戦間期の思想

現代思想に係る引用と私的メモ

アウストラロピテクス属のニッチ

2019-09-27 01:56:47 | 現代思想
哺乳動物が小型でも大型でもないという境界線上で生きてゆくためには、特別な生き方をしなくてはならない。大型種には植物の葉、小型種には果実や昆虫という無尽蔵の食物供給源があるが、中間的な体重クラスの哺乳類にはそういう指定席はない(ウシ科はどうも別のようで、反芻胃による草の効率的な消化は、中間的な体重クラスでも草で生きてゆける方法を開発している)。他の哺乳類がすでにやってしまっているようなことをしたのでは、生きてゆけない。・・・特別の食物をもとめて長距離を移動したり(タイリクオオカミ)、例外的に速いスピードで走ったり(チーター)、跳び上がったり(ヒョウ)、固い地面を掘ったり(ツチブタ)・・・こうして彼らは新しいニッチをつくり出した。新しいニッチの開発は、新しい食物の開発とその食物を食べられるようにした体の形、霊長類では口と手の形ができあがることとセットになっている。人類の新しいニッチについていえば地面で立ち上がって移動するという例のない生きかたによって始まっている。「直立二足歩行によって、『自由になった手』が『大脳の発達』を促し、『ヒト化』への道筋を開いた」と真顔で語る学者は掃いて捨てるほどいる。しかし、無内容な「自由な手」が「大脳の発達を促す」とは、事実無根である。
・・・400万年前に現れたアウストラロピテクス属は直立二足歩行し、430~550ccの脳容量を持ったが、ホモ・エレクトゥス(850~1250cc)が190万年前に現れるまでの200万年以上の長い間、脳容量はほとんど変わらなかった。
・・・・直立二足歩行が「手の自由」や「大脳の発達」を促すというような空想人類学から離れるためには、直立二足歩行という他に類例のない特別な移動のしかたは、大脳の発達のためではなく特別な食物に関係すると考えるほうがよい。・・・人類の手と特別な歯は、何を主食にするための道具なのか?そして、特別な手と特別な歯はなぜ直立二足歩行という特別な移動手段を生み出したのか?」(島泰三『親指はなぜ太いのか-直立二足歩行の起原に迫る』中公新書2003年,pp.159-162)

初期人類の平均体重40kg ある程度の低カロリーの食物でも生きていけるが、草や木の葉のような低カロリーの食物では生けていけない。

「“bone hunting”はこれだけをとりだしてそまうと、霊長類にも現代人にも類例がないので突飛にみえるが、食性進化史的ないし技術史的にみれば、大型獣猟の発生とともにその中に吸収され発展的に解消したとみることができる。獣骨割り-骨髄食が現生狩猟採集民間に殆ど汎世界的に広くみられるのは、それが大型獣猟以前からの古い習性の名残である可能性を暗示するようにもみえる」と渡辺仁さんは言う。骨はサバンナに豊富にあるといっても、大型の肉食動物たちが食べ残したそうとうに堅いものだ。しかし、これを割ることができれば、脂肪の塊である骨髄はそのまま食物になる。傍らにあった石で大きな骨を叩き割り、骨髄を取り出して食べる。最初はそうしてはじまったのだろう。・・・骨の栄養に果実や葉を加えると、高カロリーのバランスのとれた栄養豊かな食事となる。しかもサバンナには骨はほとんど無限にある。この誰も使わないニッチに初期人類が足を踏み入れたのだから、成功は保証されていたといってよい。・・・この手は骨を拾って平らな場所に置き、石を握って、骨を砕くほどの正確さで振り下ろす。その目的のためにはこういう手でなくてはならなかった。親指は石を握りしめるために不可欠なもので、太くなる理由があった。主食を準備する石を握る手、それが私たちのこの手であり、この太くなった親指の意味である。・・・手に物を持ったサルたちは例外なく立ち上がる。しかし、そこから直立二足歩行までには、大きな溝、いやルビコン河を超える必要がある。この大きな河を超えるためには、その生態系のなかでニッチを確定して100万年の安定をもたらすほどの生存を確実にする主食の開発がなくてはならない。しかし、そのためには大きな骨を口に入れられるほどに砕く石を使う以外には、どんな手立てもない。こうして常の食、主食を手に入れる手段として手には常に石をもつようになる。・・・地上に降りて、ボーン・ハンティングする類人猿は両手に道具と食物をもって立ち上がる。そして、歩き出す。」(同pp.249-252)


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