人はなぜ戦争をするのか

循環器と抗加齢医学の専門医が健康長寿を目指す「人」と「社会」に送るメッセージ

戦後という「賽の河原」に出没する鬼

2015年08月14日 15時14分53秒 | 社会
「賽の河原」を御存知だろうか。「賽の河原」とは幼くして亡くなった子どもたちが、父や母に会いたい一心で、小石を積み上げて供養の塔をつくろうとする場所だ。ところが、塔が完成に近づくと、地獄の鬼が現れて、無惨にもそれを崩してしまう。塔を崩された幼児(おさなご)が、余りの悲しさに「許し給え」とふし拝むと、地蔵尊が現れて救いの手を差し伸べるのである。この話は危機に陥ったわが国の民主主義とどこか似ていないだろうか。
わが国の戦後の歩みは、戦争で悲惨な体験をした人々が「賽の河原」に集い、そこで民主主義という石を積み上げる作業に似ている。明治以来、近代国家として歩み始めたわが国が細々と築いてきた民主主義が国家権力によって無残にも踏みにじられたのが太平洋戦争であった。しかし、その悲惨な体験は無駄ではなかった。日本国憲法という地蔵尊が現れて救いの手を差し伸べたからである。そして戦後70年、賽の河原に積まれた民主主義という石塔が再び国家権力によって破壊されようとしている。

「賽の河原」に出没する鬼は人間の生命を脅かすガン細胞とも共通点がある。細胞の中は非常に民主的な仕組みが整っている。それは、細胞が本能のままに増殖しないようにするためである。細胞が固有の機能を果たし、協力して個体を支えるためである。民主的な仕組みの一つは、他の細胞と接触すれば直ちに増殖をやめる「接触阻止」と呼ばれる現象である。ガン化を企てる細胞が「接触阻止」の遺伝子を変異させることがあれば、ガン抑制遺伝子が細胞内に暮らす国民「ミトコンドリア」にそのことを知らせる。ガン抑制遺伝子は細胞内情報伝達系として機能し、細胞内でメディアの役割を果たすのである。ミトコンドリアには細胞を自殺に追いやるアポトーシスの権限が与えられている。アポトーシスは、細胞内の環境がミトコンドリアにとって暮らせないほど劣悪化し、「細胞にガン化の兆しあり」という連絡をガン抑制遺伝子から受けた時に、体の一部であるシトクロームCを切り離して細胞をバラバラにすることができる権利である。いわば、世直しのために総選挙で政権交代を叫ぶ選挙民の役割を果たしている。こういった細胞内の民主的な機構が破壊された時にガンが発生する。ガンを一言で定義すれば、「民主主義を破壊して増え続ける生き物である」ということになる。私たちの祖先はガン細胞と同様に未熟な細胞であった。祖先の細胞は進化の過程で、「賽の河原」に石を積み上げるような地道な努力で民主主義を築いてきた。その都度、ガンという鬼が現れ、せっかく積み上げた石塔を破壊した。それでも細胞達はあきらめず、手を携えて多細胞となり、臓器を形成して個体を造った。鬼退治を果たした地蔵尊は、ガン化を防ぐ遺伝子、すなわち平和と民主主義を守る細胞の憲法だったのである。

戦後70年の節目を迎えて、私たちはもう一度人間社会と生命進化の歩みを振り返り、先人達が「賽の河原」に築いた石塔を守る決意を新たにしなければならない。地蔵尊になって民主主義を守ることができるのは戦後を生きてきた私たちなのである。たとえ国家権力という鬼が賽の河原に築いた民主主義を破壊しようとも、私たちは根気よく石積みをする努力を続けなければならないと思う。

ガン化する日本

2015年08月06日 16時42分51秒 | 社会
私たちの祖先はガン細胞と同様に未熟な細胞であった。その未熟な細胞がいかにして人類まで進化したのか。生命の進化に決定的な役割を果たした遺伝子とは何だったのか。人間社会の進化の流れが後戻りしつつある今こそ、生命進化の原点に立ち返り、私たちの歩むべき道を考えたい。

今から20億年前、真性細菌であるミトコンドリアと古細菌が共生し、細胞が誕生した。当時、祖先の細胞は、ただ増殖することだけを目的に強い細胞を目指した。そのため、細胞同士の争いが絶えなかった。ある時、争いで瀕死のダメージを受けた細胞の一つが突然変異した。二度と他の細胞と武力で争わないように「不戦」の遺伝子を手に入れたのである。その細胞の名を「日本」と言ったのかどうかは定かではない。この細胞は争わないがゆえに、仲間からいじめられ、食いぶちに窮することがあった。しかし、武力で勝負をしないことが本当の強さだったのだ。やがて他の細胞が闘いで滅びていく中、この細胞だけが生き残り、今日に至る生命の大躍進に繋がった。争わないことによって多細胞化が可能になったからだ。多くの細胞が協力し合って臓器になり、臓器が協力し合って個体を形成した。それから20億年後、地球は何百万種もの動物が暮らす命の星になった。もし細胞が不戦の遺伝子を獲得していなければ、地球上には微生物と単細胞しか生存していなかったであろう。私たちの祖先が生命の進化のために獲得した不戦の遺伝子、それは遺伝子の第9条だったのである。

