反戦の視点・その71
第2回 愚かしい海賊派兵を阻止しよう
井上澄夫 市民の意見30の会・東京
沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック
すでに始まっている海賊との「戦争」
あきれるばかりの騒動である。いうまでもなく、ソマリア沿岸・アデン湾での海賊との「戦争」のことだ。まず2月10日付『産経新聞』。
〈海上自衛隊の護衛艦が3月にアフリカ・ソマリア周辺海域の海賊対策に参加するため、日本の与党プロジェクトチームが2月9日、安全航行などを目指す国連の専門機関、国際海事機関(IMO、本部ロンドン)と欧州連合(EU)の対策本部を視察し、共同作戦や哨戒機派遣の可能性について協議した。/国連安保理決議を受け、EUは昨年12月、ロンドン郊外の英軍常設統合作戦司令部に対策本部を設置し、EU初の海上軍事作戦を開始した。常時、軍艦4隻を派遣、ソマリアへの世界食糧計画(WFP)の支援物資輸送船や一般商船の護衛、パトロールを行うとともに、ウェブサイトで海賊情報を提供している。/先月29日、ソマリア沖のアデン湾でドイツ企業所有のタンカーが海賊に乗っ取られたが、タンカーは航行の事前連絡を怠っていた。一方で、フランスの駆逐艦から飛び立ったヘリが海賊の高速艇2隻に威嚇射撃し、逮捕に成功した。対策本部のジョーンズ英海軍准将は「海賊の襲撃件数は減らないが、商船との連絡が密になり、作戦は成果を上げ始めている」と語る。/今年、3隻が乗っ取られたが、14隻で海賊は撃退され、数十人が逮捕された。/海賊問題に詳し?い英王立国際問題研究所のミドルトン研究員は「50%だった海賊の襲撃成功率は20~30%まで減った。いくつかの襲撃は防げても、ソマリアの新暫定政府が国民の不満を解消しない限り根本的な問題は残る」と指摘する。〉
「海の義和団事件」(「反戦の視点・その70」参照)はいよいよエスカレートし、しかも海賊対策の国際的枠組みが大がかりになりつつある。
〈アフリカ・ソマリア沖の海賊対策で、海賊情報を共有するために関係各国が設置する新組織「海賊対策地域調整センター」の概要が2月5日、明らかになった。センターを海賊が出没する付近に隣接するイエメン、ケニア、タンザニア3カ国に設置し、日本も参加する。海賊の情報を集約して現地を航行中の船舶に提供する。海域を警備する、米国を中心とした有志連合軍やEU(欧州連合)軍などとの情報交換も想定する。/センターは国連安保理決議1851に基づき設置される。日本や英米、中国など24カ国と国際海事機関(IMO)などの5国際機関で構成する「コンタクト・グループ」が1月14日、米ニューヨークで年内の早い時期でのセンター設置を決めた。先月末には、ソマリア周辺国がジブチに集まって海賊対策を協議し、センター設立を求める行動指針を採択した。コンタクト・グループは今月24~27日にロンドンで作業部会を開き、具体的な情報の共有方法やセンターの運営など詳細を詰める。/センターは、海賊事件の発生に関する情報を参加国が迅速に共有することが主な目的。各国は、地域協力協定を締結して、センターに参加する。/06年11月、ア?ジアの海賊対策で日本が主導してシンガポールに設立した「情報共有センター」が構想のモデルとなっており、今回の設立にも日本政府は積極的に関与する。/ソマリア沖を航行する日本船舶は、EU軍の警護を受けているほか、英国軍が運用する「位置通報システム」にも参加。だが、海賊情報を一元化して各国で共有する仕組みは整っておらず、センター設置が待たれていた。〉(2月6日付『毎日新聞』)
この事態は一体なんなのか、冷静に考えてみる必要がある。まず諸国艦隊の出動は国連安保理決議1851を錦の御旗にしているが、派兵各国にとっては、紅海の出入り口を扼(やく)する海域への軍事戦略的プレゼンスである。我れも我もと「バスに乗り遅れるな」式のオンパレードに参加することで国威を発揚しようというのだ。この《海軍オリンピック》は、まさに21世紀初頭の世界史的愚挙である。
