帰ってきた谷の住人

「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったものだ。
三連休最終日の今日、山は霧雨がそぼ降りしっとりとした冷気に包まれた。
おとといまでの厳しい残暑がウソのようだ。
こうなるといよいよ渓流シーズンも終わりが見えてきて、何だかもの哀しくなる。

昨年度は９月に入ってもまずまずの釣果を上げていたが、多摩川水系は未だ台風の影響を色濃く残し、コンディションはお世辞にもよいとは言い難い。
漁協のホームページを見る限り、多摩川本流はダムの放水も手伝って、未だ土茶濁りの状態である。

少しでもコンディションのよい沢を求め、秋川でもかなり上流部の枝沢をめざす。

谷底に風は無く、ひんやりと潤いのある空気が、霧雨とも沢の飛沫ともつかぬ重さを携えて体を濡らす。
急激に低下した水温に対応し、ルアーのアクションも控えめにすべきだろう。

あるはずの場所に岩が無く、こんなところにあったっけ？と記憶に自信がなくなるほどの大岩がまるで１００年も前からそこにあったような存在感を醸し出していた。
いったいどれほどの水がどれほどの強さでこの谷を押し流したのだろう？

今日は渓魚の、それもヤマメが見たい。
姿を確認出来ればよい。釣れなくてもいい。
そんな謙虚な思いが少しは釣りの神様に通じたのか、早い段階にロッドから生命感が伝わってきた。

この谷の住人が帰ってきた。
その可憐で清楚な姿に心を奪われ、目が離せない。
一尾の大切さを深く心に刻み、そっとリリースした。


このカエデが真っ赤に色づくころ、彼女らが無事に産卵を終えることを願いたい。