チェルノブイリの事故の4年後、
日本の医学者たちは、
小児甲状腺がんの多発を認めなかったそうです。
「広島や長崎では小児甲状腺ガンは十年以上たってから現れたから、
これほど早く発症するはずがない」
というのが
そのとき根拠とされた事柄です。
3・11以降、
放射性ヨウ素が
飛散しているという事実が
巷で
騒がれ始めた頃、
不可解な噂を耳にしました。
ヨウ素剤が
手に入らなくなったと言うのです。
ずっとそれが
疑問として心に引っかかっていました。
広河隆一氏の報告で
その謎が
解けました。
安定ヨウ素剤を大量に注文した医師が
手元に抑え、
医師会で管理していたようです。
なぜ、そんなことをしたのでしょう。
広河氏は、
「安定ヨウ素剤を与えると不安をあおってしまい、
自分たちがそれまで安全だ
と言ってきたことが嘘だということになってしまう」
からだったろうと分析されます。
「日本の医学者たち」は、
「自分たちの知っている知識や
経験を超える『万が一』という言葉を嫌う」ようです。
また、「『万が一』に備えることを恐れる」とも言います。
自分たちの限界を認めたら、
学会のヒエラルキーは崩壊する――という氏の
指摘は、
本当でしょう。
東大教授の
児玉龍彦アイソトープ研究所所長が
国会で
「あんたたちは何をしてるんだ!!」と
怒りを露わにし、
並み居る国会議員を
叱りつけました。
一部の「脱・原発」を主張する面々が
そのテレビ中継を見て
熱狂をもって
受け入れました。
何日かして
津田大介って言うんだったか、
茶髪の
ジャーナリストまがいの男性に
取材され、件の教授が
「これで、東大の権威は守れたかな」
と言って、
下をペロッと出している映像を
you-tubeで見ました。
あの光景が
忘れられないです。
今後、
「どれほどの放射能が放出されるか」
ほとんど誰も予測できません。
医師も
政府も
東電も分からないという事実は、
謙虚に認めるべきです。
放射能に襲われる前に
対策を立てないと効果がないのです。
広河氏の文章を読んで、
――親が子どもを思う時、何よりも「万が一」で行動するものなのだ。そしてチェルノブイリ事故でも、スリーマイル事故でも、母親たちの懸念のほうが、医学者や政府や電力会社の判断よりも正しかったことが証明されている――
という件が
堪えました。
他の人にも注意を喚起したく
拙文を書きました。
資料として、
参考にさせて頂いた
広河氏の論稿を
下記に転載させて頂きます。
<資料>
広河隆一・文
「最初の小児甲状腺がんの症例の報に接して」
DAYSから視る日々 (2012年09月28日)
リンク
本人もご家族もどんな思いで医師の宣告を受けたのだろうか、どれほどの不安と恐怖にさいなまれているのだろうか。せめて医師は患者の身になって告知したのだろうか。それとも事実は学者のデータ管理庫の中にあって、本人家族にはまだ告げていないのだろうか。
チェルノブイリでは、検査の結果は親に伝えられた。しかし多くの親は検査結果を子どもに告げることができなかった。「がん」という言葉は大人でさえ耐えられないほどなのに子どもには重すぎる。 しかし子どもが自分の診断書を見つけて知ってしまうこともあった。子どもが知った後、泣き明かす母親を慰める子どももいた。子どもに襲いかかった事実に、父親が耐えられず、アル中になったり、離婚するケースが相次いだ。母親と子どもが残されたケースも多い。
今回検査を受けたのは18歳以下の8万人だという。その子どもたちの多くは、「自分ももしかしたら」と考えているかもしれない。次の検査で自分が宣告されるかもしれないと考えている子どもも多いに違いない。
権威を振りかざす医師や医師会や自治体や政府が、「安全」を説くのが自分の役割だと考え、子どもが放射性ヨウ素で被曝するのを予防する仕事を放棄した。安定ヨウ素剤を与えると不安をあおってしまい、自分たちがそれまで安全だと言ってきたことが嘘だということになってしまう。事故があり、ベントが決定され、被曝の危険性が高まることが分かっていても、子どもや妊婦のために当然やらなければならないことをやらなかった。
原発事故が起きたらすぐに何をしなければならなかったかは、専門家でなくても誰でも知っている。安定ヨウ素剤を飲むことと、妊婦、子どもの避難である。それを権威者はやらなかっただけでなく、むしろ妨害したケースさえある。ある医師は安定ヨウ素剤を大量に注文した。しかしそれは医師会にストップされた。これら医学界の犯罪は、メディアの犯罪調査とともにまだ手に付けられていない。