同時にこの《海軍オリンピック》には国威高揚だけではなく別の軍事的な意味がある。なにしろ海賊をやっつけるために実戦を経験できるのだ。諸国艦隊にとって、これほどの実践的訓練があるだろうか。英軍は海賊船を、インド軍は乗っ取られたタイの漁船を撃沈した。フランス軍もロシア軍も米軍も海賊を逮捕し戦果をあげた。まさに《海軍オリンピック》である。
海賊対策には格別のうま味がある。相手は国際指名手配の犯罪集団であるから、船を撃沈しようが、乗員を殺そうが、逮捕しようが、なんでもやりたい放題というわけだ。だが、国連安保理決議をかかげれば何をしてもいいのか。ソマリアに全土の治安を維持できる政権がないからといって、同国の領海のみならず、領空・領土にまで踏み込んで海賊を攻撃することが許されるのか。社会も経済も崩壊して塗炭の苦しみにあえいでいるソマリアの民衆にとって、国連安保理決議1851は公然たる侵略容認決議に他なるまい。
戦略的要衝であるアフリカの角・ソマリアに国連はかつて米軍を主軸に中途半端に軍事介入し結局、逃げ出した。ソマリア領海は欧米企業の産業廃棄物ですさまじく汚染され、沿岸の漁民たちは外国の大型トロール船が漁業資源を根こそぎさらっていくのを眺めているしかなかった。ソマリアを翻弄してきた国際社会にツケが回ってきたのが海賊問題である。そのツケを国際社会は《海軍オリンピック》で払おうというのだ。
ソマリア海域・アデン湾で繰り広げられているこの国際競技には、海賊対策とは無関係の国家間のさや当てまで持ち込まれている。2月10日付『産経新聞』にはこうある。
〈米国が仕切ってきた海域に中露の軍艦が展開したことで新たな緊張も起きている。中国メディアによると、中国の駆逐艦がインド海軍とみられるロシア製潜水艦に追跡されており、中印関係の難しさを改めて印象づけている。〉
2月10日付『公明新聞』は「すでに17カ国が海軍艦艇・航空機を派遣してきた」と言う。これに加え日韓両国とシンガポールも馳せ参じるので、実に20カ国の艦隊が集結することになる。これまでにこんな「海賊対処の警察行動」があっただろうか。ソマリア沿岸・アデン湾に駆けつけた諸国艦隊がやっていることは事実上の対海賊海戦である。
前回の本シリーズで触れたが、米艦船は「海賊対処の警察行動」ではなく、あくまで対テロ戦争をやっていると見るべきである。
〈米国は中東のバーレーンに司令部を置き、さまざまな海軍作戦を展開。米主導の多国籍軍「混成任務部隊(CTF150)」が洋上監視を続けるインド洋に先月8日、新多国籍軍CTF151を立ち上げ、海賊の取り締まりを始めた。〉(2月3日付『東京新聞』)
CFT150はアフガニスタン本土で継続されている「不朽の自由」作戦の一部として海上阻止行動(MIO)を担っている。新たに開始されたCFT151が「海賊の取り締まり」を任務としていることは事実だろう。「AP通信によると、米海軍は2月11日、ソマリア沖のアデン湾で商船を襲おうとしていた海賊7人を拘束した。米海軍が海賊を拘束した初めてのケースという。」(2月12日付『共同通信』)。しかしそうであっても、CTF151の主たる標的はソマリアで息を吹き返してきたイスラム法廷会議ではあるまいか。エチオピア軍に支援されたソマリア暫定政権は一時イスラム法廷会議を首都モガディシオから追い出したが、エチオピア軍が撤退すると形勢が逆転した。米軍はこれまでエチオピア軍を支援し、イスラム法廷会議をミサイルでたびたび攻撃してきた。米軍は同会議がアルカイーダと提携していると主張し、あくまで同会議を殲滅しようとしている。CTF151が海賊だけを相手にしているとは到底思えない。
「出遅れた」日本政府の動き
朝日新聞の世論調査では麻生首相の支持率はとうとう14%にまで落ち込んだ。彼は先着の諸国艦隊による海賊対策が成果をあげ始めたと聞いて、心穏やかではないだろう。海自艦隊を一刻も早く「出撃」させたいのだ。百年に一度の大不況への対策がどれも不評である以上、とりあえず31%の支持(NHKの世論調査)を得ている海賊派兵で得点したいのである。右派評論家の櫻井よしこ氏が下のように檄を飛ばして麻生首相を激励していることは、海賊派兵の政治的意義をはしなくも暴露している。
