〔資料〕
「若年性認知症:世界から名詞が剥がれていく 56歳、忘却もがく日々」
毎日新聞 2014年01月14日 東京朝刊
☆ 記事URL:http://mainichi.jp/shimen/news/20140114ddm041040065000c.html
世界から名詞がどんどん剥がれていく−−。関西地方に住む若年性認知症の会社員の男性(56)が、記憶を失い始めた自身の姿を克明につづった手記を毎日新聞に寄せた。症状が進む自らの感覚を冷静に見つめ、忘れることの痛みや苦しみを率直に描いている。男性は「認知症になるとつらい気持ちも分からなくなると思われがちだが、記憶を失いもがき苦しんでいることを理解してほしい」と訴えている。【山崎友記子】
◇スマホにメモ、記憶再現
<世の中は名詞で埋まります。「認知症」と突然、医師から告げられて、後から私は認知症になりました。(中略)ただの記憶の忘却がその瞬間に「認知症」という重い病の雨になって降り注いできました>
認知症と診断されたのは昨年5月。物忘れがひどくなったのを機に脳神経外科を受診すると、いくつかのテストの後に、医師から認知症と告げられた。
<「薬を出します」と雷鳴が鳴り響き、踏切が突然、閉まり特急電車が走る。なのに私は何も動けない、不安ばかりが洪水となって流れこむ、それは認知症だから>
認知症は高齢者がなるものと思っていた。すぐに徘徊(はいかい)や妄想が始まる、というイメージしか持てなかった。ショックで三日三晩泣き続けた。妻(47)は「治らない認知症はがんよりひどい」と嘆き、人には認知症のことを言わないよう男性に口止めした。
言葉を失ったら、何も書けなくなるのではないか。今のうちに体験や思いを書き残したい。若い時から読書家だった男性はパソコンに向かい、告知から2、3カ月の間に、いくつも文章をつづった。
<名前をよく忘れるので何とか思い出すと、その度に(スマートフォンの)アイフォーンにメモをしては覚えます。この効果は抜群で、一回忘れた十数名の名前や場所名が今は再現されます。それはうれしいです。
でもそれ以上に、世界から名詞がどんどん剥がれていく。コーヒーカップが消えたりする魔法にもよく感染します。何でもない日常生活が、いつも冷や冷やしてかなり疲れます>
男性はその後、若年性認知症に理解のある専門医らに出会い、精神的に落ち着いた。文章が書けたことも自信につながり、現在も短時間勤務ながら仕事を続けている。一方、テレビのリモコンや時計の場所が分からなくなって悩むこともある。
「複雑化してスピードを求められる社会は、認知症の人には生きにくい。忘れたり、道に迷ったりすることを責めたりしない、寛容な社会になってほしい」と男性は語った。
男性は、毎日新聞が1日から連載した「認知症新時代」を読んで手記を寄せた。まとめるために過去の文章を振り返ったが、告知1カ月後の昨年6月には、最後をこう締めくくっていた。
<世界は鬼ごっこをして私の前からよく消えますが、でもやれることを全てやりたいと思います。応援をお願いします>
==============
◇男性が毎日新聞に寄せた文章の抜粋
忘れるということは、ただ単に忘れるということではなく、大きく穴を開けた傷に塩をすりつけるほどの痛みがあります。
いつも会っている人の名前が驟雨(しゅうう)の如く流れ消え去る。それは大事な世界を落としたことになり、自分自身が崖に滑落したような大きな痛みと悔しさにあふれる。
(中略)
あなたがあなたであるということは、記憶の森に住んでいるからである。私はどんどん砂漠が広がり始めて自分すらも見失うのである。
ひとつの名詞の大切さを今は思う。世界は名詞から創造されており、私はそこから剥がされようとしているのだ。それは恐怖なのである。認知症とは世界への大きな恐怖を伴っている。
あなたが認知症の患者を見る。しかし認知症者にはあなたを区別ができない。名前がないからである。記憶も未来もまた忘却によって喪失してしまう。
多分これから私は名前のない砂漠のような世界に暮らすのではないかと思う。いつか愛する妻も忘れるのだろうか。それだけはやめてほしい。
*一部改行や句読点の挿入を行いました。
「若年性認知症:世界から名詞が剥がれていく 56歳、忘却もがく日々」
毎日新聞 2014年01月14日 東京朝刊
