なんでもないどこにでもある小さな公園のベンチに座ってただ降りしきる雪を見ていた。卒業したら二度と僕に会う事を選ばない彼女はだからこそ今は二人の時を大切にしていた。あと二か月で僕たちは二度と会う事のないただの他人に戻る。
時は止まらずただ流れ過ぎていく。今夜の雪はとても暗くて白い色の雪だった。無限に近い有限に降る白い雪。二人の思い出はとても暗色で綺麗なものになった。色合いは何処かモノクロな感じになっている。風が冷たくて少しだけ肌が痛く感じる。
誰もいない空間に二人きりでいる。二人は二度と会う事もなく違う人と雪を見るのだろう。これから生涯。
彼女は太陽の黒点のような鮮やかな黒い髪に落ちた暗色の雪を手で払い前髪を少し触っていた。
「私は卒業したら東京に行く事にした」と彼女は唐突に言って同意を求めずただずっと僕の顔を観ずに目の前を見ていた。「何かしたい仕事でもあるの?」「分からない。でも、行ってみようと思う。何か変わるかもしれないし」「そっか。上手く行くと良いね」「ありがとう」そう言いながらふと彼女は僕の手を繋いだ。冷たくて二人で温めていたくなった。「一緒にいた時間は忘れないから」とだけ彼女は呟いた。僕は「そうだね」とだけ呟いた。二人で見る雪はきっと今夜が最後だろうと思うと少しだけ切なくなった。ただ一緒に手を繋いで雪を見ていた二人。
そして、時は冷酷に過ぎていき、そろそろこの公園を去る時間が迫っていた。
ただ二人で暗色の雪を公園のベンチに座りながら見てぽつりぽつりと話す時間だった。それがもう少しで終わる。二人でいられる時間が終わる。雪はどんどん激しさを増し風に吹かれて踊るように降っていく。彼女は羽織っていた厚手の茶色いコートを脱いで雪を手で払い、温かいコーヒーでも飲もうと言ってきた。
僕はベンチから立ち上がって公園の入り口の近くの自販機で温かい缶コーヒーを買う事にした。小銭を投入して缶コーヒーを買ってベンチまで戻ってきた。二人は温かい缶コーヒーを飲みながら体温が少しだけ上昇していくのを感じていた。
雪が少しだけ温かく感じてそして、二人はただ缶コーヒーを飲んでいた。東京の雪もこんな感じで降るのかなと思いながら僕は缶コーヒーを飲み終えてまた暗闇の中に振る暗色の雪を眺めていた。ただ無言で冷たく降る雪。雪が全てを覆えば僕は楽になる気がしていた。
生涯、彼女に会えなくても辛く思わなくて済む気がしていた。
太陽の黒点の色合いの夜空。瞬く暗色の冷たい白い雪。公園のシンプルな少しだけ砂で汚れたベンチ。うっすらと雪が降り積もった地面。枝だけになり寒々しい桜の木々。公園のさびれた遊具。誰も遊ぶ主がいない寂しい砂場。色々な場所が孤独を彩っていた気がした。二人がこれから味わう孤独を。他の人に出会うまでの孤独を。
もし二人共、新しく愛する人が出来れば孤独は癒されまた幸せになる。その日は必ず訪れる。だから、今だけはこの時を大切にしようと思う。
そして、彼女も缶コーヒーを飲み終えた。二人は此処を去るべき時が来た。もう一度だけ雪を見た。暗色で冷たい雪を。そして、二人は此処を去る。また新しい場所を見つける為に。二人が離れても幸せになる為に。
「今日は送ってくれなくていいよ。じゃあね」「ああ。じゃあね」そう言って公園の入り口で離れた二人。その二人の上から太陽の黒点のような黒い色の夜空から降る暗色の白い雪が降っている空気をただ冷色に感じていた二人。例え暗色の雪が色鮮やかな白くて明るい雪になっても、もう二度と一緒に雪は見ない。二人ではもう二度と。