tajima izumi@storktajaさんのツイート。
――小池百合子って、2004年チッソ水俣病関西訴訟の最高裁判決が出た日、患者を前に心無い謝罪で5分で席を立った環境大臣だった人だよね。50年苦しんできた人にたったの5分。深夜まで患者さんたちは訴えつづけたのに。
わたしにとって、国のすがたを刻印した日になった。あの小池さんか。〔9:36 - 2016年7月18日 〕——
水俣病については、
NHKの「クローズアップ現代」が
丁寧な取材をしてます。
病気についての厳しい国の線引きの争いは、
主に、
地域性と年齢を巡ってなされました。
同番組は、
それを伝えています。
水俣病関西訴訟を闘った
患者たちは、
“偽患者”などと言われ、
最高裁判決まで二二年間、がんばる続けました。
企業の責任について、
「何もしないのも(責任を)果したことになる」(藤岡大信工業用水課長)
などと、
信じられないことをいう人を相手の
闘いです。
苦しかったでしょうね。
☆ 記事URL:http://www1.odn.ne.jp/~aah07310/news_release/tanaka.html
2004年10月11日、
小池百合子環境相が「水俣病関西訴訟最高裁判決」を受けて、
大臣の私的諮問機関
「水俣病問題に係る懇談会」の初会合を、
東京・霞が関の環境省で開きました。
訴訟で決着がついた後の
詰めです。
この会合に先立ち、小池大臣は、
諮問機関を設置する際に「病像は扱わない」としていたらしいです。
医者でも何でもない者が「病像」も知らないで、
線引きは不可能でしょう。
「病像」を外す狙いは、
症状が組み合わさった重症患者のみを
水俣病と認める
という絞りをかけるためでしょう。
小池氏は、
そういう姑息なことまでして
水俣病患者の救済を最後まで拒み続けようとしました。
☆ 記事URL:http://www1.odn.ne.jp/~aah07310/index-j.html
我々は、
そのことを思い出す必要があります。
鳥越氏の出馬に関して、
「病み上がりの者を引き連れてきた」
と評したとあります。
水俣病患者の顔を見ることなく、
誠意のない
小池氏であればこその発言です。
その小池氏と面談した感想でしょう、
石牟禮さんが
「東京まで行っても国はなかった」
という
患者さんの言葉を紹介されています
(「クローズアップ現代」(2)ビデオタイム、19:20~)。
石牟禮さんは、この後、
杉本栄子さんの言葉を伝えられます。
こんな風に語られたそうです。
「私たちは全部許すことにした。全部、許す。
日本という国も、チッソも。
差別した人も許す。
許さないと、
苦しくてたまらない。
皆の代わりに私たちが病んでいる。
それでも許す。
でも、道子さん、私はまだ生きたい」
と言って亡くなられたそうです。
切ない話ですね。
石牟禮さんの
「私たちは、許されているんですよ」
という言葉、
とても重いです。
代わりに病んでいる人たちから
許されて生きている。
このことに
もっと自覚的にならんないかんな
と思いました。
小池氏は、
国民の陳情を何と思っているのか。
話は、
水俣病の患者の話にとどまりません。
阪神・淡路大震災の被災者が陳情に来たとき、
にマニキュア塗りながら
「あら〜、私、選挙区変わったの。ごめんなさ〜い。」
と宣ったらしいですな
(やっさん@furyokyoshixさんのツイート〔0:27 - 2016年7月16日 〕参照 )。
普通の人間の
人情は、
理解しないタイプなのですな。
小池百合子氏について秘書らが『裏の顔がある人と感じました』と言っているとのことです。
自分を国会に送ってくれた選挙民の陳情に対して
「あ~ら、私、選挙区変わったのよ」ですよ。
裏の顔では、
何を企んでいるのでしょう。
この人の
伝説、知れば知るほど
政治家不信に陥ってしまいそうです。
――小池百合子って、2004年チッソ水俣病関西訴訟の最高裁判決が出た日、患者を前に心無い謝罪で5分で席を立った環境大臣だった人だよね。50年苦しんできた人にたったの5分。深夜まで患者さんたちは訴えつづけたのに。
わたしにとって、国のすがたを刻印した日になった。あの小池さんか。〔9:36 - 2016年7月18日 〕——
水俣病については、
NHKの「クローズアップ現代」が
丁寧な取材をしてます。
病気についての厳しい国の線引きの争いは、
主に、
地域性と年齢を巡ってなされました。
同番組は、
それを伝えています。
水俣病関西訴訟を闘った
患者たちは、
“偽患者”などと言われ、
最高裁判決まで二二年間、がんばる続けました。
企業の責任について、
「何もしないのも(責任を)果したことになる」(藤岡大信工業用水課長)
などと、