〈極まる低さの支持率を思い悩んではならない。/首相の使命の筆頭は、9条の実質的改正につながる集団的自衛権の行使以外にない。ソマリア沖の海賊対策こそ、首相に使命を果たさせるべく天が用意した危機だと思えてならない。〉(2月12日付『産経新聞』)
海賊派兵は「9条の実質的改正につながる集団的自衛権の行使」のためだという。そのものズバリの指摘である。だが、麻生首相の決断は条件を整えることなくなされた。
〈浜田靖一防衛相は2月10日午前の閣議後会見で、東アフリカ・ソマリア沖の海賊対策で海上自衛隊の派遣時期について「誤差はあるが、最悪でも3月上旬から中旬にかけてというのは考えられる」と述べ、3月上旬に海上警備行動を発令して護衛艦を派遣する意向を改めて示した。〉(2月10日付『毎日新聞』)
3月上旬に呉基地を出るなら、ソマリア沖到着は早くて同月下旬、あるいは4月上旬になると報道されている。しかも海自は海賊対策などまったく眼中になかったのだから、まず未踏の分野の訓練から始めねばならない。泥縄の典型である。
〈アフリカ・ソマリア沖の海賊対策として、海上警備行動の発令後、来月にも現地に派遣される海上自衛隊呉基地(広島県呉市)所属の護衛艦「さざなみ」(基準排水量4650トン)と「さみだれ」(同4550トン)が2月10日朝、訓練のため同基地を出港し、豊後水道沖の公海上へ向かった。/海上幕僚監部と呉地方総監部によると、両艦には計約350人が乗り組み、速射砲などを使った水上射撃や、搭載ヘリコプターからの機関銃射撃などの訓練を実施、2月13日に帰港する。派遣が検討されている海自の特殊部隊「特別警備隊」も訓練に参加しているが、人数などの詳細は明らかにされていない。〉(2月10日付『読売新聞』)
2月11日付『毎日新聞』も「海自は、今回の訓練内容について仮想海賊船を標的にした対水上船射撃訓練と、ヘリコプターによる上空からの射撃訓練をする、と説明している。」とのべている。
報道された訓練内容だけからでも、予定されている海上警備行動が日本籍船を武力を行使せず警護するのではないことがわかる。これまで2度の海上警備行動は日本の領海を侵犯した船が領海の外に出たところで終わった。しかし今度はちがう。場合によっては交戦も想定される。次の動きも見逃せない。
〈政府は、アフリカ・ソマリア沖の海賊対策のため、海上自衛隊を派遣することにしていますが、その前の今月20日に、広島県呉市沖で海上自衛隊と海上保安庁の合同訓練を行う方針です。/訓練が行われるのは派遣される護衛艦が所属する広島県呉基地周辺の海域で、護衛艦に司法警察権を持つ海上保安官も同乗して行われます。/合同訓練は海賊船が接近するなどの想定で自衛官と海上保安官の連携を中心に行われ、海賊を拘束した場合の対応なども訓練する見通しです。〉(2月12日、TBSニュース)
海賊の拘束は海自隊員にはできないから、権限のある海上保安官を護衛艦に同乗させるというのだが、これは茶番に等しい法的つじつまあわせである。拘束した海賊をどうするのかは決まっていない。ソマリア海域沿岸に引き渡すのか、日本に連れ帰るのか……。
海上警備行動と武器使用基準
〈浜田防衛相は2月10日の閣議後の記者会見で、アフリカ・ソマリア沖の海賊対策で海上警備行動を発令する前に、政府が海賊対策の新法案を国会に提出すべきだとの考えを示した。/防衛相は「海上警備行動による(海上自衛隊の)派遣は応急措置と言ってきた。新法が出てくるのが当然だ」と述べた。〉(2月10日付『読売新聞』)
海上警備行動発令前に新法案が今国会に提出されたとしても、成立はおぼつかない。それでも浜田防衛相がこう主張するのは、海自側に武器使用基準が緩和されるのかされないのかが未定のまま、海上警備行動を発令されることに抵抗があるからだろう。今のままでは海賊に遭遇した際の武器使用は、対応によっては個々の隊員の責任が問われる。
ここで自衛隊の武器使用基準を確認しておこう。武器使用基準は警察官職務執行法(警職法)第7条に準じ「正当防衛・緊急避難」に限られている。しかしPKO(国連平和維持活動)協力法以降、個々の隊員による防衛対象は徐々に拡大してきた。その変遷は以下の通りである。
PKO協力法(92年) 自己または自己と共に現場に所在する他の隊員
