overdose2025のブログ

詩と小説を書いています。もしよろしければ見て頂けると幸いです。

「暗い雨」

2025-01-15 06:16:14 | 小説

             「暗い雨」

暗い雨が降る日に彼女は不安を抱いていて何時ものように急にふと僕に会いたくなり、しかし、今は忙しいかなと思って自室でずっと一人で心を苦しんでいた。

彼女は大学を中退してからずっと何をするでもなく、ただずっと家で過ごしてテーブルワインを飲みながら自室のベッドでずっと横になり漫画を読んだり音楽を聞いたりしていた。

暗い雨を見ると彼女は暗闇にいる気がする。この先もずっと暗闇で生きていく気がする。そんな時、彼女は僕に連絡をする。返事が遅くなったら睡眠導入剤を飲んで寝る事にしている。

夕方に彼女はシャワーを浴びて彼女はその後にテーブルワインを一本飲み干してから飯をようやく食べて酔いが醒めてしまう時間帯に彼女は治療薬を飲んで、そして、彼女は頑丈なシェルターのような自室に戻り僕の返信を待っている。

それでも、暗い雨が降らない時は外出もするし、外出をすると暗闇から心の色が変化して気分が大分、晴れる。それでも、彼女は僕がいない間は心が暗闇にいる時が多かった。

 

暗い闇に降る暗闇の雨に打たれながら僕と彼女は手を握って歩いていた。

離れないように壊れて終わってしまわないように手を繋いでいた。

時間が終わるまでは。僕と彼女が永遠に会えなくなるまでは。

 

僕は今までの彼女の恋人で一番長く付き合い、結婚を意識するようになった最初の恋人だ。

彼女も僕と出会う前から恋愛はしているし、純情という訳でもなさそうな感じだけど軽い女ではない。最初は告白されて付き合い、その次は彼女から告白して恋愛をして、その次はどちらともなく付き合って楽しい思い出もある事はある。

友人とも色々、一緒に旅行に行ったり、アトラクション施設に行く事もあったし、食事に行ったりする事もあり楽しかったと思う時もあったけど、その頃から少しずつ純粋に友人との交友や恋人といる時間が暗くなりつつあり、いずれ楽しい時間を過ごせないような気がしていて、そう感じ始めてから、少しずつ彼女は自分の中でもう終わったと感じ始めていた。

そして、彼女はある日、急に投げやりになりデートをしても、友人と遊んでも楽しいと思えない日々を生きていた。彼女の心が暗くなりつつあり、そして、無理して明るそうに生きていたけど限界で、投げやりになった一年後、彼女は急に自室で引きこもるようになっていた。

急に彼女は太陽の光が届く事のない暗闇で深海のような場所で生きて行く事になった。昔の友人とかとも一切連絡を絶ち、一人になってしまい更に彼女は精神的に不安定になった。僕はそんな彼女を救える訳ではないけど、ただ一緒にいて生きて行く事だけは出来る。

彼女の暗闇は一人で過ごす時が一番、暗い。しかし、彼女は僕といる時は少しだけ暗さが減る。しかし、今は休む時で彼女が僕と出会ってから少しずつ立ち直り始めている気がしている。だから、僕は彼女が何年後、再起してまた社会生活が出来ると思っていた。

今はただ、彼女が求めたらするし、求めない時はただ普通に何もしない。僕は何時か別れが訪れるかもしれないと思うから今は彼女が求める事をしている。

僕は何時も彼女の傍にいたいけど、カウンセラーとして他の人達の話を聞いてから僕は彼女の家に行く。疲れているけど、でも、僕は何時もその疲れがあっても彼女といるとストレスが緩和されていく。僕の前の恋人の知り合いから買った国産の黒色のSUVで彼女の家まで行く。もう違う車に買い替えようかなとは思っているけど、車自体は気に入っていたのでしばらくはこの車で行きたい場所に行く。未だにその事は彼女には言っていないけど、言わなくても良い事だろうと思っている。また車を走らせて完全燃焼したら買い替える事を決めていた。彼女が好きなオフホワイトカラーの乗用車を。

今日も僕は今の職場から車で二十分ぐらいの彼女の住む家まで交通規則は全て守って走っている。僕は彼女と出会う前は貸マンションの五階の部屋で住んでいたけど、約三年付き合った前の女と別れてから実家に引っ越して、その後は僕の実家で勝手気ままに生きていた。