信じられないことをいう人を相手の
闘いです。
苦しかったでしょうね。
☆ 記事URL:http://www1.odn.ne.jp/~aah07310/news_release/tanaka.html
2004年10月11日、
小池百合子環境相が「水俣病関西訴訟最高裁判決」を受けて、
大臣の私的諮問機関
「水俣病問題に係る懇談会」の初会合を、
東京・霞が関の環境省で開きました。
訴訟で決着がついた後の
詰めです。
この会合に先立ち、小池大臣は、
諮問機関を設置する際に「病像は扱わない」としていたらしいです。
医者でも何でもない者が「病像」も知らないで、
線引きは不可能でしょう。
「病像」を外す狙いは、
症状が組み合わさった重症患者のみを
水俣病と認める
という絞りをかけるためでしょう。
小池氏は、
そういう姑息なことまでして
水俣病患者の救済を最後まで拒み続けようとしました。
☆ 記事URL:http://www1.odn.ne.jp/~aah07310/index-j.html
我々は、
そのことを思い出す必要があります。
鳥越氏の出馬に関して、
「病み上がりの者を引き連れてきた」
と評したとあります。
水俣病患者の顔を見ることなく、
誠意のない
小池氏であればこその発言です。
その小池氏と面談した感想でしょう、
石牟禮さんが
「東京まで行っても国はなかった」
という
患者さんの言葉を紹介されています
(「クローズアップ現代」(2)ビデオタイム、19:20~)。
石牟禮さんは、この後、
杉本栄子さんの言葉を伝えられます。
こんな風に語られたそうです。
「私たちは全部許すことにした。全部、許す。
日本という国も、チッソも。
差別した人も許す。
許さないと、
苦しくてたまらない。
皆の代わりに私たちが病んでいる。
それでも許す。
でも、道子さん、私はまだ生きたい」
と言って亡くなられたそうです。
切ない話ですね。
石牟禮さんの
「私たちは、許されているんですよ」
という言葉、
とても重いです。
代わりに病んでいる人たちから
許されて生きている。
このことに
もっと自覚的にならんないかんな
と思いました。
小池氏は、
国民の陳情を何と思っているのか。
話は、
水俣病の患者の話にとどまりません。
阪神・淡路大震災の被災者が陳情に来たとき、
にマニキュア塗りながら
「あら〜、私、選挙区変わったの。ごめんなさ〜い。」
と宣ったらしいですな
(やっさん@furyokyoshixさんのツイート〔0:27 - 2016年7月16日 〕参照 )。
普通の人間の
人情は、
理解しないタイプなのですな。
小池百合子氏について秘書らが『裏の顔がある人と感じました』と言っているとのことです。
自分を国会に送ってくれた選挙民の陳情に対して
「あ~ら、私、選挙区変わったのよ」ですよ。
裏の顔では、
何を企んでいるのでしょう。
この人の
伝説、知れば知るほど
政治家不信に陥ってしまいそうです。
野党は小池氏のこういう正体をもっともっとアピールすべきなのに、まー大人しいこと…。
鳥越氏よ野党よ、やられたら、やりかえせ!
やれ、極右がどうのこうのというより、人間性を疑ってしまうような話ですよね。
最近、自分の演説を聞きに来る聴衆を大幅に水増ししている画像を見つけてしまいました。→「鳥越 俊太郎さんの演説風景と、どう見ても「これ、ちがうやろ」と言いたくなる小池百合子候補の演説風景」✳http://blog.goo.ne.jp/nrn54484/e/3735c509a64a887bf218669f04210558
これなんか、もう犯罪の域に入ってます。
祭り上げられた当事者に「何をしたいの?」と問うと、いろんな思い入れがあるのでしょう。
私たちは、ただ好き勝手に静観あるいは傍観するだけだよ。
政治とか宇宙レベルで言うと不毛だしね。
(色々検索してたらここに来た通りすがりです^^)
主文をきちんと読んでなかった(トホホ ごめんなさい。
…ああ、うん、そうだよね、どのような心境なのか垣間見られません。
あなたと私の温度差のせいでしょうか、実感でき無いのです。たぶん。
例えば、ハンデのある「人(ひと)」がいます。
私はきちんと見ます。観察します。普段からそのように心がけます。(語弊が有ればゴメンナサイ)
なぜなら、私はそのような目を持つ事を学ました。
小池さんに限らず、いわゆる「弱者」の本質を知らない人々が大勢です。
そして、弱者を模しての者もいます。
私の問いに答えなくても良いのですが、「あなたの希望は何ですか?」
と言うものです。
50年も辛い思いをした事を私は知りません。
でも、そのことを「うったえ続ける」ことを生き甲斐にしない。そのようにして欲しい。
なにより、あなたの人生を謳歌して欲しいから。