この程度の被曝では、安定ヨウ素剤が必要ないと、彼らは考えた。しかし彼らも含め、すべての関係者は、どれほどの放射能が放出されるか知らなかった。医師も政府も東電も分からなかった。そして、安定ヨウ素剤は、放射能が来る前に呑まなければ効果がない。結果的に多量の放射性ヨウ素が襲ったと分かってからではすべて後の祭りなのだ。そうしたことが起こらないように事前に服用するのが安定ヨウ素剤なのである。そんなことを知らない医学者はいない。だから医学者たちが今回行ったことは、判断の間違いというより、犯罪である。
発表された子どもの甲状腺がん発症は、放射能のせいではないと医学の権威者は言う。「なぜならチェルノブイリでは事故から3-4年後になって病気が急増したからだ」という。しかし実際にはチェルノブイリの事故の4年後に、日本の医学者たちは、小児甲状腺がんの多発を認めなかったではないか。「広島や長崎では小児甲状腺ガンは十年以上たってから現れたから、これほど早く発症するはずがない」とあの時彼らは言った。彼らは自分たちの知っている知識や経験を超える「万が一」という言葉を嫌う。「万が一」に備えることを恐れる。自分たちの限界を認めたら、学会のヒエラルキーは崩壊する。
しかし親が子どもを思う時、何よりも「万が一」で行動するものなのだ。そしてチェルノブイリ事故でも、スリーマイル事故でも、母親たちの懸念のほうが、医学者や政府や電力会社の判断よりも正しかったことが証明されている。
今回の小児甲状腺がんの発症は、時期が早すぎるため、放射能とは関係ない、つまり原発事故とは関係ないと医学者たちは言う。そして8万人に一人という数字は、ふつうでもありうる数字だと言う。しかしこれまで彼らは、小児甲状腺がんは100万人に一人しか現れないと繰り返し発言していたのではなかったか。8万人に1人発症するのが普通だというなら、福島県の子どもの人口30万人余に対して、これまで毎年平均して3-4人の小児甲状腺がんが現れていたとでもいうのか。そんなデータはあるはずがない。
このただれ切った日本の方向を変える力は、人々の意志と良心的医師たちの活動にゆだねられる。そして「万が一」にしろ被害者がこれ以上増えないようにすることに、すべての力を結集すべきで取り組むべきである。子どもたちを守るために。
福島のこども支援プロジェクト「沖縄・球美の里」代表
DAYS JAPAN 編集長
広河隆一
日本の医学者たちは、
小児甲状腺がんの多発を認めなかったそうです。
「広島や長崎では小児甲状腺ガンは十年以上たってから現れたから、
これほど早く発症するはずがない」
というのが
そのとき根拠とされた事柄です。
3・11以降、
放射性ヨウ素が
飛散しているという事実が
巷で
騒がれ始めた頃、
不可解な噂を耳にしました。
ヨウ素剤が
手に入らなくなったと言うのです。
ずっとそれが
疑問として心に引っかかっていました。
広河隆一氏の報告で
その謎が
解けました。
安定ヨウ素剤を大量に注文した医師が
手元に抑え、
医師会で管理していたようです。
なぜ、そんなことをしたのでしょう。
広河氏は、
「安定ヨウ素剤を与えると不安をあおってしまい、
自分たちがそれまで安全だ
と言ってきたことが嘘だということになってしまう」
からだったろうと分析されます。
「日本の医学者たち」は、
「自分たちの知っている知識や
経験を超える『万が一』という言葉を嫌う」ようです。
また、「『万が一』に備えることを恐れる」とも言います。
自分たちの限界を認めたら、
学会のヒエラルキーは崩壊する――という氏の
指摘は、
本当でしょう。
東大教授の
児玉龍彦アイソトープ研究所所長が
国会で
「あんたたちは何をしてるんだ!!」と
怒りを露わにし、
並み居る国会議員を
叱りつけました。
一部の「脱・原発」を主張する面々が
そのテレビ中継を見て
熱狂をもって
受け入れました。
何日かして
津田大介って言うんだったか、
茶髪の
ジャーナリストまがいの男性に
取材され、件の教授が
「これで、東大の権威は守れたかな」
と言って、
下をペロッと出している映像を
you-tubeで見ました。
あの光景が
忘れられないです。
今後、
「どれほどの放射能が放出されるか」
ほとんど誰も予測できません。
医師も
政府も
東電も分からないという事実は、
謙虚に認めるべきです。
放射能に襲われる前に
対策を立てないと効果がないのです。
広河氏の文章を読んで、
――親が子どもを思う時、何よりも「万が一」で行動するものなのだ。そしてチェルノブイリ事故でも、スリーマイル事故でも、母親たちの懸念のほうが、医学者や政府や電力会社の判断よりも正しかったことが証明されている――
という件が
堪えました。
他の人にも注意を喚起したく
拙文を書きました。
資料として、