☆ 記事URL:http://mainichi.jp/shimen/news/20140114ddm041040065000c.html
世界から名詞がどんどん剥がれていく−−。関西地方に住む若年性認知症の会社員の男性(56)が、記憶を失い始めた自身の姿を克明につづった手記を毎日新聞に寄せた。症状が進む自らの感覚を冷静に見つめ、忘れることの痛みや苦しみを率直に描いている。男性は「認知症になるとつらい気持ちも分からなくなると思われがちだが、記憶を失いもがき苦しんでいることを理解してほしい」と訴えている。【山崎友記子】
◇スマホにメモ、記憶再現
<世の中は名詞で埋まります。「認知症」と突然、医師から告げられて、後から私は認知症になりました。(中略)ただの記憶の忘却がその瞬間に「認知症」という重い病の雨になって降り注いできました>
認知症と診断されたのは昨年5月。物忘れがひどくなったのを機に脳神経外科を受診すると、いくつかのテストの後に、医師から認知症と告げられた。
<「薬を出します」と雷鳴が鳴り響き、踏切が突然、閉まり特急電車が走る。なのに私は何も動けない、不安ばかりが洪水となって流れこむ、それは認知症だから>
認知症は高齢者がなるものと思っていた。すぐに徘徊(はいかい)や妄想が始まる、というイメージしか持てなかった。ショックで三日三晩泣き続けた。妻(47)は「治らない認知症はがんよりひどい」と嘆き、人には認知症のことを言わないよう男性に口止めした。
言葉を失ったら、何も書けなくなるのではないか。今のうちに体験や思いを書き残したい。若い時から読書家だった男性はパソコンに向かい、告知から2、3カ月の間に、いくつも文章をつづった。
<名前をよく忘れるので何とか思い出すと、その度に(スマートフォンの)アイフォーンにメモをしては覚えます。この効果は抜群で、一回忘れた十数名の名前や場所名が今は再現されます。それはうれしいです。
でもそれ以上に、世界から名詞がどんどん剥がれていく。コーヒーカップが消えたりする魔法にもよく感染します。何でもない日常生活が、いつも冷や冷やしてかなり疲れます>
男性はその後、若年性認知症に理解のある専門医らに出会い、精神的に落ち着いた。文章が書けたことも自信につながり、現在も短時間勤務ながら仕事を続けている。一方、テレビのリモコンや時計の場所が分からなくなって悩むこともある。
「複雑化してスピードを求められる社会は、認知症の人には生きにくい。忘れたり、道に迷ったりすることを責めたりしない、寛容な社会になってほしい」と男性は語った。
男性は、毎日新聞が1日から連載した「認知症新時代」を読んで手記を寄せた。まとめるために過去の文章を振り返ったが、告知1カ月後の昨年6月には、最後をこう締めくくっていた。
<世界は鬼ごっこをして私の前からよく消えますが、でもやれることを全てやりたいと思います。応援をお願いします>
==============
◇男性が毎日新聞に寄せた文章の抜粋
忘れるということは、ただ単に忘れるということではなく、大きく穴を開けた傷に塩をすりつけるほどの痛みがあります。
いつも会っている人の名前が驟雨(しゅうう)の如く流れ消え去る。それは大事な世界を落としたことになり、自分自身が崖に滑落したような大きな痛みと悔しさにあふれる。
(中略)
あなたがあなたであるということは、記憶の森に住んでいるからである。私はどんどん砂漠が広がり始めて自分すらも見失うのである。
ひとつの名詞の大切さを今は思う。世界は名詞から創造されており、私はそこから剥がされようとしているのだ。それは恐怖なのである。認知症とは世界への大きな恐怖を伴っている。
あなたが認知症の患者を見る。しかし認知症者にはあなたを区別ができない。名前がないからである。記憶も未来もまた忘却によって喪失してしまう。
多分これから私は名前のない砂漠のような世界に暮らすのではないかと思う。いつか愛する妻も忘れるのだろうか。それだけはやめてほしい。
*一部改行や句読点の挿入を行いました。
思い出しては気にしています。
この間39才で若年性アルツハイマー
と診断された丹野 智文さんの
イギリス訪問 「認知症で良く生きる」
というドキュメンタリーを観て
新たに思いを強くしました。
彼の文章の表現は素晴らしく
本を出されたなら読んでみたい
と思いました。