研修前泊。静まり返った施設のロビーで、私はチェックインを済ませた。これから始まる研修はちょっと気が重いけれど、その前に泊まってリラックスしよう…というのはあまり期待していない。
まず、聞いてほしい。最寄りのコンビニまで車で10分。いや、そんなに遠いわけじゃない、そう思うかもしれない。けれど、私は車を持っていない。それだけでなく、バスで行くとなると次の問題が発生する。バスは2時間半に一本しかない。2時間半だよ?それなら歩くか、と思ったけれど、そこにはもう一つの壁、いや山があった。そう、山道を越えなければならないのだ。
山を越えてコンビニで買い物をする。それって、冒険じゃない?そんな壮大なことをするために、私はこの山奥に来たわけじゃないのに。何なら、自販機も微妙な位置にあって、喉が渇いても軽い遠征が必要そうだ。そんな中、何とか部屋にたどり着いた私は、まずは一息つこうと考えた。
そして、その一息に必要なのは、もちろんタバコだ。ふう、タバコでも吸って落ち着こう。ポケットに手を突っ込み、タバコを取り出す。ん?残り一本。思わず立ち尽くす。「これ、やばくない?」と心の中で叫んだ。コンビニまで行くのに、山道を越えなきゃならない。バス?いや、2時間半待ってたら夜になっちゃうよ。
でも、幸いなことにこの施設、建物内に喫煙所があったのだ。「それなら一本だけで十分じゃない?」と思ったけれど、この一本が終わったら、研修が始まる前にどうなるのか。心配は尽きない。
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お腹が空いてきた。長旅だったし、施設で出された夕食は正直言って少なかった。おにぎり一つ、そしてお味噌汁が小さな器にちょこんと。これ、足りるかな?と思いつつも、他に選択肢はないので、仕方なく食べた。でも、やっぱり足りない。
「お腹が空いた」とつぶやく私。ふと外を見れば、暗くなった山の景色が広がっている。静かすぎるほどの静けさ。そんな中、頭に浮かぶのは、さっき見た遠いコンビニのことだ。車なら10分。でも、山道を歩いて越えたら、いったいどれくらいかかるんだろう。空腹で山道を歩くなんて、冒険どころか試練だ。
それにしても、この静けさはどこか落ち着かない。普段の喧騒がないから、余計に自分の悩みが際立つ。タバコも残り一本だし、お腹は空いているし。どうしようもない感覚に包まれる。こんなとき、ふと思うのは「これって、自分が試されているんじゃないか?」ということ。タバコもご飯も、すぐ手に入らないこの状況で、私は何をどうするべきなのか。
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夜、ベッドに横たわってみても、やはりお腹が空いて眠れない。「もう寝ちゃえば、空腹なんて忘れられるさ」と自分に言い聞かせるけれど、そう簡単にいかない。空腹感は私を執拗に襲ってきて、頭の中で「コンビニ行きたい」と囁き続ける。
でも、行けない。行く勇気もないし、行ったところで帰りのバスなんて2時間半後だ。それまで私はどうやって過ごすのか。山道で待つ?いや、それは無理。私にできることといえば、この薄暗い部屋の中で、次にタバコを吸うタイミングを計りながら、ひたすら耐えることだけだ。
「もう、研修なんかより、この一泊が一番の試練なんじゃない?」と半ば本気で思い始めたころ、ふと窓の外を見る。山の向こうには何もないけれど、星がきれいに瞬いている。この静けさと自然の美しさが、少しだけ私を落ち着かせる。
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翌朝、タバコの残り一本を吸うべきか迷いながら、研修の始まる前のひとときを過ごしていた。「まあ、なんとかなるさ」と自分に言い聞かせ、研修の前泊のこの不便さを笑い飛ばしてみる。
まだタバコは吸っていない。次のコンビニ遠征が、どれだけの冒険になるのかを考えると、今ここで一本使ってしまうのはもったいない気がするからだ。食事が少なくて、お腹が空いたままでも、きっとこれも一つの経験だと思えるようになるはずだ。
研修が始まるまで、この悩みの時間を乗り越えられるかどうか。正直なところ、自信はない。でも、そんな自分を少しだけ楽しんでいる気もする。