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世界はやがてジャパネスクの時代を迎える(非公式)

京都大学構内に公安警察が介入 「京大ポポロ事件」の再来か

2014-11-05 | 憲法・国防・軍事

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 【1】IISIA代表・原田武夫からの〈メッセージ〉:「今日の焦点!」
   ~これを読めばマーケットとそれを取り巻く国内外情勢の
    ツボが分かる~
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⇒“今日の焦点”はズバリ:

 「京都大学構内に公安警察が介入 『京大ポポロ事件』の再来か」です。


⇒その理由は……:

 ─制度的保障論という議論があります。
  憲法学上における議論の一つです。

 ─「制度」にはそれぞれ固有の意味がある。
  そうであるが故に「制度」は保持すべきだというのです。

 ─しかも憲法上、不可侵の地位を与えるべきだとまで議論します。
  我が国の憲法論でも取り入れられ現在に至っています。

 ─大学もそうした「制度」の一つです。
  古くは大陸欧州においてギルドであった「大学」。

 ─その延長線上に「制度」としての大学という議論があります。
  戦後日本の大学はそうした「制度」としてとらえられました。

 ─ところが現在の大学は公的資金が削減される中、私企業なのです。
  「私企業」である大学にそうした優越的地位はあるのかがカギです。

京都大学の構内に無断で公安警察が介入していたことが判明。
「大学自治に対する重大な侵害だ」という議論になっています。

東京の学生たちからすれば大変なアナクロニズムかもしれません。
しかし「明日は我が身」であることも考えるべきなのです。

「大学を卒業しても就職できない」となった時どうなるのか、です。
デフォルトになった国家では、女子学生は平気で売春婦となります。

当然、まずは大学生としての地位の保全に走るでしょう。
「制度」としての大学という議論が再興してくるのです。

思えば大陸欧州の「制度」としての大学も中世に生まれたのでした。
厳しく長いデフレの時期であった中世末期から近世にかけての時期。

今回の事件は単に京都大学に特有の事案と考えるべきではありません。
「大学とは何か、私企業とどこが違うか」を考えさせる種です。

そのことを・・・是非、踏まえておいて頂きたいと思います。
「すぐそこの未来」のイメージです。

 

(メールマガジン 2014年11月5日号 より)

http://archive.mag2.com/0000228369/index.html



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