の武器使用基準を現行法より緩和する方針を固めた。海賊が警告を無視して民間船舶に近づいた場合、襲撃の実行前でも危害を加える船体射撃を可能とする。一方で警告後に海賊が逃亡した場合の射撃は認めない方向だ。〉(2月26日付『日本経済新聞』)
政府が2月25日、与党海賊対策プロジェクトチーム(PT)に示した海賊対策新法の概要にはこうある。「海賊目的で船舶に著しく接近する船舶を停止させるため、ほかに手段がないと信じるに足る相当理由があるときには、合理的に必要と判断される限度で武器使用を可能とする」(2月25日付『共同通信』)。与党PTはこれを受け入れた。
なお2月25日付『産経新聞』は「新法作成にあたっている内閣官房は、ロープをかけるなどして民間船に乗り込もうとしている海賊に危害射撃を加えることも可能と判断した」と記している。有無を言わさず射殺できるというのである。
これまでの報道によると、海上自衛隊は日本の商船や観光客船を一列に並べ、その先頭と最後尾に護衛艦を1隻ずつ配置して船団を護衛(エスコート)する予定である。防衛省はもともと「海賊を捕まえるのではなく、武器を極力使わず海賊を追い払う方針」を固めていた」(2月13日付『朝日新聞』)。海賊対策新法が成立する前に海上警備行動が発令されてソマリア沖に向かうのだから、現場での武器使用はあくまで正当防衛と緊急避難の場合に限定される。同じ記事はこう解説している。
〈(船団を護衛中の護衛艦が)レーダーで不審船を見つけた場合には、艦載ヘリが低空から目視で確認し、船団に近づかないよう国際無線や発光信号で警告する。それでも接近してきた場合は、船団からできるだけ離れた海域で護衛艦が海賊船の進路をふさぐ。ソマリア沖の海賊は重武装だが、身代金狙いのため、これでおおむね海賊は襲撃をあきらめるという想定だ。/さらに海賊が接近すれば、艦載ヘリや艦艇による警告射撃に移る。ヘリには7.62ミリ機関銃が装備され、海自の特殊部隊「特別警備隊」隊員が射撃要員として同乗することも想定。特警隊が高速機動ボートで海賊船に向かうような事態は「おそらくないだろう」(制服組幹部)とみる。〉
この解説通り海賊に対処することが可能なら危害射撃は選択肢に入らない。実際、こういうニュースがある。ロシア軍のミサイル巡洋艦がソマリア沖で、海賊船3隻を拿捕(だほ)、海賊10人を拘束したという。
〈インタファックス通信によると、拿捕されたのは小型高速船2隻と大型の母船。ロシア軍ヘリコプターが2月12日、同海域でイラン国旗を掲げた漁船に急接近する小型船2隻を発見。同船はヘリに気付くと動きを止め、武器を海中に投げ捨てたという。海賊は全員ソマリア人だった。〉(2月14日付『朝日新聞』)
しかし政府の海賊対策法案は「危害射撃」容認に踏み込んだ。麻生首相の「やられたらやり返す」という暴言には「やられたら」という条件がついているが、政府案は「やられそうになったらやり返す」というものだ。海賊船が先に発砲した場合は、これに対応することは正当防衛とみなされる。しかし攻撃を受けないのに海自艦船が発砲するのは、明らかに《先制攻撃》である。それが交戦(戦闘)に発展する可能性が大きいことは誰にも予測できる。「危害射撃」については、船体射撃の結果、対象船舶の乗員に死傷者が出ても責任は問われないことになっている(違法性は阻却される〔しりぞけられる〕)。
ここで繰り返さねばならないのは、「危害射撃」は海上保安庁に【日本の領海に限って】認められているという事実だ。その「危害射撃」を公海で海上自衛隊に認めることが「武器使用の大幅な緩和」であることは言うまでもない。政府案では『北海道新聞』が指摘するように「正当防衛などの急迫性がない段階でも、海賊に危害を加える可能性のある船体射撃を認める」ことがまさにポイントであることを再度、確認したい。
海自呉基地から出航予定の護衛艦「さみだれ」(基準排水量4550トン)は76ミリ速射砲などを装備、同「さざなみ」(同4650トン)は127ミリ速射砲などを装備していて、ともに対潜ヘリを一機ずつ搭載している。両艦にはさらに小回りのきく機関銃が新設され、銃座は防弾板で守られている。こういう重武装の護衛艦が海賊船を「危害射撃」で先制攻撃したら、どのような事態に発展するか、想像するだに恐ろしいことではないか。
