天王寺区にある珊瑚寺にお墓参りに行った。この石段が口縄坂と言われている。谷町筋が近いビル街だが古くから寺院が多い。秀吉が大阪城の南側の防御を固めるために、この上町台地に寺院を集中的に移転させたと言われている。「タニマチ」とは相撲界の用語で無償で後援してくれる人のことをさすが、谷町に住むある医者が力士を援助したことからこの言葉が使われるようになったらしい。学生時代、大阪場所の時、この辺りでお相撲さんを見かけることがあった。寺院が宿舎とけいこの場所を提供していたのだと思う。
29年前の6月30日に、担任をしていた男子生徒が登校中、駅のプラットフォームで突然倒れて、帰らぬ人になった。今日は彼のご両親、お姉様とお墓参りをした。ご家族にお会いするのは、20数年ぶりだった。都会の真ん中にあるものの、樹木も多く、静かで厳かな雰囲気の寺院である。
ご家族は月命日にお墓参りを欠かさない。お母様は「これしかできることはない」とおっしゃった。心の中の息子さんは永遠に17歳だ。お父様は彼の自転車を今も乗っておられる。彼はBOØWYの布袋寅泰の大ファンだった。自転車全体にこのギターのような布袋さんのデザインを特別に塗ってもらっていた。そんな自転車を手放せるはずはない。
軽音楽部に所属していて、学校内でコンサートを成功させた数日後の旅立ちだった。その日は一日中、保健室で泣いている生徒もいた。私は午前中は起こったことを正確に知るために、授業はできなかった。午後の英作文の授業が忘れられない。一言でも彼のことに触れたら授業はできなくなる。ハラハラして見つめる生徒たち。涙声になるのを抑えての1時間だった。6月14日のブログに書いたレストランのオーナーも軽音楽部だった。2人は友人だった。告別式での悲しそうな顔が忘れられない。
彼が倒れた時に、心臓マッサージをしてくれた人がいた。小学校の保健室の先生だった。一度、息をふうっと吹いたと聞いている。数年後にその方のご主人が転勤してこられて、英語科の同僚になった。今でも仲良くしている。おととい、ランチに行ったメンバーのお一人である。