周辺事態法(99年) 自己または自己と共にその職務に従事する者
テロ対策特措法 職務に伴い自己の管理の下に入った者
イラク特措法 職務に伴い自己の管理の下に入った者
この動きに伴い重要なのは、イラク特措法について内閣法制局が国会でこう答弁していることだ。「かなり離れた場所に所在する他国の部隊に駆け付けて武器を使用することはできない」。いわゆる「駆け付け警護」の禁止である。では、現在策定中の海賊対策新法(仮称)でこの武器使用基準はどうなるのか。
〈政府は任務遂行の武器使用を「犯罪集団に対する警察活動で武力行使には当たらない」と解釈する。海上保安庁法20条は、海上保安官に対し、停船命令に応じない船舶や逃亡する船舶に対し、日本の領海内に限って、武器の使用を認めている。新法ではこれを公海に広げ、さらに自衛隊にも認める方針だ。〉(2月5日付『朝日新聞』)
海賊対策における武器使用は「警察行動で武力行使には当たらない」という政府解釈を前提にすると、「駆け付け警護」は許されるのか。諸国の艦隊が遊弋(ゆうよく)するソマリア海域において「かなり離れた場所に所在する他国の部隊に駆け付けて武器を使用すること」は、警察行動だから問題ないということになるのか。駆け付け警護が容認されるなら、武器使用は際限なく拡大するだろう。
海上保安庁による武器使用をリアルに紹介すると事態の深刻さがわかる。海上保安庁法第20条は2001年「改正」されて第2項が加えられた(同年11月2日公布)。それは大幅な武器使用基準の緩和だった。停船命令に応じず乗組員が抵抗したり、逃亡したりする場合、海上保安官・海上保安官補は武器を使用することができ、その結果、人に危害を与えたとしてもその違法性は阻却される(しりぞけられる)としたのである。つまり船体を射撃してその船の乗員が死んでも責任は問われないことになった。「危害射撃」が公認されたのである。実際、この「改正」直後の12月22日、九州南西海域で不審船が発見され、銃撃戦の結果、同船の乗員が10人以上(海保)が死んだことは記憶に新しい。ただしこれは日本の領海内の出来事だった。
現在は、海保が「危害射撃」を公海で行なうことは認められていない。上の記事は政府がそれを解禁し、さらに自衛隊(海自)にまで広げるというのだが、事実とすれば、これはむちゃくちゃである。海自艦艇が海賊船とおぼしき船舶に停船を命じそれが無視された場合、あるいは当該船舶が逃亡しようとする場合、海自艦艇は攻撃されなくても「危害射撃」できるようになるからだ(攻撃された場合の武器使用は正当防衛)。その結果、当該船舶の乗員が死んでも責任は問われない。
これは、事実上、海上での交戦(海戦)を海自に許すことである。海自による海賊対策は「犯罪集団に対する警察活動で武力行使には当たらない」という小理屈、いや詭弁で国の交戦権を否認している憲法第9条第2項を突き破ろうとしていることは明らかである。
揺れる海賊対策新法策定
しかし2月5日付『朝日新聞』の報道はそのまま鵜呑みにできない。自民党の「征け征けドンドン」派が、この際一気に武器使用基準を緩和しようとしていることは事実だが、武器使用を「正当防衛・緊急避難」に限るべきという意見は与党内にもある。
海上警備行動の発令はまだなされていない。護衛艦隊の呉基地からの出港は早くて3月上旬である。海賊派兵に反対しよう。海賊対策新法は策定中だが、浜田防衛相が求めるように、海上警備行動発令前に国会に上程されるかどうかはわからない。今回の海賊派兵は海外派兵を新たな段階に引き上げるもので、海外派兵推進派の狙いは、武器使用基準の緩和と事実上の集団的自衛権行使の先例作りである。
しかも海賊対策新法は海外派兵恒久法の下敷きだ。オバマ政権はアフガニスタンに米軍を増派する。パキスタン叩きも隠していない。今でこそ米政府の対日要求は表向き「非軍事分野での復興支援」であるが、オバマ大統領が泥沼のアフガンでのたうち回る事態になれば(それは必至だ)、対日要求はアフガン本土への自衛隊派兵に転じる。海賊派兵新法─海外派兵恒久法の制定はその事態に備えるものだ。 (09・2・15記)
【付記】海賊派兵についてはなお書く。次回を「第3回」とする予定である。