人体という小宇宙は60兆個からなる細胞から構成されたグローバルな世界である。それらの細胞は決して無秩序に増えない。他の細胞と接触すれば直ちに増殖をやめる。だから争いは起きない。「接触阻止」と呼ばれる現象だ。ガン細胞はこの接触阻止の遺伝子を無力化し、他の細胞に折り重なって増え続ける。これでは、臓器や個体の形成は不可能である。

接触阻止遺伝子以外にも、細胞はガン化しないために民主的な仕組みを備えている。もしガン化を企てる細胞が「接触阻止」の遺伝子を変異させることがあれば、ガン抑制遺伝子が細胞内に暮らす国民「ミトコンドリア」にそのことを知らせる。ガン抑制遺伝子は細胞内情報伝達系として機能し、細胞内でメディアの役割を果たすのである。ミトコンドリアと細胞との関係は国民と国家との関係に相当する。ミトコンドリアは古細菌と共生した時に相互支配の互恵的関係を結んだ。すなわち、細胞はミトコンドリアにブドウ糖や脂肪酸といった餌を供給する代わりに、ミトコンドリアは税金として細胞内エネルギー通貨であるATPを収めた。以来、ミトコンドリアはその遺伝子の95%を細胞の核に預け、自ら増えることのできない従属的な生き物となった。代わりにミトコンドリアには細胞を自殺に追いやるアポトーシスの権限が与えられた。アポトーシスは、細胞内の環境がミトコンドリアにとって暮らせないほど劣悪化し、「細胞にガン化の兆しあり」という連絡をガン抑制遺伝子から受けた時に、体の一部であるシトクロームCを切り離して細胞をバラバラにすることができる権利である。いわば、世直しのために総選挙で政権交代を叫ぶ選挙民の役割を果たしている。

ガン細胞はこういった民主的なシステムを破壊して増殖する。ガン細胞とは、自分にとって都合のいいように改憲(突然変異)して遺伝情報(法律)を変え、ガン抑制遺伝子(メディア)の機能を無力化し、ミトコンドリアの活動(言論、表現の自由)を統制してアポトーシスから逃れ、勝手気ままに増殖を始めた細胞(国家)のことである。事実、ガン細胞内にはミトコンドリアの数が少なく、その機能は抑えられている。ガン細胞はミトコンドリアに頼らず、主に嫌気性解糖(酸素を使わずにエネルギーを産みだすこと)でエネルギーを得ている。ガン細胞はアポトーシスから逃れるようにミトコンドリアを遠ざけ、だまらせているのである。

翻って人間社会の進化の歴史はどうであろうか。人間社会の歴史はたかだか数千年に過ぎない。その間、食糧や領地を巡って個人の争いがあり、国家が形成された後は国家間の争い、つまり戦争が絶えなかった。しかし、20世紀の中ごろ、強い国を目指してひたすら軍備を増強してきた一つの小さな国、日本に、不戦の憲法が備わった。悲惨な戦争が憲法を突然変異させたのである。憲法9条は国際紛争を武力で解決しないという点で、「接触阻止」にも似た人類の歴史上最も進化したガン化制御の憲法となった。この憲法の理念がやがて世界の国々に行き渡る時、個体の形成にも似た真のグローバル化が実現されるであろう。

成熟したはずの細胞が再び未熟なガン細胞に先祖返りするように、国家も強い時代を懐かしむ。特に国家権力を握る者にとって、国が強いことは何よりの魅力である。この時、国家の成長を妨げる憲法は邪魔になる。平和や基本的人権を保障した憲法は国家権力の足かせになるのである。案の定、安倍政権は強い国を取り戻したいという野望を実現するために、憲法9条を都合のいいように解釈した。さらに、特定秘密法や政治的圧力によってガン化を報じるメディアを無力化し、アポトーシスを叫ぶ国民の声を封じようとしている。これがガン細胞の挙動でなくして何であろうか。

細胞がガン化する時、ミトコンドリアの声が無視されるように、国家が戦争に向かう時、国民の声は無視される。国家主義を信奉する安倍総理の思想信条は、「国家を強くするためには国民の犠牲はある程度仕方ない」とする全体主義である。国家のために個人を犠牲にするのが全体主義ならば、わが国は安倍政権が嫌う中国に近づいている。わが国はガン化する中国に歩調を合わせるかのように全体主義への道を突き進んでいる。中国共産党も現在の自由民主党も全体主義というガン細胞の背と腹に過ぎないのである。

私たちは不戦の遺伝子による縛りがなければガンになる生き物なのだ。私たちは生命進化の歴史に逆行し、ガン細胞に先祖返りしようとする民主主義の破壊を許してはならない。今こそ私たちミトコンドリアは声を大にしてアポトーシスの司令を発すべき時だと思う。