「賽の河原」を御存知だろうか。「賽の河原」とは幼くして亡くなった子どもたちが、父や母に会いたい一心で、小石を積み上げて供養の塔をつくろうとする場所だ。ところが、塔が完成に近づくと、地獄の鬼が現れて、無惨にもそれを崩してしまう。塔を崩された幼児(おさなご)が、余りの悲しさに「許し給え」とふし拝むと、地蔵尊が現れて救いの手を差し伸べるのである。この話は危機に陥ったわが国の民主主義とどこか似ていないだろうか。
わが国の戦後の歩みは、戦争で悲惨な体験をした人々が「賽の河原」に集い、そこで民主主義という石を積み上げる作業に似ている。明治以来、近代国家として歩み始めたわが国が細々と築いてきた民主主義が国家権力によって無残にも踏みにじられたのが太平洋戦争であった。しかし、その悲惨な体験は無駄ではなかった。日本国憲法という地蔵尊が現れて救いの手を差し伸べたからである。そして戦後70年、賽の河原に積まれた民主主義という石塔が再び国家権力によって破壊されようとしている。
「賽の河原」に出没する鬼は人間の生命を脅かすガン細胞とも共通点がある。細胞の中は非常に民主的な仕組みが整っている。それは、細胞が本能のままに増殖しないようにするためである。細胞が固有の機能を果たし、協力して個体を支えるためである。民主的な仕組みの一つは、他の細胞と接触すれば直ちに増殖をやめる「接触阻止」と呼ばれる現象である。ガン化を企てる細胞が「接触阻止」の遺伝子を変異させることがあれば、ガン抑制遺伝子が細胞内に暮らす国民「ミトコンドリア」にそのことを知らせる。ガン抑制遺伝子は細胞内情報伝達系として機能し、細胞内でメディアの役割を果たすのである。ミトコンドリアには細胞を自殺に追いやるアポトーシスの権限が与えられている。アポトーシスは、細胞内の環境がミトコンドリアにとって暮らせないほど劣悪化し、「細胞にガン化の兆しあり」という連絡をガン抑制遺伝子から受けた時に、体の一部であるシトクロームCを切り離して細胞をバラバラにすることができる権利である。いわば、世直しのために総選挙で政権交代を叫ぶ選挙民の役割を果たしている。こういった細胞内の民主的な機構が破壊された時にガンが発生する。ガンを一言で定義すれば、「民主主義を破壊して増え続ける生き物である」ということになる。私たちの祖先はガン細胞と同様に未熟な細胞であった。祖先の細胞は進化の過程で、「賽の河原」に石を積み上げるような地道な努力で民主主義を築いてきた。その都度、ガンという鬼が現れ、せっかく積み上げた石塔を破壊した。それでも細胞達はあきらめず、手を携えて多細胞となり、臓器を形成して個体を造った。鬼退治を果たした地蔵尊は、ガン化を防ぐ遺伝子、すなわち平和と民主主義を守る細胞の憲法だったのである。
戦後70年の節目を迎えて、私たちはもう一度人間社会と生命進化の歩みを振り返り、先人達が「賽の河原」に築いた石塔を守る決意を新たにしなければならない。地蔵尊になって民主主義を守ることができるのは戦後を生きてきた私たちなのである。たとえ国家権力という鬼が賽の河原に築いた民主主義を破壊しようとも、私たちは根気よく石積みをする努力を続けなければならないと思う。
わが国の戦後の歩みは、戦争で悲惨な体験をした人々が「賽の河原」に集い、そこで民主主義という石を積み上げる作業に似ている。明治以来、近代国家として歩み始めたわが国が細々と築いてきた民主主義が国家権力によって無残にも踏みにじられたのが太平洋戦争であった。しかし、その悲惨な体験は無駄ではなかった。日本国憲法という地蔵尊が現れて救いの手を差し伸べたからである。そして戦後70年、賽の河原に積まれた民主主義という石塔が再び国家権力によって破壊されようとしている。
「賽の河原」に出没する鬼は人間の生命を脅かすガン細胞とも共通点がある。細胞の中は非常に民主的な仕組みが整っている。それは、細胞が本能のままに増殖しないようにするためである。細胞が固有の機能を果たし、協力して個体を支えるためである。民主的な仕組みの一つは、他の細胞と接触すれば直ちに増殖をやめる「接触阻止」と呼ばれる現象である。ガン化を企てる細胞が「接触阻止」の遺伝子を変異させることがあれば、ガン抑制遺伝子が細胞内に暮らす国民「ミトコンドリア」にそのことを知らせる。ガン抑制遺伝子は細胞内情報伝達系として機能し、細胞内でメディアの役割を果たすのである。ミトコンドリアには細胞を自殺に追いやるアポトーシスの権限が与えられている。アポトーシスは、細胞内の環境がミトコンドリアにとって暮らせないほど劣悪化し、「細胞にガン化の兆しあり」という連絡をガン抑制遺伝子から受けた時に、体の一部であるシトクロームCを切り離して細胞をバラバラにすることができる権利である。いわば、世直しのために総選挙で政権交代を叫ぶ選挙民の役割を果たしている。こういった細胞内の民主的な機構が破壊された時にガンが発生する。ガンを一言で定義すれば、「民主主義を破壊して増え続ける生き物である」ということになる。私たちの祖先はガン細胞と同様に未熟な細胞であった。祖先の細胞は進化の過程で、「賽の河原」に石を積み上げるような地道な努力で民主主義を築いてきた。その都度、ガンという鬼が現れ、せっかく積み上げた石塔を破壊した。それでも細胞達はあきらめず、手を携えて多細胞となり、臓器を形成して個体を造った。鬼退治を果たした地蔵尊は、ガン化を防ぐ遺伝子、すなわち平和と民主主義を守る細胞の憲法だったのである。
戦後70年の節目を迎えて、私たちはもう一度人間社会と生命進化の歩みを振り返り、先人達が「賽の河原」に築いた石塔を守る決意を新たにしなければならない。地蔵尊になって民主主義を守ることができるのは戦後を生きてきた私たちなのである。たとえ国家権力という鬼が賽の河原に築いた民主主義を破壊しようとも、私たちは根気よく石積みをする努力を続けなければならないと思う。