●攻撃的霊性
もう一つの偽りの霊性、すなわち「攻撃的霊性」とは、他者を束縛し、白分を支持するようにしむける手段として、自分が「霊的に発達している」と主張することを指している。そのような行動は、脅かされ、傷つきそうな自分を支えようとして白己愛的に機能する。それゆえ、攻撃的霊性は、じつは欠乏感や無価値感、他者から拒絶されることの恐れを含み・ひいては、否認された「本当の自分」との接触を避ける結果になっている。
要するに攻撃的霊性とは、ナルシシズムが増長し、白分は霊的に進化していると信じて疑わない慢心のことである。あるいは「どうしてみんな、私のすばらしさをわかってくれないの」という被害者意識も含んでいる。このようなナルシシズムも、じつはニューエイジ/精神世界系の人間に蔓延している。トランスパ-ソナル心理学の旗手の一人、ケン・ウィルバーも、基本的にはニューエイジ(精神世界)の住人を、白我の確立前の「前個的」な白己愛症候群、誇張、万能感にとらわれている、と厳しく批判している。その批判の矛先は、特にニューエイジ系のセミナー、ワークショップの指導者に向けられている。
トランスパーソナルとは、個人がただ単に埋没し、世界、宇宙と一体化するのではなく、白分らしさや自我を明確に確立することが前提となって初めて、白分を超越することができると主張しているのである。ここが日本では特に認識が不足している部分であり、トランスパーソナルをニューエイジ(精神世界)の理論的支柱であるといまだに誤解している人も多い。前個的状態(プレパーソナル)と超個的状態(トランスパーソナル)は個的意識を挟んで対極に位置し、明確に区別されるが、一見すると両者とも全体性に結びつくため、混同されやすい。ウィルバーはそれを「前.超の虚偽」と呼び、現代におけるもっとも危険な兆候とみなしている。
ウィルバーの警鐘は、アメリカを中心に先進諸国で急速に勢いを増しているニューエイジ/精神世界などの新霊性運動に向けて鳴らされている。ニューエイジ/精神世界は、前個的状態を超個的状能、霊性の向上であると誤認する過ちを犯しているというのである。ここで忘れてほしくないことは、ニューエイジ/精神世界とトランスパーソナルはもはや別のものである、という点である。トランスパーソナルは、一九六〇年代末にアメリカ西海岸を中心に発生した対抗文化と連動している。
当時のアメリカは、国内では人種差別問題、国外ではヴェトナム戦争介入という大きな杜会問題を抱えていたが、これらは第二次大戦後、自由主義世界をリードしてきた「偉大なるアメリカ」、「アメリカンドリーム」がもたらす、民主杜会、豊かな社会に潜む大きな矛盾の現われでもあった。そうした時代背景のなか、学生運動、LSD文化、東洋思想の流入と結びつき、トランスパーソナルは誕生した。その揺藍期には大衆文化としてのニューエイジ運動(新霊性運動)との蜜月期もあった。しかし、ウィルバーやグロフなどによるトランスパーソナルの理論的洗練に伴って、次第にニューエイジの唱えるような現実否認的、白己愛増長的なスローガンとは一線を画すようになった。
よく考えてみてほしい。霊的覚醒は優れた能力をもつ少数だけが達成できるのではなく、理論的には誰にでもその可能性は開かれているのである。しかし現実には、それを求め、かつ達成している人閉は非常に少ないことも知るべきである。どうしてであろうか。それは、われわれがこの世に生を受けて成長を遂げようとするとき、成長を阻止したり、自分からそれを回避したり、挫折を味わわされるような出来事がつぎつぎに起こるためである。
たとえば、霊性開発のプログラムには、白我喪失の危険が伴う。内向的、弱気で、自信がなく、人と関わることを嫌い、自分の殻に閉じこもりがちな人ほど、逆に自分を失ってしまう。このような人が霊性を掘り起こそうとすると、幻覚や妄想に支配されて、現実と空想との区別がつかなくなり、ときとして精神を病んでしまう。自己啓発セミナーや霊性開発のワークショップを主催する人は、このことを十分認識しているだろうか。
瞑想による白己浄化の試みにしても同様である。自分白身を客体的に白覚し、白らの目指そうとする理想的な状態と現実の状態とのズレを修正しようとする試みは、白己嫌悪感との戦いの連続である。瞑想による習慣づけは一時的に浄化作用をもたらし、深く平安な感覚を得られる場合もあるが、その感覚を日常生活において維持することは難しい。
カルトやオカルト、そしてニューエイジ/精神世界へ向かう人々は、多かれ少なかれ、これまでの白分や今の白分に不安やとまどいを覚え、一時的にせよ自信を失ったり、社会的に不適応に陥っている。したがって、彼らがカルトの信念体系やニューエイジ的な世界観に呑み込まれた結果、子ども返りの状態に陥り、トランスパーソナルはおろか白我の確立もできなくなりかねない。
また、セラピーやセミナー、ワークショップ、そして修行を支援し、導く指導者の資質・能力も問われる。来談者や求道者が霊性覚醒のプロセスにおける危機の状態、すなわち「超正常な状態」にあるか、無意識の衝動やコンプレックスに振り回されているだけの「前個的状態」にあるかを見きわめて、適切な介入と助言のできる熟達した指導者に出会う必要もある。さもなくば、妄想だけが膨らんで、白滅することは必至である。このようなリスクが伴うことを念頭に置いて、霊性開発への道を歩んでいく覚悟が求められる。(引用終了)
ニューエイジや精神世界にどっぷりと浸かっている人にはいささか耳の痛い言葉が並んでいるが、そういう人こそこの文章を何度も読み返す必要がある。ニューエイジやカルトが説く口当たりの良い甘口の言葉に惑わされ、現実世界での廃人とならない為にも、現実世界にしっかりと足場を据えて、今と言う一瞬をリアルに生きて行かなければならないのである。
■「呪いの研究 拡張する意識と霊性」 中村雅彦(著)トランスビューより抜粋
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