剣呑な、余りにも剣呑な……
自著『親近・疎遠・敵意 ――下らざるべからざる坂道が存在する』(amazon.co.jpで販売中)(英文Intimacy, Distance, Animosity――Slippery Slope Exists)(amazon.comで販売中)の中で、長期(数百年)に渡る集団的虐待を被ってきた特定人間集団はその遺伝子に有意な変異が生じるのかどうか、また、長期(数百年)に渡って特定人間集団を虐待し続けた特定人間集団はその遺伝子に有意な変異が生じるのかどうか、という疑問を提起した。
長期(数百年)に渡る虐待ではなく、極めて短期(数年から十数年)の虐待であっても虐待を受けた子どもの遺伝子の変化が生じるという研究結果は些か驚きでもある。
虐待などの不適切な養育を受けた子どもは、遺伝子に変化が生じ、その度合いが強いほど脳の機能にも影響するとの研究成果を、福井大の友田明美教授(小児発達学)らの研究チームが18日、発表した。(「虐待受けると遺伝子変化、脳機能が低下…トラウマ治療につながる可能性も」)(https://www.yomiuri.co.jp,2021/11/19 08:07)
長期(数百年)に渡って特定人間集団を虐待し続けた特定人間集団はその遺伝子に有意な変異が生じるのかどうか、という疑問を提起した私なれば、当然、湧き上がる疑問。
子供を虐待し続けた親は、果たしてその遺伝子に有意な変化が生じるのか。
特定の遺伝子に有意な変化が生じるのに要する時間は、動物実験の結果、マウスの場合は10世代以上、キツネの場合は50世代以上、という研究が発表されている。
ロシア・ノボシビルスク「細胞学遺伝学研究所」の長期に渡る「銀ギツネ[Vulpes vulpes]の選択交配と家畜化」研究によれば、
六世代目 甘える仕種を見せるようになる。
十六世代目 耳が垂れたり、尻尾が巻き上がるというイヌ化が見られた。
2019年には五十世代を超え、犬の様に芸をするものも現れた。
現在の五十六世代目 人間の指示を理解し、コミュニケーションが取れるまでになった。
いわば「キツネのイヌ化」が認められるようになった。
上記「細胞学遺伝学研究所」で長期に渡り続けられている「銀ギツネの選択交配と家畜化」研究を下敷きにした研究論文「アカギツネのゲノム配列によって、ヒト馴れした行動と攻撃的な行動に関連するゲノム領域が明らかに」[Red fox genome assembly identifies genomic regions associated with tame and aggressive behaviours](アカギツネも銀ギツネも学名は同じくVulpes vulpes)によれば、「細胞学遺伝学研究所」の「銀ギツネの選択交配と家畜化」研究では、ヒト馴れした銀キツネの選択交配のみならず、ヒトに対して攻撃的な銀キツネの選択交配も行なわれ、「ヒト馴れした系統と攻撃的な系統の行動の違いには、遺伝的要素が大いに寄与していることが確認され」、「ヒト馴れした行動の強力な位置候補遺伝子の一つとしてSorCS1が注目された。」(下線は引用者)SorCS1については、続けて、「SorCS1は、AMPAグルタミン酸受容体とニューレキシンの主要な輸送タンパク質をコードし、キツネの家畜化におけるシナプス可塑性の役割を示唆する。」という極めて専門的な解説が加えられている。
同研究論文によれば、「ヒト馴れしたキツネと家畜化されたイヌ」の比較ゲノム解析の結果は、
ヒト馴れしたキツネと家畜化されたイヌの行動には有意な類似性があり、同定されたキツネの(遺伝子)領域はイヌの家畜化に関わる候補(遺伝子)領域と重複している
ことを示唆している。
マウスを用いた実験でも、遺伝子の変異が観察されている。
研究論文「新規ヘテロジニアスストックマウスを用いた選択交配と選択マッピングにより明らかになった従順性に関連する二つの隣接した遺伝子座」[Selective breeding and selection mapping using a novel wild-derived heterogeneous stock of mice revealed two closely-linked loci for tameness](国立遺伝学研究所のWEB頁参照)の【概要】を多少補いつつ内容を紹介する。
野生マウス同士の交配で生まれたマウスの中から人の手を恐れず近寄ってくるマウスを選び、それらをさらに交配させるという選択交配実験を繰り返し、自ら人に近づくマウス集団を作り出す。
次いで、ヒトに近づかないマウスと人に近づくマウスの比較ゲノム解析を行う。11 番染色体上の二つのゲノム領域(ATR1とATR2)に相違が見出され、この二つのゲノム領域が人に近づく行動を生み出すゲノム領域であり、能動的従順性と関連する可能性が示唆された。
次いで、高度な従順性を示すイヌとの比較ゲノム解析をおこなった結果、マウスで選択されている領域と相同なゲノム領域、即ちATR1、ATR2に相当する特定のゲノム領域がイヌにも存在することが認められた。
この領域内には、脳内のセロトニン量調節に関わるセロトニントランスポーターをつくる遺伝子 Slc6a4が存在しており、高度な従順性にはこの遺伝子が関与している可能性がある。これらの結果は、マウスの実験によって明らかになった従順性関連遺伝領域が、イヌの家畜化、更にはイヌの従順性にも関わる共通のゲノム領域である可能性を示唆している。(拙著「第三章 家畜動物はなぜ人になつくのか」で紹介している内容)
遺伝子に変異を認められるまでの時間。
マウスの場合は10世代以上、キツネの場合は50世代以上、オオカミからイヌへの変化の場合は1万数千年、ヒトの場合は……。
虐待を受けた子どもの遺伝子の変化が極めて短期(数年から十数年)に生じるという研究結果は些か驚きでもある理由である
長期(数百年)に渡る集団的虐待を被ってきた特定人間集団はその遺伝子に変異が生じるのかどうか、また、長期(数百年)に渡って特定人間集団を虐待し続けた特定人間集団はその遺伝子に変異が生じるのかどうか、という余りにも剣呑な疑問は、提起されてはならないほど剣呑なものであるように思われる。
斯かる疑問を提起した自著『親近・疎遠・敵意 ――下らざるべからざる坂道が存在する』(英文Intimacy, Distance, Animosity――Slippery Slope Exists)が如何に剣呑な著作であるかは、虐待される側と虐待する側の二つの特定人間集団が、現代世界で具体的にどの人間集団を指すのかを推測してみれば明らかなのである。
その人間集団について、自著では、あいまいな書き方をしてはいない。二つの人間集団を明確に示している。
(この稿、了)