第2回 愚かしい海賊派兵を阻止しよう
井上澄夫 市民の意見30の会・東京
沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック
すでに始まっている海賊との「戦争」
あきれるばかりの騒動である。いうまでもなく、ソマリア沿岸・アデン湾での海賊との「戦争」のことだ。まず2月10日付『産経新聞』。
〈海上自衛隊の護衛艦が3月にアフリカ・ソマリア周辺海域の海賊対策に参加するため、日本の与党プロジェクトチームが2月9日、安全航行などを目指す国連の専門機関、国際海事機関(IMO、本部ロンドン)と欧州連合(EU)の対策本部を視察し、共同作戦や哨戒機派遣の可能性について協議した。/国連安保理決議を受け、EUは昨年12月、ロンドン郊外の英軍常設統合作戦司令部に対策本部を設置し、EU初の海上軍事作戦を開始した。常時、軍艦4隻を派遣、ソマリアへの世界食糧計画(WFP)の支援物資輸送船や一般商船の護衛、パトロールを行うとともに、ウェブサイトで海賊情報を提供している。/先月29日、ソマリア沖のアデン湾でドイツ企業所有のタンカーが海賊に乗っ取られたが、タンカーは航行の事前連絡を怠っていた。一方で、フランスの駆逐艦から飛び立ったヘリが海賊の高速艇2隻に威嚇射撃し、逮捕に成功した。対策本部のジョーンズ英海軍准将は「海賊の襲撃件数は減らないが、商船との連絡が密になり、作戦は成果を上げ始めている」と語る。/今年、3隻が乗っ取られたが、14隻で海賊は撃退され、数十人が逮捕された。/海賊問題に詳し?い英王立国際問題研究所のミドルトン研究員は「50%だった海賊の襲撃成功率は20~30%まで減った。いくつかの襲撃は防げても、ソマリアの新暫定政府が国民の不満を解消しない限り根本的な問題は残る」と指摘する。〉
「海の義和団事件」(「反戦の視点・その70」参照)はいよいよエスカレートし、しかも海賊対策の国際的枠組みが大がかりになりつつある。
〈アフリカ・ソマリア沖の海賊対策で、海賊情報を共有するために関係各国が設置する新組織「海賊対策地域調整センター」の概要が2月5日、明らかになった。センターを海賊が出没する付近に隣接するイエメン、ケニア、タンザニア3カ国に設置し、日本も参加する。海賊の情報を集約して現地を航行中の船舶に提供する。海域を警備する、米国を中心とした有志連合軍やEU(欧州連合)軍などとの情報交換も想定する。/センターは国連安保理決議1851に基づき設置される。日本や英米、中国など24カ国と国際海事機関(IMO)などの5国際機関で構成する「コンタクト・グループ」が1月14日、米ニューヨークで年内の早い時期でのセンター設置を決めた。先月末には、ソマリア周辺国がジブチに集まって海賊対策を協議し、センター設立を求める行動指針を採択した。コンタクト・グループは今月24~27日にロンドンで作業部会を開き、具体的な情報の共有方法やセンターの運営など詳細を詰める。/センターは、海賊事件の発生に関する情報を参加国が迅速に共有することが主な目的。各国は、地域協力協定を締結して、センターに参加する。/06年11月、ア?ジアの海賊対策で日本が主導してシンガポールに設立した「情報共有センター」が構想のモデルとなっており、今回の設立にも日本政府は積極的に関与する。/ソマリア沖を航行する日本船舶は、EU軍の警護を受けているほか、英国軍が運用する「位置通報システム」にも参加。だが、海賊情報を一元化して各国で共有する仕組みは整っておらず、センター設置が待たれていた。〉(2月6日付『毎日新聞』)
この事態は一体なんなのか、冷静に考えてみる必要がある。まず諸国艦隊の出動は国連安保理決議1851を錦の御旗にしているが、派兵各国にとっては、紅海の出入り口を扼(やく)する海域への軍事戦略的プレゼンスである。我れも我もと「バスに乗り遅れるな」式のオンパレードに参加することで国威を発揚しようというのだ。この《海軍オリンピック》は、まさに21世紀初頭の世界史的愚挙である。
