******2020.01.11北海道新聞夕刊******
「ここには、モノシリなおじさんたちがいる。」
昨年12月5日の北海道新聞朝刊(函館版)に掲載された函館蔦屋書店(函館市石川町)の全面広告は、キャッチコピーと、おじさん5人が並んだモノクロ写真が目を引いた。得意分野を生かして本を紹介する「コンシェルジュ」と呼ばれるスタッフ。店内に6人いて、平均年齢64歳。
「この年齢で働くのは緊張感があり、立ちっぱなしも疲れる。でも、好きな本に囲まれるのは、うれしい」最高齢の山田民夫さん(74)は幸せそうだ。
函館市出身。立教大学生時代はベトナム反戦運動に身を投じた。1970年に市職員になり、2006年に市立函館博物館の管理係長を最後に定年を迎えた。
13年12月の開業から働いている。代官山蔦屋書店(東京都渋谷区)に勤めていた大学時代の友人が「函館に店を開くなら、山田がいる」と推薦してくれた。蔵書は自宅の物置2棟と部屋2室に収まりきれないほど。そんな「本の虫」を友人は覚えていた。
勤務は水、金、日曜の週3日、午前11時から午後4時まで。バスで通勤している。専門は哲学・思想書。学生のころに読んだ埴谷雄高の「死霊」「幻視のなかの政治」が忘れられない。
「AI(人工知能)は想定内のことしか考えない。まさか、もしもに備え、考えるのが人間」。人生を支える本との出合いは大切だと説く。「活字の可能性と影響力はある。そのために、ささやかな努力を続けたい」(佐々木 学)
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【比類のない凄惨な美】
「混乱は広範囲に‥絶え間なく続いた。ギリシアでは、「ドーリア人の侵入」として暗い記憶になっている。アクロポリスは紀元前一三世紀の終わりに炎に包まれた。ミケーネは紀元前一二世紀の終わりにはもはや存在しなかった。すっかり灰燼に帰し、伝説と謎の世界に姿を消した。そしてまだ<二分心>を持っていた最初の吟じ手が、破壊された難民の野営地から野営地へと、我を忘れてまさよったことだろう。その色の失せた唇から流れ出るのは、もはや過去のものとなった黄金時代のアキレウスの怒りを語る、輝かしい女神の歌だった。」(ジュリアン・ジェインズ『神々の沈黙』p.256)
「こうした政治的混乱がもたらす試練に傲然と応じたのが偉大な叙事詩であり、難民の野営地を転々とする吟じ手が詠唱する長大な物語が、失われた心の拠り所を取り戻そうとする新たな流民に、離散前の過去との熱烈な一体感を呼び起こしたことは十分に考えられる。詩とは、未発達な心の中で溺れかかっている人間が取りすがる筏なのだ。そのため、このような独特の要因、つまり荒廃した社会の混乱状態の中で詩の持つこのような意義によって、ギリシアの意識は異彩を放ち、今なお私たちの世界を啓蒙する輝かしい知性の光となった。」(同,p.306)
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この本の刊行は1976年、40年も前だ。しかも翻訳が2005年、2018年の段階で13刷という凄い本だ。この本で論じられることは、今読んでいる松本卓也の『想像と狂気の歴史』の統合失調症中心主義にも関連するし、宮台真司の「暗黒の四百年を忘れないために」の文脈にも接続する話なのである、おそらく。
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函館蔦屋書店には、この『神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡』がなんと2冊もある。きっと絶対に売れないだろうけど、おそらくは冒頭の山田民夫コンシェルジュのグッドジョブに拍手を送りたい。
「ここには、モノシリなおじさんたちがいる。」
昨年12月5日の北海道新聞朝刊(函館版)に掲載された函館蔦屋書店(函館市石川町)の全面広告は、キャッチコピーと、おじさん5人が並んだモノクロ写真が目を引いた。得意分野を生かして本を紹介する「コンシェルジュ」と呼ばれるスタッフ。店内に6人いて、平均年齢64歳。
「この年齢で働くのは緊張感があり、立ちっぱなしも疲れる。でも、好きな本に囲まれるのは、うれしい」最高齢の山田民夫さん(74)は幸せそうだ。
函館市出身。立教大学生時代はベトナム反戦運動に身を投じた。1970年に市職員になり、2006年に市立函館博物館の管理係長を最後に定年を迎えた。
13年12月の開業から働いている。代官山蔦屋書店(東京都渋谷区)に勤めていた大学時代の友人が「函館に店を開くなら、山田がいる」と推薦してくれた。蔵書は自宅の物置2棟と部屋2室に収まりきれないほど。そんな「本の虫」を友人は覚えていた。
勤務は水、金、日曜の週3日、午前11時から午後4時まで。バスで通勤している。専門は哲学・思想書。学生のころに読んだ埴谷雄高の「死霊」「幻視のなかの政治」が忘れられない。
「AI(人工知能)は想定内のことしか考えない。まさか、もしもに備え、考えるのが人間」。人生を支える本との出合いは大切だと説く。「活字の可能性と影響力はある。そのために、ささやかな努力を続けたい」(佐々木 学)
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【比類のない凄惨な美】
「混乱は広範囲に‥絶え間なく続いた。ギリシアでは、「ドーリア人の侵入」として暗い記憶になっている。アクロポリスは紀元前一三世紀の終わりに炎に包まれた。ミケーネは紀元前一二世紀の終わりにはもはや存在しなかった。すっかり灰燼に帰し、伝説と謎の世界に姿を消した。そしてまだ<二分心>を持っていた最初の吟じ手が、破壊された難民の野営地から野営地へと、我を忘れてまさよったことだろう。その色の失せた唇から流れ出るのは、もはや過去のものとなった黄金時代のアキレウスの怒りを語る、輝かしい女神の歌だった。」(ジュリアン・ジェインズ『神々の沈黙』p.256)
「こうした政治的混乱がもたらす試練に傲然と応じたのが偉大な叙事詩であり、難民の野営地を転々とする吟じ手が詠唱する長大な物語が、失われた心の拠り所を取り戻そうとする新たな流民に、離散前の過去との熱烈な一体感を呼び起こしたことは十分に考えられる。詩とは、未発達な心の中で溺れかかっている人間が取りすがる筏なのだ。そのため、このような独特の要因、つまり荒廃した社会の混乱状態の中で詩の持つこのような意義によって、ギリシアの意識は異彩を放ち、今なお私たちの世界を啓蒙する輝かしい知性の光となった。」(同,p.306)
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この本の刊行は1976年、40年も前だ。しかも翻訳が2005年、2018年の段階で13刷という凄い本だ。この本で論じられることは、今読んでいる松本卓也の『想像と狂気の歴史』の統合失調症中心主義にも関連するし、宮台真司の「暗黒の四百年を忘れないために」の文脈にも接続する話なのである、おそらく。
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函館蔦屋書店には、この『神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡』がなんと2冊もある。きっと絶対に売れないだろうけど、おそらくは冒頭の山田民夫コンシェルジュのグッドジョブに拍手を送りたい。
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