人はなぜ戦争をするのか

循環器と抗加齢医学の専門医が健康長寿を目指す「人」と「社会」に送るメッセージ

「核なき世界」実現のために

2016年05月28日 08時10分18秒 | 社会
昨日オバマ大統領が被爆地広島を訪問した。世界一の権力者の眼に、人類を破滅に導く核の惨状はどのように映ったのだろうか。

オバマ大統領自身が演説したように「核なき世界」実現への道は険しい。それは、戦争の抑止力として各国が核に頼るからだ。言い換えれば、この世に戦争が存在する限り、核はなくならない。「戦争なき世界」が、「核なき世界」に通じるのである。それでは、どうすれば戦争がなくなるのか。国際紛争の解決手段として戦争を禁じることが必要である。すべての国が日本国憲法第9条を採用しなければならない。世界がが憲法9条の理念を共有するとき、始めて「核なき世界」が実現する。

現実には、核武装によって独裁政権の延命を図ろうとする国、国家の威信や国益を守るために核の脅威をちらつかせるような国、またテロの手段として核兵器を利用しようとする集団があることも否めない。しかし、「緊迫した安全保障環境の中で国民の生命と財産を守るため」という大義名分の下、わが国が安易に憲法9条を放棄すれば、世界は永遠に核を廃絶するチャンスを失うかもしれない。わが国は唯一の被爆国として、世界平和と核の廃絶に向けて世界をリードしなければならない立場にある。人類が戦争の悲劇から解放されるにはまだまだ長い年月が必要であろう。その日がくるまで、わが国は粘り強く憲法9条を守り抜かねばならない。

人間社会の進歩を思うとき、生命進化の歴史に想いを馳せる。なぜなら、人間社会は人間の集団であり、人間は細胞の集団で成り立っているからである。人間の考えていることは、細胞が考えている。人間の祖先はガン細胞であった。他の細胞のことはおかまいなしに、ただひたすら成長を求めるガンであった。生命が画期的な進化を遂げることができたのは、ガン細胞の群れが手を取り、協調して多細胞化したからである。

今から10億年以上前、ガン細胞たちは毎日餌を巡る争いを繰り返していた。あるとき、壮絶な争いで大きなダメージを被った細胞の一つが突然変異した。国の形を作るのが憲法ならば、細胞の形を作るのが遺伝子である。ガン細胞が突然変異で獲得した憲法は「接触阻止」と呼ばれる遺伝子であった。「接触阻止」とは細胞が他の細胞に接触すると増殖をやめるしくみである。ガン細胞は細胞同士が接触しても、折り重なるように増殖を続ける。これでは、臓器の形成も個体への成長も不可能である。生命は、細胞同士が接触した際に増殖をやめることで多細胞化した。他の細胞と争わない遺伝子を持つ進化した細胞は、最初は他の細胞から侮られ、侵略に晒されたりもした。しかし、「接触阻止」遺伝子のお陰で悲惨な争いに巻き込まれる機会は減り、この細胞は高い確率で子孫を残せるようになった。やがて、「接触阻止」遺伝子を持った細胞が他の生命体を凌駕した。すべての細胞が「接触阻止」遺伝子を持った細胞に置き換わったとき、生命は個体という小宇宙にグローバル化したのである。

「接触阻止」はまさに、遺伝子の憲法9条であった。世界がこの憲法の価値を共有するにはまだ時間がかかるかも知れない。しかし、「接触阻止」の遺伝子を獲得して進化した祖先のように、すべての国が憲法9条の恩恵を受けるとき、真に「核なき世界」が訪れるのではないかと思う。