実家暮らしを再開して一年半後に彼女と出会い、付き合い始めてから、しばらく経ち基本は実家で生活して彼女が求めてきたら実家には戻らないという暮らしをしていた。

もう彼女の両親とは家族ぐるみの付き合いをしていて食事やシャワーを浴びさせてくれる。彼女の自室に行き、ただ彼女の不安や苦しみを緩和していく事を願って一緒にいる。そして、最近、彼女だけではなく僕も彼女と結婚したいと思っている。

彼女はとても繊細過ぎて脆い。でも、彼女は何時か今よりは強くなれると思っている。

僕は彼女を見ると嬉しくなるから別れたくないけど、でも、もし僕が彼女以外の女を愛する事もあり得るからそうなったら悪いけど僕は彼女と別れたいと思う。

でも、彼女も僕ではない男を好きになり、彼女がその男と一緒になる為に僕と別れるのかは別として恋人としての別れは充分考えられる気がする。

 

もう僕と彼女は出会ってから五年が経つ。

出会った頃の彼女はかなり心を閉ざしていたからカウンセリングを受ける時間が長くなると思って取り敢えず、表面的な事だけを聞き、何時かなるべく彼女の気が晴れるような時間を過ごせるようになって欲しいと思っていた。

この頃、僕は最初から彼女と付き合いたいとは思っていなくて、あくまで彼女を特に意識する事なく、でも、少しでも彼女が暗闇から脱けだして欲しいなという事だけは考えていた。

あくまでもカウンセラーとして少しでも彼女が前向きになれたら良いなとは思っていた。彼女がカウンセリングを受ける内に僕の事を気に入ってくれたようで、僕はその頃に初めて私生活でも一緒に話をしたいと思うように感情が変化していた。それから半年後ぐらいに二人共、もっと会いたくなってしまい、彼女はクリニックでのカウンセリングを止めて後は僕と私生活で話をするようになっていった。彼女が少しだけ心を開いてくれた事が嬉しいし、それがきっかけで僕も変わっていたから久しぶりに大切な人が現れたと思うようになり、僕は彼女と付き合えるのが例え短い間だとしても一緒にいたいと思っていた。

最初は喫茶店で何気ない話をしていて、次第に一緒に食事をたまにする間柄に発展して最初に会った時から一年後に本格的に付き合い始めていた。

彼女は暗い雨を見ると心が暗闇に陥ると会う度に話してくれるようになり、テーブルワインを飲みながら一日、過ごす日々が嫌だと思っていて、出来ればまた社会生活を送りたいと相談してくれた。僕は取り敢えず時間が経てば充分、何とかなるという事を言った。少しずつ時を共にして僕は彼女の暗闇の暗さが減っていたから、何時かは立ち直る事が可能だと思っていた。どうして、彼女がこうなったのか分からないけど、その理由は敢えて詳しく聞かなかった。それを彼女は理解していて僕といる時間が長く続きそうだなという事で僕と付き合っている事を黙っていたかったけど、敢えて彼女は自分の家族に僕を紹介していた。

付き合っているという話は彼女の家族は聞いていなかったみたいで何とも言えない空気になっていたけど、でも、彼女自身が前向きに少しずつなっているのを知っていたので最終的に受け入れた。彼女の闇は僕が思っているよりも暗い、しかし、一日、ずっと暗闇にいるのではなく、普通な所もある。それでも、その頃の彼女は僕といる時以外はかなり苦しんでいた。僕といる時は普通に話をする事だけで充分、心の苦しさが緩和しているようだ。

そして、僕達が一緒にいても誰も反対はしなかったし、彼女の家族は僕と彼女が付き合って二年が経つと僕の家族と一緒にたまに外食を共にして色々、話すようになっていって、それからしばらく経ち、僕と彼女の家族も互いに半分、家族のようになっていた。

僕は彼女の家で一緒にいる時は彼女と殆ど一緒にいる。結婚の事も期待されているようで、いずれは彼女の家族も僕の家族も僕と彼女が結婚する事を望まれていた。

しかし、僕は彼女が社会生活を送れるぐらい心が回復した時に結婚したいと思っている。

その事を僕の家族に言って彼女の家族にも彼女がいない時にそれが彼女の為だという内容の言葉を伝えた。彼女の家族も僕の家族も賛成でしばらくは婚約者という形で折り合った。