麻生首相は青森での自民党県連の政経セミナー(2月22日)でこう語っている。
〈日本の船が襲われる。相手は海賊、強盗です。海の上の強盗。日本の船ですから守るのは当然です。われわれは3月にはこの法案をきちんとして海上自衛隊を送り出したい。〉
麻生首相は、3月中旬(後注参照)、海上警備行動を発令して護衛艦隊をとりあえずソマリア沖に向かわせる。彼の目論見は、3月下旬ないし4月上旬に艦隊が作戦海域に達する頃までに海賊対策法案を国会で成立させ、海上自衛隊が海賊船に対し警告射撃だけでなく「危害射撃」もできるようにすることである。
このドサクサ紛れの艦隊派遣で麻生首相が狙うものは、「百年に一度の大不況」が日本国内に生み出し蓄積している鬱屈した感情を外にそらせて「国威を発揚」し、森内閣に次ぐ超低支持率からの脱却を図ることに他ならない。しかし、その動きの背景には自民党国防族を含む改憲派の思惑がある。安倍首相の突然の辞任によって改憲が大幅に遠のいたことで焦りを募らせている改憲派は出口を求めてもがいている。彼らにとって海賊問題は、武器使用基準を緩和して自衛隊を「戦闘ができる日本国軍」に近づける絶好の機会なのだ。海賊対策新法制定は解釈改憲の飛躍的前進であり、海外派兵恒久法制定への重要な踏み台である。日本の戦争国家化は完成の域に達しつつある。
※注:2月27日のNHKとTBSのニュースは、政府・防衛省が3月14日に海自呉基地から護衛艦隊を出航させる方向で調整中と伝えている。
2月27日付『毎日新聞』社説は、「民間船を襲撃しようとする海賊を目の前にして、その犯罪行為を阻止するために船体射撃(危害射撃)が必要なケースがあるかもしれない。」としつつ、「懸念されるのは、今回の措置が、海賊対策という警察活動にとどまらず、自衛隊の海外活動全体に『任務遂行のための武器使用』をより広く認める突破口になりかねないことである。」と指摘している。しかし本気でそう懸念しているなら、「危害射撃」容認を含む海賊対策法案に反対すればいいのである。
◆排外主義に傾く危うい世論
これまでの世論調査の結果は、憲法改正一般については「賛成」の人が非常に多いが、こと9条改定については7割の人が「反対」であることを示している。しかし、海賊派兵については日本テレビの世論調査で実に半数が「賛成」で、2月21、22日に実施された『毎日新聞』の全国世論調査でも「賛成」が47%で「反対」の42%を上回っている。「海賊討つべし」という世論の加熱はすでに危険水位を超えつつある。
9条改定「反対」の7割を突き崩し、世論を改憲に誘導するために最も有力な手段は、軍事的危機をあえて造り出すことである。日本が脅威を受けていて、それがいよいよ深刻になっていると思い込ませることである。
1999年3月23日、能登半島沖「不審船」事件が起き、同24日、海上警備行動が防衛庁(当時)発足以来初めて発令された。事件はテレビを含むマスメディアで大々的に生々しく報道されたが、その事態を受けて、国会で停滞していた周辺事態法案の審議は一気に加速し、5月28日、同法は成立した。その事実を改めて想起したい。
ソマリア沖の海賊問題は周辺国からの脅威ではないが、「海賊退治」は日本国内にすでに充満している鬱屈した閉塞感を突き破る、またとない出口である。なにしろ相手は海賊だ。国連安保理は度重なる決議をもって海賊に対する軍事力行使を加盟国に呼びかけている。すでに欧米諸国に加えインドや中国まで競って艦隊を派遣している。ならばなんの躊躇することがあろう。誰はばかることなく自衛隊の艦隊を送れるではないか。やられたらやり返せ……
この風潮を打ち破ることができるか、反改憲運動は問われている。違憲存在に他ならない自衛隊の問題を棚上げしたままの「9条改憲反対」はこの事態にどう立ち向かうことができるか。
麻生政権によるソマリア沖への海上警備行動発令を許し、海上自衛隊に「危害射撃」を認めることは、憲法9条2項〔国の交戦権の否認〕を突き崩すことだ。「海賊対策」を口実に9条2項に穴を開ける危険な企てを、反改憲運動の総力をあげて阻止することを切に訴えたい。