同時にこの《海軍オリンピック》には国威高揚だけではなく別の軍事的な意味がある。なにしろ海賊をやっつけるために実戦を経験できるのだ。諸国艦隊にとって、これほどの実践的訓練があるだろうか。英軍は海賊船を、インド軍は乗っ取られたタイの漁船を撃沈した。フランス軍もロシア軍も米軍も海賊を逮捕し戦果をあげた。まさに《海軍オリンピック》である。
海賊対策には格別のうま味がある。相手は国際指名手配の犯罪集団であるから、船を撃沈しようが、乗員を殺そうが、逮捕しようが、なんでもやりたい放題というわけだ。だが、国連安保理決議をかかげれば何をしてもいいのか。ソマリアに全土の治安を維持できる政権がないからといって、同国の領海のみならず、領空・領土にまで踏み込んで海賊を攻撃することが許されるのか。社会も経済も崩壊して塗炭の苦しみにあえいでいるソマリアの民衆にとって、国連安保理決議1851は公然たる侵略容認決議に他なるまい。
戦略的要衝であるアフリカの角・ソマリアに国連はかつて米軍を主軸に中途半端に軍事介入し結局、逃げ出した。ソマリア領海は欧米企業の産業廃棄物ですさまじく汚染され、沿岸の漁民たちは外国の大型トロール船が漁業資源を根こそぎさらっていくのを眺めているしかなかった。ソマリアを翻弄してきた国際社会にツケが回ってきたのが海賊問題である。そのツケを国際社会は《海軍オリンピック》で払おうというのだ。
ソマリア海域・アデン湾で繰り広げられているこの国際競技には、海賊対策とは無関係の国家間のさや当てまで持ち込まれている。2月10日付『産経新聞』にはこうある。
〈米国が仕切ってきた海域に中露の軍艦が展開したことで新たな緊張も起きている。中国メディアによると、中国の駆逐艦がインド海軍とみられるロシア製潜水艦に追跡されており、中印関係の難しさを改めて印象づけている。〉
2月10日付『公明新聞』は「すでに17カ国が海軍艦艇・航空機を派遣してきた」と言う。これに加え日韓両国とシンガポールも馳せ参じるので、実に20カ国の艦隊が集結することになる。これまでにこんな「海賊対処の警察行動」があっただろうか。ソマリア沿岸・アデン湾に駆けつけた諸国艦隊がやっていることは事実上の対海賊海戦である。
前回の本シリーズで触れたが、米艦船は「海賊対処の警察行動」ではなく、あくまで対テロ戦争をやっていると見るべきである。
〈米国は中東のバーレーンに司令部を置き、さまざまな海軍作戦を展開。米主導の多国籍軍「混成任務部隊(CTF150)」が洋上監視を続けるインド洋に先月8日、新多国籍軍CTF151を立ち上げ、海賊の取り締まりを始めた。〉(2月3日付『東京新聞』)
CFT150はアフガニスタン本土で継続されている「不朽の自由」作戦の一部として海上阻止行動(MIO)を担っている。新たに開始されたCFT151が「海賊の取り締まり」を任務としていることは事実だろう。「AP通信によると、米海軍は2月11日、ソマリア沖のアデン湾で商船を襲おうとしていた海賊7人を拘束した。米海軍が海賊を拘束した初めてのケースという。」(2月12日付『共同通信』)。しかしそうであっても、CTF151の主たる標的はソマリアで息を吹き返してきたイスラム法廷会議ではあるまいか。エチオピア軍に支援されたソマリア暫定政権は一時イスラム法廷会議を首都モガディシオから追い出したが、エチオピア軍が撤退すると形勢が逆転した。米軍はこれまでエチオピア軍を支援し、イスラム法廷会議をミサイルでたびたび攻撃してきた。米軍は同会議がアルカイーダと提携していると主張し、あくまで同会議を殲滅しようとしている。CTF151が海賊だけを相手にしているとは到底思えない。
「出遅れた」日本政府の動き
朝日新聞の世論調査では麻生首相の支持率はとうとう14%にまで落ち込んだ。彼は先着の諸国艦隊による海賊対策が成果をあげ始めたと聞いて、心穏やかではないだろう。海自艦隊を一刻も早く「出撃」させたいのだ。百年に一度の大不況への対策がどれも不評である以上、とりあえず31%の支持(NHKの世論調査)を得ている海賊派兵で得点したいのである。右派評論家の櫻井よしこ氏が下のように檄を飛ばして麻生首相を激励していることは、海賊派兵の政治的意義をはしなくも暴露している。