彼女は敢えて結婚の事ははっきりと言わず、ただ僕が仕事を終えて職場から彼女の家に帰ってくる前にシャワーや食事など必要な事を済ましてから彼女の自室で僕を待っていた。

僕は寝ているけど彼女はスマホをずっと見ていて僕が目覚めると彼女は寝ている。

この頃、僕は僕の家族に会いに行く時になるべく彼女と一緒に行くようにしていた。彼女は疲れているけど、暗い雨が降らない日にはなるべく外に行こうと考えるようになっていた。

僕の家族も彼女は特別で大事な僕の婚約者だと思っている。だから、面倒な事を避ける僕の家族が時間を割いてまで彼女と少しだけ一緒に話をする。

その状況を見て、僕は驚いていた。僕の家族も彼女を受け入れていた。自分の家族のように。

彼女がバイトを二年間、続いた日に本当に僕は彼女にプロポーズをしようと思っていた。

 

僕達が出会ってから八年ぐらい経ち、今、彼女はバイトの仕事をするようになっていた。

彼女はまた再び、髪を明るい色の茶色に染めて、衣服もスーツも自分の気に入った物を買いそろえて、この先、もう暗い雨が降っていても心が暗闇にならなければ良いなと思った。

とても、明るい色は眩しすぎるから暗闇で良いと思っていた彼女はもういない。

今の彼女はこの先、もう大学を中退した頃のように投げやりにならないで生きて行こうと思った。僕は彼女が暗く沈んでいく時間があっても話だけは聞く事に決めていた。

結婚式は挙げずに僕の家族と彼女の家族で少し格式の高い中華料理店で祝う事にしていた。

僕達も異議なしで彼女は多分、昔の姿になった気が僕はしていたけど、それでもまだ彼女は無理をしているけど、でも、出来れば彼女が一人になっても生きて行く事を願い、敢えて直ぐに僕は彼女と結婚せず、ずっと彼女の心が少しでも打たれ強くなって欲しいと思いプロポーズの条件は二年間、彼女がバイトを続けられる事を条件とした。

その事を彼女は家族と僕がいない時に話し合ったようでついに再起をかける事にした。

彼女は通信講座で医療事務の講座を学びながら、まずは色々バイトをして生活のリズムを直して、そして、中規模のクリニックで三か月前から何とか医療事務のバイトをしていて大分、精神的に安定してきたようだ。彼女の暗闇はもう心の一部分の色になり今は心の殆どの色合いは割と明るい色になった。三日後に彼女が丁度、再起後の最初のバイトをしてから今の医療事務のバイトも含めてもう二年が経つから、そして、彼女の指輪のサイズは分かっているから今度はもっと高い指輪を買おうかなと思っていた。

本当の暗闇を知っているはずだった彼女はもしかしたら自分の暗闇が本当の暗闇ではなかったのだろうと過去を振り返ってそう思うようになっていた。

そして、僕は今日もカウンセラーの仕事を終えて彼女の家に車で交通規則を全て守って走っている。プロポーズの当日に指輪を渡せるように明日、僕一人で僕達の結婚指輪を買いに行く事にした。彼女は今頃、疲れて寝ているだろうと思った。

体力よりも精神的に疲れやすい彼女も何とか生きていけるだろうと思ったからもう大丈夫だと思った。彼女はウェディングドレスよりも普通のスーツの方が気に入っているようで

僕は僕で普通のスーツの方がめでたい時に着る衣装よりも気が楽でいいなと思っていた。

今夜は雨が降るけど彼女は疲れて寝ているだろうから暗闇を見る事がない気がしていた。

彼女の暗闇は本当の闇ではなかったと思えるぐらい回復してくれて、今まで僕が知らなかった彼女の新しい一面を知り、より彼女を愛せるようになっていた。

彼女が医療事務のバイトをしてから約二か月後のデートの時に車をオフホワイトのSUVに買い替えて欲しいと言ってきたので僕と彼女が休みの日に黒いSUVを中古車販売店に売り払い、そして、国産の同じメーカーの同じ車種のオフホワイト色のSUVを新しく買った。

僕はこの先、彼女と有限だけど長い時間を過ごしたい。そう思っていた。

僕は彼女が好きだと改めて思っていた。だから、結婚をする。それでいい。結婚する当日、僕達が休みの日に朝と昼は二人で、そして、夕方頃に互いの家族と過ごす。それでいいと思っていた。僕達はこの先も長くいる事が出来ると思いたいから。