【訂正と付記 本シリーズ・その72にある世論島は与論島の誤記です。またその73の「グアム移転協定」にかかわる記述で、日本政府が供出する金額が26億ドルになっていますが、これは28億ドルです。訂正します。/政府の海賊対策法案には「危害射撃」容認以外にも大きな問題があります。また海賊派遣を口実に自衛隊が海外に拠点を設ける動きも問題です。情報を追い、海賊派兵批判を続けます。】
第4回 愚かしい海賊派兵を阻止しよう
─「危害射撃」を認める海賊対策法案を葬り去ろう─
井上澄夫 市民の意見30の会・東京
沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック
このままでは、憲法9条2項の「国の交戦権の否認」が突き崩される、という強い危機感をもって、本稿を記す。自衛隊が海外で外国人を殺傷し、自衛隊員も死ぬ可能性が現実のものになる。これは「狼が来た」という話ではない。
2月25日付の各紙が海賊対策法案の概要を報じている。そこに触れる前に、凝視すべき現実を紹介したい。
◆警告射撃……そして
〈中国貨物船沈没:密輸の疑いでロシア艦艇が銃撃 7人不明
ロシア極東沖で今月、中国資本の貨物船「新星」号がロシア国境警備局の艦艇から銃撃を受けて沈没し、中国人船員7人が行方不明になっていたことが明らかになった。ロシア当局は「貨物船がロシア国境を違法に横断した」などと銃撃の正当性を主張しているが、中国側はロシアの対応を強く批判している。/中国外務省などによると、貨物船は2月15日にロシア・ウラジオストク近海で沈没した。船は香港の会社が所有し、中国人とインドネシア人の船員16人が乗り組んでいた。中国人7人のほかインドネシア人1人が行方不明になったとの情報もある。/中露メディアの報道によると、貨物船は密輸を行っていた疑いがあり、寄港先のロシア・ナホトカから今月12日に許可なく出港。またロシア国境を違法に横断したとしてロシア国境警備局の艦艇が追尾した。船は15日に数百発の銃撃を受けて停止、ナホトカへ移送される途中に悪天候のため沈没したという。ロシア当局は「貨物船が停船命令に従わなかったため発砲した」と説明している。/ロシア国境警備局は06年8月、北方領土海域で日本漁船を拿捕(だほ)する際に銃撃し、日本人船員1人が死亡する事件を起こして?いる。〉(2月20日付『毎日新聞』)
〈貨物船銃撃で中国人ら8人不明 ロシア国境警備隊発砲
ロシア極東のナホトカ沖で今月中旬、中国人船員が乗ったシエラレオネ船籍の貨物船「ニュースター」が、ロシア国境警備隊の船艇から発砲を受けた。貨物船は銃撃後に航行不能に陥り、中国人船員ら16人がボート2隻に分乗し避難したが、悪天候でうち1隻が沈み、8人が行方不明になっている。/露コメルサント紙は、救助された船員の話として「国境警備隊は500発以上の銃弾を発射した」と伝えており、船員は銃撃で船体に穴が開き、航行不能に陥ったと主張している。/同紙によると、ニュースターは1月29日、ナホトカ港に到着して積み荷の米を降ろした。しかし、保管状態が劣悪だったため荷受業者が1億5000万ルーブル(約3億9000万円)の補償を求めて提訴した。このため、船は港に止まるようロシア当局に命じられたが、2月12日に無断で出航。国境警備隊は船がロシア領海を越える動きを見せたとして、その後、威嚇発砲などの手順を踏んだ上で船体に向け発砲したとしている。〉(2月19日付『産経新聞』)
さらに同紙は同日付の別の記事で、こう報じている。
〈貨物船を所有する船会社、吉瑞祥有限公司(香港)は2月19日、救出された船員らの話を元に「船はロシア軍に撃沈された」とする声明を発表した。/声明によると、船はタイのバンコクからコメ5000トンを積み1月29日、ナホトカ港に到着。ロシア側からの離岸許可が出ない中、船は12日夜に出港したが、露海軍は「離岸手続きをしなかった」ことを理由に追跡し、重機関銃と機関砲などで発砲し、船を沈めた。発砲は数時間続いたという。〉
2月22日付『共同通信』はこう伝えている。「ロシア外務省は2月21日の声明で、ナホトカから無許可で出港し停船命令を無視した貨物船側に責任があると主張、銃撃を正当化した。銃撃後、貨物船はロシア側に対し、ナホトカ港に戻ると通告。乗組員は無事で、救助は必要ないと説明したが、その後、悪天候の中で遭難したという」。
