「世の中に雑草という草はない。
どんな草にだってちゃんと名がある」
と、かつての研究者が言ったとかどうとか。
耳目にする度、毎度もやっとしてましたが……
位相をずらすと意外と意味がわかることに気づきました。
たとえばこう。
『世の中にパンツと括られてよい物はない。
どんなパンツにだってちゃんと名がある。
……君がすきなのはどのタイプかね』
みたいな。
フェチの、フェチたる部分にアンフェチが無遠慮に触れたから
噛み付かれただけの話だったんですねえ。
一応、わたしがもやっと感じるようにずらすと、こう。
『世の中にクソゲーというゲームはない。
どんなゲームにだってちゃんと名がある』
どんなゲームにもタイトル名はあるのはわかっていますが
それをカテゴライズするときのくくりが『クソゲー』でしょう。
分類を気にする研究者が、『分類するな』と言うのはどうなのか
その分類名、細分類名は、どこかの誰かが決めただけの
真理でもないインチキ名なのに、
『大カテゴリ名』と『個々名』をわけることに何の意味があるのか
と思うわけです。