そして、後五分で彼女の家に着く。今改めて昔の僕は結婚しなくてもいいかなと思っていたけど彼女と出会い初めて結婚しようと思った。そして、後少しで本当に僕達は結婚する。

 

今、僕は真昼の太陽の下で彼女の手を握って歩いている。

二人は明るい世界で生きながら何時か来る別れを考えながら手を繋いでいた。

今、何よりもずっと大切な瞬間を思う存分、共有しながら。

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「暗色の雪」

2025-01-13 14:28:35 | 小説

なんでもないどこにでもある小さな公園のベンチに座ってただ降りしきる雪を見ていた。卒業したら二度と僕に会う事を選ばない彼女はだからこそ今は二人の時を大切にしていた。あと二か月で僕たちは二度と会う事のないただの他人に戻る。

時は止まらずただ流れ過ぎていく。今夜の雪はとても暗くて白い色の雪だった。無限に近い有限に降る白い雪。二人の思い出はとても暗色で綺麗なものになった。色合いは何処かモノクロな感じになっている。風が冷たくて少しだけ肌が痛く感じる。

誰もいない空間に二人きりでいる。二人は二度と会う事もなく違う人と雪を見るのだろう。これから生涯。

彼女は太陽の黒点のような鮮やかな黒い髪に落ちた暗色の雪を手で払い前髪を少し触っていた。

「私は卒業したら東京に行く事にした」と彼女は唐突に言って同意を求めずただずっと僕の顔を観ずに目の前を見ていた。「何かしたい仕事でもあるの?」「分からない。でも、行ってみようと思う。何か変わるかもしれないし」「そっか。上手く行くと良いね」「ありがとう」そう言いながらふと彼女は僕の手を繋いだ。冷たくて二人で温めていたくなった。「一緒にいた時間は忘れないから」とだけ彼女は呟いた。僕は「そうだね」とだけ呟いた。二人で見る雪はきっと今夜が最後だろうと思うと少しだけ切なくなった。ただ一緒に手を繋いで雪を見ていた二人。

そして、時は冷酷に過ぎていき、そろそろこの公園を去る時間が迫っていた。

ただ二人で暗色の雪を公園のベンチに座りながら見てぽつりぽつりと話す時間だった。それがもう少しで終わる。二人でいられる時間が終わる。雪はどんどん激しさを増し風に吹かれて踊るように降っていく。彼女は羽織っていた厚手の茶色いコートを脱いで雪を手で払い、温かいコーヒーでも飲もうと言ってきた。

僕はベンチから立ち上がって公園の入り口の近くの自販機で温かい缶コーヒーを買う事にした。小銭を投入して缶コーヒーを買ってベンチまで戻ってきた。二人は温かい缶コーヒーを飲みながら体温が少しだけ上昇していくのを感じていた。

雪が少しだけ温かく感じてそして、二人はただ缶コーヒーを飲んでいた。東京の雪もこんな感じで降るのかなと思いながら僕は缶コーヒーを飲み終えてまた暗闇の中に振る暗色の雪を眺めていた。ただ無言で冷たく降る雪。雪が全てを覆えば僕は楽になる気がしていた。

生涯、彼女に会えなくても辛く思わなくて済む気がしていた。

太陽の黒点の色合いの夜空。瞬く暗色の冷たい白い雪。公園のシンプルな少しだけ砂で汚れたベンチ。うっすらと雪が降り積もった地面。枝だけになり寒々しい桜の木々。公園のさびれた遊具。誰も遊ぶ主がいない寂しい砂場。色々な場所が孤独を彩っていた気がした。二人がこれから味わう孤独を。他の人に出会うまでの孤独を。

もし二人共、新しく愛する人が出来れば孤独は癒されまた幸せになる。その日は必ず訪れる。だから、今だけはこの時を大切にしようと思う。

そして、彼女も缶コーヒーを飲み終えた。二人は此処を去るべき時が来た。もう一度だけ雪を見た。暗色で冷たい雪を。そして、二人は此処を去る。また新しい場所を見つける為に。二人が離れても幸せになる為に。

「今日は送ってくれなくていいよ。じゃあね」「ああ。じゃあね」そう言って公園の入り口で離れた二人。その二人の上から太陽の黒点のような黒い色の夜空から降る暗色の白い雪が降っている空気をただ冷色に感じていた二人。例え暗色の雪が色鮮やかな白くて明るい雪になっても、もう二度と一緒に雪は見ない。二人ではもう二度と。