ロシア・中国双方の非難合戦はなお続くだろうが、この事件は、停船命令が無視された場合の船体射撃がもたらす事態を考える上で役立つだろう。
◆ついに、虎が出た、「危害射撃」という虎が……
〈海賊抑止で船体射撃 政府、対策新法案に規定
政府は2月24日、ソマリア沖などでの海賊対策で自衛隊派遣を随時可能にする海賊対策新法案の骨格を固めた。自衛隊に対して、海賊船を停船させる場合など海賊行為抑止のための船体射撃を可能にする規定を設け、自衛隊の海外活動では正当防衛や緊急避難以外の武器使用が初めて認められることになる。/新法案の規定は警察官職務執行法7条を準用。海賊行為を凶悪犯罪とみなし、正当防衛などの急迫性がない段階でも、商船に近づいてくる海賊船が停船命令に応じないなど職務執行に抵抗し、他に抑止手段がない場合には海賊に危害を加える可能性のある船体射撃を認める。/現行自衛隊法に基づく海上警備行動は、警職法のほか、北朝鮮の工作船を念頭に、日本領海内に限って外国船への船体射撃を認めた海上保安庁法20条も準用。しかし政府が新法制定までの「つなぎ措置」として準備中の海上警備行動によるソマリア沖への派遣は、領海外のため、武器使用は正当防衛か緊急避難に限定されている。 /政府・与党内では新法案での武器使用の緩和に異論もあったが、重武装の海賊に対処するには警察や海上保安官の警察活動を超えない範囲で緩和の必要があると判断した。〉(2月25日付『北海道新聞』)
同日付『毎日新聞』の記事のタイトルには「武器先制使用を容認」とある。この表現は問題の本質を突いている。
〈政府が3月上旬の国会提出を目指している海賊対策法案の概要が判明した。警察官職務執行法を準用し、自衛隊法に基づく海上警備行動では認めていない、海賊活動制止のための武器使用を可能とする。これまで自衛隊の海外派遣では、憲法で禁じる「武力の行使」にならないよう正当防衛、緊急避難に該当する場合でしか武器使用を認めてこなかった。武器使用基準を事実上、緩和することになり、論議を呼びそうだ。/武器使用基準は、警職法7条を準用。同条は、正当防衛、緊急避難に該当する場合に加え、凶悪犯罪の容疑者が抵抗したり逃亡する場合も、警察官が武器を使って危害を加えることができると規定している。これを準用することで、停船命令に従わなかった海賊船に対し、船体射撃などの武器の使用を認める。/政府は、海賊対策は警察活動だとして、「従来の自衛隊の海外派遣の武器使用とは全く次元が異なる。憲法解釈を変更するものではない」(内閣官房幹部)と説明している。だが、海賊対策法案による活動を「治安維持活動の海上版」と受け止めている自民党国防族がいるのも事実だ。海賊対策での武器使用権限の拡大を、自衛隊による治安維持活動の解禁に?つなげたいとの思惑があるのは明白だ。〉
どういう場合に「危害射撃」をするのか。『北海道新聞』は「正当防衛などの急迫性がない段階でも、商船に近づいてくる海賊船が停船命令に応じないなど職務執行に抵抗し、他に抑止手段がない場合には海賊に危害を加える可能性のある船体射撃を認める。」とし、『毎日新聞』は「警職法7条は、正当防衛、緊急避難に該当する場合に加え、凶悪犯罪の容疑者が抵抗したり逃亡する場合も、警察官が武器を使って危害を加えることができると規定している。これを準用することで、停船命令に従わなかった海賊船に対し、船体射撃などの武器の使用を認める。」という。つまり海賊船が商船に近づいたり、停船命令に従わず逃亡しようとする場合、武器を《先制使用》して「危害射撃」を行なうことができるということだ。しかしこういう報道もある。
〈政府は自衛隊と海上保安庁の武器使用基準を現行法より緩和する方針を固めた。海賊が警告を無視して民間船舶に近づいた場合、襲撃の実行前でも危害を加える船体射撃を可能とする。一方で警告後に海賊が逃亡した場合の射撃は認めない方向だ。〉(2月26日付『日本経済新聞』)
