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「雨の記憶」

2025-01-09 11:17:48 | 小説

                      「雨の記憶」

彼女からの手紙を見た時、僕は彼女と最初に言葉を交わした時から今までの記憶を鮮明に思い出せたから今でも彼女が傍にいる気がしていた。それでも、彼女はもう此処にはいない。でも、雨に濡れて雷雨になる前に手を一緒に握って走っていた日の記憶も思い出せる。

あの時、彼女が隠していた事を今、知った。あの頃の彼女がもう永遠に会えない事をどうしても僕に伝えられなかった事を。彼女はもう長くない事を知っていたから突然、僕から去って行った事を。そして、何時か誰よりも僕が幸せになれるように思ってくれていた事を。

僕はその事を知って彼女の大人びた繊細な優しさを知った。

あの日、雨の日に彼女は傘さえ持たず一緒に僕といた時、何時もよりも明るく感じた。

「何で時間は止まらないんだろうね。このまま、ずっと時間が止まると良いのに」

そう言った後の彼女の笑顔はとても晴れやかな気がしていた。今思うと、この日が最後だから笑顔で一緒にいようと思っていたのだろうと思っている。でも、僕はただ明日も彼女といるつもりだった。二人の思いがもうしばらく続くと思っていたから一緒にいたかった。

しかし、彼女は何故か眠そうな表情をしていてふらふらと歩いていた為、僕は彼女に「大丈夫?」と聞いた。彼女は「大丈夫。有難う」と言った後、少しだけ大人びた笑顔で「初めてが良かった?」と言っていた。「別に」と笑って僕は彼女にキスをした。「有難う」と彼女は笑っていた。その笑顔は普段は優しくて何処かひねくれている彼女には珍しく素直で冷たい笑顔だった。しかし、その時の彼女の笑顔は僕達が付き合ってから何故か一番嬉しそうな笑顔だったと思っていた。でも、何処か彼女が無理をしている事は何となく気が付いていた。

僕はあの時、彼女と長く付き合える気がしていた。彼女と一緒にこれからも生きて行く事を決めていた。その事を知っていた彼女は優しいから僕が苦しまないように明るく振る舞ってくれた。同じ年でも遥かに大人の彼女が。優しくて何処かひねくれている彼女が。

しかし、今、僕は雨の記憶しか彼女との中の思い出を思い出せなくなった。僕は何時か同じ世界に行く時が必ず来る事を微かな希望とするしかないなと思った。

彼女は雨が止んで晴れやかな寒々しい太陽の下で別れるのが辛いなと思っていた。

何時もの彼女は雨が好きではなかったけど、この日に限っては雨が降って欲しかった。

彼女が僕の元から去ってから、しばらく経って彼女の姉があの時、別れた彼女の手紙を届けてくれた。その後、彼女の姉と少しだけ喫茶店で話して、お礼を言って去った。

その日の僕はあの時、降っていた雨の色とは違う色合いの雨の下で彼女の手紙を濡らさないように黒い鞄の中に大事にしまって傘を差してまっすぐ帰った日、この日が「命日」になる気がしている。僕にとって彼女の「命日」に。

最初に出会った日から彼女は大人びて見えていたけど、僕は今になり、ようやく大人になったと思った。彼女はあの頃からずっと大人だったんだなと今更ながら思った。

時間が止まらない事をずっと願っていたけど、その願いが不可避な事は誰よりも理解していた彼女は何時か僕が幸せになれば良いなと思っていた。

「何で時間は止まらないんだろうね。このまま、ずっと時間が止まると良いのに」

今、ふと彼女の言葉を思い出していた。今の僕にはもう過去の言葉だけど、今ようやく彼女の言葉に込められた重さが分かった。

彼女は僕と出会えた事を良かったと思ってくれた。僕はそれで充分幸せだと思った。彼女に会えなくても思い出だけはきっと生涯忘れないと思ったから。


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