〈極まる低さの支持率を思い悩んではならない。/首相の使命の筆頭は、9条の実質的改正につながる集団的自衛権の行使以外にない。ソマリア沖の海賊対策こそ、首相に使命を果たさせるべく天が用意した危機だと思えてならない。〉(2月12日付『産経新聞』)
海賊派兵は「9条の実質的改正につながる集団的自衛権の行使」のためだという。そのものズバリの指摘である。だが、麻生首相の決断は条件を整えることなくなされた。
〈浜田靖一防衛相は2月10日午前の閣議後会見で、東アフリカ・ソマリア沖の海賊対策で海上自衛隊の派遣時期について「誤差はあるが、最悪でも3月上旬から中旬にかけてというのは考えられる」と述べ、3月上旬に海上警備行動を発令して護衛艦を派遣する意向を改めて示した。〉(2月10日付『毎日新聞』)
3月上旬に呉基地を出るなら、ソマリア沖到着は早くて同月下旬、あるいは4月上旬になると報道されている。しかも海自は海賊対策などまったく眼中になかったのだから、まず未踏の分野の訓練から始めねばならない。泥縄の典型である。
〈アフリカ・ソマリア沖の海賊対策として、海上警備行動の発令後、来月にも現地に派遣される海上自衛隊呉基地(広島県呉市)所属の護衛艦「さざなみ」(基準排水量4650トン)と「さみだれ」(同4550トン)が2月10日朝、訓練のため同基地を出港し、豊後水道沖の公海上へ向かった。/海上幕僚監部と呉地方総監部によると、両艦には計約350人が乗り組み、速射砲などを使った水上射撃や、搭載ヘリコプターからの機関銃射撃などの訓練を実施、2月13日に帰港する。派遣が検討されている海自の特殊部隊「特別警備隊」も訓練に参加しているが、人数などの詳細は明らかにされていない。〉(2月10日付『読売新聞』)
2月11日付『毎日新聞』も「海自は、今回の訓練内容について仮想海賊船を標的にした対水上船射撃訓練と、ヘリコプターによる上空からの射撃訓練をする、と説明している。」とのべている。
報道された訓練内容だけからでも、予定されている海上警備行動が日本籍船を武力を行使せず警護するのではないことがわかる。これまで2度の海上警備行動は日本の領海を侵犯した船が領海の外に出たところで終わった。しかし今度はちがう。場合によっては交戦も想定される。次の動きも見逃せない。
〈政府は、アフリカ・ソマリア沖の海賊対策のため、海上自衛隊を派遣することにしていますが、その前の今月20日に、広島県呉市沖で海上自衛隊と海上保安庁の合同訓練を行う方針です。/訓練が行われるのは派遣される護衛艦が所属する広島県呉基地周辺の海域で、護衛艦に司法警察権を持つ海上保安官も同乗して行われます。/合同訓練は海賊船が接近するなどの想定で自衛官と海上保安官の連携を中心に行われ、海賊を拘束した場合の対応なども訓練する見通しです。〉(2月12日、TBSニュース)
海賊の拘束は海自隊員にはできないから、権限のある海上保安官を護衛艦に同乗させるというのだが、これは茶番に等しい法的つじつまあわせである。拘束した海賊をどうするのかは決まっていない。ソマリア海域沿岸に引き渡すのか、日本に連れ帰るのか……。
海上警備行動と武器使用基準
〈浜田防衛相は2月10日の閣議後の記者会見で、アフリカ・ソマリア沖の海賊対策で海上警備行動を発令する前に、政府が海賊対策の新法案を国会に提出すべきだとの考えを示した。/防衛相は「海上警備行動による(海上自衛隊の)派遣は応急措置と言ってきた。新法が出てくるのが当然だ」と述べた。〉(2月10日付『読売新聞』)
海上警備行動発令前に新法案が今国会に提出されたとしても、成立はおぼつかない。それでも浜田防衛相がこう主張するのは、海自側に武器使用基準が緩和されるのかされないのかが未定のまま、海上警備行動を発令されることに抵抗があるからだろう。今のままでは海賊に遭遇した際の武器使用は、対応によっては個々の隊員の責任が問われる。
ここで自衛隊の武器使用基準を確認しておこう。武器使用基準は警察官職務執行法(警職法)第7条に準じ「正当防衛・緊急避難」に限られている。しかしPKO(国連平和維持活動)協力法以降、個々の隊員による防衛対象は徐々に拡大してきた。その変遷は以下の通りである。
PKO協力法(92年) 自己または自己と共に現場に所在する他の隊員