政府が2月25日、与党海賊対策プロジェクトチーム(PT)に示した海賊対策新法の概要にはこうある。「海賊目的で船舶に著しく接近する船舶を停止させるため、ほかに手段がないと信じるに足る相当理由があるときには、合理的に必要と判断される限度で武器使用を可能とする」(2月25日付『共同通信』)。与党PTはこれを受け入れた。
なお2月25日付『産経新聞』は「新法作成にあたっている内閣官房は、ロープをかけるなどして民間船に乗り込もうとしている海賊に危害射撃を加えることも可能と判断した」と記している。有無を言わさず射殺できるというのである。
これまでの報道によると、海上自衛隊は日本の商船や観光客船を一列に並べ、その先頭と最後尾に護衛艦を1隻ずつ配置して船団を護衛(エスコート)する予定である。防衛省はもともと「海賊を捕まえるのではなく、武器を極力使わず海賊を追い払う方針」を固めていた」(2月13日付『朝日新聞』)。海賊対策新法が成立する前に海上警備行動が発令されてソマリア沖に向かうのだから、現場での武器使用はあくまで正当防衛と緊急避難の場合に限定される。同じ記事はこう解説している。
〈(船団を護衛中の護衛艦が)レーダーで不審船を見つけた場合には、艦載ヘリが低空から目視で確認し、船団に近づかないよう国際無線や発光信号で警告する。それでも接近してきた場合は、船団からできるだけ離れた海域で護衛艦が海賊船の進路をふさぐ。ソマリア沖の海賊は重武装だが、身代金狙いのため、これでおおむね海賊は襲撃をあきらめるという想定だ。/さらに海賊が接近すれば、艦載ヘリや艦艇による警告射撃に移る。ヘリには7.62ミリ機関銃が装備され、海自の特殊部隊「特別警備隊」隊員が射撃要員として同乗することも想定。特警隊が高速機動ボートで海賊船に向かうような事態は「おそらくないだろう」(制服組幹部)とみる。〉
この解説通り海賊に対処することが可能なら危害射撃は選択肢に入らない。実際、こういうニュースがある。ロシア軍のミサイル巡洋艦がソマリア沖で、海賊船3隻を拿捕(だほ)、海賊10人を拘束したという。
〈インタファックス通信によると、拿捕されたのは小型高速船2隻と大型の母船。ロシア軍ヘリコプターが2月12日、同海域でイラン国旗を掲げた漁船に急接近する小型船2隻を発見。同船はヘリに気付くと動きを止め、武器を海中に投げ捨てたという。海賊は全員ソマリア人だった。〉(2月14日付『朝日新聞』)
しかし政府の海賊対策法案は「危害射撃」容認に踏み込んだ。麻生首相の「やられたらやり返す」という暴言には「やられたら」という条件がついているが、政府案は「やられそうになったらやり返す」というものだ。海賊船が先に発砲した場合は、これに対応することは正当防衛とみなされる。しかし攻撃を受けないのに海自艦船が発砲するのは、明らかに《先制攻撃》である。それが交戦(戦闘)に発展する可能性が大きいことは誰にも予測できる。「危害射撃」については、船体射撃の結果、対象船舶の乗員に死傷者が出ても責任は問われないことになっている(違法性は阻却される〔しりぞけられる〕)。
ここで繰り返さねばならないのは、「危害射撃」は海上保安庁に【日本の領海に限って】認められているという事実だ。その「危害射撃」を公海で海上自衛隊に認めることが「武器使用の大幅な緩和」であることは言うまでもない。政府案では『北海道新聞』が指摘するように「正当防衛などの急迫性がない段階でも、海賊に危害を加える可能性のある船体射撃を認める」ことがまさにポイントであることを再度、確認したい。
海自呉基地から出航予定の護衛艦「さみだれ」(基準排水量4550トン)は76ミリ速射砲などを装備、同「さざなみ」(同4650トン)は127ミリ速射砲などを装備していて、ともに対潜ヘリを一機ずつ搭載している。両艦にはさらに小回りのきく機関銃が新設され、銃座は防弾板で守られている。こういう重武装の護衛艦が海賊船を「危害射撃」で先制攻撃したら、どのような事態に発展するか、想像するだに恐ろしいことではないか。
麻生首相は青森での自民党県連の政経セミナー(2月22日)でこう語っている。
〈日本の船が襲われる。相手は海賊、強盗です。海の上の強盗。日本の船ですから守るのは当然です。われわれは3月にはこの法案をきちんとして海上自衛隊を送り出したい。〉
