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NPO法人POSSE(ポッセ) blog

【緊急声明】生活保護法改正案の廃案を求めます

 いま、現行生活保護法施行以来はじめての法改正が進められ、改正法案は今国会中に成立する見通しとなっている。

 これほど重要な法改正が、十分な審議も経ずに強行されようとしているのは、それ自体大きな問題だ。加えて、改正法案は、現状の生活保護行政の違法・逸脱的な対応を追認する不適切なものであり、生活保護法の趣旨や目的自体を掘り崩しかねない多くの問題点・矛盾点を抱えている。本来、生活保護制度を利用できるはずの方でも、法案がこのまま成立すれば、制度が利用できずに餓死・孤独死へとつながる恐れがある。


若者の労働・貧困問題に取り組むNPO法人POSSEは、本改正法案に反対し、廃案を求める。

 

 以下で、本改正法案の抱える主な問題点・矛盾点[i]を、生活保護の実施過程にそって①保護の開始、②保護受給中、③保護の廃止の3段階に即し、実際の運用にどのような影響を与えるのかという観点から述べる。結論を先取りすると、改正法が現行案のまま成立すれば、()生活保護制度から困窮者を排除することでその生存を危険にさらし、(保護を受けられたとしても)、()受給者に対して差別的な取り扱いをすることで自立を妨げ、また、()住民の生存保障に対する行政の責任を後退させるという三つのマイナスの効果を生むと考えられる。

 

1.保護の開始:申請手続きの厳格化

 まず、最も大きな影響を与えるだろうと思われる改正点は、申請に関する24条である。これまでは、裁判例によって口頭での申請も可能という判断が下されてきた。ところが、改正案では保護の開始の申請にあたって、申請者に申請書や関係書類の提出を義務づけている。

 これは、「書類がそろえられなければ申請を認めない」という、「水際作戦」と通称される違法・不当な運用が合法化されることを意味している。こうした対応の違法性は2ヶ月前まで厚労省自身認めてきたところである[ii]

2013年5月28日の自公民の三党で修正が行われ、24条に「但し書き」として修正が加えられた[iii]が、申請書類の義務化の根本的な条文は残されたままだ。「特別の事情がある」と判断するのは福祉事務所であり、これまで違法な対応を繰り返してきた行政が、改正法を根拠に恣意的な運用を行うおそれがある。そうなれば、DV(ドメスティック・バイオレンス)などの事情で着の身着のまま逃げてきた方、路上生活者、高齢者、疾病者等々、自力で申請書類を集めることが困難な方々が窓口で追い返されてしまう危険性が非常に高い。

 申請書類の提出義務化は、住民の生命の保障に対する行政責任を利用者側に転嫁している。自らこれだけ貧困なのだと証明できない限り、行政は動かなくても良いと言っているに等しい。

 

2.保護の開始:扶養義務の強化

 第二に、扶養義務の強化がある。改正案では、要保護者の扶養義務者に氏名・住所・居所・資産・収入などの報告を求めることができるようになっている(28条2項)。そして要保護者だけでなく、扶養義務者の収入や資産についても、官公署や銀行、雇主等に調査できるようになった。

 DV被害者や、家族関係に問題を抱えている人は、これによって申請が困難になるだろう。とくにDV被害者の場合、加害者に連絡を取られてしまうという可能性自体がとてつもない脅威になる。その可能性があるだけで、申請を断念する方が出てくるであろうことは想像に難くない。

 また、申請時点で家族関係に問題がなくても、この調査が行われることによって家族関係が破綻する可能性がある。扶養義務を負っている親族が生活保護を申請しただけで、自らの収入や資産等を行政に調査される。そうなれば、申請者本人が「親戚に迷惑がかかる」として申請を躊躇してしまう、あるいは、扶養義務者が、親族に生活保護を受けさせないように陰に日向に圧力をかけることが想定される。こうして、親族の扶養が事実上、保護の要件として強制されることになるが、これは扶養義務者の扶養をあえて「要件」ではなく単に保護に「優先」するものとした第4条と矛盾している

 

3.生活保護受給中:受給者に対する差別的取扱い①受給者の自己責任の強調

 改正法案の問題点は申請の厳格化に留まらない。生活保護受給中に関する数々の改正点は、総じて被保護者の市民的権利を抑制し、差別的に取り扱おうとするものである。象徴的なのは、被保護者の義務が明記されている改正法案第60条だ。

第六十条 被保護者は、常に、能力に応じて勤労に励み、自ら、健康の保持及び増進に努め、収入、支出その他の生計の状況を適切に把握するとともに支出の節約を図り、その他生活の維持及び向上に努めなければならない。

 健康管理や家計の管理などを受給者の責務として明確に位置づけている。これは、「自己管理をしない怠惰な貧困者」という差別的なまなざしが露骨に反映された文言だと言えるだろう。こうした差別意識は、ジェネリック医薬品の利用促進(34条3項)にも現れている。