周辺事態法(99年) 自己または自己と共にその職務に従事する者
テロ対策特措法 職務に伴い自己の管理の下に入った者
イラク特措法 職務に伴い自己の管理の下に入った者
この動きに伴い重要なのは、イラク特措法について内閣法制局が国会でこう答弁していることだ。「かなり離れた場所に所在する他国の部隊に駆け付けて武器を使用することはできない」。いわゆる「駆け付け警護」の禁止である。では、現在策定中の海賊対策新法(仮称)でこの武器使用基準はどうなるのか。
〈政府は任務遂行の武器使用を「犯罪集団に対する警察活動で武力行使には当たらない」と解釈する。海上保安庁法20条は、海上保安官に対し、停船命令に応じない船舶や逃亡する船舶に対し、日本の領海内に限って、武器の使用を認めている。新法ではこれを公海に広げ、さらに自衛隊にも認める方針だ。〉(2月5日付『朝日新聞』)
海賊対策における武器使用は「警察行動で武力行使には当たらない」という政府解釈を前提にすると、「駆け付け警護」は許されるのか。諸国の艦隊が遊弋(ゆうよく)するソマリア海域において「かなり離れた場所に所在する他国の部隊に駆け付けて武器を使用すること」は、警察行動だから問題ないということになるのか。駆け付け警護が容認されるなら、武器使用は際限なく拡大するだろう。
海上保安庁による武器使用をリアルに紹介すると事態の深刻さがわかる。海上保安庁法第20条は2001年「改正」されて第2項が加えられた(同年11月2日公布)。それは大幅な武器使用基準の緩和だった。停船命令に応じず乗組員が抵抗したり、逃亡したりする場合、海上保安官・海上保安官補は武器を使用することができ、その結果、人に危害を与えたとしてもその違法性は阻却される(しりぞけられる)としたのである。つまり船体を射撃してその船の乗員が死んでも責任は問われないことになった。「危害射撃」が公認されたのである。実際、この「改正」直後の12月22日、九州南西海域で不審船が発見され、銃撃戦の結果、同船の乗員が10人以上(海保)が死んだことは記憶に新しい。ただしこれは日本の領海内の出来事だった。
現在は、海保が「危害射撃」を公海で行なうことは認められていない。上の記事は政府がそれを解禁し、さらに自衛隊(海自)にまで広げるというのだが、事実とすれば、これはむちゃくちゃである。海自艦艇が海賊船とおぼしき船舶に停船を命じそれが無視された場合、あるいは当該船舶が逃亡しようとする場合、海自艦艇は攻撃されなくても「危害射撃」できるようになるからだ(攻撃された場合の武器使用は正当防衛)。その結果、当該船舶の乗員が死んでも責任は問われない。
これは、事実上、海上での交戦(海戦)を海自に許すことである。海自による海賊対策は「犯罪集団に対する警察活動で武力行使には当たらない」という小理屈、いや詭弁で国の交戦権を否認している憲法第9条第2項を突き破ろうとしていることは明らかである。
揺れる海賊対策新法策定
しかし2月5日付『朝日新聞』の報道はそのまま鵜呑みにできない。自民党の「征け征けドンドン」派が、この際一気に武器使用基準を緩和しようとしていることは事実だが、武器使用を「正当防衛・緊急避難」に限るべきという意見は与党内にもある。
海上警備行動の発令はまだなされていない。護衛艦隊の呉基地からの出港は早くて3月上旬である。海賊派兵に反対しよう。海賊対策新法は策定中だが、浜田防衛相が求めるように、海上警備行動発令前に国会に上程されるかどうかはわからない。今回の海賊派兵は海外派兵を新たな段階に引き上げるもので、海外派兵推進派の狙いは、武器使用基準の緩和と事実上の集団的自衛権行使の先例作りである。
しかも海賊対策新法は海外派兵恒久法の下敷きだ。オバマ政権はアフガニスタンに米軍を増派する。パキスタン叩きも隠していない。今でこそ米政府の対日要求は表向き「非軍事分野での復興支援」であるが、オバマ大統領が泥沼のアフガンでのたうち回る事態になれば(それは必至だ)、対日要求はアフガン本土への自衛隊派兵に転じる。海賊派兵新法─海外派兵恒久法の制定はその事態に備えるものだ。 (09・2・15記)
【付記】海賊派兵についてはなお書く。次回を「第3回」とする予定である。