麻生首相は、3月中旬(後注参照)、海上警備行動を発令して護衛艦隊をとりあえずソマリア沖に向かわせる。彼の目論見は、3月下旬ないし4月上旬に艦隊が作戦海域に達する頃までに海賊対策法案を国会で成立させ、海上自衛隊が海賊船に対し警告射撃だけでなく「危害射撃」もできるようにすることである。
このドサクサ紛れの艦隊派遣で麻生首相が狙うものは、「百年に一度の大不況」が日本国内に生み出し蓄積している鬱屈した感情を外にそらせて「国威を発揚」し、森内閣に次ぐ超低支持率からの脱却を図ることに他ならない。しかし、その動きの背景には自民党国防族を含む改憲派の思惑がある。安倍首相の突然の辞任によって改憲が大幅に遠のいたことで焦りを募らせている改憲派は出口を求めてもがいている。彼らにとって海賊問題は、武器使用基準を緩和して自衛隊を「戦闘ができる日本国軍」に近づける絶好の機会なのだ。海賊対策新法制定は解釈改憲の飛躍的前進であり、海外派兵恒久法制定への重要な踏み台である。日本の戦争国家化は完成の域に達しつつある。
※注:2月27日のNHKとTBSのニュースは、政府・防衛省が3月14日に海自呉基地から護衛艦隊を出航させる方向で調整中と伝えている。
2月27日付『毎日新聞』社説は、「民間船を襲撃しようとする海賊を目の前にして、その犯罪行為を阻止するために船体射撃(危害射撃)が必要なケースがあるかもしれない。」としつつ、「懸念されるのは、今回の措置が、海賊対策という警察活動にとどまらず、自衛隊の海外活動全体に『任務遂行のための武器使用』をより広く認める突破口になりかねないことである。」と指摘している。しかし本気でそう懸念しているなら、「危害射撃」容認を含む海賊対策法案に反対すればいいのである。
◆排外主義に傾く危うい世論
これまでの世論調査の結果は、憲法改正一般については「賛成」の人が非常に多いが、こと9条改定については7割の人が「反対」であることを示している。しかし、海賊派兵については日本テレビの世論調査で実に半数が「賛成」で、2月21、22日に実施された『毎日新聞』の全国世論調査でも「賛成」が47%で「反対」の42%を上回っている。「海賊討つべし」という世論の加熱はすでに危険水位を超えつつある。
9条改定「反対」の7割を突き崩し、世論を改憲に誘導するために最も有力な手段は、軍事的危機をあえて造り出すことである。日本が脅威を受けていて、それがいよいよ深刻になっていると思い込ませることである。
1999年3月23日、能登半島沖「不審船」事件が起き、同24日、海上警備行動が防衛庁(当時)発足以来初めて発令された。事件はテレビを含むマスメディアで大々的に生々しく報道されたが、その事態を受けて、国会で停滞していた周辺事態法案の審議は一気に加速し、5月28日、同法は成立した。その事実を改めて想起したい。
ソマリア沖の海賊問題は周辺国からの脅威ではないが、「海賊退治」は日本国内にすでに充満している鬱屈した閉塞感を突き破る、またとない出口である。なにしろ相手は海賊だ。国連安保理は度重なる決議をもって海賊に対する軍事力行使を加盟国に呼びかけている。すでに欧米諸国に加えインドや中国まで競って艦隊を派遣している。ならばなんの躊躇することがあろう。誰はばかることなく自衛隊の艦隊を送れるではないか。やられたらやり返せ……
この風潮を打ち破ることができるか、反改憲運動は問われている。違憲存在に他ならない自衛隊の問題を棚上げしたままの「9条改憲反対」はこの事態にどう立ち向かうことができるか。
麻生政権によるソマリア沖への海上警備行動発令を許し、海上自衛隊に「危害射撃」を認めることは、憲法9条2項〔国の交戦権の否認〕を突き崩すことだ。「海賊対策」を口実に9条2項に穴を開ける危険な企てを、反改憲運動の総力をあげて阻止することを切に訴えたい。
【訂正と付記 本シリーズ・その72にある世論島は与論島の誤記です。またその73の「グアム移転協定」にかかわる記述で、日本政府が供出する金額が26億ドルになっていますが、これは28億ドルです。訂正します。/政府の海賊対策法案には「危害射撃」容認以外にも大きな問題があります。また海賊派遣を口実に自衛隊が海外に拠点を設ける動きも問題です。情報を追い、海賊派兵批判を続けます。】