のんきに介護

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原発作業員 / 「元請けの社員は、警報音を『誤作動もある』と無視」

2012年10月29日 00時06分58秒 | Weblog
「赤旗」、2012年10月26日(金)付の

福島第1原発に関連する記事(山本眞直氏・文)

を紹介します。

タイトルは、

「高汚染水 建屋で被ばく
元作業員、東電などを告発へ」(リンク)です。


同原発事故の被ばく問題で、

作業関係者が東電などを告発するのは初めてです。 

告発する元作業員は、

いわき市の東電関連会社(2次下請け)に所属していた男性(46)です。

2011年3月24日の3号機原子炉タービン建屋地下に

電源ケーブルを敷設する緊急作業などで20ミリシーベルトを被ばくしました。

緊急作業は

東電が発注し、関電工が元請けとなり現場作業を指揮しました。

高濃度の汚染水に

くるぶしまでつかっての作業では、

3人の作業員らが最大200ミリシーベルトを被ばくしました。

男性は、

たまり水の危険性を察知、

作業を拒否したものの現場にとどまりました。

関電工は、

現場の放射線測定、

汚染水の状況を確認せずに作業を開始。

元作業員の男性は

「作業員に被ばくだけを押し付け、

危険手当もピンはねしたあげく使い捨てするやり方は

原発の廃炉作業にとっても見過ごせない。

東電や元請けに責任を取らせたい」と話しています。




――死と隣り合わせの戦場さながらの原発に送り込まれ、ずさんな放射線管理で浴びてはならない放射線被ばくを強いられた――。


元作業員の男性(46)による

東電、関電工の告発は、

最大200ミリシーベルトに及ぶ

高線量被ばくとなった原子炉タービン建屋たまり水事件の真相に迫るものです。

 「なんでここに水があるんだ」「生暖かいな」「炉心水だ」 ―。
 2011年3月24日午前。



東電福島第1原発

3号機のタービン建屋地下入り口。

この日、

男性は元請けの関電工社員2人、1次下請けのK電設従業員1人と

男性の所属する2次下請け会社の同僚2人の

計6人で

タービン建屋地下の配電盤に電源ケーブルを敷設する作業につきました。

電源喪失のタービン建屋地下は

真っ暗闇。

ヘッドランプの光で

わずかに浮かび上がるのは、

あるはずもない汚染水と不気味に立ち上る湯気。

男性は

 「原発でたまり水に触れることは100%ご法度だ。これは常識だ。関電工は危険を承知で作業を継続したとしか考えられない」 

と言います。

ケーブル敷設作業で

「たまり水」に入ったのは、

1回だけとされています。

男性によれば、

関電工の監督役の社員は、

鳴り響く警報音を「誤作動もある」と無視


同監督の指揮で

作業チームは

(1)地下の配電盤の位置確認

(2)ケーブルの接続

(3)通電確認

(4)不安定なケーブルの固定

(5)接続の最終確認―と合わせて5回入ったといいます。

男性と同僚作業員は、

「ふざけるな」との思いから地下への立ち入りを拒否。

柱の影に身を隠しましたが、

被ばくは避けられなかったといいます。

この間、

現場に近づいた別の作業チームは、

現場の放射線量を測定、

毎時400ミリシーベルトを確認し、「退避だ」と叫び、即座に撤収しました。
 

当時、原発構内では、1号機、2号機、3号機の水素爆発と

原子炉のメルトダウン(炉心溶融)などで

放射線に汚染された建屋のがれきが散乱。

いたるところで

数百ミリから1千ミリシーベルトと

滞在するだけで死に至るほどの高線量に汚染されています



被ばく線量が高まった男性は、

福島第1原発での作業を外され、広野火力発電所、東電柏崎刈羽原発、

福井県の敦賀原発、青森県六ケ所村の核燃料再処理施設などを

「たらい回し」にされました。

男性は、5歳児を子育て中で、

「いわきに帰ってほしい」と妻が強く希望していることもあり、

県内勤務を会社に申し出ましたが

「仕事先がない」と事実上、解雇されました。

今、いわき市周辺の除染作業で生計をつないでいます。

男性は

こみあげる思いを抑え込むように語りました。

被ばく線量が高くなり、

会社は『仕事先がない』と使い捨てに出た。

東電や関電工が現場の安全管理をまともにしていれば

被ばくは避けられた、と。



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