最近は連日、日本各地で猛暑日になるような暑い日が続き、熱中症による死者も多数発生し、ここ小牧でも連日熱帯夜が続いております
そんな連日の暑さの中で疲れた身体を癒やし元気を回復するために京都の貴船の川床料理を賞味するために名鉄観光の[バス旅]に参加して涼を楽しんできました
観光バス駐車場を定刻の 07:15に出発、途中MVと小牧駅で客を乗せ、総員41名で[小牧IC] で高速道に乗り、途中[養老SA]と[草津PA(モテナス草津)]でトイレ休憩して[京都東IC]で高速道を下り、南北に整然と走る京都市街の路を北方に向かって走り、途中同志社大学舎や京大病院の前を通って堀川通りを北方の高野山や鞍馬山に向かって走って行きました 暫く走ると観光バスの駐車場に着き、そこからは路が狭くなり、全員が小型バス(定期乗合)に乗り換え貴船川沿いに5分くらい上ると終点のバス停に着きます
そこからは歩いて川沿いに歩いて貴船神社から川床料理の場所まで上ります 中には狭い路を自家用車やタクシーで移動しているグループもいます
その途中、路の左側に貴船神社の山門があり急な石段を上っていくと境内に着きます
木船神社(濁らずキフネと呼びます 地名は濁ってキブネと呼ぶそうです)は出雲大社の関連神社で縁結びの神様で有名で若い女性に人気の神社です
[貴船神社総本社山門]
その左の石段を上ると貴船神社の境内に到着します 振り返ると急な石段です
[上りつめて振り返ると長い急な石段でした]
境内には七夕飾りが賑やかに飾られ多くの参拝客で賑わっていました
[広くない境内の奥に建つ神社の本殿です]
[七夕飾りで賑わう境内]
[境内から下りると貴船川沿いの路に出ます]
石段を下りた路を左の川上の方に行くと路の左側(山側)は小料理屋が軒を連ねて並び、右側は貴船川が流れ川の上にはテント張りの仮設小屋が続いています
[貴船川の流れは水しぶきを上げて速い]
この川面の上に建つ棟続きの小屋が川床料理店です 各小屋は路を挟んだ向かいの店から料理が運ばれてきます
[客の入りを待つ川床店(右源太)の内部です]
[右源太での同行のみなさん]
[路を挟んだ向かいから料理を運んでくれます]
いい具合に運ばれてくる料理を涼しい中で12時前から始まった食事は約1時間半かけて13時過ぎに終わりました テーブルには番号札が置いてあり、帰る時ビールなどの支払いに使います 各人は14時集合でバス停まで歩いて自由に帰ります 外はやはり酷暑でした バス停までの帰りは貴船川の流れを観て涼んだり、貴船神社に参拝して時間を過ごしてバス停に集いそこを定刻に出発して途中、市内の「鶴屋吉信菓子舗」に立ち寄りお土産を買ってきました 14時、観光バスは全員を乗せて帰途に着きました 途中[草津PA]と[養老SA]で小休止し順調に急いでいると[一宮JCT] 近くで事故が発生し渋滞が起きていると連絡が入り帰着が遅れそうだと心配していましたが30分くらいの遅れで無事に小牧に帰着できました
所見:
(1) 初めて体験した[貴船川の川床料理]を心ゆくまで楽しんできました
今日も35℃ちかい暑い日でしたが
鞍馬に近い山間を流れる貴船川沿いのここは涼しく
川床は特に自然な涼しさを満喫できました
川床料理の小屋に案内され、
波立つ川面の上にこしらえられた小屋の中は
涼し過ぎるくらいでした
最初は 「温かい料理が食べたい。」 と云う気分になるくらいでした
京都盆地の酷暑を凌ぐ方法として、宮人たちが考え出した理にかなった方法だからこそ
今にも続いている文化だと感心しました
エアコンよりずっと気持ちよく、
縁側にゴザを敷いて昼寝した頃を懐かしく想い出しました
(2) 料理店 [右源太] から配られた団扇には 大和仮名 で歌が読れていましたが
残念ながら私にはその文字が読めなかったのです
帰宅して調べてみるとその内容は下記の内容で学生時代を回想しました
『 物思へば 沢の蛍も 我が身より あくがれ 出づる たまかとぞ見る (和泉式部) 』
[訳] 物思いをしていると、沢を飛び交っている蛍の火も、自分の身から離れ、
さまよい出た魂ではないかと見えたことだ。
[鑑賞] ことばがきによると、男に忘れられたころ、貴船神社を参詣し川に飛ぶ蛍を見て詠んだとある。
当時は、ひどく思い悩むと魂が身体から遊離すると言われていた
恋の悩みを神に訴えかけた歌です