少しだけ One for All

公的病院の勤務医です。新型コロナウイルスをテーマの中心として、医療現場から率直に綴りたいと思います。

ワクチンパスポートは誰のため? 2  ---新型コロナウイルス--- 

2021-10-22 02:10:20 | 日記
 「『コロナワクチンを2回接種した人には入院患者との面会を許可する』ことにしたいと思うけれど、それでいいか?」と病院幹部から私たちの院内感染対策委員会へ問い合わせがありました。コロナ禍では、感染対策の一つとして、入院患者への面会は原則として禁止しています。それをワクチン接種をした人には解除して、面会を自由にしたい、という案への問い合わせでした。「せっかくワクチンを打ったんだから、なんらかのメリットがないと、なんのために打ったんだ、ってことになると思うんだよね。」と動機を付言されました。いわゆるワクチンパスポートと同じ発想ですね。
  
 下記の国立感染症研究所の文書を参考資料にしました。(前の回の最後で、FさんがIくんに読ませた文書)
 


 赤線と赤文字は私たちで説明のために書き入れたものです。(書き入れのない原本は、
 
   https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/57/covid19-57.pdf

   でも見れます。ご興味のある方は是非一度見てみてください。)
 
 文中のCt値とは、PCR検査でウイルスを検出する際に、陽性と判断した時の増幅サイクル数です。検体にウイルス量が多ければ、陽性と判断するためのPCRの増幅回数は少なくてすみますし、逆にウイルス量が少なければ増幅回数が多くなければ陽性と判定できません。つまり、ざっくりと言って、Ct値が高いとウイルス量は少ないと考えられ、Ct値が低いとウイルス量が多いと考えられます。そして、ウイルス量が多いから、デルタ株は感染力が強いと考えられています。
 この感染研が示したデータは、各国での研究で、ワクチン未接種で感染した人とワクチン接種をしても感染(ブレイクスルー感染)した人とでCt値が一緒だったことを伝えています。これはつまり、デルタ株では、ワクチン既接種者でも、感染すれば、そのウイルス量はふつうに多いということを示しています。また米国ウィスコンシン州での研究で、ウイルス量の多いブレイクスルー感染者から感染性のウイルス(他者に感染能力を持つウイルス)が証明されたことも示されています。
 まとめると、ワクチン既接種者であっても、デルタ株では、
 ①感染は成立する
 ②感染時のウイルス量はワクチン未接種者の感染者と同量
 ③他者への感染力を持つ
 ということになります。その結果、「ブレイクスルー感染があり得ること、ブレイクスルー感染者が二次感染を引き起こし得ることを示している」と述べ、「感染者数が多い状況では、ワクチン既接種者も場面に応じた基本的な感染防止対策の継続が必要であると考えられる。」として、文章が結ばれています。
 この文書の結果をどのようにとらえるでしょうか?ワクチンを打ったから大丈夫、と言って、マスクを付けずに人ごみにでる人を見聞きしますが、その人たちは感染しても自身は確かに大丈夫(重症化しない)ですが、他者に対しては他のマスクをしていない人と同じ危険性を有していることを知っているでしょうか。いくらワクチンを打っていても、他者への危険性は変わらずあることは、もっと強調されてもいい事実だと思いますが、皆さんはどのように感じられたでしょうか?
  
 この文書から、ワクチンを2回接種したからといって、無条件で入院患者への面会を許可するのは、入院患者にとってはリスクが高いと考えられました。このことを説明して、ワクチン既接種者への面会の無条件の解除(あくまで「無条件」だけをやめてもらいました)は今はまだ見合わせることにしてもらいました。
 
 これは言ってみれば、ワクチンパスポートを否定することになる考え方かもしれません。ワクチンを接種しているからといって、その人が他人に対して安全ということは言えない、ということなのですから。(あくまで私たちは、病の治療のために入院している患者さんのことを考えていますので、一般社会への適応とはやや異なるかもしれませんが)
 例えば、患者さんと面会してもらっても安全な人かどうかという判断材料ということだったら、直近2週間以内に自分の周囲にコロナ感染者や濃厚接触者がいなかったり、直前に施行したPCR検査が陰性であったりすることの方が、よっぽど有効な判断材料であると言えます。ワクチン接種の有無を、他者への安全性の判断に使用したり、重視しすぎたりするのは危険ということになります。
 
 シンガポールやイスラエルで感染者数が再び多くなってしまったりしているのは、ワクチン接種者が増えたことを重視しすぎて、感染対策をゆるめてしまったためではないでしょうか。デルタ株では、ワクチン接種の有無に関わらず、感染のリスクは変わらず存在し続けていたのです。ワクチン既接種者同士の感染であれば、いずれも重症化はしないでしょうから問題はないかもしれませんが、ワクチン未接種者がいれば、その感染は悲劇を生む危険性がありえます。米国で再び屋内でマスクをすることが義務付けられるようになったりしているのも同様の理由からだと推察します。
 
 いかがでしょうか?ワクチンパスポートは、あたかも他人に感染させない証明のように思われがちで、そのような報道のされ方や、それをアピールに使う政治家や評論家などをを目にしますが、デルタ株に関しては、それが誤りかもしれないことを少しでもわかっていただけたらと思います。そして、前回のはじめに示したような、ワクチンパスポートの使われ方、、、パスポートを持っている人は入店できて、ワクチン未接種者はPCR陰性証明で入店できるというシステムは、ワクチン未接種者には危険なシステムかもしれないことをお分かりいただけたらと思いました。そのやり方では、デルタ株では感染が危険な方に広がる可能性があると考えられ、重症者を生む危険性が排除されていません。デルタ株から見ると、そうしたシステムの店に入店したワクチン未接種者は、飛んで火に入る夏の虫、のように見えてしまっているかもしれないのです。そのやり方を日本で踏襲するのは、海外の二の轍を踏むことになるのでよくないのではないかと私は考えます。
 
 あたかも他人に感染させない証明のように、ワクチンパスポートは使われてしまっています。その実、ブレイクスルー感染のことを考えて適切に使用しないと、危険な新たな感染を生んでしまうリスクをはらんでいます。そうなると、ワクチンパスポートという制度や概念は、つまるところ誰のためなのでしょうか?この文書では、ワクチンを接種した人も、あれ?なんのために接種したんだろう?って思ってしまう人もいるんではないでしょうか?誤解のないように、ワクチン接種の意味がない、ということでは全くありません。
 長くて申し訳ありません。続きます。

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