 しかし、疾病や障害、依存症、高齢などの理由で、自らの意思だけで健康管理や家計管理をこなすことが難しい利用者が多い。藤田孝典『ひとりも殺させない』(堀之内出版)4章に詳しいが、受給した金銭を自分の生活に還元できないことを、社会福祉の専門用語で「財をサービスに転化できない」状態という。このような状態に陥っている生活困窮者は決して少なくない。「財をサービスに転化できない」という問題に求められる対応は、自己責任の強化によって自らの健康や生活を管理しろと圧力をかけることではなく、なぜそのような状態に陥っているのかケースワーカーがアセスメント(調査)し、必要な支援を行っていくことだ。金銭の管理の方法を教えたり、ギャンブル依存症やアルコール依存症を抱えている場合には治療を受けさせるサポートが不可欠なのである。いたずらに受給者の「自己責任」を強調し、生活問題を放置すれば、それは生活保護法の目的である「自立の助長」を妨げ、むしろ生活保護への長期滞留を促す

 

4.生活保護受給中:受給者に対する差別的取扱い②不正受給に対する罰則の強化

 加えて、不正受給に対する罰則の強化(78条)が盛り込まれている。具体的には、不正受給した金額の140%を徴収できるようにし、徴収金を(本人の同意を前提に)保護費から天引きできる規定が新設された。さらに、これまで悪質な不正受給に対する罰則は3年以下の懲役または30万円以下の罰金であったが、改正案では罰金が100万円以下に引き上げられている(85条)。

 罰則の強化は、不正受給対策として本当に有効なのだろうか? 生活保護の不正受給は金額ベースで約0.5%とわずかであり、近年、調査と摘発の徹底で件数は増えているが、一件当たりの不正受給額は減少している[iv]。詳細なデータがないため、不正受給の内実は明らかになっていないが、悪意のない少額な「不正受給」が、その大部分を占めているというのが実態ではないだろうか。

そのような「不正受給」ケースには、高校生のアルバイト収入の未申告が一定数含まれていると思われる。こういった事例には、世帯主が、子どもがアルバイトしていることを認識していなかった、あるいは、ケースワーカーが説明を怠ったために少額な子どものアルバイト収入は申告の必要がないと考え、申告漏れに至ったというケースが少なくない。本来、こういった悪意のない事例は「不正受給」とは区別して、単純に過剰に支給された保護費を返還するにとどめるべきだが、行政側の恣意的な基準運用によって「不正受給」とされてしまっている。

また、詳細は別稿[v]に譲るが、行政が「不正受給」をつくり出すともいうべきケースさえ存在する。つまり、現在、統計上「不正受給」として現れている事件のなかには、実際には「不正受給」と言い難いケースが相当数含まれていると思われる。

そうした現状の下で、罰則の引き上げが最も有効な対策であるといえるだろうか。なぜ「不正受給」が生じたのかの原因を追求せず、罰金の徴収を強化するだけでは、むしろ受給者の困窮状況は深まり、自立が阻害される結果にもなりかねない。それよりも、「不正受給」の内実を詳らかにし、ケースワークを徹底することが先決である。

 罰則の強化には、生活保護法の目的との矛盾という問題もある。徴収金を保護費から天引きするということは、最低生活費を下回った生活を国の法律によって認めるということになる(これまでの運用では、一度全額を受給者に渡した後に徴収するというかたちを取っていた)。つまり、天引きは第1条に定められた生活保護法の目的である最低限生活保障と矛盾する。本人が同意すれば構わないのではないかという意見もあるかもしれないが、生活保護基準は国が定めた最低基準であり、いかなる合意もこれを侵して良いとする理由にはならない。しかも、生活保護に全生活資源を頼る受給者と保護の決定権限を握る福祉事務所との非対称的な権力関係を顧みれば、運用レベルでその「同意」さえ形骸化されかねないことは自明である。改正法案78条は、生活保護法自体の目的と矛盾し、制度の存在意義をも掘り崩す。

 

5.保護の終了:廃止要件の緩和

 保護の廃止要件に変更が加えられていることにも注意が必要だ。改正法案では、保護廃止の要件が緩和されている。具体的には、資産・収入・健康状態などについて報告しなかった、あるいは虚偽の報告をした場合にも、保護の変更・停止・廃止ができるようになった(28条5項)。これまでは、意図的な「不正受給」や申告漏れによる保護費の過剰支給には費用返還をもって対応してきた。悪質なケースには85条の罰則規定を適用することもあるが、現行法下では、不正受給はそれ自体では保護廃止の理由とならない。

