こんにちは、押利鰤子(おしりぶりこ)です!28歳のエッセイストとして日々キラキラした生活を発信していますが、実は裏の顔もあります。
私、特別養護老人ホームで介護福祉士としても働いていて、ここでの日常には「ほぼ課長」としての私なりのプライドと葛藤があるのです。
今年の6月、入居者のケアやスタッフのサポートに励む中で、ユニットリーダーに昇進しました。
そして10月、あれよあれよという間に介護主任にも任命されました。
身に余る昇進に、正直「自分にこの肩書きがふさわしいのか」と心が追いつかないこともしばしば……。
突然の「ほぼ課長」指示
ある日、ユニットで職員が負傷するトラブルが起きました。夜勤明けの私がリーダーとして状況を整理し、夜勤明けなのに11時まで職場に残って対応。
ようやく帰宅したのです。
翌日は休みですが、朝から大腿骨転子部骨折で入院した母親の病院に父と医師の説明を受けるために行ってました。
医師、麻酔医、ソーシャルワーカーと話をして、終わったところに上司から電話がありました。
「時間に余裕ができたら電話して。お願いがあるから」
リーダーに昇進する時も、主任に昇進するときもお願いでした。
なんか前に同じ展開があった気がする‼︎
父を家に送り、全てが終わった時点で上司に電話。
不安しかありません。
上司は「主任の君には、ほぼ課長としての覚悟が必要だ」と切り出しました。
「課長として責任とリーダーシップを持ち、全体を見渡してほしい。同格の主任もいるけど、何度か注意したが響いていない。問題はいろいろあるが、まだ君には特に期待している」と言われ、課長に準ずる視点で動くことを求められたのです。
つまり、職場でのリーダーシップだけでなく、さらに広い視野で問題解決に挑む覚悟が必要だと感じました。
「イエスマン」としてのプライド
実は私は、上司の指示に従順なイエスマンです。「やれ」と言われたことには「はい」と答え、言った以上はやり遂げる。それが私のポリシー。職場で陰口もたたかれます。「イエスマンだけが昇進している」とか「ただ言われた通りにするだけ」など、厳しい声もありますが、私は自分の「イエスマンとしての誇り」を持っています。上司や周囲が期待してくれることに応えるため、あくまで「はい」と答えたら最後まで責任を持つ。私なりの誇りを持って、仕事に向き合っています。
役職者としての「嫌われる勇気」
もちろん、上司からの指示に従うだけではなく、主任としての自分の責任を持ち、時には嫌われる勇気も必要です。同僚や部下と向き合い、時には厳しい指導を行うのも私の役割ですし、「ほぼ課長」としての視点で、全体のバランスを考えて判断しなければならないと感じています。
今後は、ただ指示に従うだけでなく、イエスマンでありながらも「主任として自分の意見や信念を貫き、チームをまとめていくこと」が大切だと思っています。イエスマンであることを自覚しつつも、仕事に対して責任感とプライドを持って、少しでも入居者様や職員のサポートができるよう、全力を尽くしていくつもりです。
最後に
このブログを読んでくださっている皆さんの中にも、仕事で悩んでいる方、職場での役割にプレッシャーを感じている方がいるかもしれません。そんな時は、まず自分の仕事に対する責任感と誇りを信じて、少しずつ前に進んでみてください。
押利鰤子は「ほぼ課長」として、イエスマンであることを誇りに、介護現場で奮闘中です。皆さんもそれぞれの「誇り」を大切に、日々の仕事に向き合っていきましょう!