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overdose2030

2025-01-09 11:25:11 | 

「Overdose」

幼さに満ちた彼女。

無邪気に笑う彼女。

無垢なる彼女。

僕は彼女を幸せに出来ない。

Overdose。

青い果実がひどく傷んでいく。

薬を飲むたびに。

胃の中の物を吐き出すたびに。

未熟な恋愛感情。

熟れない果実。

今は熟れない果実。

Overdose。

青い果実がひどく傷んでいく。

薬を飲むたびに。

胃の中の物を吐き出すたびに。

いずれ腐った大人になっていく彼女。

今だけは食べれば苦い味がする果実。

甘くない果実。

今だけは熟れない果実。

Overdose。

青い果実がひどく傷んでいく。

薬を飲むたびに。

胃の中の物を吐き出すたびに。

幸せに出来ない僕を見る彼女。

それでも笑う彼女。

いずれ腐った大人になっていく彼女。

今だけは食べれば苦い味がする果実。

甘くない果実。

今は熟れない果実。

Overdose。

青い果実がひどく傷んでいく。

薬を飲むたびに。

胃の中の物を吐き出すたびに。

幸せに出来ない僕を見る彼女。

それでも笑う彼女。

甘くない果実。

今は熟れない果実。

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「最期の写真」

2025-01-09 11:20:34 | 小説

                     「最期の写真」

 

僕は彼女といた時間を思い出す時が時折ある。僕が暗くて気分が冷めそうな冬空の下でずっと彼女の手を握っていた日。その日が僕と彼女の最後の日だった。あの時、彼女は生まれつきの青い髪と瞳が時を経つにつれて暗い青色の髪と瞳の色彩になっていた。そして、多分、彼女は逝く時は髪と瞳の色彩が黒くなると言っていた。彼女は逝く事を恐れていたけど、敢えて僕に言わなかった。しかし、それが余計、彼女が苦しい感情に陥っている気がしていた。それでも、僕達はこの冷めた暗色の青空の下、ずっと話をしていた。もう二度と会えない僕達はその事を受け入れて話をしていた。しかし、この日、全ての色彩が暗い青色になっても、寂しくても、この日の彼女の暗い笑顔がとても僕にとっては魅力的に思えた。

「私の事は忘れてもいいよ。私も向こうの世界があるとすれば誰かとまた付き合うから」

この肌と心も痛いぐらいの冷気な風が二人にまとわりついていた。この風に前髪が乱れて僕は精神的に痛む心の傷が無数に増えていく気がしていた。僕は彼女と離れても生きていける事が、彼女と一緒に逝けない事がとても辛く思った。そして、ふと、彼女は僕の手を繋いでいた。二人で一緒にいる時間が短い事を知っていた彼女の手を温める事すら僕には出来ないと思っていた。でも、彼女と手を繋いでいる内に彼女の冷たい手の温度が少しずつ温まってきた気がした。この日、暗色の残り時間を彼女は僕と過ごす事にしていた。

「多分、私が先に逝くとは思うけど、もしかしたら、君の方が早く逝くかもしれない。……だけど、それは無いと思うから、せめて君は私の分まで生きてね」

彼女はもう少しだけ僕と一緒に生きたかった。僕ももう少しだけ彼女と一緒に生きたかった。でも、彼女は僕の顔を見て「無」になるまでは覚えているよと言ってくれた。僕はその時、感情的になり冷たい涙が流れていた。彼女は僕の表情を見て初めて僕の前で泣いた。そして、灰になる前に写真を撮ろうと彼女は言ってきた。僕はカメラで僕達の写真を撮った。棺桶に入れる彼女の写真を懸命に撮っていた。彼女もカメラを持っていて僕達の写真を互いに数多く撮っていた。彼女の泣き笑いの顔の写真を生涯、持ち歩こうと僕は思っていた。彼女は結局、何の為に生きていたのか分からなかったけど、それでも最期が良かったからそれで良いと思うとだけ言っていた。その時の彼女の顔を見て僕は彼女と出会えた事を素直に良かったと思った。きっと、僕は彼女と一緒に過ごした時間が、この先もとても大切な記憶になると思った。そして、この日、僕達が一緒に撮った写真を現像して二人は少しだけ暗い気分が明るくなり色々写真を見ながら笑っていた。この先、もう僕達は思い出を残せない。そう思うと、僕は涙が止まらなくなりそうだから敢えて明るい表情を浮かべた。彼女も僕と同じ気持ちで何とか涙を流さないように明るく振る舞っていた。でも、最後に僕は彼女の顔を見ると少しだけ明るい感じがしていた。この日の暗色の青空に似合う笑顔だと思った。

