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なんて考えが浅いのかとわれながらウンザリ。
低体温で身体を冷やさないようにしてるのにプールとはどう考えてもおかしい。
夫にはお金を使って風邪ひくのもおもしろいと揶揄される始末である。
何もかも休み、来週23日にあるコーラス絡みの発表会にきちんと出ることに重点を置くことにした。
大分良くなったがなんとなく今一つ気力が沸かない。
別に何をしなければならないというわけでもないので気力が充実する必要もないのだけど、英語を休んでしまったのは悔いが残る。
街は枯葉が舞い、木々も一枚一枚と葉を落とし、身軽になっていく、そんな季節を迎えた。
私の初恋の季節だ。
毎年、記念日のようにその日を大事にしている私はなんだろうと思う。
初恋の人に未練があるとかの問題では決してなく、私が私になるお手伝いをしてもらったことに感謝してるのかもしれない。
誤解のないように詳しく言うと、私は15歳でまるでもう一人の私のような人に出会った。
私のような人なので、自ら出会えるはずはなく、初恋の人の従兄弟の助けをかりての初めてのデートだった。
今でもその場所へ行くと、高校生の二人が阿武隈川を目の前に午後の秋の陽が少しずつ傾くあいだ、何も語らず恥ずかしそうにしてそこにいるような気がするのである。
彼の従兄弟は私が兄のように慕っていた人だったが後に会社経営の困難さもあり、自らの命を縮めてしまった。
私はこの初恋の人から様々なものを受け取った。
一番は、人を好きになる寂しさと窮屈さである。
それと、知的なものへの憧れ。
何よりありがたいのは自分を見つめ、自分を高みに引き上げようとする姿勢といったらいいのだろうか。
初恋は型どおりにやぶれたが、自分の中のプライドとして残ったもの、それは、その人に恥じない生き方をしようということだった。
聞くところによると夫と初恋の人は遠縁にあたるという。
不思議な縁に苦笑いもするが、息子に初恋の人を見てたりするからホント、人生って面白い。
と急におかしな展開になってしまった今日のブログ、やはり、病気がまだよく治ってないかもしれない。
夫がこのブログを読んでどんな風に解釈するか分からないが、誰に恥じることもないピュアな思い出が詰まった私の初恋はちょっと自慢したい気分である。
こんな私も、実際に初恋の人に今、会うことがあったとしたら一目散に逃げてしまうという臆病者。
それでも私は毎年のように初恋の日に感謝し、今の私に満足する限り、過去に出会ったどんな人にも、感謝しないではいられないのである。
たとえその人が私の嫌いな人でも。
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