平成24年9月16日大阪市会・民生保健委員会質問議員:民主党・小林弘道(西成区・政調会長)
橋下市長によると、
民主党には
二つの点で疑問なようです。
第一に、
地域主権の政治的問題として
がれきを
被災地より搬出する実情は、
被災地の
判断を待つしかないのではないか、
ということ。
第二に、
哲学的な問題として、
支援は、
支援を求める人が
その中身を決める事柄だとのこと。
その他、民主党の
小林弘道氏は、
市長の私に
注文を出してこられるが、
コンテナの問題等、
政権政党の
民主党が
決めればよいことなのに、
こちら側に持ってきてますよね。
質問者の
民主党の小林氏は、
「市長の考えは
分かりませんが、理解できました」
と、迷答してました。
この方に変わって、
僕が一言、
申し上げさせていただきます。
地域主権の問題でいえば、
住民の声に
耳を傾ける気を持っていないのが
市長の最大の問題です。
この間の会議では
説明会と銘を打ってはいました。
しかし、話はすべて、
環境省任せに終始しました。
橋下氏にとって
そうすることが地域主権なのでしょう。
「お上任せ」
というのが正鵠を射ているのではないでしょうか。
第二に、
支援は、
被支援者に寄り添うこと。
もちろん、そうですね。
被災地の知事の
言いなりになることではありません。
支援の考え方を持って
哲学と言うなら、
哲学の常識を持って頂きたい。
失礼だけど、
橋下さん、
あなたにその常識が
あるとは到底思えません。
哲学の歴史は、
「本質」
を理解する過程でした。
カントは、不可知論が有名ですね。
ヘーゲルは、
働きを持って本質としました。
「魚が魚らしく生きるには
水にいればこそだ。
だから、魚にとって水が本質と言える」。
多少の記憶違いが
あるかもしれません。
でも、大体のところは、
こんな感じだったと思います。
僕は、
人間に適する環境が
ヘーゲル流に
人間の本質と考えます。
具体的に言うと、
放射性物質のようなものが
身近にあるのは、
人間性の本質に反します。
したがって、
がれきの受け入れは、
哲学的に不可です。
なお、小林氏に対する注文は、
その通りかもしれません。
コンテナに
放射能対策すべきは
運搬を委託する
政府の責任で行えそうです。
橋下市長によると、
民主党には
二つの点で疑問なようです。
第一に、
地域主権の政治的問題として
がれきを
被災地より搬出する実情は、
被災地の
判断を待つしかないのではないか、
ということ。
第二に、
哲学的な問題として、
支援は、
支援を求める人が
その中身を決める事柄だとのこと。
その他、民主党の
小林弘道氏は、
市長の私に
注文を出してこられるが、
コンテナの問題等、
政権政党の
民主党が
決めればよいことなのに、
こちら側に持ってきてますよね。
質問者の
民主党の小林氏は、
「市長の考えは
分かりませんが、理解できました」
と、迷答してました。
この方に変わって、
僕が一言、
申し上げさせていただきます。
地域主権の問題でいえば、
住民の声に
耳を傾ける気を持っていないのが
市長の最大の問題です。
この間の会議では
説明会と銘を打ってはいました。
しかし、話はすべて、
環境省任せに終始しました。
橋下氏にとって
そうすることが地域主権なのでしょう。
「お上任せ」
というのが正鵠を射ているのではないでしょうか。
第二に、
支援は、
被支援者に寄り添うこと。
もちろん、そうですね。
被災地の知事の
言いなりになることではありません。
支援の考え方を持って
哲学と言うなら、
哲学の常識を持って頂きたい。
失礼だけど、
橋下さん、
あなたにその常識が
あるとは到底思えません。
哲学の歴史は、
「本質」
を理解する過程でした。
カントは、不可知論が有名ですね。
ヘーゲルは、
働きを持って本質としました。
「魚が魚らしく生きるには
水にいればこそだ。
だから、魚にとって水が本質と言える」。
多少の記憶違いが
あるかもしれません。
でも、大体のところは、
こんな感じだったと思います。
僕は、
人間に適する環境が
ヘーゲル流に
人間の本質と考えます。
具体的に言うと、
放射性物質のようなものが
身近にあるのは、
人間性の本質に反します。
したがって、
がれきの受け入れは、
哲学的に不可です。
なお、小林氏に対する注文は、
その通りかもしれません。
コンテナに
放射能対策すべきは
運搬を委託する
政府の責任で行えそうです。
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