そして、後日、彼女は僕と一緒に撮った写真を握りしめて亡くなった。火葬場で彼女が灰になっている時に、僕は彼女と撮った泣き笑いの写真を生涯、持ち歩こうと思った。僕は彼女と二度と会う事はないだろうけど、でも、生きている間はこの写真を持ち歩こうと思った。

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「雨の記憶」

2025-01-09 11:17:48 | 小説

                      「雨の記憶」

彼女からの手紙を見た時、僕は彼女と最初に言葉を交わした時から今までの記憶を鮮明に思い出せたから今でも彼女が傍にいる気がしていた。それでも、彼女はもう此処にはいない。でも、雨に濡れて雷雨になる前に手を一緒に握って走っていた日の記憶も思い出せる。

あの時、彼女が隠していた事を今、知った。あの頃の彼女がもう永遠に会えない事をどうしても僕に伝えられなかった事を。彼女はもう長くない事を知っていたから突然、僕から去って行った事を。そして、何時か誰よりも僕が幸せになれるように思ってくれていた事を。

僕はその事を知って彼女の大人びた繊細な優しさを知った。

あの日、雨の日に彼女は傘さえ持たず一緒に僕といた時、何時もよりも明るく感じた。

「何で時間は止まらないんだろうね。このまま、ずっと時間が止まると良いのに」

そう言った後の彼女の笑顔はとても晴れやかな気がしていた。今思うと、この日が最後だから笑顔で一緒にいようと思っていたのだろうと思っている。でも、僕はただ明日も彼女といるつもりだった。二人の思いがもうしばらく続くと思っていたから一緒にいたかった。

しかし、彼女は何故か眠そうな表情をしていてふらふらと歩いていた為、僕は彼女に「大丈夫?」と聞いた。彼女は「大丈夫。有難う」と言った後、少しだけ大人びた笑顔で「初めてが良かった?」と言っていた。「別に」と笑って僕は彼女にキスをした。「有難う」と彼女は笑っていた。その笑顔は普段は優しくて何処かひねくれている彼女には珍しく素直で冷たい笑顔だった。しかし、その時の彼女の笑顔は僕達が付き合ってから何故か一番嬉しそうな笑顔だったと思っていた。でも、何処か彼女が無理をしている事は何となく気が付いていた。

僕はあの時、彼女と長く付き合える気がしていた。彼女と一緒にこれからも生きて行く事を決めていた。その事を知っていた彼女は優しいから僕が苦しまないように明るく振る舞ってくれた。同じ年でも遥かに大人の彼女が。優しくて何処かひねくれている彼女が。

しかし、今、僕は雨の記憶しか彼女との中の思い出を思い出せなくなった。僕は何時か同じ世界に行く時が必ず来る事を微かな希望とするしかないなと思った。

彼女は雨が止んで晴れやかな寒々しい太陽の下で別れるのが辛いなと思っていた。

何時もの彼女は雨が好きではなかったけど、この日に限っては雨が降って欲しかった。

彼女が僕の元から去ってから、しばらく経って彼女の姉があの時、別れた彼女の手紙を届けてくれた。その後、彼女の姉と少しだけ喫茶店で話して、お礼を言って去った。

その日の僕はあの時、降っていた雨の色とは違う色合いの雨の下で彼女の手紙を濡らさないように黒い鞄の中に大事にしまって傘を差してまっすぐ帰った日、この日が「命日」になる気がしている。僕にとって彼女の「命日」に。

最初に出会った日から彼女は大人びて見えていたけど、僕は今になり、ようやく大人になったと思った。彼女はあの頃からずっと大人だったんだなと今更ながら思った。

時間が止まらない事をずっと願っていたけど、その願いが不可避な事は誰よりも理解していた彼女は何時か僕が幸せになれば良いなと思っていた。

「何で時間は止まらないんだろうね。このまま、ずっと時間が止まると良いのに」

今、ふと彼女の言葉を思い出していた。今の僕にはもう過去の言葉だけど、今ようやく彼女の言葉に込められた重さが分かった。

彼女は僕と出会えた事を良かったと思ってくれた。僕はそれで充分幸せだと思った。彼女に会えなくても思い出だけはきっと生涯忘れないと思ったから。

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