参考にさせて頂いた
広河氏の論稿を
下記に転載させて頂きます。
<資料>
広河隆一・文
「最初の小児甲状腺がんの症例の報に接して」
DAYSから視る日々 (2012年09月28日)
リンク
本人もご家族もどんな思いで医師の宣告を受けたのだろうか、どれほどの不安と恐怖にさいなまれているのだろうか。せめて医師は患者の身になって告知したのだろうか。それとも事実は学者のデータ管理庫の中にあって、本人家族にはまだ告げていないのだろうか。
チェルノブイリでは、検査の結果は親に伝えられた。しかし多くの親は検査結果を子どもに告げることができなかった。「がん」という言葉は大人でさえ耐えられないほどなのに子どもには重すぎる。 しかし子どもが自分の診断書を見つけて知ってしまうこともあった。子どもが知った後、泣き明かす母親を慰める子どももいた。子どもに襲いかかった事実に、父親が耐えられず、アル中になったり、離婚するケースが相次いだ。母親と子どもが残されたケースも多い。
今回検査を受けたのは18歳以下の8万人だという。その子どもたちの多くは、「自分ももしかしたら」と考えているかもしれない。次の検査で自分が宣告されるかもしれないと考えている子どもも多いに違いない。
権威を振りかざす医師や医師会や自治体や政府が、「安全」を説くのが自分の役割だと考え、子どもが放射性ヨウ素で被曝するのを予防する仕事を放棄した。安定ヨウ素剤を与えると不安をあおってしまい、自分たちがそれまで安全だと言ってきたことが嘘だということになってしまう。事故があり、ベントが決定され、被曝の危険性が高まることが分かっていても、子どもや妊婦のために当然やらなければならないことをやらなかった。
原発事故が起きたらすぐに何をしなければならなかったかは、専門家でなくても誰でも知っている。安定ヨウ素剤を飲むことと、妊婦、子どもの避難である。それを権威者はやらなかっただけでなく、むしろ妨害したケースさえある。ある医師は安定ヨウ素剤を大量に注文した。しかしそれは医師会にストップされた。これら医学界の犯罪は、メディアの犯罪調査とともにまだ手に付けられていない。
この程度の被曝では、安定ヨウ素剤が必要ないと、彼らは考えた。しかし彼らも含め、すべての関係者は、どれほどの放射能が放出されるか知らなかった。医師も政府も東電も分からなかった。そして、安定ヨウ素剤は、放射能が来る前に呑まなければ効果がない。結果的に多量の放射性ヨウ素が襲ったと分かってからではすべて後の祭りなのだ。そうしたことが起こらないように事前に服用するのが安定ヨウ素剤なのである。そんなことを知らない医学者はいない。だから医学者たちが今回行ったことは、判断の間違いというより、犯罪である。
発表された子どもの甲状腺がん発症は、放射能のせいではないと医学の権威者は言う。「なぜならチェルノブイリでは事故から3-4年後になって病気が急増したからだ」という。しかし実際にはチェルノブイリの事故の4年後に、日本の医学者たちは、小児甲状腺がんの多発を認めなかったではないか。「広島や長崎では小児甲状腺ガンは十年以上たってから現れたから、これほど早く発症するはずがない」とあの時彼らは言った。彼らは自分たちの知っている知識や経験を超える「万が一」という言葉を嫌う。「万が一」に備えることを恐れる。自分たちの限界を認めたら、学会のヒエラルキーは崩壊する。
しかし親が子どもを思う時、何よりも「万が一」で行動するものなのだ。そしてチェルノブイリ事故でも、スリーマイル事故でも、母親たちの懸念のほうが、医学者や政府や電力会社の判断よりも正しかったことが証明されている。
今回の小児甲状腺がんの発症は、時期が早すぎるため、放射能とは関係ない、つまり原発事故とは関係ないと医学者たちは言う。そして8万人に一人という数字は、ふつうでもありうる数字だと言う。しかしこれまで彼らは、小児甲状腺がんは100万人に一人しか現れないと繰り返し発言していたのではなかったか。8万人に1人発症するのが普通だというなら、福島県の子どもの人口30万人余に対して、これまで毎年平均して3-4人の小児甲状腺がんが現れていたとでもいうのか。そんなデータはあるはずがない。
このただれ切った日本の方向を変える力は、人々の意志と良心的医師たちの活動にゆだねられる。そして「万が一」にしろ被害者がこれ以上増えないようにすることに、すべての力を結集すべきで取り組むべきである。子どもたちを守るために。
福島のこども支援プロジェクト「沖縄・球美の里」代表
DAYS JAPAN 編集長
広河隆一
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