4でもみたように、行政側が「不正受給」を作り出している実態があることを鑑みると、今回の改正で緩和された廃止要件が不適切に運用されるおそれがある。厚生労働省自身、2011年度の生活保護行政に対する監査結果から、福祉事務所側の確認・調査漏れによる、未然防止が可能であった「不正受給」ケースが散見されたことを指摘している[vi]。改正法が成立すれば、悪意のない収入の申告漏れや申告上の間違いまでをも理由とした保護の廃止が横行する危険性がある。

 そもそも、資産・収入・健康状態の把握は、本来ケースワーカーの業務である。28条5項の改正は、受給者の生活状況を把握し、適切に保護を実施する行政の責任を一方的に受給者に転嫁するものである。生きることは、その人の人格とはかかわりなく保障されるべきものである。それが、今回の改正法案では、報告を怠たるだけでその権利を剥奪しうるようなものになってしまった。

 

6.結語

ここまでみてきたように、現在提起されている生活保護法改正案は、様々な問題と矛盾をはらんでいる。それらは、三つの論点に集約できる。

第一のものは、生活保護からの困窮者の排除である。保護の開始段階における水際作戦の合法化と扶養義務の強化、そして、保護の終了段階における廃止要件の緩和がこれにあたる。困窮者に対する生活保護の入口での追い返しと出口からの追い出しは、本改正法案が目指す生活保護費の増大への抑制に直接的に「資する」だろう。しかし、それは生活保護法が目的として掲げ、また、制度の存在意義でもある生存の保障、それ自体を掘り崩す

第二に、生活保護受給者に対する差別的取扱いが強化されている。受給者の生活にかかわる、自己責任の強調や不正受給に対する罰則の強化などがこれに含まれる。受給者が抱えるさまざまな生活問題を放置し、義務や罰則を強化するのみでは、生活保護制度がその目的の一つとしている「自立の助長」を達成することはできない。むしろ、生活問題の放置やケースワークの放棄は受給者の自立を妨げ、生活保護への長期滞留を促すだろう

第三の論点は、生活保護行政の責任の一方的な後退である。これは、第一、第二の論点ともかかわるが、改正法案では、地域住民の困窮を発見し、適切に保護を実施する行政側の責任が一方的に住民に転嫁されている。何の説明もなく、国民の生命に対して国が最終的な責任を持つという生活保護制度の趣旨と存在意義を放棄するようなことが許されるだろうか? 行政の責任が不明確になれば、たとえ今後、生活保護を利用できなかったために餓死する方が現れても、その原因を究明し、改善措置を取ることが難しくなってしまうだろう。

今回提起されている改正法案は、生活保護制度の目的と矛盾するものであり、このままのかたちで法案が成立すれば、膨大な餓死・孤立死を生み出し、また、被保護者の自立を妨げることで社会全体にとっても大きな損失を生じるおそれがある。よって、わたしたちは本改正法案の廃止を強く求める。

 

NPO法人POSSE

以上



[i] 本稿では、より生活保護制度の実際の運用に関してより重要と思われる論点のみを取り上げた。現在提起されている改正法案には、本稿で触れなかった改正点(就労自立支援金の創設、指定医療機関制度への更新制の導入等)も含まれている。

[ii]厚労省社会・援護局保護課自立推進・指導監査室(2013/3/11)「社会・援護局関係主管課長会議資料 平成25年3月11日(月)」http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/topics/dl/tp130315-01-03.pdf:p.3:2013/05/19DL.

[iii]自公民の三党によって追加修正された文言

第24条:「保護の開始の申請は(略)申請書を保護の実施機関に提出しなければならない。ただし、当該申請書を作成することができない特別の事情があるときは、この限りではない。

第24条2項「前項の申請書には(略)厚生労働省令で定める書類を添付しなければならない。ただし、当該書類を添付することができない特別の事情があるときは、この限りではない。

[iv] みわよしこ(2013/5/31)「生活保護のリアル:修正が加えられても未だ数多くの問題点が生活保護法改正で追い込まれるDV被害者たち」http://diamond.jp/articles/-/36751?page=3:p.3:2013/5/30閲覧.

[v] 京都POSSEスタッフ日誌掲載「【共同記者会見の報告】「不正」とは言い難いケースが少なからず含まれる「不正受給」の実態について」(2013/3/4) http://blog.goo.ne.jp/kyotoposse/e/99b8b9685f4e94f5bbc1bc927c7ea437および「【問題提起】 生活保護「不正受給」の中身」(2013/3/6) http://blog.goo.ne.jp/kyotoposse/e/47319d47f8ef5234156426c4b89a7ffd.

[vi]厚労省社会・援護局保護課自立推進・指導監査室(2012)「社会・援護局関係主管課長会議資料 平成24年3月1日(木)」http://www.mhlw.go.jp/topics/2012/03/dl/tp0314-01_22.pdf:p.4:2013/05/19DL.

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