新しい時代にふさわしい憲法とは

2016年05月04日 09時28分38秒 | 社会
昨日は憲法記念日であった。そこで、改めて、あるべき日本国憲法の姿について考えたい。
自民党の改憲草案は新しい時代にふさわしい内容に憲法が書き改められるという。それでは、新しい時代とはどのような時代なのか。自民党の改憲草案を見る限り、その目的は日本を強くすることである。強いのはいいことだ。しかし、これからの時代が求めるものは強さだけではない。人間社会の本当の幸せとは、だれもが自由に、そして平和に暮らすことだ。人間社会の歴史は、まさに自由と平和を獲得する戦いの歴史であった。そのような観点から見れば、個人の権利を縛り、国家権力を強くするような内容の自民党の改憲草案は人間社会の進化の歴史に逆行していると言える。
生命進化の歴史と人間社会の歴史には驚くほどの共通点がある。それは当たり前だ。なぜなら、人間は細胞からなる生命体であり、社会は人間が作っているからである。言い換えれば、細胞が社会を作っているのである。
それでは、生命はどのように進化してきたのか。今から約20億年前、私たちの細胞の中にミトコンドリアという大腸菌の仲間が住み着いた。これは生命進化の第1ステップとも呼ばれる画期的な出来事だった。細胞とミトコンドリアとの間には、国家と国民という社会の基本的な関係ができたのである。ミトコンドリアは細胞から餌をもらい、その餌をもとに一生懸命働いて細胞にエネルギーを供給した。細胞はそのエネルギーで自由に動き回り、他の細胞と戦ってミトコンドリアの食い扶持を得たのだ。そのころの細胞は無秩序に増殖することを求めるがん細胞であった。植民地獲得競争にも似た弱肉強食の時代であった。
ミトコンドリアが細胞に住み着いたころ、彼らの遺伝子のほとんどは細胞に奪われ、一方的な支配を受けていた。これががん細胞の勝手なふるまいを許し、細胞同士の争いが絶えない原因の一つになっていた。生命進化の歴史の中で、ミトコンドリアは細胞を自殺に追い込む権利を獲得したのである。この生命現象はアポトーシスと呼ばれている。アポトーシスとはギリシャ語で「アポ=離れる」、「ト―シス=落ちる」という意味だが、プログラムされた死、programmed cell deathとも呼ばれている。アポトーシスは個体の正常な発育に不可欠である。アポトーシスは、正常な細胞がその宿主である個体を守るために必要以上に分裂、増殖することを抑制し、周囲の細胞に害を及ぼす可能性のある時は自殺を促す機構である。60兆個もある私たちの体の中の細胞がめったにガン化しないのも無制限に分裂する能力を獲得した細胞がアポトーシスで排除されるからだ。ミトコンドリアが行使するアポトーシスによって、細胞とミトコンドリアには相互支配の関係ができたのである。アポトーシスとはミトコンドリアにとって、政権交代を可能にする民主的なシステムだったのである。以後、ミトコンドリアは細胞から不当な弾圧を受けることなく、自由に暮らすことができるようなった。こういったミトコンドリアの基本的権利は細胞のかたちを決める憲法である遺伝子に組み込まれた。
生命進化のさらなる進化は、周りの細胞と争わないための遺伝子を獲得することでもたらされた。生命は進化の過程で、細胞同士が協調して暮らすことの方が、争って増えるよりも安定して子孫を残すことができると学んだ。戦争をしないために身に付けた遺伝子は「接触阻止」装置をコードする遺伝子であった。「接触阻止」とは細胞同士が接触した時に、お互いが増殖をやめる装置である。この装置のおかげで、怪我をしても元通りに修復される。血管の裏打ちをしている内皮細胞が一層に保たれているのもこの装置が働いているからである。接触阻止装置をコードする遺伝子に傷がつき、この装置が機能しなくなると、細胞は他の細胞と接触しても増殖を停止せず、その上に盛り上がって戦争状態になる。これでは、人体というグローバルな小宇宙を形成することはできない。生命は細胞同士が争わないことによって多細胞化し、臓器を形成し、個体に進化したのである。外敵に対する備えは個々の細胞ではなく、国連平和維持組織のような免疫細胞が担当するようになった。細胞同士の争いを禁止した「接触阻止」装置の獲得は、まさにガン細胞が不幸な戦争の歴史の中で培った憲法9条だったのだ。
憲法9条は人間社会がこれまでに獲得することができた最も進化した遺伝子である。この憲法9条を改正することは人間社会の進化の歴史に逆行し、未分化な社会へと後戻りすることに他ならない。なぜそのような脱分化現象がおきるのか。我々の体に尋ねてみるとわかりやすい。過食、運動不足や喫煙といったよくない生活習慣が細胞の先祖返りを引き起こすのである。よくない生活習慣で細胞内の環境が悪化すると、「接触阻止」の遺伝子に傷がつくことがある。生活習慣病と発ガンは密接に関連しているのである。貧困、経済格差、民族や宗教の対立、これらはまさに文明社会が被った生活習慣病である。今、そういった影響がわが国にもおよび、存立危機事態という名目の下、生命進化にとって最も重要な遺伝子である基本的人権や恒久平和を希求した憲法が傷つこうとしている。
護憲か改憲かという議論がある。改憲とは遺伝子の突然変異とみなすことができる。しかし、突然変異は必ずしも細胞にガン化をもたらすわけではない。突然変異は進化の源泉でもある。生命進化は常にその時代の環境に合ったように突然変異した個体の生存に有利に働いてきた。新しい時代にふさわしい憲法とは、単に国家を強くするための憲法ではない。日本人を含めて世界中のすべての人々が自由に、平和に暮らすことができる憲法なのである。